久しぶりの帝都と先輩たち
オルディア領から帰還し、俺はしばらく帝都に滞在していた。
起きたら着替えて1階に下りて、黒熊の巣穴亭で朝食を食べる。最近ようやくセレニアンたちの客足が落ち着いたので、普通に食事ができるようになったのだ。
「はいどうぞ! 黒熊モーニング!」
「お、サンキュ」
といっても黒熊の巣穴亭は今やすっかり人気店だ。きっかけはセレーネ皇女の来訪だったが、トーマスさんの腕は確かである。
リピーターも増え、昼と夜はよく満席になっており、最近ではバイトも雇い始めたのだとか。
ちなみにセレーネ皇女が座った場所は予約制となっており、半年先まで埋まっているとのことだった。
どうにもあの皇女様は苦手だ……なんか獲物を狙う目を向けられているような気がして……。まぁ紋影官なんて仕事をしていれば、そうそう会うことはないだろう。
……いや、もう何度か遭遇しているんだけど。
朝食を終えると「兵士として仕事してくるわ~」と言って貴族街へ。そのまま黒仮面をかぶって城へ入り、黒紋監察室の管理区域へと移動する。
ヴァネッサ室長から新たな指示が来るまではここで待機だ。まぁだいたい先輩たちとの鍛錬になるのだが。
「聞いたわよぉ、レオンちゃん」
「ソフィアさん。え、何を聞いたんです……?」
「オルディア領での活躍話よぉ! 〈深渦の核〉を使ってブラックマーケットを物理的に破壊、領主ドライガンの不正をさらしてオルディア領を現在進行形で続く未曾有の事態に追い込んだんでしょぉ! さすがねぇ~」
「いやいやいやいやいや」
いつの間にか〈深渦の核〉を俺が使用したことになってる……! ヴァネッサ室長には「マフィアが起動させました」と言っておいたのにぃ!
そりゃ〈深渦の核〉起動の原因は半分くらい……いや、三分の一くらいは俺にも責任があるかもだけど!
そもそもモーリックがあんな危ないモンを仕入れて、さらに雑に懐に入れていたのが間違いなんだって!
「ヴァネッサ室長も頭を抱えていたわよ~。もっと穏便にできなかったのかって!」
「えぇ、えぇ……俺も言われましたよ……」
「まぁ気にしなくて大丈夫よ。ほら、“紋影官を使うことの意味”についてもあらためて理解が深まっただろうしぃ」
“紋影官を使うことの意味”ね……。
紋影官は基本的に異能持ちで構成されている。俺のように軍学校など、帝国の機関からスカウトされた者は、ここでの活動にそれなりの意義を見いだせている。
たとえば帝国のためだとか、皇帝陛下のためとか。故郷の家族や友人のためというのもあるだろう。
俺も今日までそこそこのモチベーションを持ってやってこられたのは、帝国に生まれ、この国の法と制度に守られてきた自覚があっての結果だと考えている。
だが全員がそうではない。中には帝国への帰属意識が低い者もいるだろう。
ヴァネッサ室長はそうした連中をうまく使って皇帝陛下のミッションをクリアしなければならない。
「まぁわたしやレオンちゃんはともかくね~。なんにせよ異能力者を使うというのは、あくまで目的を達成するための手段として。目的達成までの過程でどんちゃか騒ぎになるリスクは当然あるわよぉ。ヴァネッサ室長にはある程度、そのあたりも受け止めてもらわないとね!」
ま、ソフィアさんの言うことにも一理ある。中にはド派手な異能持ちもいるし。
そもそも俺たちは隠密行動を求められてはいるが、強制はされていないからな。状況的にどうしても隠密行動ができないシーンもあるためだ。
でもヴァネッサ室長はそのあたりはよく理解していると思うんだよなぁ。今回のオルディア領での件にしたって、お小言はあったけど罰則とかは何もないし。
これで結果を出していなかったら、もしかしたら罰があった可能性も否定はできないけど……。
「わぷっ!?」
なんてことを考えていたらソフィア先輩に抱きしめられる。
ぐむむむむ……! か、顔が、柔らか天国に囲まれて……!?
