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3.襲来する王子と極悪ハンデス

 爽やかな朝の光が差し込む、オブシディアン公爵邸のダイニングルーム。


 徹夜で新カードを使ったデッキ構築に勤しんでいた私は、少し重い瞼をこすりながら、優雅に(眠気を隠しながら)朝食のクロワッサンを齧っていた。


 長テーブルの向かい側では、この国の筆頭貴族であり、私の父であるヴォルグ・フォン・オブシディアン公爵が、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。


 威厳のある髭を蓄えた、冷徹な政治家として恐れられる父だ。


「……そういえば、お父様」


「ん?なんだい、我が愛しのセレスティア。小遣いが足りなくなったのか?言ってくれれば、カードショップごと買い取ってやろう」


 冷徹な政治家の仮面は、私に対しては秒で剥がれる。重度の親バカである。


「いえ、そうではなくて。……実は昨日、学園の卒業パーティーで、ルキウス殿下から『婚約破棄』を宣告されましたの」


「ブフゥッ!?」


 父様が、飲んでいたコーヒーを盛大に噴き出した。


 むせる父様に、控えていたメイドのアンナが素早く純白のタオルを差し出す。


「な、なんだと!?我がオブシディアン家の至宝であるお前を袖にするなど……!あまつさえ、公衆の面前で泥を塗ったというのか!?」


 父様がバンッ!とテーブルを叩き立ち上がる。その顔は朱に染まり、歴戦の猛将のような殺気が全身から立ち昇っていた。


「あのガキャァ!相手が王家であろうと、娘の尊厳を傷つけた罪は万死に値する!……おい執事長!今すぐ我が領の私兵団を動員しろ!王城を包囲し、あの愚かな王子の首を物理的に刎ね飛ばしてやる!!」


「かしこまりました、旦那様。直ちに攻城兵器の準備をします。ついでに王家を滅ぼしてやりましょう!」


「やめなさいお父様!執事長もノリノリで応えないで!」


 私は慌てて立ち上がり、暴走する公爵家のトップを制止した。


 なんでうちの家(アンナも含めて)、すぐ物理的な制裁で解決しようとするのよ。


「落ち着いてくださいませ。私は全く気にしておりませんし、むしろせいせいしておりますわ。それに、その場で行われた『魔導闘争コンフリクト』にて、私が殿下を1ターンも動かさずに完封ボコボコにいたしましたので、私の名誉は守られております」


「おお……!さすがは我が娘!王家のドラゴンデッキを完封するとは、いつの間にそんなに強く...いや、なんという極悪非道で美しいプレイングだ!やはりお前は私の誇りだ!」


 父様がコロッと表情を変え、嬉しそうに頷く。


 うん、パーミッション(妨害)戦術を褒めてくれるあたり、この親にしてこの子ありだ。


「そういうわけですので、王城への物理攻撃は控えて――」


「――旦那様、お嬢様。失礼いたします」


 その時、アンナがスッと一歩前に出て、氷点下の声で報告を挟んだ。


「ただいま門番より報告がありました。その婚約破棄を突きつけてきた発情した豚……いえ、ルキウス第一王子殿下が、当家の門前にて『私の女王に会わせろ!』『私を否定してくれ!』と叫びながら、ヨダレを垂らして待機しているとのことです」


「……は?」「……あいつ、本当に来たのね」


 私と父様の声が重なった。


「門番には既に『不審者として門ごと物理的に粉砕して構わない』と伝えてありますが、いかがいたしましょうか」


「よしアンナ、やれ。塵も残すな」


「だからダメだって言ってるでしょお父様!!」


 私は頭を抱えた。


 この屋敷、ツッコミ役が私しかいないから胃が痛い。


「……着替えさせて。私が直接、応接室で引導を渡してやるから」


「畏まりました。……お嬢様の慈悲深さ、胸を打たれます」


 アンナは心底残念そうに、隠し持っていたモーニングスター(鉄球)をスカートの奥へとしまった。だからなんでそんなもの持ってるのよ。


       ◆


 オブシディアン公爵邸、応接室。


 私が部屋に入ると、そこには昨日の卒業パーティーでの堂々たる姿からは想像もつかないほど、ソワソワと落ち着きなく歩き回るルキウス殿下の姿があった。


「セレスティア……!ああ、待っていたぞ!」


 私を見るなり、ルキウスは顔をパァッと輝かせ(頬を赤らめ)、すり寄ってこようとした。


 ――ヒュンッ。


 ルキウスの足元、ミリ単位の隙間に、アンナが投げた銀のフォークが突き刺さる。


「……お客様。お嬢様は現在、新弾パック開封による寝不足で大変ご機嫌斜めでいらっしゃいます。これ以上半径二メートル以内に近づかれた場合、王族といえど『去勢』させていただきますわよ?」


