ハグリアの夜
その日の夜。【放浪の翼】のメンバーたちは酒屋で酒を飲み終え、宿に向かって暗い道を歩いていた。
遅くまで飲み続けていたためか、すでに周囲には人の姿が見えない。
「へへ……しかし今回はボロい仕事だったなぁ!」
「そうでもないだろう。アレを持ち込んだことがバレたら、すぐにお縄だ」
「まぁ万が一の時には知らなかったと言えばいいさ。俺たちは依頼を受けて物を運んだだけ……中身を見るのはマナー違反ってやつだろ! ははは!」
【放浪の翼】たちはリシェルから黒夢晶を帝国まで運んでほしいという依頼を受けていた。
黒夢晶……いくつかの国で禁制品の扱いを受けているが、伝手のあるものなら手に入れる手段はある。そして【放浪の翼】はその伝手を持っていた。
「アッシュよぉ。報酬のほうはどうなったんだぁ?」
「おお、相当な額だったぜ。何せ俺たちはこの街を守った英雄だ、帝国からの報奨金はもちろん、ギルドにもこの功績を称えて感謝状を贈るってよ!」
「ほんとか!?」
「もしかしたらランク5に認定されるかもなぁ……!」
【放浪の翼】とリシェルは完全にギブアンドテイクな関係だった。【放浪の翼】は依頼通りに黒夢晶を運び、この街にいるマフィアに渡す。
同時に1匹の魔獣を巨大化させ、ハグリアを混乱させる。タイミングを見て魔獣討伐に参戦、そのままその功績で報酬をいただく。
その代わり【放浪の翼】は今回の件に帝国軍の三等剣尉であるリシェルが関与していることを一切漏らさない。互いに危ない橋を渡っているので、かかわるのはこの一回のみ。
【放浪の翼】は一連の流れが出来レースだったことと黒夢晶を持ち込んだことを知られたくない。リシェルも帝国軍士官がかかわっていたことを知られたくない。
お互いに弱みを握り、かつ得られる旨みは【放浪の翼】のほうが大きいのだ。
「まぁここでの仕事も終わったんだ。早いとこラブルローン王国に戻ろうぜ」
「ああ、そうだな。仮にあの女がヘマやって俺たちの名が出ても、帝国から出ていれば逃げようはあるしなぁ」
なんにせよ今回の功績が公になれば、ストライダーの多いラブルローン王国において【放浪の翼】はより地盤を固めることができる。魔獣の多い国だ、きっと依頼も増えることだろう。
そう考えるアッシュは輝かしい未来を想像し、口元をにやけさせる。正面から男の声が聞こえたのはこのたいだった。
「こんばんは、【放浪の翼】のみなさん。ずいぶんとご機嫌ですねぇ」
「あん……?」
影から出てきたのは1人の男だった。服装から帝国軍の一般兵士だとわかる。
その顔を見て、アッシュの隣を歩いていた男があっと口を開く。
「お前……! 昼間の……!」
「なんだ、知り合いか?」
「リシェルについてきていた兵士の1人だよ。俺たちのファンだっていう……」
「あぁ……?」
言われてアッシュは昼間の出来事を思い出す。たしかにリシェルは2人の兵士を連れてきていた。
「なんだ、サインでもほしくて待っていたのかぁ?」
もうすぐ宿屋につく。きっと宿を訪ねたが自分たちがいなかったので、帰ってくるのを待っていたのだろう。
男はにこやかな笑みを浮かべながら近づいてくる。
「はは、犯罪者のサインはさすがにいらないかな」
「……なんだと?」
「【放浪の翼】には禁制品を帝国内に持ち込んだ容疑がある。わるいが同行願おうか?」
男の言葉に全員に緊張感が走る。なぜこの兵士の口から禁制品……黒夢晶のことが出てくるのか。考えられるとすれば。
「あの女……っ! 裏切りやがったな……!」
「何を言っているのか俺にはわからんが……帝国は他国と違ってストライダーだからと手心を加えることはない。観念してもらおうか」
突然の出来事にアッシュは焦りはしたが、それも一瞬のこと。すぐに状況を理解する。
「おい……やるぞ」
「アッシュ!?」
「見たところこいつ1人だ。ここで片づけてそのままこの街を出る」
まさか帝国兵が同行を求めたら、素直に従うと考えていたのだろうか。だとすればこの男は相当なバカだ。
