続・情報院エージェントとの接触
「おはようございます、アリアシアさん。なんだかものすごくご機嫌ですね?」
「っ!?」
鼻歌まじりで廊下を歩いていたが、俺の姿を見て足をとめて両目を見開く。
「え……えぇ、オハヨウ、レオンサン」
「…………? はい、おはようございます?」
なんかイントネーションがおかしかったな……。まぁいいや、すごく機嫌はいいみたいだし。
「何かいいことでもあったんですか?」
「え!? べべべ、別に!? いつも通りよ!?」
「……っすか。あ、今日自分は自由時間をいただいてますので……」
「そ、そう。ええ、昨日は働いていたものね。自由時間でストレスを解消するのも、いい仕事を続けるのに必要なことだわ」
なんだかえらく理解を示してくれるな……。普段であれば「遊びに来たわけでもないのに自由時間だなんて……」とか言いそうなのに。
まぁいいや。昨日はいくつかの商会を巡ったので、きっと仕事も順調なのだろう。
朝の挨拶を終えて俺は屋敷の外へと出る。
「さてと……俺も一度整理したいし、海猫の止まり木へ行くか……」
それなりに情報を得ることはできた。情報院のエージェントも午前中はだいたいパブにいると言っていたし、今のうちに情報交換を済ませておいてもいいだろう。
それに昼からは別口であたってみようと思っているところもあるし。
そんなわけで朝の市場で賑わう声を聞きながら大通りから外れたパブへと向かう。二度目ともなるとまったく迷うことなくたどり着くことができた。
そのまま店の中へ入ると、厨房からマスターが出てくる。
見たところ営業時間外で客もいないので、俺は懐から通行証代わりに黒仮面を見せた。
「二階へ上がっても?」
「……あぁ、問題ない。一応、そういう時間短縮の荒業は控えてほしいもんだがな……」
「毎回あのやり取りするのもお互い面倒じゃない?」
「通っぽくていいやり取りじゃないか」
なんだそりゃ……。どうやらマスターは昨日のやり取りが好きなようだ。
とりあえず許可をもらったので二階へ上がり、昨日と同じく隣の部屋の壁にコンコンとノックを鳴らす。
数秒待つと壁の向こうから声が返ってきた。
『何かわかったか?』
「いきなりだな。まぁ予想以上の収穫はあったぜ」
『ほう? 聞かせてくれ』
「ああ。ヴァルカ商会だが、俺の中でもブラックマーケットを取り仕切っているのではという疑いが強くなった」
壁の向こうのエージェントにあらためて昨日の出来事を話していく。
「支部長のモーリックたちは明らかに武闘派だ。それに屋敷のロビーで少し独特な匂いがしてな……」
『独特な匂いだと?』
「ああ。確証はないが、シナモールの可能性もあると思う」
『ほう……やはり……』
問題はシナモール自体は禁制品ではないということだ。外国産のシナモールは禁制品だが、帝国産だとそうではない。
とはいえ取り扱いには国の許可が必要となる。もし本当にヴァルカ商会がシナモールを扱っていた場合、許可証の確認が必要だろう。
ブラックマーケットに出ていた場合は犯罪には違いないが、禁制品でないため扱いがむずかしくなりそうだ。
『想像以上の収穫だ』
「とはいえ確証はないけどな」
『いや、十分だ。こちらでも新たな情報を得られた。ヴァルカ商会についてだ』
そういえばシナモールの話を聞いて「やはり」と言っていたな。何か思い当たるふしがあったのだろうか。
『ヴァルカ商会の本店はミルドリス共和国にある。現地のエージェントが情報を送ってくれた。……ヴァルカ商会は共和国において、〈黒燭会〉というマフィアのフロント企業として機能している』
これでヴァルカ商会はマフィアということがはっきりしたわけだ。つまりモーリックたちは……。
「マフィアの武闘派たちが直々にオルディア領へ乗り込み、そこでブラックマーケットを引き継いで今も莫大な収益を得ている……と」
『そういうことだな。状況証拠しかないのが残念ではある』
まぁここまでの情報を伝えたところで、領主を動かすにはかなり弱いだろう。
昨日はアリアシアが帳簿記録の照合を行ったが、あくまで形式的な監査に過ぎない。当然向こうも慣れているし、新人商務官をいなすことなど造作もなかったはず。
まぁオルディア領におけるブラックマーケットを潰すのは俺の仕事ではない。
