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普通の兵士になりたかったのに、皇帝直属の隠密として帝国の闇を任されすぎている  作者: ネコミコズッキーニ
1章 見習い紋影官 レオン

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第五皇女セレーネ

 焦るリシェルから詳しい事情を聞く。


「もしかしたら今日、セレーネ様が帝都を出立することを把握している賊もいるかもしれないから、先んじて帝都を出るとおっしゃられて……」


「はぁ……たしかにこんなギリギリで予定変更されたら、前もって皇女殿下のスケジュールを掴んでいた者がいたとしても裏をかけるだろうが……」


 その前もってスケジュールを把握したうえで護衛任務をいろいろ組んでいた責任者……リシェル三等剣尉殿からすれば「ちょっと待てぇ!」と突っ込みたくなる事態だろう。


 またセレーネ皇女からは「護衛騎士をいつもより多く連れていくから、一般兵士の護衛もそこまで必要ないわ」と言われたのだとか。


「当初だと50名の兵士と共に帝都とハグリアを往復する予定だったの。でも護衛面では護衛騎士がいるから、小間使い程度に兵士も5名程度でいいとおっしゃられて……」


 それで早朝からリシェルは方々に通達を出し、最終的には俺とザックを含む10名でハグリアへと向かうことになった。


「護衛騎士の数は?」


「5名よ」


「まじか!? 皇族の護衛騎士なんざ、全員が仙勁オーラレベル5はある実力者ぞろいだろ!? そりゃたしかに50名も兵士はいらねぇかもしれないなぁ……」


 仙勁オーラ……これを高めることで、身体能力の強化や武技などを繰り出すことが可能となる。


 妖精族の血を引くものであれば魔術が扱えるのだが、仙勁オーラに関しては特段血筋による優劣は関係がないと言われている。


 実際は生まれがいい奴ほど、仙勁オーラを扱うために幼少期より優れた師をつけてもらえるのだが。


仙勁オーラレベル5以上の騎士が5名……よく護衛として外に連れ出せたな。人員の豊富さはさすが我が偉大なる帝国といったところか?」


「とにかくわたしたちはこれから、兵士がそろい次第馬車でハグリアへ向かいます。セレーネ様とはハグリアで合流、殿下の慰問中、わたしたちは護衛任務を続けることになるわ」


「了解だ、隊長」


 それからほどなくして残りの兵士たちも集まってくる。そして俺たちは用意された馬車に乗り込み、帝都を出た。


 馬車といっても人員を運ぶのを目的にしたものであり、ソファーも何もない荷台に転がっているだけなのだが。


 二頭の馬で引っ張っているし、ハグリアまでは街道もしっかりと整備されている。この分だと思っていたよりも早く到着しそうだな。





「ハグリアの街が見えてきました、セレーネ様」


「そ」


 帝国の第五皇女セレーネ……彼女は侍女の差し出したグラスを手に取ると、そのままストローで中の液体を勢いよく吸う。


 甘い果実を絞ったもので、セレーネのご機嫌も上々だ。


「ふふ……ハグリアの民と兵士たちにも、わたしの信者を増やせそうね……!」


 セレーネは言ってしまえば、ものすごく承認欲求の強い娘であった。


 皇女は6人いるが、セレーネは下から二番目。社交界ではすでに上の姉たちが長年の活躍ぶりもあり、常に注目を集めている。


 一方で第五皇女ともなると、姉たちの権勢が強い社交界においてなかなか入り込む余地がない。


 それに地位の低さも手伝い、周囲の者たちは「いずれ外国に嫁ぐか、臣下に降嫁するだろう」と考えており、取り入ろうとしてくる者たちも少ない。


 だれからも注目を集め、チヤホヤされたいセレーネからすれば、自分の立場は許せないものだった。


 そんなセレーネに、金髪のイケメン騎士は困り顔で口を開く。


「ハァ……セレーネ様、急にこういうことを思いつかれても困ります。今ごろ責任者であるリシェル三等剣尉も困っていますよ?」


「ふん……何も問題ないわよ、エルンスト」


 ハグリアの街で巨大魔獣が現れたことを知った軍本部は、その実態調査に軍人を派遣することにした。そしてそのことを知ったセレーネは「使える」と考えた。


 そう……慰問というていでハグリアへと赴き、そこで慈愛にあふれる優しい皇女様という人気を得る機会に使えそうだ、と。


 主だった貴族たちからはチヤホヤされない。でもほめられたい、かわいい、美しいと言ってほしい。みんなが自分に注目してほしい。


 承認欲求のバケモノとなったセレーネはもはや己の欲求を満たすために手段を選んでいなかった。ほめられるのならだれでもいい、とにかく数がほしい。


 そう考えた彼女は、街に出て“話しやすい気さくな皇女様”を演じ、庶民たちから人気を獲得すべく行動に出たのだ。


「こういう機会でも活用しないと、帝都の外にわたしのアピールができないし?」


 手段を選ばず帝都に繰り出したことで、実際に彼女は帝都民から人気を集めている。このことに対して姉や他の貴族たちがいろいろ陰口を叩いていることも知っているが、関係ない。


