爆発と領主の帰還
モーリックは自分の懐に手を入れて何かを探す仕草を繰り返す。
「な、ない! やはりそれは私の〈深渦の核〉……! い、いったいいつの間に……!」
てめぇが回転している時だよ!
というかそうか、やたら懐に意識がいっているなとは思っていたが……! こいつ、〈深渦の核〉なんてもんを持ってやがったのか!
もう少し丁寧に保管していろよ! つかこの〈深渦の核〉、熱を持ち出してぼんやりと光り始めているし!
いや、もしかしなくても起動してんじゃねぇかよおぉぉぉ!
「は……はじめから、あなたの想定通りというわけですか……!」
「……はい?」
「ここへ乗り込み、私から〈深渦の核〉を奪い……! そして複数種の禁制品をすべて消滅させる……! あまりにも強引すぎるが、たしかに無声毒などは持ち帰って保管するよりもここで消し去ったほうが手間が省ける……ですが! 普通それでもやりますか!?」
いや知らねぇよ! たしかにさっき見た禁制品コレクションの中には、押収しても保管がむずかしい物が多かったけど!
つかなんでこの〈深渦の核〉、もう起動してんの!?
たしかに扱いがむずかしい闇道具だけど、こいつは龍気で起動するはずじゃ……。
「…………あ」
そこまで考えて理解できてしまった。俺の〈蛇鎖の腕輪〉は龍気をチャージして使用する武器だ。伸ばしたチェーンにも龍気の影響が伝わっている。
そんな龍気チェーンでモーリックを捕え、そのまま回転させたのだ。
何かの拍子でチェーンを通る龍気から〈深渦の核〉が影響を受け、そのまま起動してしまう可能性は十分にある。
それくらい扱いには慎重になる闇道具なのだが……。
「……なぜ箱などに入れて保管していなかった?」
「その前に商務官殿が騒ぎを起こしたので、そのまま懐に入れていたのですよ」
で、モーリック自身も懐に〈深渦の核〉なんてものが直に入っていたので、そこに意識が強く向いていた……と。
こうしている間にもどんどん〈深渦の核〉は熱を帯びていく。それを見てモーリックはフッと笑みを浮かべ……。
「みなさん、撤退しますよ! はやく! 今すぐです! もうすぐここは屋敷ごと爆発に巻き込まれます!」
「ひ……ひいいぃぃぃぃぃ!」
大騒ぎになり、全員がブラックマーケットから逃げていく。モーリックとベネテリーもフラフラになりながらもその場からの撤退を開始した。
……うん、もうこうなったら仕方ないよね。ここを失えばヴァルカ商会ももう終わりだろうし、ドライガンからもいろいろ話を聞かなくちゃいけないし……。
「えぇと……このぶんだと起爆まであと10分くらいか……?」
こうしている間にも〈深渦の核〉は脈を打つように明滅が激しくなっていき、熱量もどんどん上がっていく。
それでも俺の異能【夜影疾走】を使えば、十分に屋敷から脱出できるだけの余裕がある。ならばその前にいくつか証拠物品の押収を行おう。
禁制品はこの際なので、もう〈深渦の核〉さんの力を借りてすべて消滅させる。そのうえでこの後の展開も考えると、押収すべき物は2つ。
俺は禁制品コレクション室へ行くと〈深渦の核〉を慎重に地面に置く。そしてまずは〈赤い息〉を確保した。
「ノア先輩、技管局で試作品の薬が盗まれたか横流しされた疑いがあると言っていたけど……こんなところに流れてきていたとは……」
あの時、ノア先輩から対象薬物のリストを見せてもらっていてよかった……!
意識して見たものであればずっと記憶に残せる異能【心写記憶】のおかげで、すぐに〈赤い息〉だとわかったし。
それともう一つ、シナモールを回収する。ここでの仕事は終わったと判断し、【夜影疾走】を発動させて倉庫街へとつながる秘密経路を走り続ける。
もうすぐで出口だ……というタイミングで、遠くから大爆発の音が響いてきたのだった。
「……そういやヴァルカ商会の裏帳簿は店舗にあるって言っていたっけ」
今宵はもう一仕事するか……。
ここまで派手に動いてしまった以上、少しでも点数を稼いでおかないとヴァネッサ室長に何を言われるかわからねぇし!
