4.LO(ライブラリアウト)使い
翌日。私は逃げるようにしてオブシディアン公爵邸を飛び出し、母校である王立魔法学園へと向かっていた。
理由は単純だ。屋敷の空気が、あまりにもカオスすぎたからである。
正門前では、ルキウス殿下がテントを張り、「セレスティア!今日こそ私を破壊してくれ!」と朝から愛の叫び(騒音)を上げている。
屋敷の庭では、お父様が私兵団を指揮し、「娘に近づく虫を物理的に駆除するためのバリスタ(攻城兵器)」の設置作業を進めている。
そして私の部屋では、アンナが「殿下暗殺計画書(松竹梅の3コース)」をプレゼンしてくる。
(……無理。あんな環境じゃ、デッキ調整もままならないわ!)
私は頭を抱えながら、学園の正門をくぐった。
昨日卒業したばかりの学園に、なぜまた足を運んでいるのか。それは、この学園にしかない「ある施設」が目当てだからだ。
「お嬢様。卒業生であるお嬢様が、わざわざ学園の購買部に何のご用でしょうか?」
影のように付き従うアンナが、不思議そうに尋ねる。
「アンナ、この学園には在校生だけでなく、卒業生や外部の研究者も利用できる『特別購買棟』が併設されているのよ。そこには、市井の店では手に入らない専門的な魔導具や……マニアックなカードを取り扱う専門店があるの」
そう、王立魔法学園は魔導研究の最先端。そこに出入りする業者もまた、一般市場には出回らない希少な品を扱っている。
私の目的は、その一角にあるカードショップだ。
「昨日のカートン開封は楽しかったけれど……結局、一番欲しかった『深淵の宣告者』は2枚しか出なかったのよ」
私はギリリと奥歯を噛み締めた。カードゲーマーの常識として、主力カードはデッキに3枚積む(フル投入する)のが基本だ。2枚では引けない確率が上がる。その数パーセントの甘えが、勝敗を分けるのだ。
「足りない1枚は、金で解決する。それが大人の……いいえ、ガチ勢の流儀よ」
私は特別購買棟の奥まった場所にある、重厚な扉を開けた。
カビ臭い空気と、微かなインクの匂い。
そこには所狭しとショーケースが並べられた、見慣れた光景――『カードショップ』が広がっていた。
「いらっしゃ……ヒッ!?」
店番をしていた店主が、私の姿(と背後のアンナの殺気)を見て悲鳴を上げる。私はそれを無視して、ショーケースにへばりついた。
(あるわね……。禁止スレスレの強力な呪具カードや、絶版になったはずの古代魔法カードが……!深淵の宣告者も買うけど、もう一枚探しているのが…)
「……見つけた」
ショーケースの隅。埃を被ったトレイの中に、そのカードはあった。
『静寂の魔石像』。
レアリティは最低のコモン(一般)。攻撃力も守備力もゼロ。ただフィールドに置くだけの置物。普通の貴族なら見向きもしないゴミカードだ。
(でも、このカードの効果は『お互いに魔法カードを発動できない』……!私の妨害デッキの穴を埋める、最後のサイドデッキ用パーツ!)
「店員さん。これ、いただくわ」
私が指差そうとした、その時、横からスッと伸びてきた青白い手が、同じカードを指差した。
「――店主。その『静寂の魔石像』、僕が買うよ」
「……え?」
私は驚いて横を向いた。
そこに立っていたのは、ボサボサの黒髪を目元まで伸ばし、制服を着崩した気だるげな少年だった。
目の下には濃いクマがあり、手には何冊もの魔導書を抱えている。
「あら。ごきげんよう。……ですが、先に見つけたのは私ですわ」
私は扇子を開き、貴族の威圧感を放った。大抵の生徒ならこれで引く。
だが、少年は私の顔を見ようともせず、ショーケースのカードだけを熱っぽく見つめていた。
「……そのカード、君みたいな高貴なお姫様が使うもんじゃないよ。攻撃力ゼロのゴミだろ?貴族なら、隣にあるキラキラしたドラゴンのレアカードでも買っておきなよ」
煽り。
いや、これは純粋な忠告か?貴族は「映え」を気にすると思っているのだろう。
私はカチンときて、扇子を閉じた。
「……ゴミ、と仰いました?貴方こそ、そのカードの価値を理解していて?」
「は?当たり前だろ」
少年は鼻で笑った。
「そのカードは、特定の永続罠と組み合わせることで『魔法・攻撃・効果』の全てを封殺する『完全ロック』のキーパーツだ。……性格の悪い陰湿なデッキ使いにしか扱えない、至高のクソカードさ。ま、君には分からないかもしれないけどね」
「……ッ!」
私は目を見開いた。
理解っている。この男、このカードの真価を――そして「陰湿なロック戦術」の美学を理解している!
