新たな任務 学院潜入調査
「来たか。ルード、レオン」
「うぃーす、久々っすー!」
「お疲れ様です」
ルード先輩は人差し指と中指を揃えて額に当て、ビシッと跳ね上げるように挨拶した。か、軽い……。
いやまぁ、黒紋監察室に決まった特定の敬礼とか挨拶ってないんだけど。にしても俺ではヴァネッサ室長にそんな挨拶をする勇気はない。
ヴァネッサ室長は無表情でうなずきを見せた。ルード先輩の態度は完全無視である。
「さっそくだが2人には新たな仕事を頼みたい」
「マジで? でも俺、今は帝都から出たくないんだけどな~」
「心配するな、仕事先は帝都だ」
「お、ラッキィ!」
ルード先輩が指をパチンと鳴らす。じ、自由すぎる……これが「紋影官は副業!」と割り切っている強みか……。
でもいくら任務地が帝都とはいえ、俺には不安があった。それは一緒に組むのがルード先輩という点だ。
「ヴァネッサ室長……もしかして戦闘任務ですか……?」
ルード先輩の異能は戦闘向きだ。というかこれほど戦闘以外に使いようのない異能もなかなかないのではないだろうか。
……いや、そこそこいたかもしれない。
「俺の異能は戦闘向きではないですし、ましてやサポート向きでもありません。もし戦闘が予想される任務であれば、他に適任者がいるかと思うのですが……」
「ハァ……まだ何も言っていないだろう。心配せずとも戦闘が発生する可能性は低いと見ている」
ホッ……よかった。と、俺は安堵していたものの、ルード先輩が眉をひそめる。
「ん? ならなんで俺を? てっきり俺も戦闘任務かと思ったんだがなぁ~」
「ルードを配置するのは念のためだ。もともとレオン1人に任せようと思っていたのだが、状況が状況のためルードも追加することにした」
そんな飯屋のトッピングみたいに……。というかもともと俺1人に振られる危険性があったのかよ。
「今回、お前たちにはある施設に潜伏してもらい、そこで調べものをしてもらうことになる」
「ある施設で調べもの……」
「そうだ。その施設とは帝立アストラ学院だ」
「え!? アストラ学院!?」
「ヒュウ。さっき聞いた名前だなぁ」
なんだってアストラ学院に……?
紋影官としてはあまり縁のない施設だと思うんだけど。
「知っていると思うが、来月……青風の月より新学期が始まる。アストラ学院には今、第五皇女であるセレーネ様が在籍されておられるが、今年は新入生として第六皇女のアナスタシア様もご入学される」
「うげ」
「2人の皇女殿下が在籍かぁ、いいねぇロイヤルだねぇ」
「レオン、今『うげ』と言ったか?」
「き、気のせいっすよ」
マジか……セレーネ皇女、あんなに気軽に街に出ているし、学院に在籍しているとは思っていなかった……。というか皇族って、優秀な家庭教師がつくもんじゃないの?
第六皇女アナスタシア様は、あの時に見た薄緑の髪をした娘だな。わたしは人見知りですっていう雰囲気をしっかりと出していたけど……。
「今回は調査任務ではあるが、皇族がお2人も在籍されておられるからな。何かあったときの備えとしてルードを配置することにしたのだ」
「何かって、戦闘とかでしょ? やっぱりその可能性を危惧されておられる?」
「ゼロとは言わんが、さっきも言ったように可能性は低いと見ている。だがよくも悪くも“皇族”というのは注目されやすいからな。同級生が何か無礼な真似を働かないとも言い切れん」
まぁ目立つのは間違いないだろうな。2人とも美少女と呼べる外観をしていることはもちろん、髪も淡く輝いているし。
「そこでルードには臨時講師として学院に潜入。調べものをしつつ、それとなく皇女殿下もお守りしろ」
「え!? 俺、講師で潜入すんの!? つか皇女殿下の護衛も!?」
「そうだ。今回の調査では1人は講師として潜入してもらったほうが効率がいい。それと黒紋監察室は陛下の直属と言えば聞こえはいいが、私兵という実情もある。どうせ学院に潜伏するならば皇女殿下の安全も守れと、陛下より厳命されている」
「うっへぇ……」
なるほど……任務にかこつけて紋影官に皇女殿下を守らせると。
しかも講師という立場であれば、生徒間の諍いに対しても干渉ができる。たしかにいいポジションかもしれない。
「自分の娘だけ秘密裏に守らせるなんて……陛下がそんな身内贔屓をしちゃっていいんですかい?」
「それが許されるのがこの国の皇帝であり、そしてダイレクトに下りてくる陛下の要望もとい命令を遂行するのが我ら黒紋監察室だ」
「はぁ……なるほど、こりゃたしかに皇帝陛下の私兵だわ」
だからこそ紋影官には特権が認められているという側面もあるわけだが。
果たすべき義務と得られる権利のバランスが絶妙だ……。
「ルード先輩が講師で潜伏するのはわかました。俺はどうなるんです?」
「巡回兵士だ」
「兵士……」
「そうだ。すでにお前はセレーネ皇女より兵士として顔が割れている。万が一見つかっても違和感がないようにという処置だ」
いや、あの皇女様、最後の記憶では俺のことを給仕と思っているんじゃないだろうか……。
まぁアストラ学院はそれなりに敷地面積も広いし、建物も多いと聞く。そうそうばったり出くわすことはないだろうが……。
「……………………」
いや、待てよ……? これまで結構な確率でバッタリ出会ってきていないか、俺……?
