1.断罪は魔導決闘で
「セレスティア・フォン・オブシディアン公爵令嬢!この私、第一王子ルキウス・ヴァン・ドラグーンは、今この場をもって貴様との婚約を破棄する!」
王立魔法学園、卒業記念パーティー。
煌びやかなシャンデリアが照らす大広間に、ルキウス殿下のよく通る、しかし底の浅い声が響き渡った。
楽団の演奏がピタリと止まり、数百人の貴族生徒たちの視線が一斉にこちらへと突き刺さる。
ルキウス殿下の隣には、小動物のように怯えて彼にしがみつく、可憐な男爵令嬢マリアンヌの姿があった。
「貴様のような冷酷で、陰湿で、愛の欠片もない女など、次期王妃にはふさわしくない!私はこの真実の愛に生きるマリアンヌと結ばれる!」
ざわめきが広がる。テンプレ通りの断罪イベント。いじめの証拠だの、身分差の恋だの、陳腐なセリフがルキウスの口からぽんぽんと飛び出していく。
その視線を一身に浴びながら、私、セレスティア・フォン・オブシディアンは、優雅に扇子を広げて口元を隠した。
「……まぁ。それはそれは、ご立派な決断ですこと、殿下」
余裕の笑みを浮かべ、私は冷ややかに言い放つ。完璧な悪役令嬢の所作。公爵家の娘としてのプライド。
(……あー、長い。話が長い。早く終わらせて帰りたい。今日発売の新弾パック『深淵の魔神箱』を予約してるんだから。早く家に帰ってバリバリとパックを剥きたいのに、なんでこんなテンプレイベントに巻き込まれてるのよ、私ぃ!)
私の内心は、極めて俗物的で、焦燥感に満ちていた。
そう、私は転生者だ。しかもついさっき前世を思い出したばかり。
だけど、この体...今まさに理不尽に婚約破棄されそうになっているセレスティアと一体化している。初めから自分がセレスティアだったという錯覚。自分の知識とセレスティアの知識が混ざり合い、新たな自分を形成している。
私は前世でしがない社会人でありながら、休日のすべてをカードゲームに捧げ、大型大会で上位入賞を果たすほどの、正真正銘の「ガチ勢」だった。私の血は紙で出来ているのだ。あぁ紙をしばきたい。
不慮の事故でこの乙女ゲームのような世界に転生したわけだが、今この脳に流れ込む情報を整理すると、なんとこの世界には私のオタク魂を刺激してやまない、最高のシステムが存在するらしい。
その名も――『魔導決闘』。
この世界では、魔法の才能は「魔力」ではなく、精霊や術式を具現化する『魔導カード』の強さと、それを扱うプレイングに依存している。なぜそんなことになっているかは深い歴史があるそうだが、そこらへんはよく分からない。
ともかく、貴族の身分争いも、領地の境界線も、そして恋愛の縺れすらも、すべては神聖なる盤面の上で、カードのぶつけ合いによって決着をつけるのが、この世界の絶対的な理なのだ。
「……不服そうな顔だな、セレスティア!言葉で言い逃れようとしても無駄だぞ!」
ルキウスが私を指差し、自信満々に吠える。
いや、扇子で隠してるから顔見えないでしょ。
「この学園の、いや、この世界のルールに従い、貴様の罪は神聖なる『魔導決闘』にて裁かせてもらう!もし私が勝てば、貴様は公爵家から追放され、この国から出ていってもらうぞ!」
ルキウスはバサァッ!とマントを翻し、左腕に装着された王家専用の豪奢な魔導盤を起動させた。
「もちろん、受けて立つよな? それとも、自分の非を認めて尻尾を巻いて逃げるか?」
挑発に乗る観客たちが、「やれ!」「公爵令嬢の鼻を明かしてやれ!」と囃し立てる。
私は小さくため息をついた。
「よろしいですわ。殿下がそこまで仰るのなら、お相手して差し上げます」
私が扇子を閉じ、左腕の魔導盤を起動しようとした、その時だった。
ギチチチチチ……!
