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普通の兵士になりたかったのに、皇帝直属の隠密として帝国の闇を任されすぎている  作者: ネコミコズッキーニ
3章 ちょっと市場調査をしに行くだけの任務ですよね?

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オルディーン 最後の夜

「とまぁ、そんな感じで事態は収束しそうかな」


 2日後。俺はパブ〈海猫の止まり木〉でバニィと情報交換を行っていた。


 まぁあれからも大変だった。いや、今も大変なんだけど。


 レイモンドは信頼できる者だけで組織した部隊でドライガンや使用人たちを見張り、帝都から監政院と商務院の役人が来るのを待っている。


 いや……待っているのはアリアシアたちも同様だ。彼女たちは今、ヴァルカ商会の裏帳簿や過去にさかのぼっての脱税調査をずっと行っている。オルディーンにおける監査はまだまだ長引きそうだ。


 俺は俺で報告書の第一報を帝都に送っている。別途指示があればオルディーンの通信局に返事が届いているだろう。


「いいですねぇ、紋影官シジル・シャドウ殿は。ドライガンを追い詰めるときはさぞかし『黒紋監察室ブラックシジルとして活躍する俺かっけー』という満足感を得られていたんでしょうなぁー」


「得られてねぇよ!? そもそも任務内容とだいぶやっていることに乖離があるし!?」


 いやほんと、ヴァネッサ室長から何を言われるのかわかったもんじゃねぇ……。


 あと今回、みんなの反応を見ていて思ったことがある。みんな「紋影官シジル・シャドウはなんでも知っている!」と考えすぎなのだ。


 今回俺はあくまで調査のためにこの地へ来たにすぎないのに、「紋影官シジル・シャドウが来たということは、すでにこれらの悪事がバレているに違いない!」という思い込みが激しかった。


 うちってそんな感じで働いている組織じゃないからね? わりと雑な理由でいろんな仕事を振られるからね? つか今回は安全な非戦闘任務だと思っていたのに……。


 まぁこれも黒紋監察室ブラックシジルが公的に存在しているくせに、何をしているのか見えない組織だからこそ招く誤解なのだろう。


 とくに後ろめたいことをやっている奴ほど、黒仮面が目の前に現れたら「俺の悪事がバレている!」と誤認しやすいんだろうな……。


「とにかくお互い、オルディーンでの仕事はもうすぐで終わりそうだな。最後に偶然オルディーンに来たことにして、レイモンドに会っていったらどうだ? なんなら3人で飯でも……」


「うーん……やめておくよ。今再会したらもったいないし」


「……なにがもったいないんだ?」


「ん? いずれ今回のような事件があったときに、さまざまな偶然からレイモンドに『まさかバニィが情報院のエージェントだったなんて……っ!?』というシチュエーションがくるかもしれないでしょ?」


「くるかなぁ……」


 これもバニィなりのこだわりか……。


 まぁそういうこだわりがあるからこそ、バニィもエージェントとして前向きな気持ちで働けているのだろう。


「あぁ、あと変声アメ助かったよ。サンキュ」


「どういたしまして。技管局の開発したものだし、もう少しすれば黒紋監察室ブラックシジルにも配備されるんじゃない?」


 こういう便利な道具はだいたい技管局が発明するのだが、まずはパイロットとして特定部署の数名で試されることが多い。そこで現場での使用感などフィードバックを受け、本格的に他部署へも配備が進んでいくのだ。


 まぁ変声アメみたいな特殊な道具は、配備される部署もだいぶ限定的だろうけど。


「バニィはいつまでオルディーンに滞在するんだ?」


「今日までだよ」


「そうかそうか、今日までか……って今日かよ!?」


 またせわしないな……! 


 まぁバニィのもともとの任務はブラックマーケットの場所を突き留め、それを紋影官シジル・シャドウに共有することだ。その意味ではすでに数日前に仕事を終えていたことになる。


 きっと彼女も情報院から次の仕事についての指示を受け取ったのだろう。ここでバニィは急に決め顔をしてやや低い声を出す。


「レオン……きっとまたわたしたちはどこかで交わるときがくるわ。お互いに帝国の裏組織に属する身、何が起こるかわからないけど……次に再会できる日を楽しみにしている」


「いや、裏組織でもなんでもなく普通に存在している組織だろ……」


 きっとお気に入りのスパイ小説に似たようなシーンがあったんだろうなぁ……。


「ふふ……まぁ情報院と黒紋監察室ブラックシジルだもの、きっとまた縁はあるよ」


「ま、そうだな」


「それにしてもレオンの紋影官シジル・シャドウとしての働きぶりには驚かされたけどね! まさか物理的にブラックマーケットを破壊するばかりか、ついでにドライガンの脱税まで暴いてしまうなんて!」


