5.正統派ヒロイン襲来
学園の決闘場でレンとの激闘を終えた私は、中庭のベンチで優雅なティータイム(という名のデッキ談義)を満喫していた。
ベンチには、アンナが朝から腕によりをかけて作った三段重の超高級弁当が広げられている。
「ほらレン、ちゃんと食べなさい。頭を使うデッキは糖分とタンパク質が必須よ。栄養失調でプレイングミスしたら承知しないわよ」
「……公爵家の飯、美味すぎだろ。なんだこれ、肉が口の中で溶けたぞ」
普段は購買のパサパサのパンしか食べていないというレンは、無表情のまま猛烈な勢いでエビフライやローストビーフを胃に流し込んでいる。
「お嬢様。やはりこの薄汚い野良犬の食事には、遅効性の毒を……」
「入れなくていいから。アンナはお茶のおかわりを淹れてちょうだい」
「……チッ。かしこまりました」
私の(おそらく世界で一番物騒な)専属メイドを宥めつつ、私は先ほど購入した『静寂の魔石像』を指先で弾いた。
「さっそくこのカードを組み込んでみたわ。これで私のデッキは、魔法も攻撃も許さない【完全ロック】の陣形を敷けるようになったわね」
「うわぁ、性格悪っ。まぁ僕が言えたことでもないけどね……でも、魔法を封じると君自身の魔法カードも使えなくなるだろ?」
「ええ。だから、ダメージソースは『罠カードによる永続バーン(継続ダメージ)』に絞るのよ。相手が何もできずにジワジワと焦燥感に駆られていく顔を見るのが、一番のエンターテインメントですわ」
「……君、本当に公爵令嬢か?思考回路がスラムの元締めみたいだぞ」
最高の褒め言葉を受け取り、私がふふっと笑みをこぼした、その時だった。
「――見つけましたわよ、セレスティア!!」
中庭に、甲高く、そしてひどくヒステリックな声が響き渡った。
振り返ると、そこには涙目で顔を真っ赤にした可憐な少女――昨日の卒業パーティーでルキウス殿下の隣にいた男爵令嬢、マリアンヌの姿があった。憎悪の籠もった瞳で、私を睨みつけている。
(……そういえば、私って乙女ゲームの悪役令嬢だったわね。すっかり忘れてたけど。本来のストーリーなら、婚約破棄イベントを経て、ルキウスとマリアンヌが結ばれてハッピーエンドを迎えるはずなんだけど……。なんであの脳筋王子、私にぞっこんの変態ドMにクラスチェンジしてるのかしら?完全にシナリオから逸脱してるじゃない。まぁ、ルキウスなんて全く私のタイプじゃないからどうでもいいわ。ヒロインの貴女と二人でよろしくやっててほしいのよ、こっちは。私の人生は、紙をしばくのに忙しいんだから!)
内心でそんな身も蓋もない考察を繰り広げつつ、私はあくまで優雅に扇子を広げて微笑んだ。
「あら。ごきげんよう、マリアンヌさん。ルキウス殿下の『真実の愛』のお相手が、私に何かご用かしら?」
私が余裕の態度を見せると、マリアンヌはワナワナと肩を震わせた。
「し、白々しい!貴女、一体どんな魔法を使ったんですの!?昨日からルキウス様が、私の顔を見るなり『君の生温かい愛などどうでもいい!私はセレスティアの冷酷な管理のもとで生きていくのだ!』と仰って、全く相手にしてくださらないんですのよ!?」
「「……」」
私とレンは、無言で顔を見合わせた。
「……セレスティア。君、あの王子に一体何をしたんだ?」
「違うのよレン。私はただ、婚約破棄の時にパーミッションで、この前は手札破壊をして何もさせずに完封しただけよ。あいつの脳の配線が勝手にバグったのよ」
私が小声で弁明していると、マリアンヌの視線が、私の隣で高級弁当を食べているレンへと向いた。
「っ……!まさか貴女、ルキウス様の心を奪っておきながら、今度は隠し――いえ、特待生のレン様まで毒牙にかけるおつもり!?私から『全ての男』を奪い尽くさないと気が済まないのね、この大悪女!!」
「えっ、ちょっと待って。話が飛躍しすぎて――」
「許しません!私の『愛と絆のカード』で、貴女のその冷たくて卑劣な闇を打ち払ってみせますわ!セレスティア、私と『魔導決闘』をしなさい!!」
マリアンヌはバサァッ!と勢いよく、ピンク色にデコレーションされた魔導盤を構えた。
(……はぁ。なんでこのゲームの登場人物って、すぐカードで解決しようとするのかしら、魔導決闘自体は大歓迎なんだけど...)
