先輩のジョークグッズと皇女の憂鬱
幽霊……幽霊ってあの幽霊?
いやまぁ、見たことないし、どの幽霊か話すのも難しいんだけど。
「面白そうじゃないか。続きを聞かせてくれよ」
「少し前から学院内に白いモヤのようなものが出たという目撃例があってな」
「白いモヤ……?」
「そうだ。過去3ヶ月で4人の目撃例がある」
過去3ヶ月で4人……多いのか少ないのか微妙なラインだ。
「霧とかじゃないんすか?」
「ああ。霧だと全体的に広がるものだが、そのモヤはだいたい人くらいの大きさで漂っているらしい。しかしいずれもすぐに姿が消えるようだ」
人くらいの大きさの白いモヤが漂っており、しかもすぐに姿を消す。なるほど……たしかにそこだけ聞けば幽霊っぽい。
実際に本物の幽霊さんがいたとして、そんな芸当ができるのかは不透明だけど。
「面白そうだが、1つ目の調査任務に比べると地味だな。というか紋影官が動く案件だとは思えないが……」
たしかに! いくら皇帝陛下の私兵という側面があるとはいえ、紋影官は基本的に「大事になる前に、秘密裏に事件を解決する」のが仕事だ。
……まぁ任務を遂行するうえで、結果的に領主が捕まってしまったりと大事になってしまうときもあるけど。
また紋影官に任される仕事は、「帝国にとって大きな問題の種になり得るものを発芽する前に処分する」というものがメイン。
この幽霊調査はあまり紋影官向きではない気がする。
「いや、紋影官が動く条件が整っている」
「へぇ?」
「まさか……放置すると帝国が混乱する類のものなんですか……?」
情報院がすでに幽霊の正体をつきとめていて、紋影官が解決すべき事案になっているのだろうか。
そう考えたのだが、ここでヴァネッサ室長はわざとらしくため息を吐いた。
「さっきも言ったが、帝立アストラ学院には現在、セレーネ皇女が在籍されておられる。しかもこの春からは末娘であるアナスタシア皇女も入学される」
「ふんふん」
「だというのに、今の学院には謎の幽霊騒ぎがある。そのような環境にセレーネ皇女とアナスタシア皇女を在籍させて、何かがあったら困る。とくにアナスタシア皇女は幽霊なんてものを見たら失神するだろう。娘が危険な目に遭う前に黒紋監察室がこの問題を解決せよ……というのが我らが皇帝陛下の願いもとい命令だ」
「……………………」
あぁ……なるほど。つまり皇帝陛下の私兵として動けということか。
ヴァネッサ室長も立場的に、陛下に命令を下されてしまっては断れないのだろう。
「身内贔屓が過ぎねぇ?」
「それが許されるのが……いや、もういいだろう」
認めた! ヴァネッサ室長が皇帝の身内贔屓だと認めた!
「まぁ仕方ないな、俺も紋影官としての収入があるからこそ全力でタップダンサーをやれているし。とにかく優先順位としては、1にオルディア領からの資金の流れを追うこと。ついでに幽霊騒動も情報を集めていきつつ、それとなく皇女殿下を見守る……という感じか?」
「ああ、その認識で問題ない」
ルード先輩がわかりやすく今回の任務をまとめてくれる。だがこの仕事……かなり安全そうでよかった……。
そもそも戦闘の可能性は限りなく低い。むしろ学院内で戦闘が起こるような状況が想像できない。
生徒同士の諍いはあるかもしれないけど、どちらにせよ紋影官として戦闘に参加するようなことじゃない。
また調査期間は10日と、しっかりと期限が決まっている。期限内に資金の流れを明確にできればよし、無理でも役人たちが強制捜査に踏み込んで事件が解決する可能性が高い。
加えて話を聞く限り、アストラ学院はかなり警備が整っている。同じ教育機関でも軍学校や学府と比べて、セキュリティは万全だろう。
「それじゃ俺は兵士としていろいろ聞き込みとか、あやしいウワサを集めてみますかね。役割分担を考えると、俺が幽霊調査でルード先輩が資金の流れを追う感じがいいですかね?」
「おお、講師役の俺であれば、他の講師どもからいろいろ話を聞くこともできるだろうしな。大筋はそれでいくとして、完全に分業というよりはメイン軸とサブ軸で分けて情報収集に動くといったところか」
俺はメイン軸で幽霊調査、サブ軸で資金の流れを追うという感じか。
うん、今回は紋影官が2人もいるし仕事もやりやすそうだ。
「だいたいのイメージはできたようだな。任務は青風の月、第1星日から10日間だ。それまでに準備を整えておけよ」
「了解っす」
「了解です」
「それと現在のアストラ学院に関する資料も渡しておく。敷地内の地図や講師、学園長の情報などが記載されている。よく目を通しておけ」
どうにかアヴィエスと会う時間も作れそうだ。久しぶりの帝都での任務、しかも戦闘はない上に先輩のサポートつき。
未だかつてこれほど気楽に仕事に臨める機会などあっただろうか……!