「いや、〈深渦の核(アビスコア)〉の起動は事故だからな!? 原因はモーリックにあったし!」


 今回のことの顛末、情報院としてはどういうふうに記録するんだろうか……。ハァ、帝都に戻るのが怖い……。





 結局バニィとはそこで別れることとなった。俺は兵士として〈深渦の核(アビスコア)〉の爆発によって飛び散った瓦礫の撤去作業を手伝ったり、またノア先輩に頼まれていたお土産などを購入する。


 そうこうしているうちに約2週間が経ってやっと帝都から役人たちが到着した。


「アーミック商務官、アリアシア商務官。このたびの監査、大変ご苦労様でした」


「いえ……商務官としての責務を果たしただけです」


「後の監査についてはこちらで引き受けます。お二人には帝都に戻っていただき、商務院にて詳細な報告をお願いします」


 監査については帝国から来た大人数の役人が引き継ぐようだ。


 この2週間以上、アリアシアとアーミックはずっと詳細な監査業務を行っていたからな……十分な引き継ぎ資料はできているだろうが、2人とも顔には疲労の色が強い。


 またドライガンや彼に協力していたと思われる使用人たちは監政院の役人によって帝都に連行されることとなった。ドライガンには手枷がはめられており、その扱いはもはや領主ではない。


 レイモンドもずっとドライガンの監視に気を張っていたようだが、ようやく精神的な余裕ができたのか、その顔は疲れてはいても安堵の表情が浮かんでいた。


 ここで役人と打ち合わせをしていたランド隊長が俺たち一般兵に集合をかける。


「お前ら、今日までご苦労さん! 予定よりもずいぶんと長くオルディーンに滞在したが、いよいよ俺たちも明日には商務官殿たちと共にここを経って帝都に帰ることになる! オルディーン最後の夜だ、今夜はみんなで飲みに行くぞ!」


「おおぉぉ~!」


「隊長のおごりっすか!?」


「んなわけあるか! きっちり均等割りだ!」


 はは……まぁいろんな想定外は続いたけど、なんだかんだで大ケガを負った人が出なくてよかったよ。


 それにランド隊長、外観や態度とは裏腹に、兵士としてはなかなか優れた能力を持っているんじゃないだろうか。だてに帝政直領でずっと身体を鍛えていたわけではないということか……。


 そんなわけで俺たちはその日の夜、居酒屋で乾杯を交わす。ちなみにランド隊長が誘ったので、レイモンドも一緒だ。


 話題はやはりドライガンの脱税行為が多く、みんな口々に「あの領主、まともそうに見えていたのに……」と話していた。


 ちなみにドライガンの不正についてはすでに街中に広がっており、領民たちの動揺もまだ続いている。領主として慕っていただけに、よそ者の俺たち以上に衝撃が大きかったのだろう。


 一方でレイモンドはどこか吹っ切れた様子だった。ドライガンを慕っていたのは確かだが、自分なりに心の整理がついたのだろう。


「おら! 辛気臭い話はそこまでだ! ほら飲め飲め! 明日には帝都に向かってまた旅が始まるんだからな! だははははは!」


 隊長は陽気になってる……。いや、普段からか……?


 俺は隣に座るレイモンドに話しかける。


「レイモンドはこれからもオルディア領の騎士としてやっていくのか?」


「ああ、そのつもりだ。うちは封臣の家系だし、一応領主一族とも血縁関係になるからな……。今後のオルディア領がどうなるかは不透明だが、次の領主が決まるまでは領内の治安を守り、領民の不安を取り除くのが仕事だ」


 おお……立派に騎士をやっているな……。


 レイモンドとしては領主がいないからこそ、騎士としての責務を果たさなければならないと考えているのだろう。


「……ん? レイモンドの家って領主一族と血縁なのか?」


「ああ。他の領地はどうか知らないが、オルディア領においては封臣はどこの家も領主一族と血縁関係にある。といっても遠い先祖が領主一族の娘を妻に迎えたとか、そういう感じだけどな」