いくら帝都が近いといっても、ストライダーにはその威光は通用しない。
「同行に応じないばかりか、帝国兵を殺害しようとは……さらに罪を重ねることになるな」
「はっ! その罪も目撃者がいなけりゃ関係ねぇなぁ! …………!?」
全員が武器を抜いたそのとき……急激に強い眠気が襲いかかってくる。
酒によるものではない、すでにこの事態を前に酔いなど覚めている。
「な……なん、だ……これ、は……」
「タイミングもバッチリ。それじゃ禁制品持ち込み容疑と同行拒否、帝国兵殺害未遂で逮捕させてもらうか」
「て……てめ、ぇ……」
ここでアッシュたちは意識を失った。
■
「【放浪の翼】を確保……と」
俺は地面に転がる【放浪の翼】のメンバーを縄で縛っていく。全員縛り終えたところで、正面から背の低い銀髪ジト目の美少女が姿を見せた。
見た目は10代中ごろ。実際の年齢を聞いたことはないが、見た目通りの年齢ではないだろう。
「ノア先輩、お疲れ様です」
「ん……ご苦労、後輩」
彼女の名はノア。俺の先輩である。
「しかしタイミング完璧ですね。深夜でもとくに人通りがないここでちゃんと意識を失うように調整するなんて……」
「それは偶然」
「マジすか」
ノア先輩は酒場で【放浪の翼】たちの酒に眠り薬を入れていた。誰にも気取られずにこうした動きができるのは、ノア先輩の得意技である。
彼女は感情を感じさせない、抑揚のない無機質な声で言葉を続ける。
「今回の件、すでに“黒入り”が確定している。こいつらはこっちで処分……すでに引き取るように連絡済み。あっちも決して表沙汰にはできない。どうする、後輩?」
「………………」
「“黒入り”になった時点で、裁量権はこちらにある。……ヴァネッサも後輩に任せると言っていた」
法治国家であるアイゼンブルク帝国において、その法が適応されず現場の判断が何よりも優先される状態。それが“黒入り”案件の特徴だ。
そしてノア先輩もヴァネッサ室長も、今回は俺の裁量に任せると言った。これはまだ組織に入って2年の俺を試しているのだ。
正直、こんな夜の仕事はもう何度目かわからない。だがこれまでは先輩たちの手伝いが多かったのに、これからは俺の主導で“黒入り”案件を担当させられることが増えていくのだろう。……はぁ。
「……すべて任せていただけるという理解でいいんですよね?」
「ん」
「わかりました。終夜会とリシェルについては……こっちでやらせていただきます」
今回、俺が受けた任務は「セレーネ皇女殿下の護衛」ではない。ここハグリアに巣くう闇を表に出さずに処分することだ。
【放浪の翼】たちもこのまま消されるか……あるいは自分のことを思い出せなくなるほどの茫然自失とした状態で解放されるかだろう。
倉庫街へ向かう俺に、隣を歩くノア先輩の声がかかる。
「後輩、一つだけ。ハグリアに来ている終夜会の幹部グアッドは生かすこと」
「残りは?」
「全員処分で問題ない。後処理は掃除屋が済ませてくれる」
「帝都近くだと気軽に業者に頼めて便利ですね……」
■
倉庫内でリシェルは縛られたまま床に転がっていた。すぐ近くには檻に入った魔獣の他、男たちもいる。
「グアッドさん。こいつ、結局吐きませんでしたね」
「強情な女だ。自分の家はどうなってもいいのに、姫様は別だってか?」
リシェルはどれだけ脅されようとも、セレーネ皇女の動向について話さなかった。別に帝国に対する忠義心からではない、意地のようなものだ。
それに加えて罪悪感もあった。自分の計画を利用されたあげくに罪のないセレーネ皇女が危険な目に遭うのは我慢できない。
「ふ……ふふふ……」
「なんだ? 気でもふれたか?」
今の自分はなんと惨めなのだろう。ストライダーを使って黒夢晶を帝国内に持ち込み、それを終夜会は奪って別の依頼を……セレーネ皇女誘拐を行おうとしている。
肝心の自分は拘束され身動きがとれない。明日起こるであろう暴動に対して何もできない。これでは姉がより優秀だとさらに証明されたようなものだ。