背後から、何かが軋むような不吉な音が響いた。
「……お嬢様。私が今すぐ、あの発情した豚(王子)の喉笛を掻き切ってまいりましょうか?お嬢様の神聖なるデッキと、貴重なお時間を、あのような下等な輩との遊戯に浪費するなど、万死に値しますわ」
私の専属メイド、アンナだ。
純白のエプロンドレスを着こなす彼女は、完璧な淑女の笑みを浮かべているが、その瞳孔はガンギマリに開いており、スカートの隙間からは銀色に光る暗器がチラ見えしていた。
「やめなさいアンナ。神聖な儀式の場で血を流せば、私のカードに汚れがつくでしょう?」
「……ッ!申し訳ございません!お嬢様のカードに私の穢れた血が……!ああ、なんという失態!切腹してお詫びを!」
「切腹もしなくていいから下がってなさい」
相変わらず重すぎる忠誠心(と狂気)を持つメイドを制し、私は前に出た。
「さあ、始めましょうか。殿下」
「フン!泣いて許しを乞うても遅いぞ!」
ルキウスと私が対峙する。
周囲の貴族たちが円形に広がり、即席の闘技場が形成された。
『――魔導結界、展開!』
二人の声が重なり、半透明の光のドームが私たちを包み込む。
【ルキウス】 MP:4000
【セレスティア】 MP:4000
魔導決闘は手持のMPが尽きるまで戦う。MPは相手や自分のカードの効力によって増減し、0になれば敗北を意味するのだ。使えるカードの枚数にも制限が設けられており、現代日本のカードゲームさながらの厳格なルールが存在する。
「私の先行だ!ドロー!」
ルキウスが勢いよくカードを引く。
(……この世界のエリート貴族どもは、どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに『高レアリティの大型モンスター』や『派手な攻撃魔法』を好む)
私は手札の5枚を確認しながら、冷ややかに分析した。
彼らはそれを「王者の戦い」と呼び、緻密なリソース管理や妨害を「卑怯者のすること」として軽蔑している。要するに、マナカーブもシナジーもガン無視の『脳筋ロマンデッキ』しか握っていないのだ。
「私は手札から『竜の託宣』を発動!2マナを支払い、山札からドラゴン族モンスターを手札に加える!そしてターンエンドだ!」
ルキウスは得意げにカードを見せつけ、ターンを終了した。
(……ほらね。マナ加速もせずに大型をサーチしただけ。初動が遅すぎるのよ。ま、それが悪いとは言わないけど)
「私のターン。ドロー」
私は静かにカードを引く。
私の握っているデッキは、この世界の常識である『大型ビートダウン』とは真逆の存在。相手の行動を徹底的に制限し、リソースを枯渇させ、じわじわと真綿で首を絞めるようにライフを削り取る、最悪の陰湿デッキ――【パーミッション&ロックバーン】だ。もっともセレスティア自身はこのデッキを使いこなせてなかったみたいだけど。
(そのせいで学園での成績も悪く、こんな婚約破棄にまでなってるのよね...でも今の私ならこのデッキの使い方が手に取るように分かる!)
「私は2マナを支払い、永続魔法『呪縛の茨』を発動。そしてカードを3枚伏せて、ターンエンドですわ」
私のフィールドに、茨の蔦が具現化する。そして、足元に3枚の魔法陣がセットされた。
モンスターを1体も出さない私のプレイングに、周囲の貴族たちがざわめく。
「なんだあのプレイングは?モンスターを出さないだと?」「やはり女の細腕では、強力な魔獣を使役することはできないのだろう」「ハッ、勝負あったな!」
ルキウスもまた、勝利を確信したように高笑いした。
「ハハハ!どうしたセレスティア!恐れをなして守りに入ったか!だが、無駄なことだ!私のターン、ドロー!」
ルキウスがカードを引いた瞬間。
「――そのドローフェイズに処理を挟みますわ。永続魔法『呪縛の茨』の効果発動。貴方がカードを引いた時、貴方に200のダメージを与えます」
バチィッ!
「ぐあっ!?」
ルキウスの体に、茨の蔦が絡みつき、微弱な電流のようなダメージを与えた。
【ルキウス】 MP:4000 → 3800
「チッ、小賢しい真似を!だが、こんなかすり傷など王者の誇りには届かん!私は3マナを支払い、魔法カード『竜の咆哮』を発動!フィールドの伏せカードを1枚破壊する!」
ルキウスが叫び、炎のブレスが私の伏せカードの1枚へと襲いかかる。
「これで貴様の姑息な罠は――」
「――チェーン確認。よろしいですか?」
私は扇子をパチンと閉じ、冷たい声で宣言した。
「は?」
「伏せカード、オープン。カウンター罠『魔力枯渇の宣告』。相手が魔法カードを発動した時、その発動を無効にし、破壊しますわ」
シャキィィィンッ!!
