モーリックの視線
「フフ……まさかここをかぎつけてくるとは」
モーリックは今宵、とある組織から〈深渦の核〉を買い取る交渉を行う予定があった。そのため普段よりも厳重な警戒態勢を取らせていたのだ。
そしてそんな彼の下に報告が入る。妙な4人組がいる……と。実のところアリアシアたちは、裏門の時点ですでに目をつけられていた。
マフィアたちはブラックマーケットを練り歩く4人を離れた場所から監視を続けている。
4人はどれだけ監視を続けていても、何も買うこともなく、それどころか店主たちに対して聞き込みを行っていた。
モーリックの側に控えるベネテリーが口を開く。
「あの若い商務官か……2人は護衛みたいだが、残り1人の男はわかりませんな」
「きっとあの男も商務官でしょう。遠目には分かりづらい部分もありますが、“彼”から話に聞いていた特徴と一致するところもありますので」
ブラックマーケットに乗り込んできた2人の商務官。しかしそんな光景を見てもモーリックは余裕を崩さなかった。
それというのもすでに今夜の商談が終わっていたからだ。
モーリックは満足した笑みを浮かべ、無造作に机の上に置かれた水晶のような物体に目を向ける。多額の金を支払って手に入れた〈深渦の核〉だ。
「すでに今夜の一大イベントは終えていますが……せっかくゲストが来てくれたのです。もてなしが必要ですかね?」
「……放置でも構わないのでは?」
「そうしたいのですが、少し事情が特殊なんですよねぇ……」
ブラックマーケット自体は見逃されているし、アリアシアたちがここで見たものを領主に訴えても何も影響はない。問題は帝都の上層部に報告された場合だ。
「もし帝都にここでの見た情報を持ち帰られたら、必ず密偵を送り込んできてブラックマーケットの実態調査に動き出すでしょう。そうなると出てくるのは……」
「皇帝直属の黒紋監察室、そして全員が異能持ちだという紋影官か……」
帝国で活動するにあたり、モーリックが最も注意を払っているのが黒紋監察室だ。
どういう組織なのか実態はつかめない、しかし確実に動いている組織。
ウワサの紋影官が出てきたら、さすがにモーリックといえど慎重な対応を取らざるを得なくなる。
また商務官ならともかく、紋影官相手に禁制品の取り扱いを隠し通せる確証もなかった。
「……消しますか?」
「そうできたらいいのですが、消し方にも注意が必要です。できれば公共の広場で、第三者が見てもわかりやすい“事故”で、4人同時に消えてもらうのが理想ですねぇ……」
暗殺などではどうしても“余計なことを知った商務官が消されたのではないか”という疑念が残る。
だがだれが見ても「あれは仕方のない事故だった」というやり方であれば、そうした疑念は限りなく薄くできる。
1人1人別々に消そうと思えば手間も増えるし、何より明らかに「特定の対象を狙った」と読まれてしまう。これにはモーリックも少し頭を悩ませる。
「ここで4人確保しますかね……」
「1人はあの時の騎士ですが?」
「"彼"との間に、そこまで気にする義理はないですよ。あくまで我々とはギブアンドテイクの間柄ですからね」
モーリックとてせっかく作り上げた今の環境を砂上の楼閣にはしたくない。
このまま4人を消すリスクと、情報を帝都に持ち帰られて紋影官が動き出すリスク。その2つを天秤にかけ……結論を出した。
「うん、放置にしましょうか」
「……よろしいので?」
「えぇ。紋影官が動き出すかは未知数ですし、もし万が一動いても隠し通せるでしょう。なにせここに出回っているのはどれも違法性のあるものではありません。禁制品は奥の区画でしか扱われていませんからね」
モーリックも商務官などが入り込んできたときのことを想定しており、ブラックマーケットは表向き禁制品は扱われていなかった。
今日買い取った〈深渦の核〉などは、奥の限定された区画でのみ商談している。そしてその場所へ入るには、さらに特別な許可を持った者のみ。
出入口も一ヶ所のみ、そこさえ押さえればいくら紋影官といえど禁制品を見つけることはむずかしいはず。
ここで変に4人同時に消しにかかるより、紋影官1人に対して注意しておいたほうがリスクは低いと判断した。
「ヴァルカ商会が二重帳簿をつけている件について追求される可能性もあるかと」
「そうなれば証拠を出せと突っぱねるだけですよ。ベネテリー、部下たちに商務官殿たちには手を出さないようにと通達を……」
お願いします。そう指示を出そうとした時だった。離れた場所から大きな声が聞こえてくる。
「こ……これは……っ!? シナモールではないですか!?」
「………………っ!」
声の主は間違いなくアリアシアだ。そして帝国においては専売制が敷かれているシナモールの名が出たときにモーリックは「しまった」と思った。
たしかにこの区画では禁制品は扱われていない。そして帝国産のシナモールも禁制品ではない……が、海外産のものは禁制品である。
またシナモールは見た目だけでは帝国産か海外産かわからない。つまりアリアシアは見つけたシナモールを「海外産の禁制品だ」と誤解する可能性があるのだ。
「これは……困ったことになりましたね」
調べれば禁制品でないことはわかる。ではどうやって調べるのか。
現物が必要だし、その現物はどこから手に入れてきたのかという話になる。突き詰めていくとブラックマーケットの存在は公になるだろう。
これはモーリックとしても……そしてアリアシアからしても運がわるかった。なぜならシナモールはいつも扱っているわけではないからだ。
そもそも専売制が敷かれている以上、手に入れる方法は限られている。
だが今はそのシナモールがちょうどブラックマーケットで捌かれている時期だった。
「どうしますか?」
紋影官が隠密に調査しに来るくらいであれば、多少のリスクはあれどごまかせる算段の方が高い。
だがブラックマーケットの存在が公になれば、帝都から大量の調査員が向かってくるかもしれない。
そうなれば強制捜査の名のもと、この地下室は隅から隅まで調べられるだろうし、入港記録や商会の提出した破棄証明書なども入念に調べ上げられるにちがいない。
またヴァルカ商会の支部長が住む屋敷の地下でブラックマーケットが開催されていたという事実が広まると、商会自体の信用にも大きくかかわってくる。
それに加え、もう一度ここでブラックマーケット市場を作り上げることはほぼ不可能になるだろう。
「ハァ……定期監査の域を出なければ、なんとでもなる状況だったんですけどねぇ」
強制捜査になれば、過去数年分にさかのぼって物流ルートの詳細調査や帳簿と入港記録の照合が行われるだろうし、倉庫街における聞き込み調査も実施される。
今は元〈海の走者〉の連中も飼い殺しにしているが、もともとブラックマーケットを取り仕切っていたのは彼らである。その手口や今の実態についても話されてしまう可能性は高い。
「仕方ありません、4人をここで捕えます。ディアンとルレットには念のため街の店舗のほうで待機させてください」
「あの2人を店舗のほうに……?」
「万が一逃げられたら、2人には領主の館で張ってもらいます。どうせ逃げ帰る先はそこしかありませんからね」
「かしこまりました」