「そうそうレオンちゃん。わたし、明日から帝都を離れるから~」
「ひょうふぁんひぇひか?」
「お土産、期待しててねぇ」
たっぷりとソフィアさんを堪能させてもらったところで腕が離れ、彼女はそのまま部屋を出ていく。
入れ替わるように入ってきたのは銀髪幼女なノア先輩と……。
「あれ? ルード先輩?」
「よぉレオン! 久しぶりだな!」
そこにいたのは先輩紋影官のルードさんだった。
ものすごく足が長く、身長も高い。基本的に呼ばれたときにしかここへ来ることはなく、普段は帝都の酒場でタップダンサーをしている。
ちなみに本人曰く紋影官は副業であって、本業はタップダンサーとのことだ。
「……後輩からまた乳ソフィアに甘やかされた気配がする」
「え!? い、いや、気のせいっすよ、アハハハハハハ……」
ノア先輩からいつもの無表情かつジト目が向けられる。なかなかこの人の感情が読めないんだよなぁ……。
「ん……レオンとルード。2人ともヴァネッサ室長が呼んでいる」
「あぁ、それでルードさんもこっちに来られたんですね」
「そういうこった! しかしレオンと2人か……なんかややこしい仕事でも振ってくるのかねぇ?」
その可能性が高そうだな……!
明日は故郷のヴァルツァー領からやってきたアヴィエスと会う約束があるから、できれば今すぐに任務に取りかかれという展開は遠慮したい。
「あ、ノア先輩。あとで作ってほしいクスリがあるんですけど……」
「……なに?」
「肌が奇麗になる洗顔液とか、髪がツヤツヤになる石鹸とか……」
「後輩、それはクスリじゃない」
いやまぁそうなんだけど。
だが俺は知っている。ノア先輩の異能【心象薬理】であれば、そういう類の液体も調合できるということを。
まぁ普通の店でも似たようなものは買えるんだけど、ノア先輩特製石鹼のほうが効能がよさそうなんだよなぁ……。
「お、なんだぁ? レオン、女でもできたかぁ? どう考えても女に送る用だろ?」
「…………っ! 後輩、女できた?」
「ちがいます、できてません! 明日、故郷から来た妹と会う予定があるので、お土産を渡そうと思ったんですよ」
前に帝都で買ったお土産は、ヴァルツァー領に向かうエグシス兄さんに持っていってもらったからな。
ちなみにエグシス兄さんはハーキム領に戻っていった。
「後輩の……妹……」
「へぇ、レオンの妹が帝都にねぇ。どうしてヴァルツァー領からわざわざ? 結構遠いだろ?」
「えぇ、まぁ。実はこの春から帝立アストラ学院に入学することになりまして……」
「ほー! 貴族子女しか入れねぇあのアストラ学院にか! こういう話を聞かないと、ついついレオンが領主の息子だって忘れそうになるな!」
「まぁうちは領主というより、村長と言ったほうがしっくりきますけどね……」
アヴィエスは連れ子だし、もともとは庶民の生まれになる。だが帝国法では貴族が再婚した場合、連れ子もそのまま貴族子女として認められるのだ。
ちなみに養子に迎え入れても認められるので、貴族界隈での養子縁組は珍しい話でもない。
「……今ある素材だと、髪がツヤツヤする液体は調合できる」
「マジすか」
「ん。髪の色は?」
「ちょっと明るめのグレーですかね。ノア先輩の銀髪を少し暗くした感じといいますか……」
「なるほど、わたしと似ていると。わかった、このあと調合しておく」
「ありがとうございます!」
ノア先輩の銀髪は奇麗で、どこか金属めいた冷たい印象がある。
アヴィエスの髪色はこの銀色をもう少し暗くした感じだが、言われてみれば2人の髪色は少し似ているかもしれないな。
そんなわけでノア先輩に調合を任せ、俺とルード先輩はヴァネッサ室長の執務室へと向かう。
「んでよぉ、この間も俺の華麗なステップに魅せられた女がよぉ……」
世間話をしている間にあっという間に到着する。そしてノックをして俺たちは執務室へと入ったのだった。




