倉庫街の紋影官
皇帝陛下直属の組織、黒紋監察室。
そこで実行部隊として所属するエージェントは紋影官と呼ばれており、任務の時には黒仮面をつけているという。
レイモンドも大きく両目を見開き、アーミックは「まさか」と口を開く。
「ほ……本物の……紋影官……!?」
その人物は余裕を感じさせる足取りで距離を詰めてくる。
謎の気配に気圧されたのか、取り囲んでいたマフィアたちも少し距離を取った。
「てめぇ……だれだ……? いや、紋影官とか呼ばれていたな。…………まさか。いや、たしかにウワサでは聞いたことがあるが……」
黒紋監察室は地方ではそこまで名が知られている組織ではない。貴族は知っていても、領民は「聞いたことがない」と答える者がほとんどだろう。
もし知っているとすれば、それは黒紋監察室を警戒する必要がある者たち……あるいは仲間が紋影官にやられた経験を持つ者たちだ。
「ほう。どんなウワサだ?」
「黒仮面が現れたとき、裏社会で必ず大きな騒動が起こる……。これまで裏で何人もの悪党や街に溶け込んでいた大量殺人犯を見つけ出し、闇に葬ってきたと聞く。先日も貴族を狙った賊の集団が、たった1人の黒仮面に全滅させられたとか……」
そう……紋影官がどこで何をしているのか、その実態は明らかになっていない。
だが今、男が言ったような仕事をしている集団だという印象はだれもが持っていた。
アリアシアも震えながら口を開く。
「わ、わたしも聞ききました……。つい先日では、第二皇子派の貴族にずっと耳元でささやき続けていた黒仮面がいたとか……」
「なに……?」
「その貴族は発狂し、今も声が聞こえると言ってうなされているらしいです」
「俺はたった1人で、反乱を起こした領主軍を壊滅させたという話を聞いたことがある……」
「紋影官は1人1人が異能を持つ一騎当千の実力者という話ですからな……」
思わぬ人物が現れたことにより、倉庫内には異質な空気が流れ始めていた。
だが黒仮面の人物は気にした様子を見せずに堂々とした足取りでアリアシアたちを通り過ぎ、大柄な男の前まで進み出る。
「自己紹介はいらないようだ。さて……少し話を聞かせてもらおうか?」
「……いやだと言ったら?」
「試してみるか?」
「…………ちっ。何が聞きたい?」
ここで初めて男は負けたように視線を下に落とす。しばらくして黒仮面は言葉を発した。
「この倉庫では以前まで〈海の走者〉が取り仕切るブラックマーケットが開催されていた。そうだな?」
「…………っ! ど……どこでそれを……!」
「ブラック……マーケット……」
やはりこの街にも存在していたのか。しかし〈海の走者〉が取り仕切っており、ここで開催されていたとは思わなかった。
同時にアリアシアの中で点と点が結ばれ始める。
「まさか……! 以前まで関係を持っていた商会が、ブラックマーケットに関与していた……!? そして本来帝国に収めるはずだった税をかすめ取っていた……!?」
アリアシアの言葉に大柄な男は何も答えずに視線を横にそらす。どうやらアタリだったらしい。
「で、でも、今はもう〈海の走者〉はないし、ブラックマーケットも開かれていないのでは……?」
そんなアリアシアの疑問に答えたのは男ではなく黒仮面の人物だった。
「いいや、ブラックマーケットは今も開催されている。だがお前たち元〈海の走者〉の手からはすでに離れている……そうだな?」
「ふん……なんでもお見通しってか?」
「現在ブラックマーケットを取り仕切っているのはどこの“商会”だ?」
マフィアではなく商会と断定した質問が繰り出される。このことにアリアシアは違和感を覚えたが、男は両目を大きく見開いた。
「てめぇ……どこまで知ってやがる……!?」
「答えを言ってやろうか? ヴァルカ商会……だな?」
「…………っ!」
「俺が知りたいのはブラックマーケットへの参加方法だ。お前は知っているだろう?」
どうして紋影官がブラックマーケットへ参加したがっているのか。
考えるまでもない、それが皇帝の意思であり……そして紋影官が介入するのに足る事件だからだ。
「なぜ俺が知っていると思う?」
「数日前、ヴァルカ商会の関係者に対して騒動を起こしていたな? あれで両者にはつながりがあるのではないかと考えた」
「……どういうことだ?」
「今思うとあのタイミングはできすぎていた。そもそも白昼堂々とああした騒ぎを起こす理由がわからない」
黒仮面の語る騒動については、アリアシアにも記憶に残っていた。
初めてオルディーンに到着したときに目の前で起こった騒動だ。
