ランド隊長との飲み
アリアシアは領主の屋敷に戻るとすぐに用意されていた夕食を済ませる。そして今日の仕事をまとめようと、自室へ向かって廊下を歩いていたときだった。
「いやぁ、ドライガン様。昨日に続いて今日まで……」
「はは……せっかく帝都からお越しいただけたのだ、私もオルディーンの魅力を存分に知って帰っていただきたいのだよ。今日はオルディーンでも最高級のお店を予約した、存分に楽しんでいただきたい」
ふと声がしたほうに視線を向けると、そこにはドライガンとアーミックの2人がいた。2人とも楽しそうに会話をしながら玄関ホールへと移動していく。
きっと今日もこのあと、領都の高級店に繰り出すのだろう。昨日もしこたま飲んでいたはずなのに。
「ぐ……! あ、アーミックさん……っ!」
おそらくドライガンは領主として、商務官を接待しているのだろう。
ここで「昨日も飲んだでしょ! 何をしているんですか!」と、間に入ることはできない。
「今日は一日、ずっとわたしが働いていたのに……! 自分はそんなの関係なく、楽しく飲みに行くだけですか、あぁそうですか……!」
プツンと……アリアシアの中で何かが切れた。彼女はそのままドカドカと廊下を踏み鳴らしながら自室へと戻る。
そして大きな旅行鞄を開き、奥からゴソゴソとブツを取り出していく。
「ふ……うふふふふうふふふふふ……! い、いいわ……! べつに構わないわよ……! えぇ、こうなることがわかっていたからこそ、こちらも帝都から出る前に準備して持ってきていたのだから……!」
アリアシアは学府にいたころから、周囲からよく「真面目」「冗談が通じない」「お堅い」と言われていた。アリアシアからすれば、それのなにがわるいのかと言いたくもなる。
そもそも学府とは将来の帝国を支える文史官を育てる場所。まじめに勉学に励み、そして望んだキャリアを得る教育機関だ。
そこでアリアシアは同級生たちとの競争に勝ち抜き、最終的には商務官の資格を得ることができた。
たしかにまだまだ駆け出しだが、商務官の仕事自体は自分の性格にもあっていると思う。
「百歩譲って兵士たちがこの街で護衛の仕事が少ないのは認めるわ……! でもアーミック、てめぇは働けよ!」
アリアシア自身、自分がどういう性格で他人のどういった行為にストレスを覚えやすいのかはよく理解している。
また周囲の人たちよりも、ストレスをため込みやすい性質であるということも。
だがストレスばかり溜めると、自分のパフォーマンスをいい状態でキープできなくなる。常に最高のコンディションを整え仕事に臨むにあたって、このストレスとどう付き合っていくのかが非常に重要だ。
彼女は学府にいたころ、いかに自身のストレスをコントロールしていくかを考えていた。いろいろ試したが、おかげで今は“答え”を得ている。
そう……「これをすれば自分のストレスはリセットされ、翌日からベストコンディションになれる」という、最強のストレス解消法を。
今回の仕事でも、ストレスを抱え込んで仕事のパフォーマンスが落ちる可能性について考慮していた。そのため帝都を出る際にしっかりと「ストレスリセットに必要なモノ」を持ち出してきていたのだ。
彼女はカバンから取り出した薄地の布などを別のカバンに入れると、そのまま屋敷から出て行くのだった。
■
「かんぱ~い!」
結局俺はランド隊長に連れられて酒場へとやって来てしまった。でもこれはこれでよかったのかもしれない。
さすが港町の酒場だけあって、海の幸が豊富だ。それに酒場内は騒がしく、異国人らしき人たちも多い。
壁には他国の国旗や船旗が飾られていたりと、帝都の酒場とはまた違う雰囲気が楽しめた。
「だはは! いやぁ、オルディーンは賑やかでいい街だなぁ! 兵士をやっていると、たまにこういう観光を兼ねた仕事が回ってくるんだよなぁ!」
「はぁ……」
い……いいなぁ……! 俺もそんな兵士生活を送ってみたかった……!