「お嬢様」
背後から、アンナがスッと前に出た。その手には、致死量の毒が塗布された吹き矢が握られている。
「あの泥棒猫、お嬢様の神聖なるティータイムを妨害した上に、いわれのない言いがかり。私が今すぐ、あの騒がしい口から内臓まで一気に溶かして差し上げましょうか?」
「やめなさい。白昼堂々の中庭で暗殺劇を繰り広げないで」
私はアンナの吹き矢を没収し、ため息をつきながら立ち上がった。
「いいですわよ、お相手して差し上げます。……ただし、現実がいかに残酷か、その身をもって教えて差し上げますわ」
『――魔導結界、展開!』
【マリアンヌ】 MP:4000
【セレスティア】 MP:4000
「私の先行ですわ!ドロー!」
マリアンヌがカードを引く。
「私は手札から『光の妖精』を3体、一気に召喚します!そして魔法カード『絆の結束』を発動!盤面の妖精の数だけ、攻撃力をアップさせますわ!」
フィールドに、キラキラと光る可愛らしい妖精たちが次々と顕現し、その力を高めていく。
「光の妖精1体1体の攻撃力は300と低いですが、絆の結束は自分のフィールドの同名モンスター1体につき500ポイント攻撃力がアップするカード!つまり私の場の光の妖精の攻撃力は全て1800となるのですわ!!」
展開力と攻撃力のバフ(強化)を組み合わせた、典型的なビートダウン(殴り倒す)デッキだ。
「さあ、見なさい!これが私の妖精たちの絆の力ですわ!」
「……シナジー(相乗効果)を意識しているのは偉いけれど。手札を全て使い切る『フルブッパ』ね。後続の手札補充がないなら、全体除去を引かれた瞬間に息切れして終わるわよ?」
私は冷ややかに分析しながら、自分のターンを迎えた。
「私のターン。ドロー。……私は2マナを支払い、永続魔法『平和への誓い』を発動」
私のフィールドに、巨大な光の壁が展開される。
「この魔法が存在する限り、お互いのフィールドの『攻撃力1500以上のモンスター』は、攻撃宣言を行うことができなくなりますわ」
「えっ……?」
マリアンヌが固まった。
先ほどの『絆の結束』によって、彼女の妖精たちの攻撃力は全て1500を超えている。つまり、彼女のエースアタッカーたちは全員、その光の壁に阻まれて一歩も動けなくなったのだ。
「な、なんて卑怯な……!正々堂々と戦いなさいよ!」
「カードゲームにおいて、相手の強みをルールで縛ることは最も『正々堂々と』した戦術ですわ。……さらに、私は手札からモンスター『静寂の魔石像』を召喚」
ゴゴゴゴゴ……!
