懐柔と芯
禁制品保管室……この部屋にアリアシアたちが逃げ込んだことでモーリックはしっかりと方針を固めた。
この4人を絶対に逃さないという方針を。
「ハァ……この部屋に入りさえしなければ、もっと穏便に済ませようと思っていたのですが……」
これは本心だ。そもそも禁制品を扱っていないという状況であれば、商会の支部長として交渉のやりようもあった。
禁制品保管室はそれなりに広く作られている。扱いが非常に難しいものも多いので、スペースにも余裕が作られているのだ。
だからこそ一品一品が見えやすくなっており、商務官など知識がある者がみれば即座にどのような禁制品が置かれているのかがわかってしまうのだが。
「モーリックさん……ここにある禁制品、あなたが……」
今さら隠す理由もない。モーリックは笑顔を張り付かせたままうなずいて見せる。
「えぇ、すごいものでしょう? なかなか苦労しましたよ、ここまで集めるのもね」
「な、何を企んでいるんですか……? こんなに大量の禁制品を集めて……!」
目の前の新人商務官が何を考えているのか、手に取るようにわかる。
ここにあるのはどれも禁制品の中でもとくに危険性が高いものになる。
「ふふ……それはもちろん帝国を混乱に陥れるためですよ?」
「そ、そんな……!?」
「というのは冗談です」
「…………え?」
やはりテロに使われるのではないかと危惧していたようだ。
こんな状況なのにモーリックはアリアシアをからかうだけの余裕があった。
「はは、すみません。禁制品の使い方ですが、わたしは大きく3つあると思っています」
「3つ……?」
「はい。1つ目はアリアシアさんがおっしゃった通り、直接使用して混乱を引き起こすというものでしょうか。そういえば帝国でも1年ほど前に巨大魔獣が出て、黒夢晶の使用が疑われたみたいですね」
帝国で活動するにあたり、モーリックはある程度情報収集を行っている。
遠く離れた地でおきた事件でも、印象に残っているものは今もよく覚えていた。
「残り2つ……なんだと思います?」
試すようにアリアシアに投げかける。だがモーリックの問いかけに答えたのは彼女の隣に立つ男性だった。
「売って大金を得る……ですかね。こういう品です、リスクはありますが横から横へ流すだけでもかなりの実入りになるのでは?」
「正解です。あなたは?」
「彼女と同じ商務官ですよ」
パッと見は覇気を感じない男性だ。
だが商務官としての経験は長いのだろう、その目は注意深く周囲の禁制品とモーリックに向けられていた。
「では3つ目はなんだと思います?」
しばらくの無言。だがここで再びアリアシアが口を開く。
「影響力……いえ、けん制……?」
アリアシアの回答を聞いてモーリックは満足げな笑みを浮かべ、拍手を送る。
「……素晴らしい。その通りです、禁制品も集まれば力となります。売ってもいいですが、敵対勢力へのけん制や交渉材料にも使えますからね。わたしにとって禁制品は、この3つ目の使い方が最も重要なんですよ」
すべては次期ボス争いに勝ち抜くため。この手の“力”は、いくらあっても足りないし困るものでもない。
モーリックは本国から離れ、異国でこうした力をつけようと動いていた。
時間はかかったが成果は出ているし、ブラックマーケットは今後も成長を続けて資金力という力も自分に与えてくれるだろう。
「私はこれからもこの地でこうした力を蓄えていくつもりです。商務官殿に邪魔されるわけにはいかない……」
ここで護衛の兵士と騎士が前に出る。口封じに動くと警戒したのだろう。
そんな緊張を解くようにモーリックは穏やかな笑みを向ける。
「さて……どうでしょう。よければ私と組みませんか?」
「なんですって……」
「あなた方にブラックマーケットを視察されるまではまぁよかったのですけどね。さすがにこの部屋を見られてしまっては、選択肢は2つになるわけです。そのうちの1つが懐柔するというものですよ」
言外に残り1つ……口封じを匂わせる。
アリアシアはともかく、もう1人の商務官はベテランだ。すべてを言わずともモーリックの言葉の意味を理解できているだろう。
「懐柔だなんて、そんなこと……!」