私の足元から青白い光の壁が展開され、ルキウスの放った炎のブレスを瞬時に飲み込み、霧散させた。
「なっ……!?私の魔法が、消えた……!?」
ルキウスが目を見開く。
この世界では、カウンター罠(相手の行動に直接干渉して無効化するカード)の概念が極端に薄い。なぜなら「正面から受け止めて力でねじ伏せる」のが美しいとされているからだ。相手の詠唱そのものをキャンセルするなど、卑怯の極みとされている。
(そのせいで市場に全く出回ってないのよね。セレスティアもよく集めたわ。こんなマイナーカード。)
「な、なんだあのカードは!?」「魔法の発動そのものをなかったことにしただと!?」
観客がどよめく中、私は優雅に微笑んだ。
「おや?どうなさいました、殿下?ターンはまだ終わっていませんわよ?」
(……よし。これでルキウスの手札の魔法は腐った。あとは本命の大型を通さなければいいだけ。胃が痛い。もしここでカウンター系のカードを引かれてたらキツいけど……まあ、脳筋のコイツのデッキに入ってるわけないか)
「お、おのれ……!小細工ばかりを!だが、私の本命はここからだ!私はフィールドの魔法陣を贄とし、我が魂の相棒を召喚する!」
ルキウスの魔力が爆発的に膨れ上がる。
マリアンヌが「きゃあ、素敵っ!ルキウス様!」と黄色い声を上げる。
「天を焦がし、地を焼き尽くす絶対的覇者!いでよ、『白銀の双頭竜』!!」
ゴオォォォォォォッ!!
闘技場に巨大な魔法陣が浮かび上がり、圧倒的な熱量と共に、純白の鱗を持つ二つの頭を持つ巨大なドラゴンが顕現しかけた。
攻撃力3000。出されれば、私のライフの4分の3が消し飛ぶ超大型モンスターだ。
「見よ!この圧倒的な力を!貴様の小細工など、この竜の爪で――」
「――チェーン。罠カード、オープン」
ルキウスの絶叫を、私の平坦な声が切り裂いた。
「……え?」
「カウンター罠、『破滅の闇』。相手が攻撃力2000以上のモンスターを召喚した時、そのモンスターを破壊し、ゲームから除外しますわ」
ズゴォォォォォォンッ!!!!
顕現しかけていた『白銀の双頭竜』の足元に、底なしの暗黒空間がパカリと口を開けた。
ドラゴンは悲鳴を上げる間もなく、その巨体をブラックホールのような穴へと吸い込まれ――文字通り、跡形もなく消滅した。
シーン……。
大広間に、水を打ったような静寂が落ちた。
エースモンスターの召喚。それは決闘における最大の見せ場であり、カタルシスの頂点であるはずだ。
それを、ただの「伏せカード1枚」で、出た瞬間に消し去られたのだ。
「あ……え……?」
ルキウスは、空っぽになったフィールドを見つめ、間の抜けた声を漏らした。
自分が今、何をされたのか理解できていない。
「……ま、待て。私の……私の双頭竜が……ならば、蘇生を...!......墓地にもいない?ど、どこへ行ったのだ……?」
「除外領域ですわ。二度と帰ってきません」
私は扇子で口元を隠し、冷酷に告げた。
「さあ、殿下。まだ貴方のターンですわよ?次のカードをどうぞ」
「くっ……!私は手札から……!」
「――チェーン。手札から誘発効果を発動。『流れの幽霊』。貴方のデッキからのサーチ効果を無効にします」「なっ!?ならこのカードで……!」「――チェーン。伏せカード『強制反転』。そのモンスターを手札に戻しますわ」
「バカな……!だったらこれで……!」
「――チェーン。無効」「――チェーン。破壊」「――チェーン。除外」
終わりのない否定。
ルキウスがカードをプレイしようとするたび、私はそれを全て「無効」にし、「破壊」し、「除外」した。
彼のやりたいこと。彼が信じた王者の戦術。
その全てを、私は盤面に出る前に握り潰した。
「あ……あぁ……」
ルキウスの手札が、ゼロになった。
彼のフィールドには、モンスターも魔法も、何一つ存在しない。完全なる更地。
対して私のフィールドには、毎ターン確実にダメージを与える『呪縛の茨』と、手札を満たした圧倒的なリソースの差があった。
「……私のターン。ドロー」
私がカードを引く。
「『呪縛の茨』の効果。毎ターンの維持コストとして、お互いに500のダメージを受けますが……私は魔法カード『精霊の加護』でこれを無効化。貴方だけがダメージを受けますわ」
バチィッ!
