月影解放舞《ヒミツノワタシ》
シナモール……それは独特な香りがある樹皮を乾燥させたものだ。古くは薬としても使用されていたが、最近では料理にも使われ始めている。
またアイゼンブルク帝国はシナモールの取引については専売制を取っていた。それというのも海外から粗悪品が多く入ってきた時期があったからである。
しかも粗悪品のほうは幻覚作用などをもたらす物もあったため、現在も帝国ではこのシナモールについては専売制となっている。
海外からの輸入はもちろん、国外への輸出も禁じられている品だ。
「ま、確証はねぇがな」
「………………」
「あと間違っても、あの嬢ちゃんには言うなよ。証拠も確証もないのに、もしそんなことで騒動にでもなれば……」
「目をつけられる以前に、ヴァルカ商会もさっさと証拠を隠滅するでしょうね。結局捜査しても何も見つからないというオチが待っていそうです」
「そういうことだな」
まさかランド隊長からこんな情報を聞けるとは……。だてにベテラン帝国兵ではないということか。
「俺としても騒動に巻き込まれるのは勘弁願いたいからなぁ。ま、商務官殿の仕事がこのまま順調に終わるのを待とうじゃないの」
「……っすね」
こっちはまだ本命の任務があるから、そういうわけにはいかないんだよなぁ……。はぁ、普通の兵士になりたい……。
なりたいと思っているだけで、いざ選択を突き付けられたら結局今の仕事を選ぶとわかっている自分に辟易としないでもないが。
「よし、なら今日は帰るか! まぁ明日もそう大した仕事はねぇだろ! 姉ちゃん、お会計~」
「あ、はぁい!」
「よぉしレオン! きっちり割り勘だからな!」
「こういうときに全額出してくれると、先輩としての格が上がりますよ?」
「だはは! レオンから見た格はべつに上がらなくていいんだよ!」
なんということだ……。というか俺が「あの隊長、ぜんぜんおごってくれないケチ隊長だったぜ」と、悪評を振りまく危険性については理解していないのだろうか。
……まぁ護衛に選ばれた兵士はたまたま集められた10人だし、帝都に戻れば解散する部隊だからな。ランド隊長としてもそこまで深入りするつもりはないのだろう。
そんなわけでは本当にきっちりと割り勘で支払いを終える。
最後の最後まで「もしかしたら先輩らしく多めに払ってくれるのではないか」と期待していたのだが、まったくそんなことはなかった。
「いやぁ、酒を飲んだ後に波の音を聞きながら帰るこの時間……いいねぇ……!」
「……たしかに。わるくないもんですね」
うん……本当にわるい気がしない。仕事抜きで来たら、俺もこの街をもっと好きになれそうな気がする。
「ん……?」
ランド隊長が視線を遠くに向ける。そちらを見ると人だかりができていた。
「なんでしょうね? 盛り上がっているみたいですが……」
主に男性が口笛を吹き、そこだけ賑わいを見せている。気になって俺たちも近づいてみると……。
「お……おぉ……!?」
そこにはものすごくセクシーな女性がいた。キリッとした目つき、そして腰まで伸びた金髪。まだ少し肌寒い季節なのに、かなりきわどい薄地の服を着ている。
超がつくミニスカートはなんならサイドにスリットが入っており、下着の紐が見えている。お尻から伸びる太ももにはサイハイソックスが食い込んでおり、上着も胸元が大きく開いたものを着ている。
そんなセクシーお姉さんは周囲の男たちの手拍子や口笛に合わせて踊りを披露していた。
「うっひょおおぉぉ! なんていい女なんだあぁぁ!」
「こんなセンスのいい女、この街にいたか!?」
「いいぞ~! もっと足見せろぉ~!」
踊りもなかなかキレがあるな……!
かなり慣れているのだろう、まったく物怖じすることなく男たちを魅了するようなダンスを続けている。
ランド隊長も思わずと言った様子でよだれが出ていた。
「お、おい、レオン! 俺たちも近くで見ようぜ!」
「……っすね!」
■
(あぁ……今、わたしは……みんなから注目されている……! だれもが“女”としてのわたしの魅力に取りつかれている……!)
