ハグリアの街で聞き込み
リシェルはさっそくハグリア駐留軍の指揮官であるマーカスと面談を行う。
「帝都より参りました、リシェル三等剣尉です」
「ようこそハグリアへ。マーカス一等剣尉だ、よろしく頼む」
ハグリアをはじめとする帝都近郊の街には100名規模の軍が駐留している。
ある程度の期間でローテーションをしており、一等剣尉の指揮経験を積ませることにも役立っているのだとか。
「さっそくですが、先日の巨大魔獣についておうかがいさせていただければと」
「ああ。まさかこんな場所で巨大魔獣が出るとは思ってなかった。魔獣は北にある森から、街道を歩む者を狙って出てきたらしくてな。そのまま人の多い街を視界に収め、ハグリアに向かって一直線にやってきたってわけだ」
「なるほど……」
時間もあったし、マーカスのほうでもすでに調査を進めていたようだ。
「……で、最終的にはたまたまハグリアにいたストライダーの力を借りて、討伐することができた。ケガ人がかなり出たが、幸いなことに死者はいない」
「それはよかったです。……ストライダーについての情報はありますか?」
「ああ。【放浪の翼】という5名で構成されるパーティだ。リーダーの名はアッシュ、パーティランクは4と確認ができている」
ランク4……かなりのベテランだな。
「実際、あいつらがいなければもう少し被害は広がっていただろう。リシェル三等剣尉、わるいが……」
「ええ、報酬の手配はこちらで進めておきます」
「助かる」
ストライダーは基本的に金にならないことはしないイメージだ。今回も軍が手こずる巨大魔獣討伐を手伝えば、報酬が出ると読んでのことだろう。
しかしここハグリアにはストライダーたちを管理管轄するギルド支部がない。というより帝都近郊で支部があるのは帝都だけだ。
もともと魔獣の発生率が少ない上に軍で対処することも多いので、帝都を拠点にするストライダーなんてあんまりいないんだがな……。
「こんなところかしら……」
あらかた事情を聞けたリシェルは席を立つ。
「レオン、ザック。次は【放浪の翼】が泊っているという宿に行きましょう」
「了解」
そのまま兵舎を出てマーカスから聞いた宿屋へと向かう。一階が酒場になっていて、二階が宿になっている建物だ。
中に入るとすぐにそれらしい一団を見つけることができた。
「あなたが【放浪の翼】のリーダー、アッシュかしら?」
「あん……?」
アッシュたち5人は丸テーブルを囲っており、昼間から酒を飲んでいた。なかなかいいご身分じゃないか。年齢は30代半ばといったところか……?
彼らはリシェルとその後ろに控える俺たちの軍服を見て「あぁ」と手を叩く。
「マーカスさんから聞いた、帝都から来たお偉いさんか」
「……階級はマーカスさんの方が上よ。わたしは帝都から巨大魔獣が現れたときの事情をうかがうのと、報酬の件で話し合いにきたの」
「おお! いいねぇ! んだが金の話はあんまり人がいないところでしてぇ。……せっかくだ、俺の部屋に来いよ」
そう言うとアッシュは親指で二階へ続く階段を指す。
「二人っきりで話そうぜぇ? なぁ、いいだろ?」
「お、おいリシェル……!」
アッシュからいやな雰囲気を感じたのか、ザックが前へ出る。だがこれにリシェルは手を上げてザックの動きを止めさせた。
「たしかに人目のあるところでストライダー相手にお金の話をするのは、ぶしつけというものね」
「おお、わかってんじゃねぇか! なら決定だ、さっさと行こうや」
「リシェル……いいのか……? 相手はストライダーだぞ?」
「彼らも帝都のお膝元で迂闊なことはできないわよ。レオンとザックはここで待っていて」
そう言うと2人はさっさと階段を上がっていく。残った【放浪の翼】のメンバーはニヤついた笑みを俺たちに向けてきていた。
「はは、えらく心配しているじゃねぇか」
「まぁリーダーはちゃんとわきまえる奴だから、間違いなんてないって」
「あっちのほうから誘ってきたらその限りじゃねぇけどなぁ!」
この4人……なるほど、ランク4のパーティだけあってそれなりにできるな。仙勁レベルも4前後といったところか。
実戦経験も豊富……並の一般兵士じゃ太刀打ちできないだろな。俺は4人を見渡して口を開く。
「いやぁ、まさかこんなところで高名な【放浪の翼】に会えるなんて、思いもしませんでしたよ!」
「……なんだと?」
「俺たちのこと、知っているのか?」
「ええ! ラブルローン王国で今最も期待されているパーティでしょう!? 本当に光栄だなぁ! 帝都近くでこうしてお会いできるなんて!」
今回の任務にかかわる奴らだからな……事前に情報は集めてある。こいつらは少し前までラブルローン王国で活動していたストライダーだ。
「ほぉ……俺たちの名が、ストライダー後進国である帝国に届いているとはな……」
俺の言葉を聞いてみんなうれしそうに笑みを深める。というかストライダー後進国ってなんだよ! 大国もこいつらから見れば後進国なのか……。
そんな彼らに俺は笑顔で空いたグラスに酒を注いでいった。
「そりゃもう! ぜひ巨大魔獣と戦ったときのことを教えてください!」
