バニィちゃんとレオンちゃん
時間にしてどれくらいだろうか。2秒、いや10秒くらい? あるいは1分か。
とにかくしばらく俺たちは互いに顔を見合わせた状態を続けていた。
えぇと……なんでここにバニィちゃんが? バニィはたしか、情報院にスカウトされたって……。
…………………………めっちゃ情報院に入っているやんけ……!
「ば……バニィちゃん、久しぶり……」
「え、あ、うん……久しぶり、レオンちゃん……」
「………………………………」
「………………………………」
バニィは最後に見たときの記憶とは違い、黄色い髪をショートカットにしていた。
小柄なのは相変わらずだが、腰には二本のショートソードが下げられている。
そんな彼女は部屋に入ると、ゆっくり扉を閉める。そして。
「なんでレオンちゃんがここにいるのよおぉぉぉ!?」
「いや、俺のセリフうぅぅ!」
時間差できた驚きが口から出ていた。
「え……!? ガチでレオンちゃんが紋影官!? なんで!? ウソでしょ!?」
「バニィこそ! ユリウスから情報院配属になったとは聞いたけど、エージェントだったのかよ! てっきり帝都で普通に資料の編纂とかしていると思ってたわ!」
「ああいうデスクワークは学府を出た人がやるのよ。あたしは密偵としての適性が高いと評価されて、所属が変わったの」
思いがけない再会となったが、もともと俺とバニィは仲がいい。これはこれで喜ぶべきか……。
「レイモンドは? バニィがここにいることを知っているのか?」
「知るわけないでしょ。それにこういう、『裏の世界に入ったことで友人を見かけても簡単には話せなくなったのだ……』というシチュエーションを大事にしたいし」
「なにそれ?」
そういえばバニィは実技系の成績はそこそこよかったが、軍学校時代はよく読書もしていた。
俺も何度か小説を借りたが、だいたいスパイアクション系だったことを思い出す。
「もしかしてバニィ……こういうエージェント仕事に憧れていた……?」
「そうよ。いつか情報院からスカウトが来ることを目指して、軍学校ではとくに潜入調査に向きそうな鍛錬や座学を集中して学んでいたもの」
その結果、座学成績にバラつきが出すぎて3年生に上がれなかったのか……。
「本当は黒紋監察室に入って紋影官になりたかったのよ? でもあそこは情報院のエージェント以上に特殊だし、そもそもあたしには異能がなかったからあきらめたの」
「うん、あきらめて正解だったと思うよ」
どうやら彼女は「得体のしれない組織」で活躍することに憧れを抱いていたらしい。スパイ小説の読みすぎだと思う。
「でも驚いたわ……まさかレオンが異能持ちで紋影官になっているなんて……。軍学校卒業まではどこにでもいる一般的な兵士候補だったのに……。ハッ! なるほど……当時から力を隠していたということ……!」
「誤解だ! そもそも二つ名になっている異能については、紋影官に入ってから発覚したものだし……」
俺は持ち前の異能……まぁ当時はそれが異能だとは認識していなかったのだが。それを活用することで目立たない成績を2年間継続して出し続けた。
目的は一つ、凡庸な帝国兵となって生きていくためだ。
士官に憧れないこともなかったが、部下の命を背負って任務を遂行するということに、俺は自分で向いていないと考えていた。責任を負える自信がなかったと言ってもいい。
まぁそのせいで巡り巡って今の立場になってしまったわけだが。
「まさかあたし以上に『秘密組織で活躍する俺かっけ~』をやっていただんて……!」
「やってねぇよ!? そもそも黒紋監察室は秘密組織じゃねぇし!?」
何をやっているのか、その実態がよくわからないだけのただのあやしい組織だ。
……もしかして部分的に秘密組織の定義に触れている?
「つか声、どうやって変えていただんだよ!? 全然気づかなかったんだけど……」
「ふふふ……! 技管局で開発された変声アメを舐めると、一時的に声を変えられるのよ! 水を飲めば即座に効果も打ち消せるし、とても便利でよく使っているの」
そんなあやしいアメを開発していたのか……さすがマッドなサイエンティストが多いとウワサの技管局……。
「コホン……まぁ今は仕事を進めるとしよう」
「おお……プロっぽい……」
「バニィもプロだろ……。とりあえず言っておくけど、俺はそこまで戦闘能力が高くない。そこは注意しておいてくれ」
この先、バニィが俺の戦闘力をあてにしてきても困るし。
「…………? 紋影官といえば、異能を使って敵集団を単独で壊滅させる力を持っているんじゃ……」
「え、マジ? もしかして紋影官って、よそから見たら本当にそんな奴だと思われてんの?」
情報院のエージェントであるバニィが言うと、なんだか妙な説得力を感じてしまう……!
「まぁたしかに、俺以外の紋影官はみんな強いよ。俺が紋影官に向いていないんだ」
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん?」
「その『あぁ、ハイハイ。いいですね、異能を持った紋影官様は謙虚でいらっしゃること』みたいな嫉妬の目を向けるのやめろ!」
そもそもバニィが紋影官や情報院のエージェントになりたかったという話、今日初めて聞いたわ!