フィールドに、重苦しい空気を纏う灰色の石像がズンッと鎮座した。
攻撃力0。守備力0。
しかし、その像の目は不気味に赤く光っている。
「この石像がフィールドに存在する限り、お互いのプレイヤーは、手札から『新たな魔法カード』を発動することができなくなります」
「……は?」
「つまり。貴女の妖精たちは攻撃できず、貴女は魔法カードによる打開もできない。……何もできない、ということですわ。私はカードを2枚伏せて、ターンエンド」
完璧な陣形。
攻撃を封じる『平和への誓い』を、魔法カードで破壊しようにも『静寂の魔石像』がそれを許さない。物理と魔法、両方の選択肢を完全に奪い去る、息の詰まるような【完全ロック】の完成である。
「わ、私のターン!ドロー……!」
マリアンヌが祈るようにカードを引く。しかし、引いたカードを見つめたまま、彼女はピタリと動けなくなった。
「……どうなさいました?魔法カードを引いたなら、使えませんわよ?」
「くっ……!わかっています!ターン、エンドですわ……!」
「私のターン。ドロー。……では、私は伏せていた罠カード『呪縛の茨』と『魔力圧縮砲』をオープンしますわ」
フィールドに茨の蔦が這い回り、巨大な大砲がマリアンヌへと向けられる。
「この2つの罠は『毎ターン、相手に確実にダメージを与える』効果を持っています。……さあ、ターンエンドですわ。私のターン終了時、貴女に800のダメージ」
バチィィッ!!ドゴォォン!!
「きゃあぁぁぁっ!?」
【マリアンヌ】 MP:4000 → 3200
「さあ、貴女のターンですわよ。引いて、何もできずにターンを返し、そしてダメージに焼かれる。……この『作業』を、貴女のMPがゼロになるまで繰り返しますわ」
「ひどい……!こんなの、魔導決闘じゃないわ……!私の妖精たちの絆が、こんな石っころと壁の前に……!」
「絆だの愛だの、盤面に出ない不確定要素を信じるから負けるのですわ。信じるべきは、確率と、相手をコントロールする緻密な計算のみよ」
私は扇子で口元を隠し、冷酷な悪役令嬢として言い放った。
そこからは、まさに凄惨な光景だった。
マリアンヌがカードを引く。魔法が使えない。攻撃もできない。絶望してターンを返す。
大砲と茨が彼女を撃ち抜く。
【マリアンヌ】 MP:3200 → 2400
【マリアンヌ】 MP:2400 → 1600
【マリアンヌ】 MP:1600 → 800
「うぅ……あぁぁ……」
マリアンヌはもはや、カードを引く手すら震えていた。
主人公特有の「奇跡のドロー」をしたところで、ガチガチに縛られたこの盤面の前には、紙切れ同然なのだ。もっとも、某アニメの様にカードを新たに作り出す事でも出来ればその限りでは無いが。
「これで、最後...奇跡は起きなかったようですわね」
私のターン終了時。無情な大砲の火線が、マリアンヌの残りのMPを吹き飛ばした。
【マリアンヌ】 MP:800 → 0
『勝者、セレスティア・フォン・オブシディアン』
結界が解除される。
マリアンヌはその場にへたり込み、ボロボロと大粒の涙をこぼして泣き崩れた。
「うわぁぁぁん!ルキウス様ぁぁ!私、もうこんな学園嫌ですわぁぁぁ!」
彼女はハンカチを噛み締めながら、全速力で中庭から逃げ去っていった……流石に彼女はドMにはならなかったようだ。少し安心した。
「……うわぁ。ドン引きだよ」
一部始終を見ながらエビフライを完食したレンが、最高の笑顔で拍手をした。
「相手のモンスターを並ばせるだけ並ばせておいて、一切攻撃させずに縛り上げ、毎ターン針で刺すようにじわじわと焼き殺す……。セレスティア、君のプレイング、めちゃくちゃえげつないぞ!あっはっは!」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。おかげでこの『魔石像』の強さが証明されましたもの」
私が満足げに頷いていると、アンナがスッと食後の紅茶を差し出してきた。
「お嬢様、素晴らしい蹂躙でございました。ですが、あの泥棒猫は逃走しました。念のため、実家の男爵領の井戸に遅効性の毒を撒いてきましょうか?」
「だから物理的制裁はやめなさいってば!!」
学園の午後のティータイムは、こうして私の怒号と共に過ぎていくのだった。




