モーリックのその後
ミルドリス共和国の首都。その一等地に広大な敷地を持つヴァルカ商会の本部は、地方の領主邸よりも大きな建物になっている。
そんな建物の奥に位置する部屋から1人の男性が出てきた。先日までアイゼンブルク帝国オルディア領で活動していたモーリックである。
彼はどこか疲れた表情で長い廊下を歩く。しばらくして行き当たった先にはベネテリーとディアン、それにルレットが待っていた。
「おやみなさん。もしかして私を待っていたのですか?」
「モーリック様……」
「ボスはなんと……?」
今回モーリックは、オルディア領でヴァルカ商会支部を壊滅させてしまった。こうして本国に戻ってきたことについてボスや幹部たちの前で説明を求められていたのだ。
幾人かの幹部はモーリックを見てほくそ笑んでいた。次期ボス争いから遠ざかったと判断し、そのことを歓迎している者たちだ。
「ボスはとくに気にしておられませんでしたよ」
「え!? そ、そうなんですか……?」
「えぇ。オルディア領に支部を築いた初期投資分はすでに回収できています。ここ数年でさらに利益を伸ばせていたものの、ヴァルカ商会全体から見ればオルディア支部は絶対に必要というわけでもありませんでしたから」
というよりもモーリックがそうなるように調整していたのだが。
しかし何があったのか審問はされた。これに対してモーリックは正直に答える。ブラックマーケットを破壊するために紋影官が乗り込んできた……と。
一方で〈深渦の核〉といった禁制品を集めていたことについては話さなかった。
もともとあれらはモーリックが次期ボス争いをするうえで必要だと判断し、秘密裏に確保していたものだ。ボス含め、幹部のいる場所でそこまで馬鹿正直に話すことではない。
「せっかく本部にバレずに多額の収益を得つつ、禁制品も集められる環境を整えたのに。いやぁ、惜しいことをしましたよ」
「裏帳簿も取られてしまいましたし、ヴァルカ商会は今後、帝国に進出できなくなりましたね……」
紋影官が〈深渦の核〉を起動させたことで、屋敷が爆発に巻き込まれることが確定していた。
そのためモーリックは配下やベネテリーと共にフラフラになりながらも急いで屋敷から脱出する。
しかし店舗へ行くと、待ち構えていたように紋影官がいたのだ。異能を使ったのか、または倉庫街へ続く秘密の経路をたどってきたのか……いずれにせよ先回りされた形である。
もはや勝ち目がないと判断したモーリックは、自分たちを見逃してもらう代わりに裏帳簿を渡した。
おかげでこうしてミルドリス共和国まで帰ってこられたのだが、失ったものはあまりにも大きい。
「ちょっと調子に乗りすぎてしまいましたかねぇ」
「モーリック様……」
長い時間をかけてドライガンと秘密の関係を構築し、ついにはブラックマーケットを手にすることもできた。
これから他の幹部を出し抜く形でどんどん力をつけていける……と考えた矢先に潰されたのだ。
しかもあの紋影官はブラックマーケットだけでなく、ほぼ間違いなく領主にも断罪を下すだろう。
オルディア領がどれだけ混乱しようが関係ない。皇帝に逆らった者には容赦しないのだという予感がある。
「実際、紋影官については認識が甘すぎたと言わざるを得ません」
すべてが想定外かつ予想の範疇を超えていた。紋影官がこれほど早いタイミングで介入してくるとは思っていなかったし、たった1人で自分とベネテリーを手玉に取れるほどの実力があるとも考えていなかった。
あの後、モーリックもベネテリーも大変だったのだ。永遠に船酔いしているかのような苦痛、充血しきった目。食欲もしばらく起こらなかったほどだ。
これだけでも二度と異能者とやり合いたくないと思えたが、さらに驚嘆した点は2つ。
モーリックが〈深渦の核〉を入手していたことを把握していた点と、それをためらいなく作戦に組み込んで起動させた点だ。