「がはっ……!」
【ルキウス】 MP:500 → 0
ピーーーーッ。
無機質な電子音と共に、ルキウスのマナポイントがゼロになったことを告げるウィンドウが空中に表示された。
圧倒的。
一方的。
ルキウスは、ただの一度も攻撃を宣言することなく、自分の思い描いた盤面を一つも作らせてもらえないまま、完封負けを喫したのだ。
『勝者、セレスティア・フォン・オブシディアン』
結界が解け、現実の空気が戻ってくる。
大広間は、もはや恐怖に近い静寂に包まれていた。誰もが、息をするのすら忘れて、私のことを見つめている。
(……よ、よぉぉぉぉしッ!!完璧なパーミッション決まったぁぁ!初期手札が上振れてたおかげだけど、心臓バクバクだったわ!あーもう、早く帰って現状確認と、あとデッキ調整したい!)
内心ではガッツポーズを決め、滝のような冷や汗を流している私だが、表面上は一ミリもそれを崩さない。
私はゆっくりと歩み寄り、膝をついて呆然としているルキウスを見下ろした。
「……お分かりいただけましたか、殿下」
私は扇子を閉じ、その冷たい先端で、ルキウスの顎をくいと持ち上げた。
「……ッ」
ルキウスが息を呑む。
「貴方の力押し(ロマン)など、私の構築の上では児戯に等しい。……貴方には、私を傷つけることすらできないのですわ」
私は、極限まで見下すような、氷のように冷たい瞳で彼を射抜いた。
……というのは建前で、本当は「早く帰りたい」という虚無の目をしているだけなのだが。
婚約破棄。これで私は自由の身だ。田舎の領地にでも引きこもって、一生カードゲームをして暮らそう。
「それじゃあ、ごきげんよ――」
「……美しい」
踵を返そうとした私を引き止めたのは、震えるような、熱を帯びた声だった。
「……え?」
振り返ると、ルキウスが私の足元に跪いたまま、私のことを……見開かれた、ギラギラと燃えるような瞳で見つめ返していた。
彼の顔は敗北の屈辱で青ざめているどころか、異常なほどの熱を帯びて紅潮している。
「あ、ルキウス様……?」
隣でマリアンヌが不安そうに声をかけるが、ルキウスは彼女を乱暴に振り払った。
「触るな! ……ああ、なんということだ」
ルキウスは自分の胸を強く抑え、恍惚とした表情で喘いだ。
「私の……私の戦術の全てを先読みし、一切の行動を許さず、真綿で首を絞めるようにいたぶる……あの冷酷なプレイング……。そして、私をゴミのように見下ろす、あの蔑みの瞳……ッ!」
(……はい?)
私は扇子の裏で、顔を引きつらせた。
なんだ、この王子の反応。
「素晴らしい……! 今まで私に媚びへつらうだけの女ばかりだった。だが、お前は違う!私を完全に『支配』した……!ああ、ゾクゾクする!私の魂が、お前のその理不尽なまでの管理を求めているッ!」
「え、ちょ……殿下?」
「セレスティア!!」
ルキウスが、私の手首をガシィッ!と強く握りしめた。
「婚約破棄は撤回だ!いや、むしろ今すぐ私と結婚してくれ!そして、毎晩その陰湿なデッキで私を絶望の淵に叩き落としてくれぇぇッ!!」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
私は思わず、完璧な令嬢の仮面をかなぐり捨てて素っ頓狂な声を出してしまった。
待って。この男、ドMなの!? 圧倒的なパーミッション(否定)を食らいすぎて、脳の配線がバグったの!?
「お嬢様……」
背後から、地の底から這い出るような怨嗟の声が聞こえた。
アンナだ。彼女の手には、銀色に光る解体用のメスが握られている。
「この汚らわしい豚が、お嬢様の玉の肌に触れました……。腕から切り落としますか?それとも首からですか……?」
「やめなさいアンナ! 国際問題になるから!」
「セレスティア! さあ、もう一度コンフリクトだ! 私の全てを否定してくれ!」「ルキウス様ぁぁ! 私のことはどうなるんですかぁぁ!」「お嬢様、やはりこの場でミンチに……!」
阿鼻叫喚の卒業パーティー。
私の「穏やかなカードゲーム三昧のスローライフ」という計画は、チュートリアルにして、変態王子とヤンデレメイドの狂騒によって、木っ端微塵に粉砕されたのだった。