「おお、いいぜぇ! あの魔獣はなかなかのもんだった。俺たちのように経験豊富なストライダーがいなければ、どれだけ被害が広がっていたか……」
ザックは少し距離を取って、二階の階段近くへと移動していた。二階からリシェルの悲鳴でも聞こえてきたら、すぐに駆けこむつもりなのだろう。
だがあいにくその心配はいらない。2人はビジネスの話に夢中だろうしな。
「で、最終的に森から出てきた巨大魔獣を倒したってわけだ!」
「なるほどぉ! ところで高名な【放浪の翼】のみなさんが、どうして帝都まで? こう言ってはなんですが、このあたりにストライダー向けの仕事ってあんまりないように思うんですけど……」
「ああ、帝都近郊は軍がよく巡回しているし、魔獣を倒しているって話だもんなぁ」
「俺たちが来たのは、もちろんストライダーとしての依頼を……」
「おい」
話している途中で、これまで無口だった男が止めに入る。止められたほうは一瞬不機嫌な表情を見せたが、すぐに口を閉じた。
「わるいがストライダーというのは、どこで何をしようが自由だ。俺たちが帝国にいるのはたまたまさ」
「たまたま……ですか」
「なんだ? 何か気になることでもあるのか?」
「いえいえ。ただ【放浪の翼】がいるとなると、何か大きな依頼や事件の解決に来られたのかと期待してしまいまして!」
「……そんなんじゃない。残念だったな、坊主」
ま、知りたいことはおおよそ知れたな。
「あ、リシェル!」
このタイミングでザックの声が聞こえる。振り向くと二階からリシェルとアッシュが下りてきたところだった。
「それじゃリシェル三等剣尉殿。報酬の件は頼むぜ?」
「ええ、帝都のギルド支部に伝えておきましょう。……レオン、ザック。行くわよ」
外に出てすぐにザックが心配そうに声をかける。
「リシェル、あの男になんか変なことをされなかったか?」
「変なことって何よ。……何もあるはずないでしょう、巨大魔獣討伐時の聞き取り調査と報酬の件で話しあっていただけよ」
「そうか……ん?」
しばらく歩いていると、人だかりが見えた。近づいてみると、その原因が明らかになる。
「まぁおいしい! わたくし、ハグリアに来たの初めてですけどぉ……住民のみなさんはとっても優しいし、果物もおいしいし……! この街のこと、すごく好きになっちゃいそう!」
「うおおおおお!」
「セレーネ様ぁ! こっち向いてくださいぃ!」
どうやら皇女殿下がハグリアに視察に来たという話が広まり、こうして人だかりができているようだ。というか軍の慰問もするんじゃなかったか……?
「街中でラフに住民たちとコミュニケーションを取るセレーネ皇女……! なんて尊いんだ……っ!」
さっきまでリシェルを心配していたザックがもう骨抜きにされている。それを見てリシェルは苦笑いをしていた。
「いいわ、ここからは自由時間にしましょう」
「え!? いいのか!?」
「わたしは兵舎で部屋を借りて、資料の作成を行うわ」
「……リシェル、俺も協力しよう」
俺の申し出が意外だったのか、リシェルは目をパチクリとさせる。
「さっき【放浪の翼】の連中からいろいろ話を聞いてな。もしかしたら報告資料の作成に役立てるかもしれない」
「……そう、わかったわ。それじゃレオンにはこのままわたしに付き合ってもらおうかしら」
「了解だ」
■
「ザック、ただ今よりセレーネ様の護衛任務へと復帰します!」
ザックは住民の列をかき分け、セレーネを護衛する兵士たちに合流した。これを見てセレーネは笑顔のまま首をかしげる。
「あれぇ? もう一人、兵士さんがいませんでしたかぁ?」
「ああ、あいつならリシェルの……おっと。リシェル三等剣尉の手伝いをするとのことです。せっかくリシェル三等剣尉から自由時間をもらったんですが……」
「そぉなんですねぇ! でもすみません、せっかくの自由時間をわたしの護衛任務に使っていただいて……」
「いえいえ! 私の本来の任務ですから! なんでも命じてください!」
セレーネはすでにザックの名前など頭に残っていなかった。彼はすでに信者……いや、セレニアンだ。こうしてセレニアンが増えるのは大変喜ばしい。
だが彼女はもう一人の兵士が、自分にあまり関心を向けていないことがわかっていた。
承認欲求モンスターだからこそ、その目を見ればだいたいわかるのだ。自分の外観やしぐさから、好意を抱いているかどうかが。
(あの人……ただの兵士のくせに、ここまでわたしに無関心だなんて……!)
高位貴族や親族ならまだわかる。だが兵士や庶民など、自分の承認欲求を満たすための道具に過ぎない。だというのにその道具の1つが、まったく自分の承認欲求を満たしてくれない。
これにはセレーネからすればストレスを感じる類のものであった。
「あまりにもわたしが高貴すぎて、近寄りがたいのかしら……?」
「……セレーネ様?」
「なんでもないわ。さ、視察を続けましょう!」
セレーネの後ろには住民たちがついてくる。ウワサはすぐに広まり、明日はさらに人が増えるだろう。
それに今回は兵士たちの慰問もある。まだまだセレニアンを増やす余地が残されていることに、セレーネは笑みを深めた。