 なるほどねぇ……。まぁ考えてみれば十分にあり得る話か。


 封臣とは言わば領内限定とはいえ自分に仕える貴族だし、血縁関係となって関係を深めるのは当然とも言える。


 しかし次期オルディア領の領主がだれになるかは荒れそうだな……。


 この領地はとっくに帝国に……皇帝に目をつけられているし、今後は監査の目も厳しくなるだろう。進んで領主になりたがる奴がどれだけいるか……。


 しばらくは試練の時が続くかもしれない。だけどまぁ……。


「お前がいるなら、オルディア領も大丈夫そうだな」


「はぁ……おいレオン。適当なことを言いすぎだろ……」


 そんなつもりはないんだけどな……。


 次にこうしてレイモンドと飲めるのはいつになるかわからない。俺たちは軍学校の思い出話をしつつ、遅くまで語り合って酒を飲み続けたのだった。





「ふぅ……久しぶりにこんなに飲んだな……」


 会計はきっちり均等割りになり、そのまま酒場の入り口で解散となった。ランド隊長や他の兵士たちは二件目に行くようだ。


 レイモンドは明日早いからと帰路につく。1人になった俺はオルディーン最後の夜ということもあり、港へ移動して海風を感じていた。


「いい風だ……少し寒いけど。でも日中はだいぶ暖かくなってきたな……」


 まもなく春……妹のアヴィエスが帝立アストラ学院に入学するため、北端の領地から帝都にやってくる。エグシス兄さんの護衛兼道案内もあるし、再会できるのが楽しみだ。


「しかしオルディア領か……いろいろありすぎたけど、いい思い出になったな」


 まさかブラックマーケットの実態調査からこんな大事件になるとは……。


 だがもうここでの仕事は終わったし、さすがにもう何も起こらないだろう。少なくとも領主逮捕以上に驚くようなことは起きようがない。


 明日になれば帝都に向けての旅路が始まる。ヴァネッサ室長への言い訳は道中で考えよう……。


「…………ん?」


 ふと視界の端に見覚えのある人物が映る。視線を向けると少し離れた場所にアリアシアが速足で移動している姿が見えた。


 手に大きなカバンを抱えており、彼女はキョロキョロと周囲を見渡してそのまま倉庫の物影へと入っていった。


「なんだ……?」


 どうしてこんな時間に港へ……? 


 なんにせよここから領主の屋敷までは少し距離がある、女性1人だと何かに巻き込まれる恐れもある。


「まったく……まぁ護衛としての仕事をしますかね」


 ちょうど酔いも醒めてきたので、俺も屋敷に戻ろうと思っていたところだ。ついでにアリアシアも送ったほうがいいだろう。


 そう考え、足を倉庫の物影へと向ける。そしてアリアシアが消えた場所を覗き込むと、そこには魅惑的な大きなお尻があった。


「はぁ~~! ようやく……っ! ようやく監査業務地獄から解放される……! でも最後のオルディーンの夜、しっかりと息抜きをしないとね!」


 アリアシアは俺に気づかず、こちらにお尻を突き出したままスルスルとスカートを脱いでいく。


 うぅん……下着は白か……。これはなかなか……。


「本当に今回は疲れたわ……! でもここで功績を積んだことでますますみんなわたしを放っておかなくなっちゃうわね……! 帝都に戻ったら帝国時報から取材が殺到しちゃうかも! そしたらわたしの本当の美貌が世の中にバレてしまうわね……うぅん、悩ましいけどやっぱり取材はメガネをかけて受けつけましょう!」


 アリアシアは鼻歌混じりに衣服を着替えていく。メガネを外してカバンからすごく短いスカートを取り出し、それを穿いていく。


 またつま先をサイハイソックスに伸ばし、そのまま太ももまで上げて絶対領域を生み出す。


 上着も薄地でセクシーなものに着替え、さらに髪の毛を簡単にまとめて、取り出した金髪ロングのウィッグをかぶる。


 あ……あれ……? この姿、どこかで見覚えがあるような……?


「ふふふ……! オルディーンまで来て一番の収穫は、紋影官シジル・シャドウ様とお会いできたことね! あぁ……紋影官シジル・シャドウ様……! ブラックマーケットを破壊してドライガンを断罪するそのお姿、とても素敵でした……! 乙女の鼓動を高鳴らせるなんて、罪なオ・カ・タ♡ 今のこの姿を見れば、紋影官シジル・シャドウ様もわたしの魅力の虜になるはずっ!」


 ここでアリアシアは華麗にターンをしてこちらを向き、決めポーズを取る。そして俺とバッチリ目があった。


「…………………………」


「…………………………」


「……………………………………………………」


「……………………………………………………」


 ハッ……! いけないいけない。現実逃避をしてしまっていた。


 いや、着替えを覗き見るつもりなんてなかったんだよほんとほんと。


 でも驚いたよ、まさかあの時に見た踊るお姉さんの正体がアリアシアだったなんてなー、あはははははは。いやぁ、魅力の虜になっちゃうなー。


 脳内でそんな会話を続けるが、口から言葉は出てこない。言葉を発した瞬間に時間が進みだしそうな怖さがある。


 そしてそれはたぶん錯覚ではない……が、俺はプロとしてその第一歩を踏み込む決意を固める。なんとプロかは謎だ。


「やぁアリアシア! オルディーン最後の夜だし、"また"踊りに行くのかい?」


 なるべく明るめの声とノリで話しかけて親指を立てる。


 うん、何を言っているんだ俺? お酒で判断能力が低下しちゃったのかなー……。


「き……」


「き?」


「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 夜の港に乙女の悲鳴が炸裂する。まさか最後の最後に領主逮捕以上の衝撃が待っていたとは……! 


 これまで積んできた紋影官シジル・シャドウとしての経験からもまったく予測できなかった……!

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