そんなわけで気が楽になった俺は執務室を出ると、ノア先輩の調合室へと向かう。中に入るとすでにノア先輩は石鹸を用意してくれていた……が。
「先輩、量が多すぎませんかね……?」
「…………そう?」
机の上にはそこそこ大きな木箱があり、その中にたっぷりと髪用石鹸が詰め込まれていた。見るからに重そう……。
「これを使えば、髪を清潔にできるうえにものすごくツヤが出ていい感じになる」
「はぁ……」
「ついでに後輩にはこれを」
「ん……?」
ノア先輩は手のひらサイズの小さなスティックを渡してくる。ちょっと見た目がかわいらしい。
「なんです、これ?」
「……くしゃみ薬」
「…………はい?」
「……ジョークで作ったくしゃみ薬。先端を押し込むと無色無臭の気体が吹き出る。それを受けた者はおよそ半日に渡ってくしゃみが出続ける」
「なんつーもんを作ってんすか先輩……」
え、こわ。つかジョークで作ったってなに?
なにげにこれくらった人、めちゃくちゃ大変なことにならない?
「無色無臭って……なんでこんな迷惑なものを調合したんです……?」
「……ジョークと言った、後輩。それに前の任務もあって、いろんな素材が手に入ったからいろいろ試したくなった」
「はぁ……」
前の任務って、この人たしか技管局に潜入していなかったっけか……?
たぶんあまり深く聞かないほうがいいんだろうな……。
「なぜこれを俺に?」
「作ったはいいけど、処分に困っていた。そこに後輩がいた。ちょうどよかった」
「使う予定なかったのに作ったんですか!?」
いや、俺ももらっても使い道に困るわ!
ノリで作ったけど結局使わないものを、俺に押し付けんじゃねぇ!
「使用回数は1回、無色だから吹き出た気体も見えない。使用するときは確実にくしゃみさせたい相手に近づいて使うのと、自分が巻き添えにならないように注意して」
「いや使い勝手わるっ。あとくしゃみさせたい相手に思い当たる人物がいないんすけど……」
「興味があったら自分に使ってみればいい」
「使いませんよ?」
妹へのお土産用石鹼をお願いしていたら、謎アイテムがおまけでついてきてしまった……。つか何気にあぶないし、うかつに放置もできないぞこれ……。
そんなわけでくしゃみスティックをポケットに入れると、石鹼の入った木箱を受け取って城を出る。そしてそのまま東エリアの下町へと戻ったのだった。
■
「学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ学院いやだ」
「アナスタシア様!?」
第六皇女アナスタシアは自室で震えていた。それというのもアストラ学院入学まであと数日というところに迫っているからだ。
アナスタシアは自分が引っ込み思案の人見知りだという自覚がある。人と目を合わせて話せないし、そもそもその必要性も感じてはいない。
彼女にとっての理想の未来とは、このまま独身でずっと皇族としての立場を活かして、部屋に引きこもり続けてお世話されることである。
そんなアナスタシアと付き合いの長い侍女アンリはハァとため息を吐いた。
「大丈夫ですよ、アナスタシア様。あなたはこの帝国の第六皇女です、学院でいじめられたり絡まれるなんてこともありません」
「……そ、そんなのわからない。皇族のくせに座学で1位を取れないのか、皇族のくせに友達が作れないのか、皇族のくせに税金を低くできないのか、皇族のくせに大陸を統一できないのか、と言われるかもしれない」
「うぅん……実際はみなさん、そこまで意識していないと思いますけどねぇ……」
入学した途端、皇族だからと目をつけられてトイレに引きずり込まれ、そこで「おら、皇族様なら金もってんだろぉ? 今月苦しいんだよ、帝都民を助けるために金貸せよ。なぁ?」と迫られるかもしれない。
そんな漠然と……いや、妙に具体性のある予想がアナスタシアを震えさせていた。
「え……永遠の……14歳になれるクスリは……どこ……?」
「ありませんよ、そんなもの。学院に行けばセレーネ様以外にも、普通に話せるご友人ができますよ、きっと」
「できなかったら?」
「その時考えましょう。それより楽しいことを考えませんか? ほら、入学初日にアナスタシア様が姿を見せれば、周囲の貴族たちは全員がその姿に釘付けになることでしょう」
現在までアナスタシアはあまり表舞台には出ていない。
十分すぎるほど美少女と呼べる外観に、淡く輝く髪といい、アンリには学園で人気が出る未来しか想像できないのだ。
「想像してみてください。アナスタシア様の姿を見た貴族たちは、こぞって挨拶をしたがるでしょう。それからお昼ご飯にもたくさん誘われるはず。友達なんて、そうした日々の中でいくらでも……」
「……………………おええぇぇぇぇぇ」
「アナスタシア様ぁ!?」