まぁ実際、一般兵というのはころころ配属先が変わるものだし、戦争が始まったりするとどんどん前線に向かわされる可能性もあるのだが。
しかし今の時代、ことアイゼンブルク帝国に対しては、正面から「ヘイ! 戦争しようぜ!」なんて仕掛けてくる国はない。
そのぶん経済戦争というのはよく起こっているそうだが。
「ランド隊長も軍学校を出てずっと帝都におられるんですか?」
「いんや? 実は帝都に配属されたのはずいぶんと久しぶりなんだよ」
「え、そうなんですか?」
「おう。軍学校を出て最初の2年は帝都配属だったんだがよぉ。それからかなり田舎の村でずっと兵士をすることになったんだ。いわゆる帝政直領の土地でなぁ」
帝政直領……特定の領主が置かれておらず、帝国自体が統治している領地のことだ。帝都近郊以外だと、かなり飛び地になる。
「帝政直領ですか……結構遠い場所ですよね?」
「そうだな。小さな村で兵士は俺を入れて10人。何もない村だったが、まぁ気楽に過ごすことはできたな」
前線で戦うこともなく、ただ田舎の村で人々の話し相手を務めながら過ごしていく……そんな時間を送っていたらしい。
「で、一年前に帝都配属の辞令が出てな。まぁ帝政直領に配属された兵士は、だいたいローテーションで回っていくものだが……そう思うと俺は結構長く滞在させられたもんだ」
運ばれてきたシーフード焼きの盛り合わせを食べながら会話を続けていく。
「でもランド隊長、階級は精剣兵ですし、帝政直領でもずっと身体を鍛えていたんですか?」
一般兵士の階級は4つあるが、一番下の粗剣兵から鍛剣兵へは、おおよそ2~3年経てばだいたい階級が上がる。
だがその後に続く精剣兵と鋭剣兵は、兵士としての経験年数や実績、それに実際の実力を図られるのだ。
少なくとも精剣兵である以上、ランド隊長もそれなりに実力が認められた兵士というのは間違いない。
「言ったろ、田舎じゃやることがないって」
「なるほど……日々身体と剣を鍛え続けていたと」
「ふっ……まぁそんなところだ」
得意げな笑みを浮かべながらランド隊長はビールを飲む。
しかしやることがないからと、ずっと鍛錬をし続けられるとは……俺だったらたぶんしない。まさかランド隊長にこのような一面があったとは……。
「まぁなにしろ、あんときは本当にやることがなさすぎて、ヤってばかりだったからなぁ!」
「…………ん?」
「でもってだ、さすがに女の前でブヨブヨの身体を見せるわけにはいかねぇだろぉ!? すごーい、こんなに鍛えているんだー、って褒められてぇし! 実際に鍛えているだけで周囲から真面目な兵士だと思われるし! 評判も上がればより女をベッドに誘いやすくなるしで、とにかく体を鍛えることに対するメリットがめちゃくちゃでかかったんだよ!」
「………………」
なるほど……どうやら鍛錬を続けるには、ちゃんとしたモチベーションの源があったらしい。
で、あらためて階級試験を受けた結果、精剣兵として認められた……と。
「試験官もびっくりしていたぜぇ~! 帝政直領帰りの兵士は、だいたい身体がなまっているのに……とか言っていたからなぁ!」
そういやランド隊長、今回の任務をみんなに話すとき、最初に「行って帰るだけの仕事だ! 現地では時間の余裕もあるぞ!」と言っていたが、若い兵士たちに対して緊張を解かせるのと同時に本心で言っていたんだろうな……。
これも長く遠方の地で兵士を続けてきたからこその余裕だろうか。
変なところで関心していると、ランド隊長はシーフード焼きを口に突っ込みながら俺に視線を合わせる。
「レオンは兵士になって2~3年くらいか?」
「そうですね」
「なるほどなぁ……よし、ここは先輩としてお前に忠告しておいてやる」
忠告……?
ランド隊長は周囲に視線を巡らせつつ、少し声を抑えて話してくる。
「今日、ヴァルカ商会支部長の屋敷に行っただろ?」
「……っすね」
「で……だ。支部長たち4人がいたが、あの中でも大男はとくに強そうだっただろ?」
ベネテリーという男のことだな。たしかにあいつも強そうだったな……それに俺がそれとなく屋敷を探っていたタイミングで声をかけてきた。あれも偶然ではないだろう。
「ま、お前は気づいちゃいねぇと思うが……あの部屋にいた4人は全員が相当な実力者だ」
「…………っ!」
いや、気づいていたけど! というかむしろランド隊長のほうが気づいていたのかよ!?
「俺の勘だが、ヴァルカ商会には何かある。お前が屋敷を出るときに変なことを言ったとき、あいつら少し空気をピリつかせていたんだぜ? まぁ支部長はさすがになんの反応も見せていなかったがよ」
おいおいマジか。この人、そこまでわかっていたのか……。
「タダの商会にあんな実力者を責任者の地位に置いておく必要はねぇ。お前は知らんだろうが、商会の中にはマフィアが運営していて、裏で人身売買など危険な商売に手を出している奴らもいるんだ。ヴァルカ商会がそうだと言うわけじゃねぇが……お前の言葉を警戒していたところを見るに、何かあるのは間違いないだろうよ。ま、レイモンドとあの嬢ちゃんもまったく気づいていなかったみたいだが」
これは……驚いたな……。だてに長く兵士をしてきていないということなのだろうか。
というか……あのときのランド隊長、やたら明るい声でフォローを入れてくれていたけど……あれは意図したものだったのか……。
「どうせあと数日もすれば定期監査も終わる。それまでヴァルカ商会に対して不要な接触は避けるようにしておけ」
「……もしかしてそれを言うために飲みに誘ったんですか?」
「ん~~、まぁ理由の2割くらいはそうだな。だはは!」
2割かよ。しかしランド隊長も先輩として、まだ経験の浅い一般兵士がややこしい事態に巻き込まれないようにと気を使ってくれたのだろう。
そう思うとこの人も、見ていないようで意外と部下たちをよく見ているのかもしれない。抜け目がないともいうのかな。
「……ちなみに俺が何かの匂いがすると言ったとき、実際はどうだったんです?」
あの時、ランド隊長は「何も匂わない」と言っていた。だがもしあの時、俺をフォローするつもりで言っていたのなら、少し話が変わってくる。
ランド隊長はもう一度周囲に視線を巡らせてから小声で言ってきた。
「一瞬だったが香辛料の他、どこかスパイシーな香り……甘く舌に絡みつく刺激があった。ありゃたぶん〈シナモール〉だな」
「シナモール……!」