「ハァ……とりあえずこれから倉庫街に乗り込むが、揉め事になっても俺の力をあてにしないでくれと言いたかったんだよ」
「まぁいいわ。ところでレオンの異能って?」
「わり、それは言えない決まりなんだ」
「きいぃぃぃぃぃぃ……! 今絶対、決め台詞だと意識して言ったでしょ!」
「言ってねぇよ!? 話進まねぇよ、変につっかかってくんな!」
異能の詳細については黒紋監察室関係者以外には伏せることになっている……が、どの紋影官も二つ名が異能名になっているので、おおよそのあたりをつけることはできるのだが。
ガチで隠す気があれば、そもそも二つ名なんてつけないだろう。
これも黒紋監察室が秘密組織でないということと、あえてそれっぽい二つ名を名乗らせることで周囲に圧を与えるという目的があるのかもしれない。
「とにかく倉庫街へ行くぞ! 元〈海の走者〉の連中に話を聞きに行く」
「そうね。ところでどういうシチュエーションで乗り込むの?」
「…………なんだって?」
「だから。シチュエーション。大事でしょ?」
大事……なのか……?
たしかにこちらの目的は情報を引き出すことだし、やりようによっては素直に教えてくれる可能性もあるだろうけど……。
「正面からストレートに聞くつもりだったんだが……」
「ノンノンノン。よそ者に簡単に情報を教えるわけないでしょ」
「……なら金で買収とかか?」
「わるくはないけど……せっかくだしその黒仮面を使いましょう!」
そう言うとバニィは俺の懐に指をさす。俺はおとなしく懐から黒仮面を取り出した。
「むはぁ……それが紋影官に許されたあの黒仮面……! く……レオンが本当に紋影官だったと認めざるを得ない……っ!」
「なんで血を吐きそうな声で言ってんだ」
「いつから!? いつから紋影官になったのよ!?」
「話がそれてる! で、こいつをどう使うって?」
まぁこんな調子だけど、バニィは本気でスパイ活動に憧れていたからこそ、その実力は高いのだと思う。実際にこの街についてはよく調べていたし。
「もちろん紋影官がやってきたというていで乗り込むのよ!」
「……なんだって?」
「その黒仮面を見れば、マフィア崩れなんてビビり散らかすに決まっている……! もう楽勝よ!」
たしかに紋影官は、目の前に現れてほしくはない存在だろう。
だがバニィは紋影官に詳しいからこそ、落とし穴に気づいていない。
「あのな、バニィ。たしかに黒紋監察室は秘密組織じゃないし、帝国でもある程度その名を知っている奴はいる。でも紋影官が黒仮面をかぶっているだとか、どういうことをしている奴らなのかなんて、そこらの奴らは知らねぇよ」
「…………………………?」
「いや、なんでわかんねぇんだよ!? エージェントならわかるだろ!?」
いくら秘密組織ではないといっても、帝国に住まう者全員が黒紋監察室という名を知っているわけではない。
俺の経験上、黒紋監察室や紋影官についてある程度把握しているのは、帝都民や貴族連中だ。
ここは帝都からも離れたオルディア領だし、領民の中でどれくらい黒紋監察室なんて名前を聞いたことがある奴がいるのかあやしいもんだ。
もちろん領主であるドライガンはその名を把握しているだろうけど。
「いえ……大丈夫よ!」
「なにが?」
「その黒仮面から発せられる気配で、タダ者ではないということは相手にも伝わるはず……!」
「紋影官を知っている奴限定でな」
紋影官を知らなければ、単にあやしい仮面をつけたあやしい人になってしまう。
「え、マジで考えているシチュエーションってそれだけ? お前、本当に情報院のエージェント?」
「失礼な! ものは試し、一回仮面をつけて乗り込みましょう!」
「ほぼ確実に相手には伝わらないと思うんだが……」
「その時は普通に会話で交渉を試みるまでよ。どちらにせよ顔は隠しておいていいんじゃない?」
まぁ言われてみればそうか。変に顔を知られて、帝都から来た兵士が何やら嗅ぎまわっているというウワサが出ても動きにくくなるだけだし。
「わかった、黒仮面を使おう」
「おお!」
「で、バニィは? 何か顔を隠すものはあるのか?」
ここでバニィは得意げな表情で懐から仮面を取り出す。白い仮面を。
「お……お前……それ……」
「わたしの小顔サイズに合わせて作った特注品よ」
「……ハァ。もういい、わかった。とにかく行くぞ」
ずいぶんと時間を使ってしまった……!
ま、まぁ、もう昼も近いし。今も倉庫街を根城にしているのなら、さすがにもう起きているよな……?
■
少し前。アリアシアはここ数日の中でもっともコンディションがよかった。
それというのも昨日の夜に奥義〈月影解放舞〉を発動したからである。
おかげでストレス値がリセットされ、アリアシアはスムーズに仕事を進めることができていた。
だからこそアリアシアは一つのひっかかりを覚えてしまう。
「……たしかにこれだと荷揚げ量が増加していても税収は横ばいというのもうなずける……でも倉庫街の地図はここ数年、変わっていない……?」




