1年後 新たな任務
「ふ……普通の、兵士になりたい……」
ハグリアでの事件解決から1年後。俺は20歳になっていた。
そして今も相変わらず黒紋監察室で紋影官なんかをやっている。
うおぉぉぉ……もういやだ、やめたいぃ……。
「あらんレオンちゃん。帝都に帰ってきて早々、そんなことを言ってぇ。どうしちゃったのぉ?」
声をかけてきたのは先輩紋影官であるソフィアさんだ。紫髪でゆるふわな雰囲気だが、腕を組むとやたらでかいおっぱいが形よく持ち上がる。
こういうの、セクシーお姉さんっていうんだろうな……。
「そりゃ一般兵になりたくもなりますって! この間は大貴族の馬車襲撃を計画していた賊を潰し、そして今回は商人見習いとして潜り込んだ先で、闇取引をしていたマフィアとのドンパチに巻き込まれたんですよ!? この仕事、命がいくつあっても足りませんって!」
黒紋監察室の存在意義やら仕事内容はわかる。
だがあまり戦闘向きの異能を持っていない俺からすると、ここでの仕事はかなりハードだった。
「ただでさえここ最近は戦闘任務が続いているし! 勘弁してほしいんですよぉ!」
この1年、俺は一人前の紋影官と認められ、以前よりも単独かつハードな任務が舞い込むようになっていた。
正直、戦闘が発生する任務についてはもっと適任者がいるだろ……!?
「まぁまぁ。それだけ室長もレオンくんに期待しているってことよぉ。それにあの人、意図して若い子に戦闘経験を積ませる人だし」
「聞きたくなかった……」
え、つまりわざと俺に戦闘任務を振ってんの?
そりゃ戦闘向きの異能持ちならいいけど、俺はべつにそこまで戦闘が得意なわけではないのに……!
「ほらレオンちゃん。いい子いい子~」
「わぷっ!?」
ソフィアさんに抱きしめられ、そのまま頭を撫でられる。
か……顔が胸に埋まって……なんだこの空間……!?
「帰ってきてすぐにソフィアの胸に顔をうずめるとは、なかなかいい身分な後輩」
「っ!?」
背後から無機質な声が聞こえる。とっさにソフィアさんから離れようとしたが、彼女は俺をガシッと掴んでおり解放してくれなかった。
「あらんノアちゃん。レオンちゃんったらたくさん危険な目にあって慰めてほしいみたいよぉ」
「……後輩、ヴァネッサが呼んでいる。ソフィア、後輩を解放して」
「しょうがないわねぇ」
ようやく解放され、ノア先輩と向き合う。普段から無表情なノア先輩だが、なぜだか軽蔑の目で見られているような気がする……。
「ん。後輩、さっさと行け」
「う……うぃ~す……」
「新しい任務かしらねぇ? レオンちゃん、がんばってねぇ~」
黒紋監察室の拠点は帝都アイゼンスタッドの中央に位置する城の中にある。
紋影官となった俺はこの3年で当たり前のように城内を歩くようになったが、当時はこんなひょいひょい城に入ることになるとは思っていなかったな……。
最初のころに感じていた新鮮味や感動はすでにない。ハードな任務続きで俺の感性は死んでしまったのだ……いや、生きているけど。
「今度はなんの任務を言い渡されるのか……はぁ」
ちなみに黒紋監察室が入っている区画には関係者以外にほとんど立ち入れる人がいない。
紋影官は基本的に顔を隠すので、この区画以外を出歩くときは黒仮面をつけるようにと言われていた。
つまり表立って堂々と城内を歩ける身分ではないのだ。別に気にしないけど。
「……どうせまたろくでもない戦闘任務を言い渡されるんだ。よし、たまにはこっちからちゃんと要望を出そう」
とくにだれともすれ違うことなくヴァネッサ室長の部屋の前にたどり着く。扉をノックすると「入れ」と簡潔な声が聞こえた。
「失礼します」
「来たかレオン。先日の任務の報告書は確認した、ご苦労だったな」
ヴァネッサ室長はいつもと変わらない様子で声をかけてくる。つまりいつもと変わらない様子でこのまま次の任務を伝えるつもりだ。
俺は機先を制するように手を上げた。
「ん? どうした?」
「室長……! お願いです、戦闘任務はもうやめてください……!」
「ほぉう?」
ヴァネッサ室長がおもしろいものを見つけたかのように口角を上げる。
「もともと俺の異能が戦闘に向いていないのはご存知でしょう!? 仙勁だってそう大したレベルじゃないし……! こんなんじゃ命がいくつあっても足りませんって!」
精一杯思いのたけを述べる。これに対してヴァネッサ室長は笑みを崩さずに問いかけてきた。
「紋影官の仕事に戦闘はつきものだ。もちろん絶対ではないが、そういう任務は必ず発生する」
「毎回戦闘任務にしなくてもいいじゃないですか! これじゃ薄給でも一般兵のほうがまだマシですって!」
「では紋影官を辞めるか?」
「う……そ、それは……」
辞めたい。普通の兵士になりたい。そう思っているのは間違いないのだが、その言葉が俺の口から出ることはなかった。
辞めたいと考えたとき、いつも同時に1年前……リシェルのことを思い出す。あのとき、俺は紋影官だったからこそ、帝国の法を捻じ曲げて彼女を無罪にできた。
そう……あの判断に私情が混じっていたのは疑いようがない。
限定的とはいえ紋影官は“黒入り”案件に対して帝国法より優先した現場判断を許されている。この特権があるうちは、俺はもしかしたら今後も私情で友人を助けられるかもしれないのだ。
「どうした? 戦闘任務はいやなのだろう?」
「んぐ……」
紋影官をやっている者たちは、各々理由があってこの仕事を続けているのだろう。帝国に対する愛国心や忠誠心、報酬、プライド……理由はさまざまなだと思う。
そして俺が危険な仕事だと理解しつつ今も紋影官をしているのは、この特権の持つ強さを実感してしまったからであった。
少なくともあの場に俺が紋影官としていなければ、リシェルは罪に問われていたはずだ。
「いや、あのですね? まぁたしかに戦闘はある程度は仕方がない部分もありますけどね? その……もう少し頻度を考えていただけるとありがたいといいますか……ね?」
「ふ……辞める気はないようで何よりだ」
くそぅ……絶対に見破られている……!