「何よりあの時、お前たちが絡んでいた女性2人は、どう見てもお前たちよりも格上の実力者だ。当然、それなりに実戦経験のあるお前たちもそのことには気づいていたはず」
「………………」
「そういう状況にもかかわらず、2人の女性はわざとらしい悲鳴をあげて、さもお前たちに怯えているような演技を見せていた。……事前に打ち合わせをしていたのだろう? 目的は商務官に対するパフォーマンスといったところか」
人さらいにあいそうになっていた女性2人についても覚えている。
しかしアリアシアの目からは女性たちがそこまでの実力者だとはまったく感じ取れなかった。
「さて……そうなると他にも見えてくることがある。お前たちはすでにヴァルカ商会……そしてその背後にいるミルドリス共和国の〈黒燭会〉に敵わないと敗北を受け入れている」
「そ……! そこまで……知って、いるのか……!」
「路上パフォーマンスも強要されて行ったのだろう? 表向きはともかく、裏ではしっかりと飼いならされているイヌということだ」
「て……てめぇに……! 何がわかる……っ!」
この黒仮面の人物は明らかに自分たちとは別ベクトルで情報を入手している。
目的はさっき言っていた通り、ブラックマーケットに参加するためなのだろう。
「あいつらは領主にデマをでっち上げたんだ! 自分たちの従業員が〈海の走者〉の連中に大ケガを負わされました、どうにかしてくださいってなぁ! それを素直に聞き入れたドライガンの野郎は騎士団に命じ、徹底して〈海の走者〉を潰しにかかりやがった! 自分が利用されているとも知らないでなぁ!」
「どういうことだ!?」
男の言葉に反応したのは騎士のレイモンドだ。彼も〈海の走者〉殲滅作戦にかかわっており、他人事ではないのだろう。
「そのままの意味だ! 〈黒燭会〉のフロント企業であるヴァルカ商会は、ここのブラックマーケットを奪い取りたかったんだよ! 俺たちからなぁ! おかげで〈海の走者〉は壊滅、息のかかった商会も潰された……!」
「そ……そんな……」
すべてヴァルカ商会と、その背後にいる外国マフィア〈黒燭会〉がこの地で暴利を貪るための計画。
そうと知らずこれに協力させられていたレイモンドは膝から崩れ落ちる。
「クソが……っ! おい黒仮面、どうせ知ってんだろぉ!? 俺たちが今はヴァルカ商会に雇われ、ここを拠点にしている理由もよぉ!」
「ど……どういう、こと……!?」
「ハンッ! この倉庫は地下への隠し通路があって、そこからヴァルカ商会の支部長が住んでいる屋敷までつながってんのさ! ブラックマーケットに流れる品はここを経由して運ばれているってわけだ!」
「そ……!?」
これにはアリアシアも動揺を隠せなかった。
そもそもヴァルカ商会は昨日訪問したところだが、そんなことをする人たちにはまったく見えなかったからだ。
「てめぇの言う通り、俺たちはあいつらのイヌだ……ちくしょうっ! 1日を通してこの倉庫を守り、密売品が運ばれるのを見守る……たまに来るお前らのような連中を追い返す番犬ってことだ。ちく……しょう……!」
気づけば男は涙を流していた。
ボスを討たれたというのにその敵討ちをせず、それどころか仇敵にいいように使われている現実に嫌気がさしているのだろう。
「ブラックマーケットの参加方法だったな……」
「ほう、教えてくれるのか?」
「ここまでかぎつけられたんだ、隠すのも限界だろう。そもそも紋影官が動くということは、潰しにきたんだろ? ブラックマーケットだけじゃねぇ、海外マフィアにこれ以上帝国で調子に乗らせないようによ……!」
男の言葉を聞いてアリアシアはハッとする。そうだ……この話が事実であれば、ごまかされた税金は海外マフィアに渡っていることになるのだ。
帝国が得るはずだった利益を横からかすめ取る大罪人である。たしかに皇帝陛下直属の紋影官が動くには十分すぎる理由だ。
「いいぜ、教えてやらぁ! これであいつらも終わりだ……! はは、そうだ……お前に情報を教えることで俺たちはヴァルカ商会の奴らに復讐を果たすんだ……!」
「……お前の復讐には興味ない。参加方法と開催時期を教えろ」
「ほぼ毎日開催している。あいつらの手に渡ってから、取引がバカみてぇに活発になっているからな。そして参加方法は2つ……正規ルートか裏ルートかだ」
商務官として見過ごすわけにはいかない。アリアシアもしっかりと男の言葉に意識を向ける。
「正規ルートの場合は会場に入るための金属板が必要になる。裏ルートの場合は、会場に運ばれる積み荷の中に隠れることだ」




