突撃調査 倉庫街の元マフィア
時刻は昼を迎えていた。レイモンドを先頭にして4人は倉庫街へと移動する。
「これは……地図で見るのと大違いですね……」
海沿いに大きな倉庫がズラッと並んでいる。また倉庫と倉庫の間には細い路地も見え、その奥にも倉庫らしき建物が見えた。
倉庫の中には扉が開きっぱなしになっており、中が薄暗くてよく見えないものもある。
潮の香りがより強くなっている中、労働者たちの怒号が飛び交っている。荷馬車もひっきりなしに走っており、木箱を引きずる音なども聞こえてきた。
「この時間が一番忙しいですからね……なるべく労働者たちの動線を邪魔しないように気をつけてください。いくら領主様に仕える騎士といっても、ここにいる者たちは怒鳴りつけてくるうえに領主様にクレームを入れる者もいますから」
やはり気性の荒い者が多いのだろう。ドライガンはマフィア崩れを見て「更生させて倉庫街で働いてほしい」と言っていたが、たしかに元マフィアの再就職先には向いているかもしれない。
倉庫街も東へ進むほどどんどん人が少なくなっていく。そうしてかなり歩いた先に、目的地が見えてきた。
「あれが……」
「元〈海の走者〉の連中がたむろしている倉庫です」
「……アリアシアくん。本当にいいんだね?」
アーミックが念を押してくる。きっと彼も「ここに何かが絶対にある」と確信しているわけではないのだろう。
もしそうであれば、彼の性格からしてここまでついてこない。
何もなければそれでいい。だが万が一ということがあると恐ろしい。そういった気持ちから出た言葉なのだ。
「はい。行きましょう」
アリアシアは若かりし頃のアーミックのように「正義の商務官」というものを目指しているわけではない。ただ自分にその適性があるということと、与えられた職務を完遂したいというだけだ。
こういう部分を第三者が見ると「真面目でお堅い」と映るということを、アリアシア自身も理解できていた。
倉庫は相当古くなっており、数字が消えている。レイモンドは他の倉庫よりも一回り小さな入口に手をかけると勢いよく開いていった。
「だれか、いるか!」
緊張しながら4人は倉庫内へと入り込んでいく。外観どおりに中も相当古くなっていた。カビの匂いもするし、たしかにここでは保管に向かないだろう。
しかしそれならば建て替えるという選択肢もある。このあたりの倉庫をすべて建て替えても、需要はあるし十分にもとは取れるだろう。
「んだぁ……?」
「おいおい、マジかよ! 領主の騎士がきやがったぞ!」
「んだとぉ!?」
倉庫内に明かりが灯っていき、倉庫の中がよりよく見えてくる。いくつか仮説住宅のような建物があったが、正面にはバーのように整えられた区画があった。
ソファにテーブルなどが並べられており、カウンターの他に奇麗な絨毯も敷かれている。その場違いな光景を見てアリアシアは一瞬思考が停止した。
「……なんの用だ」
倉庫内にいたのは10名の男たち。その中でもひときわ体格の大きい男性がソファに座り込みながらアリアシアたちに鋭い視線を向けてくる。
何か言わなくては……そう思い、最初の言葉を探す。だがアリアシアよりも先にアーミックが口を開いた。
「はは、お昼どきにすみませんねぇ。私、帝都からやってきた商務官でございます」
「あぁん……なんだって商務官がこんなところにやってくる? 調べる倉庫を間違えてんじゃねぇのか。あ?」
気づけば他の男たちはアリアシアたちを囲むように立ち位置をゆっくりと変えていく。
これにレイモンドは強い警戒心を持ったが、ランドは余裕のある表情を崩さず、しかし腰の剣には手を置いていた。
「いやぁ、監査中に少し気になることがございまして。こちらの倉庫ですが、今は使用されていないのですよね?」
「チッ……見ればわかんだろ? それとも見るまでわからなかったのか?」
「はは、これは失礼。実は私、以前にもこの街には監査で訪れたことがございまして……」
よく見るとアーミックの頬には汗が流れていた。声色からはわからないが、彼も緊張しているのだ。
「当時はあなたがた〈海の走者〉が裏社会を牛耳っておられたと思います。壊滅した今、どうしてあなたがたはまだこの場所を占拠しているのです? もはやここに居座る理由もないはず。それに……マフィアでなくなり、定職についていないのに、あなたがたはどうやって日々の稼ぎを得ているのです?」
アーミックはマフィアに対して踏み込んだ問いかけを投げる。
アリアシアはこの質問の意図がわからなかった。少なくとも監査に直接関係しているようには思えない。
「なんでてめぇにそんなことを言わなくちゃならねぇんだ?」
「いえ、もしかしたら商務官としての仕事にかかわってくるかと思いまして」
ここでアーミックは試すような視線をアリアシアに向ける。
いや……実際に試しているのだろう。アリアシアはやたらスッキリした頭でいくつかの可能性を考える。
「あ……。本当は税収が上がっているけど、横ばいにみせかけている。浮いたぶんのお金をこの人たちに回している……?」
「ははぁ、まぁその可能性もあるというだけの話です。さて、聞かれたと思いますが……この街は荷揚げ量が増えているのに税収が横ばいでして。帳簿上では問題ないのですが、もしかしたらあなたがたのような方がうまいこと税をちょろまかしているかもと思ったものですから……」
「んだと!?」
商務官は帝国に正しく税が支払われているか調べに来ている。そんなことはだれもがわかっていることだ。
ましてや毎年の定期監査を受けているオルディーンに住まう者たちであればなおさらである。
アーミックとしては理由はなんでもよかった。こじつけに近いロジックであっても、最終的に「どうしてまだマフィア崩れどもがこの古倉庫に居座っているのか」を解き明かせればそれでよかったのだ。
もちろん目の前の男たちが税を搾取しているとは考えていない。だが商務官から疑いをかけられれば、男たちはいやでも反応せざるを得ない。
「ふざけんな! 今や俺たちに協力的な商会もねぇし、税がどうのとか知るか!」
この言葉にアリアシアは違和感を覚える。そして脳内でまとまりきる前に口から言葉を吐いた。
「待ってください……! “今や”……? 昔は協力的な商会があって、税金関係で何か実入りを得ていたのですか!?」
言葉の綾かもしれない。目の前の男たちは学府を出たわけでもないし、正しい文法で言葉を話せるのかもわからないのだから。
「おしゃべりはここまでだ。今すぐに帰れ。もし帰らねぇなら……」
アリアシアの質問に答えることなく、男たちが距離を詰めてじりじりと包囲網が狭まってくる。
一触即発。こちらで戦えるのはレイモンドとランドのみ。
しかし2人の顔色を見ても、さすがに10人相手では余裕がないということが伝わってくる。アリアシアはアーミックの言葉を思い出していた。
(死体となって見つかった商務官……)
なぜ今まで自分がそうならないと思わなかったのだろうか。もしかしたら過去の商務官たちも、こうして消されてきたのではないか。
目の前の男は明確に“殺せ”と命令をしたわけではないが、だからといって無事でいられる保証もない。そうして緊張感が限界を達しようかというその時。
「なかなか面白い話をしているではないか」
「っ!?」
新たに倉庫の入り口から男性とも女性とも判断できない声が聞こえてくる。振り向くと、そこにはローブをまとい、フードを被った人物が立っていた。
だがアリアシアやアーミックたちは、その人物の顔を見て驚愕する。帝都で働く役人たちであれば、だれもがウワサで聞いたことがある特徴を持っていたからだ。
その人物は顔に黒い仮面をつけていた。思い当たる存在は一つだけ。
「し……紋影官……!?」