■
翌日。ドライガンは領内の視察を終えて領都オルディーンを目指す馬車の中にいた。
「さて……商務官どもはどこまで仕事を終わらせたか……」
ブラックマーケットをヴァルカ商会に任せてからというもの、ドライガンはこれまでとは比べものにならない収益を得ていた。
もともと数年前から「高級品を記録上では家畜飼料扱いで港に入れる」「破棄予定の物を横流しさせ、その収益の一部を受け取る」といった方法で、本来帝国に収めるはずの税をかなり着服していた。
だがヴァルカ商会がブラックマーケットを取り仕切るようになってからはより収益が増加していた。
オルディーンで最も大きな商会と領主が手を組むのだ、帳簿の誤魔化し方も含めてやりようなどいくらでもある。
そもそもドライガンは「領民に慕われる模範的な領主」を続けてきていた。帝国からの信頼も厚く、例年の監査も定期監査の域を出ることはない。
詳細な監査というのは、よっぽどの強い疑いや不正の証拠でもなければ実施されない。ましてやオルディア領が対象ではなおさらである。
「ゴドウィン殿にもまた資金を求められているからな……ヴァルカ商会を通じてうまく帝都に送らねば……」
第一皇子派の筆頭にして大蔵卿のゴドウィン・ウィンチェスター。帝国の財政を取り仕切る彼は多額の税を納める領主との関係が深く、ドライガンも例外ではなかった。
ドライガンはゴドウィン率いる第一皇子派に資金援助をしている立場となる。このまま第一皇子が皇帝となっても見返りは大きいが、現状でもすでに十分な成果が得られていた。
とくに大きいのは帝国軍技術管理局が試作した薬を横流ししてもらえる点だろう。
これは海外に拠点を持つヴァルカ商会を活用すれば、とんでもなく大きな金額を得ることができる。
「やはり領内の弱小マフィアや商会を使うより、他国の大商会やマフィアを使ったほうが効率的だな」
すくなくともオルディア領において、ヴァルカ商会以上に他国に販売経路を構築している商会はない。
今後はヴァルカ商会の船は積み替えの際に一部荷物を紛失扱いにするなどして、より甘い汁を吸わせる予定だ。そのぶんの見返りはしっかりともらうが。
とにかく第一皇子派を資金面で大きく援助しているのは自分だ。帝都にいずして貢献度は最上位にいるとも言える。
こうして離れた場所から政局のキーポジションに座すのだ、今後も第一皇子派において自分の影響力はますます高まっていくはず。
「これからもヴァルカ商会には俺と第一皇子派、ひいては帝国のために役立ってもらうとしよう」
ドライガンとてヴァルカ商会を全面的に信用しているわけではない。
だがギブアンドテイクが成り立つ以上、互いに敵対するよりも手を組んだほうが利益が大きいというだけのことだ。
相手はマフィアの息がかかっているとはいえ商会、こうした利益には目ざとい。言いかえれば利益をうまく誘導してやれば言うことをきかせるのも容易いということ。
「とにかく商務官にはさっさと帰ってもらって、オルディア領では何も問題がなかったと報告を上げてもらわねばな」
新人商務官ではまさか領主とヴァルカ商会がつながっているとは気づかないだろうし、もう1人の商務官は万が一気づいたとしても見て見ぬふりをするだろう。
2日続けて接待を行ったが、あの男は典型的な長いものに巻かれるタイプだった。商務官であることに強い信念は抱いておらず、定年まで無難にこなして給金をもらい続けたいだけだ。
こういう類は権威や権力に対してすぐにひれ伏すものだとドライガンは経験から理解していた。
商務官が帝都に帰還してからが忙しくなる。今後はより巨額の税を横領するための大規模な仕組みも作り上げていく予定なのだから。
そんな未来を考えているうちにいよいよ馬車は領都オルディーンへと入る。そして窓を見て、往来にいつもよりも多くの人で溢れかえっていることに気づく。
「……とまれ」
何かあったのは間違いない。ドライガンは御者に指示を出して馬車を止めさせると、ドアを開いて外へと出た。
「あ!」
「領主様!」
「みんな、領主様がお帰りになられたぞ!」
領民たちが自分の姿を見て喜びで声を上げる。ドライガンは右手を上げて声援に答えつつ、近くの者たちに声をかけた。
「何かあったのか?」
「あ、はい。それが……昨日の夜、ヴァルカ商会の支部長が住んでおられる屋敷が大爆発を起こしまして……」
「……ん?」
「幸いけが人だけで死人は出なかったのですが……。屋敷は木端微塵、近くにも大量の破片が降り注いでたくさんの建物に被害が出ておりまして……」
「…………んん?」
「それと関係があるのか、ヴァルカ商会の店舗も今日はずっと閉まっているんですよ。商会関係者がどこにもいなくて何がなんだか……」
「………………んんん?」