アリアシアはカバンを持って屋敷から出た後、視察時に目をつけていた公園へと移動する。その隅で帝都から持ってきた衣服に着替え、メガネを外し、そしてウィッグを装着した。
ちなみにメガネは伊達である。アリアシアは自分の顔があまりにも奇麗で美人すぎると理解しているので、普段からその魅力を相殺するためにメガネをかけているのだ。
海がある街なので肌寒い服装にはなるが関係ない。すぐに熱くなることがわかっているのだから。
(そう……そうよ……! これが本当のわたしなのよ……! みんなの言う真面目でお堅いだけじゃない、メガネを外した本当のわたしは、生まれ持ったこの美貌で男たちを夢中にさせる小悪魔なのよ……っ!)
学府時代にアリアシアが編み出したストレスリセット法。それは「メガネを外して肌の露出の多い服に着替え、男たちの視線を集めて踊ること」だった。
きっかけは偶然だった。ある日の夏、夜の帝都に薄着で繰り出し、多くの男たちからナンパをされたときに人生で初めて「超絶にモテている!」という実感が得られ、自己肯定感が爆上がりしたのだ。
そのときからアリアシアは夜の舞いに取りつかれ、同時に翌日にストレスがリセットされることに気づく。
それからは仕事で行き詰ったり、ストレスが限界を迎えたとき、真の姿のアリアシアが現れるようになった。
そう……これは「普段は真面目で地味な女が、実は帝国一の美少女だった!?」というギャップを生み出すための奥義。
その名も〈月影解放舞〉である……!
(ああ……! みんながわたしを見ている……っ! 少し足を上げただけで大声出しちゃって……このブタども! あなたたちの視線なんか、簡単に誘導できるわ……!)
ウィッグは毎回変えており、まず自分だとバレることはない。出張ということもあって今回は一種類しか持ってきていないが、帝都の自室には50くらいある。
また〈月影解放舞〉発動時に着る服についてもオーダーメイド&手作りである。自室にはボツになった際どすぎる衣装が100くらいはある。
(あぁ、いい……すごくいいぃ……! 気持ち、よすぎぃぃ……! でもいけないわ、ここは他国人も多い港町ですもの……もし他国の王子様がわたしを見つけたら、国までお持ち帰りされちゃううぅ……!)
この数年でダンスにもずいぶんと磨きがかかった。ちまたでは第五皇女セレーネが〈セレニアン〉と呼ばれるファン数を伸ばしているというが、自分だって本気を出せばとっくにセレーネなんて目ではないだろう。
何しろ皇女は立場上、アリアシアのように女の魅力を使うことができないからだ。
メガネを外した顔が帝国一美しいというのに、これで女の魅力まで使えるなんて、もはや自分は大陸の至宝と言っても過言ではないのではないだろうか。
(んん……っ! じ、自己肯定感が上がりすぎて……っ! んっ! ば、爆発、しちゃいそぉ……っ!)
もうすぐだ。もうすぐ自分は最高の瞬間を迎えることができる……! あと……少し……! あ……も、もう……イ……。
というタイミングでものすごく聞き覚えのある声が響く。
「ヒュゥ! いいぞぉ姉ちゃ~~ん! たまんねぇ、もっと見せてくれぇぇぇ!」
「っ!?」
視線を向けると、そこには酒に酔って赤ら顔になったランド隊長と一般兵のレオンがいた。
「………………~~~~~~~~っ!?」
限界まで目を見開く。同時に撤退の判断を即座に下した。その場からアリアシアは全力ダッシュで離れていく。
「あ!?」
「……行っちまった」
あまりにも突然の出来事に、アリアシアを追う者はだれもいなかった。
■
翌日。俺は昨日働いたので、今日は自由時間をもらうことにした。
どうやらアーミックは昨日の夜もドライガンから接待を受けていたようだ。
「しかし昨日の帰りに見た姉ちゃん、ずいぶんと色っぽかったな……」
ランド隊長が声を上げたらすぐにどこかへ行ってしまったけど。まぁああいう賑わいも港町ならではなのかね。
そんなわけで兵士の服を脱いで私服へと着替える。そして部屋を出て廊下を歩いていると、正面にものすごく上機嫌なアリアシアが歩いているのが見えた。