「……へぇ。貴方も『そっち側』なのですわね」
私は口元を歪め、ニヤリと笑った。同族嫌悪と、同族への親近感が同時に湧き上がる。
「私はセレスティア。公爵令嬢ですわ……貴方の名は?」
「……レン。しがない特待生さ」
レンと名乗った少年は、面倒くさそうに頭を掻いた。
「で?どうするのさ、セレスティア。この店に在庫は一枚しかない。……金で解決するか?それとも権力で奪うかい?」
「まさか。我々のような人種が選ぶ解決手段は、一つしかありませんわ」
私は左腕を掲げ、魔導盤を起動させた。
「――『魔導決闘』。勝った方がそのカードを手に入れる。文句はありませんわね?」
「……ハッ。いいね、話が早くて助かるよ」
レンの瞳に、ギラリとした好戦的な光が宿る。
しかし、彼は狭い店内を見回して眉をひそめた。
「だが、ここでやるのはマナー違反だ。カードやショーケースを傷つけるわけにはいかない」
「ええ、同感ですわ。……場所を変えましょう」
◆
私たちは店を出て、学園の敷地内にある『第三決闘場』へと移動した。
休日のため人気はなく、静まり返った石造りのアリーナに、二人の足音が響く。
「まさか卒業した翌日に、また決闘場に立つことになるなんて……」
私は苦笑しながら、定位置についた。対面には、気だるげに、しかし鋭い眼光でこちらを見据えるレン。
『――魔導結界、展開!』
【レン】 MP:4000
【セレスティア】 MP:4000
「先行は僕がもらうよ。ドロー」
レンの手つきは慣れている。無駄のないシャッフル、流れるようなドロー。
そして、彼が第一手として発動したカードを見て、私は確信した。
「永続魔法『忘却の図書館』を発動。……ターンエンドだ」
(……『忘却の図書館』?あのカードは確か……)
私は記憶のデータベースを検索する。
それは、お互いのプレイヤーがカードを引くたびに、強制的に山札の上からカードを墓地へ送らせる効果を持つ。
(……まさか【デッキ破壊】!?)
ライフ(MP)を削るのではなく、相手の山札を切れさせて敗北させる、特殊勝利デッキ。
ハンデスやロックと並ぶ、対戦相手が最も嫌がる「陰湿デッキ御三家」の一角だ。
「私のターン!ドロー!」
私がカードを引くと同時に、レンの魔法効果が発動する。私の山札から、パラパラとカードが墓地へ落ちていく。
「……なるほど。ライフを削り合う野蛮な戦いはお嫌い、ということですのね?」
「ああ。君のデッキも……パーティーでの王子との戦い、見てたよ。相手の行動をことごとく封じる【パーミッション】だろ?」
レンはニヤリと笑った。
「盤面を支配する君と、山札を攻める僕。……どっちが先に相手の『リソース』を枯らし尽くすか。性格の悪い我慢比べといこうじゃないか」
「ふふっ……! 最高ですわ! 脳筋ドラゴンを相手にするより、よほど骨があります!」
私は歓喜した。
求めていたのはこれだ。力押しではなく、互いの首を真綿で締め合うような、ギリギリの頭脳戦(コントロール対決)。
盤面上では高度な読み合いが繰り広げられていた。
「魔法カード発動! デッキ破壊を加速させる!」「――チェーン。無効にして破壊しますわ」「――チェーン。墓地のカードを除外して、無効化を無効にする!」「――チェーン! カウンター罠!」
応酬の末、私の山札は残り1枚。
レンのMPは残り500。
(私の山札は残り2枚。次の私のドローで山札が尽きれば、その瞬間にレンの『忘却の図書館』の効果で追加の墓地送りが発動し、私は敗北する)
極限の緊張感の中、私は最後のドローをした。
「さぁ、永続魔法『忘却の図書館』を発動!この効果でセレスティアのデッキは0となった!次のターンが来た瞬間に敗北が決定する!」
「いえ、……私の勝ちですわ!速攻魔法『生命の代償』! 自分のMPを半分払い、墓地の『暗黒の処刑人』を蘇生! そのままプレイヤーへダイレクトアタック!」
処刑人の鎌が、レンの首元に迫る。
「……チィッ!生命の代償だって!?ぐあぁぁぁぁ!」
レンのMPが消し飛び、決闘場の結界が解除された。
勝った!
ルキウスとの戦いのような一方的な蹂躙ではない。薄氷の勝利。背中にはびっしりと冷や汗をかいていたが、その充実感は半端ではなかった。
「……強かったですわ、レン」
「負けたよ。……まさか、最後の最後にライフを削りに来るとはね。君のデッキ、性格が悪すぎて吐き気がするよ」
「ふふ、貴方のねちっこいデッキ破壊も、鳥肌が立つほど不快でしたわ」
私たちは、互いに歪んだ笑みを向け合い、ガッチリと握手を交わした。
そこには、同じ「日陰者(マイナーデッキ使い)」同士にしか分からない、奇妙な友情が芽生えていた。
「約束通り、そのカードは譲るよ。……でも、次は負けないからな」
レンは背を向け、手をひらひらと振って決闘場を出て行こうとする。
「待ちなさい。……貴方、昼食は?」
「あ? 食ってないけど」
「なら、付き合いなさい。……もっと貴方のデッキ、見せていただきたいですわ」
私は上機嫌で、ショップに戻って購入した『静寂の魔石像』を懐にしまい、レンを誘った。変態王子や親バカ公爵に囲まれたこの世界で、ようやく見つけた「話の通じる相手」。逃す手はない。
「……お嬢様。その男、処しますか?」
背後でアンナが、レンの背中に狙いを定めてナイフを構えている。
「やめなさい。彼は貴重な『対戦相手』よ」
こうして私は、学園の決闘場で、性癖(デッキの趣味)の合う奇妙な友人を手に入れた。
……まさか、彼がこの国の「影の宰相」と呼ばれる公爵家の隠し子であり、後にルキウス殿下と私を巡って泥沼の争奪戦を繰り広げることになるとは、この時の私は知る由もなかったのだが。