「わかりやすいように言葉を選んだつもりですよ。私と組んで帳簿の改ざんを行っていただけましたら、相応の対価もお支払いしましょう」
商務官自らが帳簿の改ざんを行う……つまり共犯に持ち込むというものだ。
もちろんモーリックはそれだけで済ませるつもりはない。自分の罪が暴かれてでも、ヴァルカ商会の扱う禁制品を上に報告する可能性は十分にあるのだから。
まずは共犯関係となり時間を作る。そのうえで友人や家族を調べ上げ、他の犯罪行為にも加担させることで心理的にも追い込み、逃げられなくするつもりである。
商務官であればそれくらいの手間暇をかけてもいいという判断だ。今後も利用価値が高いのだから。
一方で兵士と騎士は話が別。この2人は今晩のうちに海に沈めると決めていた。
「いかがです? 決してわるいようにはしませんよ?」
「…………ません」
「ん……?」
「できるわけないでしょう! わたしは帝国の商務官! 苦労して学府を出て、それでようやく取れた資格を犯罪なんかに使ったら……! 入学費を払ってくれた親に合わせる顔がないっ!」
アリアシアは涙を流しながら、しかし気丈な瞳でモーリックを睨みつけていた。
この状況でも自分の芯が折れない人物というのは貴重だ。こういう者ほど配下としてほしいとモーリックは考えている。
だが今はゆっくりと懐柔できる状況でもない。隣に立つ商務官にも視線を向けるが、彼はあきらめたようにため息を吐いた。
「だから言っただろう、アリアシアくん? 定期監査の域を出ないように……と」
「アーミックさん……」
「商務官の仕事はこうした危険と隣り合わせだ。だがまぁ……一度は憧れた“正義の商務官”を最後に夢見てもいいかもしれないねぇ」
どうやらもう1人の商務官も覚悟を決めたらしい。ほぼ同時に兵士と騎士が剣を引き抜く。
「おいおい、あきらめるのは早ぇって!」
「そうです! 正面突破でここを乗り切れば……!」
まだ目に闘志がみなぎっている。このまま4人まとめての処分に動いてもいいが、モーリックは「やはり惜しい」と考えた。
商務官だけでなく、だれもが強い芯を持っている。もし心を折ることができれば、再び自分の懐柔案に乗っかかるかもしれない。
「フフ……乗り切ってどうしようというのです?」
「なに……」
「私は仙勁レベル7認定を受けています。そうやすやすとここを突破できますか?」
「…………! レベル7……!」
仙勁レベルは対象の実力を示す指標だ。
過去数百年の歴史において認定された最高レベルは10。レベル7の仙勁使いというのは、相当上位の実力者である。
「知っているでしょう? 仙勁というのは、厳しい鍛錬と長きにわたる努力、そして才能のすべてがそろった者であってもその7割はレベル6止まり。レベル6から上へいけるのは、ごく限られた人間だけであるということを」
「く……!」
身体能力を向上させ、様々な武技を発動させられる仙勁……多くの者が使えるものの、素質のない者はレベル1か2止まり。そして世の中の多くは、そうした素質のない人間である。
レベルが3もあれば、人によってはストライダーを目指す。レベル5や6というのは、一線を画す実力者の領域だ。
だからこそその境地にいる者は、レベル7がいかに人外の領域にいるのかということをよく理解している。そして。
「それから覚えていますか? 彼……ベネテリーは私のボディーガードだと話したことを」
「まさ、か……!」
ベネテリーがモーリックの隣に立つ。続けて静かに上着を脱いで重厚なハルバードを手に取った。
「当然、わたしは自分よりも強い者にボディーガードを任せています。彼の仙勁レベルは8ですよ」
「ば……! バカ、な……!」
レベル8ともなれば、大国でも相当人数が絞られる。
ミルドリス共和国全域でも6人しか認定されていない。ベネテリーはその中の1人なのだ。
「どうです? 私たちを突破できそうですか?」
「……おいレイモンドくんよ。きみ、レベルは?」
「……5、です。ランドさんは?」
「4だよちくしょうっ!」
レベル4と5でも相当だ。実力があり、心も強い。
この2人は今夜のうちに処分するつもりだったが、やはり可能であれば手駒に加えたい。