1年前、俺にリシェルが関係する任務に就かせたのは、今思うとヴァネッサ室長の策略だったのかもしれない。
「まぁよかろう、そこまで言うのなら次の任務は戦闘がメインではないものにしよう」
「…………! ほ、本当ですか!」
「ああ。2つあるが、そのうちの1つをさっそく済ませようと思う。お前の任務内容はわたしについてくること。そして一言も話さないことだ」
「……ん?」
どうやら今から新たな任務がスタートするようだ。それにヴァネッサ室長も関係してくるみたいだけど……。
「実は第二皇子とその一派に呼ばれていてな」
「ふぇ!?」
「お前が帝都にいなかった時の話だが、第一皇子がわたしに接触してきたのだ。次の皇帝位を見据えている第二皇子からすれば、黒紋監察室が第一皇子派になるのか気になって仕方がないのだよ」
「はぁ……」
紋影官なんて仕事をしている以上、現在の帝国の状況についてはおおよそ理解できている。現皇帝に子供は9人いるが、そのうち男は3人。
アイゼンブルク帝国は代々男性が皇帝になってきた。歴史もあるため、次期皇帝はこの3人のうちのだれかだと目されている。
「次期皇帝争いに巻き込まれているんですか?」
「立場のある身だ、完全に無関係というわけにはいかん。だが黒紋監察室としてはどの陣営にも味方はせん。我らはあくまで皇帝直属の組織に属する立場だからな」
「ならなぜ……」
「バランスの問題だ。第一皇子に接触してしまったのだ、ここでわたしが第二皇子との面会を断れば、いろいろ勘ぐる者たちが出てくるだろう?」
もしかしたら黒紋監察室は第一皇子の味方をしているのではないか。黒紋監察室といえば皇帝直属、もしや皇帝陛下は第一皇子を次期皇帝にしようとしている……!?
という具合にいろいろ勘ぐられてしまうのだろう。ヴァネッサ室長も大変だ。
「皇帝直属といっても、いろいろ面倒事に巻き込まれるもんなんですね……」
「むしろ皇帝直属だからだ。いい機会だ、お前も第二皇子とその一派の顔を覚えておけ」
「了解です」
どうやらヴァネッサ室長は、俺に貴族たちの顔を覚えさせる目的もあるらしい。
でもついていって黙って立っているだけでいいなら楽な仕事だ。戦闘なんて起こりようがないし。
「質問は?」
「ありません」
「よろしい、黒仮面をつけろ。決して外さず、また声を出すんじゃないぞ?」
「了解です」
懐から黒仮面を取り出して装着する。もうすっかりこの仮面をつける行為にも慣れてしまったな……。
◾️
「よく来てくれた、ヴァネッサ室長」
「お久しぶりです、アシュレイ皇子」
ヴァネッサ室長に連れられた先は城の隣にある皇族たちの住まい……皇宮だった。実は何気に皇宮に入るのは初めてだったりする。
さすが皇族専用の住居だけあってかなり広い。それにあちこちに高そうなツボや絵画が飾られている。
通された部屋もふわっふわな絨毯が敷かれており、広い部屋のあちこちに絵画が飾られていた。
そんな部屋の真ん中にあるどでかい真っ赤なソファーに第二皇子アシュレイ殿下が座っている。
たしか陛下が22歳のときに生まれた皇子だから、今は28歳くらいか……?
恰幅がいいし、いかにも裕福な育ちという雰囲気だ。物腰も柔らかそうで温和……というのが第一印象かな。
アシュレイ殿下の座るソファーの後ろには、ずらりと貴族たちが並んで立っており、そのほぼ全員が俺をチラチラと見てきていた。