 そう……自分をほめたたえる者たちは“数”が大事なのであって、セレーネは“質”まで求めていないのだ。


 今の彼女の楽しみは、どこまで自分の信者を増やせるかという点にある。


「いいわね? 街についたらいつも通り、エルンストはわたしの隣を歩くのよ! 超絶かわいい皇女とイケメン護衛騎士……これだけでも注目度と印象の強さはかなり上がるわ!」


「はぁ……」


 帝都を視察する際にいつも見る組み合わせである。しかしここで護衛騎士の1人が口を開いた。


「でもセレーネ様。信者の中には“ユニコーン”と呼ばれる者もおりまして……」


「……ユニコーン?」


「はい。セレーネ様から男の気配を過敏なほどに感じ取る者たちの総称です。エルンストが常に側にいることで、もしかしたら2人はそういう関係なんじゃないかと懸念しているんですよ」


「……………………」


 護衛騎士の言葉について思考を深めていく。たしかにこれはより信者……正確には男性の信者を増やすにあたり、無視できないポイントかもしれない。


 セレーネは“気さくな皇女様”として男女どちらからも人気はある。だが割合で言えば男性のほうが多い。それはセレーネがまごうことなき美しい女性であるからだ。


「ふぅん、なるほどね……美男美女のほうがより映えると思ったのだけど……そういうウワサが広まると、男性信者の獲得に勢いがつきにくくなる可能性もある……かもしれないわね」


 要するにセレーネに対して一種の処女性を求めている者たちだ。イメージ通りの清廉清楚な女性でいてほしいのだろう。


 そしてそういう要望に応え、理想の女性像を演じることにセレーネはためらいがない。


 なぜなら「清廉清楚な皇女であるわたし、なんてス・テ・キ♡」という承認欲求を満たせるという確信があるからだ。


「……いいわ。ではハグリアでは、あなたたちは一定の距離を取って護衛なさい」


「おお! ユニコーンに配慮いただき、感謝いたしますぞ!」


「どうして護衛騎士のあなたが感謝するのよ……」


 アイゼンブルク帝国の第五皇女セレーネ16歳。


 彼女は高貴な血筋とコネを使い、ただただ己の欲を満たし続けることに労力を惜しまない承認欲求のモンスター皇女である。


「そろそろ信者にも正式名称をつけようと思うのよ。そうね……セレニストかセレニアンなんてどうかしら?」


 意見を求められたエルンストは小さくため息を吐く。


「まぁ……なんでもいいんじゃないですか……」





 予定よりも早くハグリアについた俺たちは、さっそくセレーネ皇女らと合流を果たす。リシェルは疲れ切った表情でセレーネと会話をしていた。


「セレーネ様……いくら護衛騎士がいるといっても、本来の護衛計画もあります。こういうのはこれきりにしていただけますと助かります……」


「えぇ、もちろんよリシェルさん。ごめんなさい、でもわたしどうしても賊に襲われる可能性を考えると、怖くて……」


 まぁ帝都にもマフィアは巣くっているし、皇女だから絶対に安全だと言えるわけではないが。しかし……俺は実物を見るのは初めてだが、あれがウワサの皇女殿下か……。


 白に近い水色の髪は腰まで伸ばしており、頭部にはしゃれたデザインのティアラが乗っている。白を基調にしたドレスはとても高価そうだが、髪色とよく合っているように思う。


 何より笑顔がまぶしい。どういう笑顔が最も相手の気を引き付けることができるか、それを何度も繰り返した結果、身に着けたような……そう。いわば相当な鍛錬数が見え隠れする笑顔という印象だ。


 なるほど……人気が出るのもうなずける。


「やっべ……実物のセレーネ様、やばすぎぃ……」


 ザックの他、一緒にやってきた兵士たちもすでにセレーネの可愛さと美しさにノックダウンしているようだった。


「でもリシェルさん。兵士の数、多くないですか? 皆さんもお忙しいでしょうし、5名程度で十分なのですが……」


「これでも絞らせていただきました。それにわたしはわたしで、駐留している軍の責任者やストライダーたちから、巨大魔獣の話を聞く必要があります。彼らはその手伝いでもありますので」


 そういえばリシェルの本来の任務は、セレーネの護衛ではなかったな。


 彼女は巨大魔獣がどこから現れ、どう討伐されたのか。どれくらいの被害が出たのか、当時の状況はどのようなものだったのか。そうしたことを調査するためにやってきたのだ。


 いわばセレーネの護衛はついでである。たしか後からセレーネがついていくっていう話になったんだったか。


 実際にはリシェルについていかずに、先行されてしまったが。


「レオン、ザック。あなたたちはわたしと一緒に調査に協力してちょうだい。残りはセレーネ様の護衛を」


「え!? マジ!?」


 ザックがあからさまに残念な表情を浮かべている。対して8人の兵士たちは、全員セレーネと一緒に行動できることに喜んでいる様子だった。


「なにザック? これは三等剣尉からの命令よ?」


「うぅぅ……」


「ザック、長引くようなら途中で交代してもらえばいいだろ? 俺はリシェルに協力するから、調査についても継続して彼女をサポートするよ」


「おぉ! レオン! 心の友よぉ!」


 こうして俺たちは二手に分かれる。リシェル率いる俺とザックはまずは駐留軍の本部へ。セレーネたちは護衛騎士と兵士を伴って街へと繰り出していく。


 だが分かれる直前、一瞬ではあるがセレーネが俺に無機質な目を向けてきているのが少し引っかかった。

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