「仮にですが、奇跡的にあなた方4人全員がここを突破し、地上に戻れたとしましょう。それからどうします?」
「当然、領主様に報告するとも! このような事態、見過ごせるか!」
「フフ……いいですね、領主に忠誠を誓う騎士というのは。でもムダなんですよ」
「なんだと……!?」
そう……たとえここから逃げることができたとしてもムダなのだ。なにしろ……。
「ドライガン様もあなた方側……だからですね?」
答えたのはアリアシアだった。やはり彼女は優秀なのだろう。
昨日見たときは自分の仕事で手一杯になっており余裕を感じなかったのだが、今日の彼女はこんな状況でも冷静に考える頭を持っているようだ。
「ほう……どうしてそう思います?」
「証拠はありません、ですがこれまでの領主様の発言を考えると……。それにマフィア〈海の走者〉はあなた方の訴えを聞いたドライガン様が壊滅させたと聞きました。〈海の走者〉を潰して最も利益があるのは……」
「フフ……いいですね、アリアシアさん。どうです、商務官を辞めてうちで働きませんか?」
ブラックマーケットに乗り込んできたくらいなのだ、当然もともと〈海の走者〉が取り仕切っていたことなど調べ上げているのだろう。
ドライガンとのつながりは明言こそ避けたが、騎士は明らかに動揺していた。
「う……うそ、だ……! ドライガン様が、そんな……! 貴様らなんかに……!」
「ならここから出られたときに聞いてみますか?」
「う……!」
「さぁ……すべてムダだとわかったでしょう? もう一度聞きましょう。私と手を組みませんか?」
これで完全に心は折れたはず。さっきよりもこちらの言葉に耳を貸す可能性は高いだろう。
そう考え、しばらく待つ。時間を与えずに相手に選択を迫るのも大事だが、今は逆。冷静に状況をかみ砕かせ、どうするのが自分にとって最もいいのかを考えさせる場面だ。
そしてたっぷり時間を使わせたところで、アリアシアが顔を上げる。その目を見てモーリックは再度「惜しいな」と感じた。
「商務官としての自分と、そして家族を裏切れません……! ここを出て帝都に帰ります!」
「はぁ~~! しゃあねぇ、嬢ちゃんがそう言うなら俺も覚悟を決めるか!」
「お、俺は……! お前の言うことなど信じない……! だがすべてはここを出てからだ……!」
「ひえぇぇ……! もうどうにでもなれの精神ですなぁぁ……!」
なぜ聡明な頭脳を持っているはずなのに、こういう場面では博打に出るのか。
もちろんわかっている、それだけ心に強い芯が通っているからだ。
だがムダだ。ここで自分とベネテリーを突破するのは不可能。
できたとしても扉の外には20名を超える部下たちが固めているし、外へ通じる出入口もすでに人を配置している。
万が一にでも外に出ても、今度はディアンとルレットを差し向ける。領主の館に逃げ込めばドライガンが手を打ちやすくなるだけ。
つまりアリアシアたちは詰んでいるのだ、どうしようもなく。
たまたまドライガンから流されたシナモールを扱っていたがためにこのような事態になってしまったが、それはもう言っても仕方がない。
「では……見せてもらいましょうか、あなた方がどこまでできるのかを……!」
兵士と騎士は覚悟を決める。だがアリアシアは気丈な態度とは裏腹に目に恐怖の色が浮かんでいた。
これまでの人生で、自分が殺されるかもしれないなどと考えたこともなかったに違いない。
それが目の前に現実として迫っている。その恐怖を前にして取り乱さないのは称賛に価するだろう。
だがその恐怖に染まっていたはずの目が大きく驚きで見開かれる。よく見ればそれは兵士と騎士、それに男の商務官も同じだった。
「…………?」
強い違和感。どうして一触即発の状況でいきなりそんな表情になるのか。そしてなぜその視線は自分たちを通り過ぎてその後ろへと向けられているのか。
「っ!?」
後ろを振り向いたのはベネテリーとほぼ同じタイミングだった。
そして扉の先……そこに立つ人物を見てモーリックは生まれて初めて「言葉を失う」という体験をする。
「ずいぶんとここまでコレクションを溜め込んだものだ」
そこに立っていたのは、黒いローブを着てフードを被った人物であり……その顔には黒い仮面がつけられていた。