「どこで私があの日、〈深渦の核〉を入手する予定だったとわかったのでしょうねぇ……」
モーリックは〈深渦の核〉を入手するべく、とある組織と取引を行っていた。
その組織とは〈黒曜聖団〉……禁制品の開発や研究を行っている闇組織である。
〈黒曜聖団〉はその地域に根差しているマフィアとは異なり、世界中で活動しているカルト集団である。
彼らは禁制品や魔術の解明こそが万物の真理を追及することにつながり、それが世界の救世につながると信じている。
ヤバさの気色がマフィアとは異なるため、モーリックとしても慎重に接触していた。
しかし完全には隠しきれなかったのだろう。結果として紋影官に〈深渦の核〉を利用されてしまったのだから。
「〈深渦の核〉といえば、純粋な破壊力では禁制品の中でもかなり上位にくる品物。持っているという事実だけで相手にはけん制になります。あれは実際に使うような代物ではないのですよ」
「それなのにあの紋影官はためらいなく起動させた……」
「えぇそうです。さすがの私もあそこまでの狂気は持ち合わせていませんよ」
モーリックが最も恐れたのがこの点だ。あの時購入した〈深渦の核〉はかなりランクが低かったため、爆発の規模はせいぜい屋敷が1つまるまる潰れる程度だった。
だが紋影官は果たしてそこまで理解していたのか?
もし高ランクの〈深渦の核〉であれば、領都オルディーンがすべて吹き飛んでいたかもしれなかったというのに。
「私も〈深渦の核〉を見ただけでは、それが低ランクなのか高ランクなのかはわかりません。」
モーリックも接触した〈黒曜聖団〉の信徒が「これは低ランクだ」と言ったから、それを信じていたにすぎないのだ。
しかし紋影官は〈深渦の核〉を起動させても平然としていた。
禁制品保管室に入ったときも一瞬でその種類を看破したのだ。もしかしたらそれが低ランクの〈深渦の核〉であると見抜いていた可能性はある。
だが“異能”を使えば一瞬で移動できることから、モーリックは「あの紋影官であればたとえ高ランクの〈深渦の核〉だったとしても起動させていたかもしれない」という疑念が晴れなかった。
この場合、紋影官はオルディア領の領民もろともすべてを吹き飛ばすつもりがあったということだ。
「なんにせよ私としては、もう二度と帝国とはかかわりたくありませんよ」
「モーリック様……」
一方で紋影官は、結局自分たちを見逃した。捨て置いていいと思われたのか、あるいは他に狙いがあるのか。そこまでは読めない。
何しろあれだけの狂気に染まった人種だ、あの場でモーリックたちを殺すという選択肢もあったはずなのだから。
「きっと帝国の闇に長く浸かりすぎて、〈深渦の核〉程度では脅威に感じなくなっているのでしょうね」
「脅威度を見誤るのは、自滅につながりそうですが……」
「フフ……きっと異能が関係しているのでしょう。仙勁や魔術とは違う、解明されていない未知の力ですから」
とにかく今回は勉強代と言うにはあまりにも高くつきすぎた。幸い幹部のイスまでは奪われなかったが、モーリックとしては一から出直す他ない状況だ。
「みなさんはこれからどうします? 今のところ、私は次期ボスの座から少しばかり遠ざかってしまいましたが……」
「聞かれるまでもない」
「私たち姉妹はモーリック様についていくわ」
「は、はい! もしどうしようもなくなったら、ストライダーとして生きていきましょう!」
「ルレット、縁起でもないこと言うんじゃないよ……」
■
オルディア領を経って2週間後。かなり久しぶりに帝都に帰ってきた俺は、ヴァネッサ室長の執務室にいた。
「レオン……何度聞いても意味がわからんぞ」
「あ、いや……そのですね? 順当に任務をこなしているつもりだったんですよ、こちらはね?」
「で、ブラックマーケットを物理的に破壊してドライガンの脱税も公にした……と」
執務室で俺はヴァネッサ室長にオルディア領での経緯を詳細に報告させられていた。