「ひっ……!わ、分かった。だが、この熱い思いは止められん!」


 ルキウスは咳払いをして居住まいを正したが、その熱っぽい視線は私に釘付けだ。


「昨日の手紙は読んでくれたか?私は自分の愚かさを恥じた。高いマナを払い、力でねじ伏せることなど無意味。君の、あの緻密な妨害魔法による徹底的な管理こそが、私の魂を完成させるのだと!」


「……ええ、拝見しましたわ。燃やしましたけど」


「燃やした……!ああ、なんという冷酷な扱い!素晴らしい!」


 ダメだ。何言ってもご褒美に変換される。


 言葉のドッジボールどころか、私が投げたボールを顔面で受け止めて喜んでいる状態だ。


「殿下。婚約破棄は貴方が昨日、全校生徒の前で宣言したことです。今更撤回など……」


「ならばもう一度、神聖なる『魔導闘争コンフリクト』で決めようではないか!私が勝てば婚約破棄は撤回!君が勝てば……好きにしていい!」


 ルキウスは左腕の魔導盤をガシャンと起動させた。


(……好きにしていい、ね。二度と私の視界に入らないって誓約書でも書かせてやるわ)


「よろしいですわ。……ただし、泣いて後悔しても知りませんわよ?」


「フッ、望むところだ!さあ、私を否定してみせろ!」


 私は冷たく扇子を閉じ、魔導盤を起動した。


『――魔導結界、展開コンフリクトスタンバイ!』


【ルキウス】 MP:4000

【セレスティア】 MP:4000


「今回はダイスロールの結果、私の先行ですわね。……いきますわよ」


 私は手札の5枚を確認した。


 昨夜、徹夜で組み上げた新しいデッキ。それはパーミッション(妨害)よりもさらに性質タチの悪い、カードゲーマーなら誰もが嫌悪する極悪戦術。


 ――【手札破壊ハンデス】デッキだ。


「私のターン。ドロー」


 相手にカードを使わせないなら、そもそも「使うカード」を物理的に消し去ってしまえばいい。それがハンデスの基本理念である。


「私は魔法カード『貪欲なる知恵』を発動。手札を2枚補充しますわ。……そして、魔法カード『精神の強奪者』を発動」


 私のフィールドに、不気味な黒いローブを纏った怨霊が具現化した。


「この魔法は、相手の手札を全て『確認ピーピング』し、その中から2枚を選んで墓地へ捨てさせますの」


「なっ……!私の手札を、覗き見るだと!?」


 ルキウスが驚愕の声を上げる。

 彼の前にホログラムとして展開されていた5枚のカードが、私の魔導盤に丸見えの状態で表示された。


(……うわぁ。手札事故起こしてるじゃない。高コストのドラゴンばかり。本当にマナカーブって概念がないのね、この人)


「私は、貴方の手札から『竜の託宣』と『白銀の幼竜』を墓地へ送らせていただきますわ」


「ぐっ……!私の初動カードが……!」


 ルキウスの手札が、5枚から3枚に減る。


 だが、私のえげつない先行展開はこれだけでは終わらない。


「さらに、私は2マナを支払い、モンスター『暗黒の処刑人』を召喚。このモンスターが召喚に成功した時、相手は手札をランダムに1枚捨てなければなりませんわ」


 ガシャン!とフィールドに巨大な処刑人が現れ、ルキウスの手札をさらに1枚、ランダムに叩き落とした。


「ああっ!私の……!」


「そしてカードを2枚伏せて、ターンエンドですわ」


 私の先行1ターン目が終了した時点で、ルキウスの手札は初期の5枚から「2枚」にまで減っていた。


(……ふふふ。これでどう?何もさせないどころか、そもそも何も持たせない。カードゲーマーが一番萎える戦術よ。さあ、絶望してさっさと帰りなさい)


「……くっ。私のターン……ドロー!」


 ルキウスが忌々しげにカードを引く。これで彼の手札は3枚。


「こいつは...ふはは、手札を削られようと、王者の心は折れん! ――」


「良いカードを引いたら黙ってプレイしないと駄目ですわよ?――そのドローフェイズに処理を挟みますわ!」


 私は冷たく宣告し、足元の魔法陣リバースカードをオープンした。


「罠カード、オープン。『間違った処刑』」


「……なに?」


「このカードは、自分フィールドの『処刑人』と名のつくモンスター1体をリリースに捧げ、さらにMPを1000支払うことで初めて発動できる、極めて重い発動条件を持つ罠ですわ」


「なっ……! 自分のモンスターとマナを犠牲にするだと!?」


「ええ。私は先ほど召喚した『暗黒の処刑人』をリリースし、MPを1000支払いますわ」


【セレスティア】 MP:4000 → 3000


(……ふふふ。召喚時のハンデス効果を使い終わったモンスターを、無駄なくそのまま罠のコストに変換する。これぞシナジーを活かした美しいコンボよ!)