「どうした?」
「あ、いえ……」
「アストラ学院には今年、お前の妹も入学するのだろう? 家族もレオンのことを兵士と認識している以上、学院においては兵士として潜入するのがもっともリスクが低い」
「はぁ……」
まぁセレーネ皇女は目立つし、もし見かけてもこちらから近づかないようにすれば大丈夫だろ。
それに入学したばかりのアヴィエスの様子を見守れるかもしれないというのは、わるいことでもないし。
「学院って普通に兵士が見回るものなんですか?」
兵士として潜入するのはいいが、ここが少し気になっていた。俺も軍学校を出たが、兵士が巡回しているイメージがなかったのだ。
これに対してヴァネッサ室長は大きくうなずいて見せる。
「アストラ学院では常に多くの兵士が巡回している」
「え!? そうなんですか!?」
「当たり前だろう。帝国中の貴族子女に限らず、国外から留学してきた生徒もいるのだぞ。さらに今は皇族も在籍している。不審者が入ってこないように、また何かあったときに対処できるようにと警備体制はしっかりと敷かれている」
なるほど……軍学校や学府とはまた環境が異なるということか……。
たしかにそういう状況なら、俺は兵士としてのほうが潜入しやすいだろう。
「んでぇ? 結局俺たち2人はアストラ学院に潜入して、何を調べればいいんだ?」
潜入の概要がつかめたところでルード先輩が話を先に進める。
片や講師、片や兵士で調べることか……いったいなんだ……?
「お前たちに調査してもらうことは2つ。1つ目は資金の流れについてだ」
「資金の流れ……?」
「そうだ。先日、オルディア領で領主が大規模な不正に関与していたのが暴かれたということは知っているな?」
「おお、帝都でも結構でかいニュースになってたなぁ」
知っているも何も、思いっきり俺がかかわった事件だし!
「元領主のドライガンだが、奴はヴァルカ商会を使って帝都に送金していた。多額の資金はそのほとんどが第一皇子派に渡っていたのだが……実は一部、別の部署へと渡っていたことがわかった」
「すべてが第一皇子派に流れていたわけではなかったと」
「そうだ。ドライガンにも確認したが、奴はそっちに関しては何も知らないと言っている。本当かどうかはわからんがな」
つまりヴァルカ商会の独断という可能性もあるのか。
「んで? その部署ってのは?」
「帝立アストラ学院だ」
「……へぇ?」
「学院に……?」
「そうだ。学院に資金の一部が流れていたのは確実だが、だれが受け取って何に使われていたのかが不明という状況だ。お前たちにはこの点を調べてもらいたい」
あるほど……オルディア領には俺もかかわったし、個人的にも気になる案件だ。しかし。
「それこそ商務官など、役人を使えばもっと効率よく調べられるのでは……?」
商務官は少し畑違いかもしれないが、不正な手段で得た金が流れたのは事実。役人が踏み込んであれこれ捜査するという手もあると思う。
だが俺の発言にヴァネッサ室長は首を横に振る。
「それは最終手段だ」
「最終手段、ですか?」
「ああ。オルディア領のときのように、変に役人が突っついた結果、余計なものが出てこないとも言えん。なにしろ〈深渦の核〉を仕入れたヴァルカ商会が個人的に金を流していた可能性があるのだからな。最悪の置き土産が残されている可能性も否定できん」
うひゃあ……。ないとも言い切れないのが怖いところだ。
きっとヴァネッサ室長は、アリアシアがブラックマーケットに突っ込んでいろいろ見つけたときのような騒動になるのを避けたいのだろう。
「とはいえずっと放置するわけにもいかん。そこで我らには調査機関として10日が与えられた。この日数を超えて何も見つけられなかった場合は、役人どもによる強制捜査が行われる」
もしかしたら学院のどこかに〈深渦の核〉みたいな禁制品があるかもしれないもんな……。
陛下やヴァネッサ室長としても、大事にする前に紋影官が秘密裏に処分することを望んでいるのだろう。
「まぁもしかしたらだれかが金だけ受け取っており、それ以上は何もないという可能性もあるがな」
「そっちのほうがまだありがたいですね……」
それならそれで、どう調べるのかがむずかしそうだ。
この場合はおそらく紋影官が秘密裏に調査するより、それこそ役人が強制捜査に踏み込んだほうがすぐに見つけられる。
「ま、とりあえずあやしい資金の流れを追えって話だな? んで、2つ目は?」
「幽霊調査だ」
「………………ん?」
「冗談でも聞き間違えでもない。幽霊調査だ」