俺の任務はあくまでブラックマーケットの実態調査。そこで禁制品が出回っていればその情報を持ち帰ることで、ヴァネッサ室長がいろいろ動くだろう。
逆に言えば禁制品が出回っていなければ、これからもブラックマーケットは続いていく。見つけても潰すとういわけではない……ということをよく肝に銘じておかないとな。
『共和国ではシナモールの粗悪品が……いや、向こうの国では粗悪品扱いではないのだが。とにかく幻覚作用のあるシナモールが扱われている』
「あぁ、なるほど……もしそれが万が一にも帝国に入ってきていたら……」
『捌く場所はブラックマーケットになるだろう。当然一発アウトだ』
お互いの情報をすり合わせることで、ヴァルカ商会が極めて黒に近いグレーになっていく。一方で問題もあった。
「結局ブラックマーケットの場所や開催日がわからないことには、これ以上は調べようがないんだよなぁ……。そのあたりはどうだ?」
『……見つけられていない。個人的には倉庫街のどこかに場所を移したのだと思うのだが……』
なるほどね……。さて、俺にも仕事のタイムリミットがある。具体的には商務官の定期監査が終わるまでだ。
オルディア領に来て今日で4日目……おそらく早ければあと3日。
だがアーミックは昨日ほとんど仕事をしていなかったようだし、もしかしたらもう少し滞在期間が延びる可能性もあるか……?
「こちらもあまり時間はない。知っていそうなやつに聞いてくるよ」
『ほう? ヴァルカ商会の関係者以外に知っていそうな者がいると?』
「ああ。元海の走者の連中さ。今は前までブラックマーケットが開かれていた倉庫街の東端を拠点にしているんだろ?」
『……………………』
連中からすれば、まず自分たちを壊滅させた領主は許せないだろう。
しかしもっと許せないのは、自分たちが取り仕切っていたブラックマーケットをそのまま引き継いだ奴だ。
火事場泥棒もいいところだし、取り返せる算段も立っていないとなれば、より恨みを募らせていくはず。
『奴らが知っているとでも?』
「可能性はそれなりだと思う。あいつら、俺がここへ来た初日にヴァルカ商会の店舗担当者を取り囲んでいた。わざわざそこに狙いをつけたということは……」
『なるほど。すでに自分たちのブラックマーケットがヴァルカ商会に奪われたという確証があったからか』
さすがに証拠はないだろうが……だが話を聞いてみるのはわるくないと思う。
『……一人で行くのか?』
「そのつもりだ」
夜しか【夜影疾走】は使えないし、できれば日の明るいうちから行きたくはないが……。
賊やらの相手は何度もしてきているとはいえ、決して好んで戦ってきたわけではない。そもそも俺はそこまで戦闘が得意でもないし。
しかしタイムリミットもある以上、あまり時間をかけていられないのも事実だ。今は多少怖くても前に進むべきだろう。
『……わかった、わたしも同行しよう』
「ん……マジで?」
『ああ。情報院として、紋影官ばかりに頼りっぱなしというわけにはいかん』
ああ……情報院なりのプライドがあるわけだ。
情報院が手に入れた情報をもとに紋影官が動く。
これが本来の理想だが、今回はイレギュラーもあって俺も情報収集を手伝っているからな。
「相手は元とはいえマフィアだった奴らだ。万が一のとき、自分の身は自分で守れるか?」
『当然だ。お前こそ……いや、一騎当千の紋影官には不要な問いかけだったな』
いやちがうよ!? 少なくとも俺は戦闘タイプの紋影官じゃないからね!?
これまでやたらハードな戦闘任務ばかり任されてきたけどさ!
『ではそちらの部屋に向かう。少し待っていてくれ』
「了解」
カチャカチャと壁の向こうから音が聞こえる。着替えたり装備を整えているのだろう。そうしてしばらく経って、扉にノックがなる。
「どうぞ」
さぁ……ウワサの情報院エージェント様だ、どんな奴が現れるのか……。
やっぱり一見するとエージェントに見えないような、特徴のない顔をした男なのだろうか。あるいは老婆……?
そんなちょっとしたドキドキ感を覚えながら扉に注目する。開かれた扉から見えたのは、小柄な女性……軍学校の同期であるバニィだった。
「…………………………」
「…………………………え?」