「その効果は――相手がカードをドローしたフェイズ時、相手の手札を3枚墓地に送る。そして、送った枚数×500のダメージを受けますのよ」



「……え?は?」



 ルキウスがポカンと口を開けた。


 その直後、私のフィールドから処刑人が消滅し、代わりにルキウスの首にギロチンが現れる。

 

「うっ...わぁあああぁ!なんだこれは!?」


 ギロチンは容赦無くルキウスの首...では無く、手元のカードをバラバラに切り裂いた。


「あ,、ああ……!首、私の、いや首は無事か......いや、なんだと!?私の手札が……ゼロに……!?」


 さらに、手札3枚分のペナルティダメージがルキウスを襲う。


 バチィィィィンッ!!


「がはぁぁぁッ!?」


【ルキウス】 MP:4000 → 2500


 ……静寂。


 応接室に、結界の稼働音だけが響く。


 ルキウスのフィールドは空っぽ。そして、手札は0ゼロ


 カードゲームにおいて、手札がないということは「選択肢が何もない」ことを意味する。彼はただ、突っ立っていることしかできない案山子かかしに成り下がったのだ。


「……さあ、殿下。まだ貴方のメインフェイズですわよ? 何か行動アクションは?」


 私は扇子で口元を隠し、極上の悪役スマイルで問いかけた。


「手札がないなら、何もできませんわよね?ならばターンエンドを宣言するしかありませんわ……どうあがいても、貴方に勝機はありませんのよ」


 徹底的な蹂躙。


 カードを出すことすら許されず、持っているもの全てを奪われる絶望感。これなら流石の変態王子も心が折れて、「卑怯だ!」と泣き叫んで帰るはずだ。


「……あ、あぁ……」


 ルキウスは空っぽになった自分の両手を見つめ、ワナワナと震え出した。


 そして。


「…………素晴らしいッ!!」


 彼が顔を上げた瞬間、私は絶句した。


 ルキウスの顔は、絶望するどころか、かつてないほどの歓喜と恍惚に満ちていたのだ。


「えっ」


「ワンダフル!手札を……私の可能性を、芽吹く前に全て叩き落とす……!盤面に出すことすら許さず、私から『選択肢』という名の自由を完全に奪い去った……!」


 ルキウスは自身の体を抱きしめ、熱い吐息を漏らしながら身悶えし始めた。


「ああ、なんて圧倒的な無力感だ……!君の前に立つと、私は自分が何もできない無力な存在であることを思い知らされる……!この、手も足も出ない絶対的な拘束感……たんまらないッ!!」


「ちょ、ちょっと待って。なんで喜んでるのよ!?」


「セレスティア!!君は天才だ!妨害魔法のさらに先、手札破壊という究極の『管理』を私に与えてくれるとは!私は君の引いたレールの上でしか息ができない……ああ、もっと私から奪ってくれぇぇッ!!」


 ドMが進化してしまった。否定されるだけでは飽き足らず、全てを奪われることに極上の快感を覚えるという、末期症状だ。


「お嬢様」


 背後で、アンナがスッと私に銀色の小さな瓶を差し出した。


「もはやコンフリクトではあの豚の性癖を歪ませるだけです。こちらの『即効性の猛毒』をお使いください。お茶に一滴混ぜるだけで、五臓六腑が溶けて――」


「ダメだって言ってるでしょ!!」


 私はアンナの毒瓶を引っ手繰り、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 なんでこうなるの。私はただ、嫌われたくて徹底的に陰湿なデッキを組んだだけなのに。


「セレスティア!私は負けを認める!サレンダーだ!さあ、次は私をどう痛めつけてくれるんだ!?毎日この仕打ちを受けられるなら、王位継承権など捨ててもいい!」


 目をキラキラ(ギラギラ)させて迫ってくる変態王子。


 暗器のカタログを開きながら「どのように解体するか」を真剣に悩み始めたヤンデレメイド。


 そして、門の外で攻城兵器の準備を始めた親バカな公爵。


(……助けて。誰か、まともなカードゲーマーはこの世界にいないの……?)


 私のささやかなスローライフの夢は、手札リソースと共に完全に枯渇し、音を立てて崩れ去っていくのだった。

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