「もう……どうでもいいわ……」
おそらく自分は犯罪者として捕まるか、終夜会の連中に連れ去られる。どちらにせよこのことが明るみに出れば、第二皇女の側付きをしている姉を困らせることにもなるだろう。
身内が大きな事件に関与していたとなれば、側付きを外されるかもしれない。両親も貴族界で居心地がわるくなるはず。
当初予定していたほどノワゼル家に大きな混乱はもたらすことができなくなったが、この結果もこれはこれでわるくはない。
しかし気になることもあった。
「何しているんだろ……わたし……」
これでレオンやザック、他の軍学校同級生たちとの関係も終わる。そう考えたとき、自分はこの関係をすべて捨て去ってまで復讐したかったのかと疑問を覚えてしまった。
幼少期からずっとリシェルは優秀な姉と比べられてきた。両親はもちろん、他の親族や領民たちまで。だれもが姉の美しさと器量を褒めたたえ、愚鈍な妹には視線を向けない。
そして最終的にはだれもリシェルに関心を持たなくなった。嫌うとかではない、視界に映さないのだ。
孤独に過ごすリシェルとは異なり、姉にはいつも人が集まっていた。それにリシェルの初恋の男性と婚約まで果たす。
姉と自分でどうしてこうも両極端なのか、そのように作った世界を呪ったこともあった。
「どこで……間違えたんだろう……」
そんなリシェルの暗い世界に光が差し込んだのは、軍学校に入ってからだ。ノワゼル領から出たくて軍学校に入り、そこでリシェルはレオンたちと知り合い……友人となった。
軍学校ではノワゼル領にいたころと違い、だれもがリシェルを見ていた。頼りにしてくれた。励ましあうことができた。それは孤独だったリシェルの心に大きな変化をもたらす出来事だった。
周囲から認められたことで自信を取り戻したリシェルは軍学校の3年生へと上がり、士官候補生として選ばれる。
そうして士官としての授業を受ける中で、黒夢晶などの存在を知ることとなった。
そして考えてしまった……これを使えば、自分を見なかった家族たちに復讐ができるのではないか、と。
姉はすでに第二皇女の側付きであり、一方で自分は帝国軍の三等剣尉。
きっと両親はリシェルに関心を持っていないし、持ったところで「姉は皇女殿下の側付きなのに、妹は軍人か」と、姉を持ち上げるために卑下してくるに決まっている。
幼少期より刻まれ続けた呪いは、成長したリシェルを今も縛っていた。その呪いは3年に渡る軍学校での生活だけでは決して解けはしない。
そして時を待ち、とうとう計画を実行に移す。結果、今の状況になり……同級生たちとの関係を捨ててまで実行に移す価値のある計画だったのか、もはや判断ができなくなっていた。
「グアッドさん。どうします……?」
「まぁ三等剣尉殿が口を割らないなら仕方がねぇ。あの皇女様のことだ、明日も街に視察に出るだろ。見張りを出して、こっちでタイミングを見計らい……黒夢晶を使う」
安易に呪いに従ってしまったことで、住民と皇女殿下に危険が迫ることになる。
すでに何もかもが手遅れ。後悔する時間すら……いや、そもそも後悔する資格など持ち合わせていない。
かつてのように心を閉ざし、ため息を吐いたそのときだった。ふと視界の端……自分のすぐ側にだれかの足が映る。
「………………?」
さっきまでそこにはだれもいなかったはずだ。男たちがここまで近づいてきたのなら、さすがにすぐにわかる。
疑問に思いつつも顔を上げていくと、そこには真っ黒な仮面を被った小柄な人物が立っていた。
「え……?」
おそらくは女性。腰まで伸ばした銀髪がその存在感を強く主張しているのに、こうして視界に入れるまではまったく気配を感じ取ることができなかった。
遅れて男たちもその女性に気づく。
「な……なんだ、てめぇは!?」
「いつ入り込んだ!?」
仮面を被っているためその表情はまったく見えない。だがリシェルにはその仮面を被る者たちに覚えがあった。
「こ……皇帝直属の……! 黒紋監察室……!?」




