6通の手紙と聖地
お店の外にある階段を上がって2階へ移動する。そして鍵を使って玄関扉を開けた。
「おお、久しぶりの我が家よ……」
とりあえず下の騒動が収まるまでは部屋から出ないようにしよう。龍気灯を灯して部屋の中を明るくする。
メリンさんが整理してくれていたのだろう、机の上には手紙が。そしてその隣には荷物が置かれていた。まずは荷物チェックだ。
「おお……! これは……!」
中身は乾燥させた野菜がたくさん詰め込まれていた。実家から送られてきたものだ。中に手紙も入っている。
『レオン、元気にやっているか? 今年もヴァルツァー領で収穫した野菜を送る。帝都での仕事は忙しいだろうが、たまには帰って帝都での話を聞かせてくれ』
『レオンさん、いかがお過ごしでしょうか。ヴァルツァー領は今年も雪がすごかったですが、幸いなことに大きな事故もなく冬を乗り切ることができました。それとアヴィエスが帝立アストラ学院へ入学することが決まりました。気にかけていただけるとうれしいです』
『よぉレオン! 帝国兵としての生活はどうだ? 辛くなったらいつでも帰ってきていいんだぞ! というか真面目に人手が足りねぇ! 帰ってこの兄を手伝え!』
一通目は親父、二通目は母さん。そして三通目は一番上の兄貴だ。そして四通目が……。
『兄さん、お元気ですか。帝都に行って3年、とうとう手紙の頻度も減りましたね。それだけ仕事が忙しいということなのでしょう。それはともかくわたしも今年から帝立アストラ学院へ通うため、帝都へ行くこととなりました。入学はこの手紙が届いてから数ヶ月後となると思いますが、兄さんに会えるのを楽しみにしています』
妹のアヴィエスからだ。最近手紙を送っていなかったことをチクチクと責められている……。
「というかそうか。アヴィエスも帝都に来るのか……」
アヴィエスは今の母さんの連れ子になる。俺たち三兄弟を産んだ母は病気で亡くなり、その後いろいろあって親父が再婚し、アヴィエスもヴァルツァー家の一員になったのだ。
「帝立アストラ学院か……」
帝都には代表的な教育機関が3つある。
俺の通っていた軍人を目指す者が入る〈中央軍務学校〉……通称軍学校。そして軍学校とは対極で、文史官や研究者を目指す〈帝都官学府〉……通称学府に、貴族の子女が通う〈帝立アストラ学院〉だ。
軍学校と学府は貴族でも平民でも入れるが、帝立アストラ学院に関しては原則として貴族しか入れない。あくまで原則であり、特殊事例なんかも横行しているとは聞くが……。
ここは貴族が貴族としての教育を受ける場であると同時に、学府で学ぶような話も聞けるのだとか。
「しかし親父……どうしてアヴィエスを帝立アストラ学院に……?」
帝立アストラ学院は他2つの教育機関と比べると、その立ち位置が特殊だ。それというのも卒業後に明確な進路が示されないからである。
中には文史官になる者もいるらしいが、そもそも教育機関に入ること自体は強制ではない。中には家庭教師をつけて、帝都の学校に入れないという方針をとっている家もある。
跡取りだけを帝立アストラ学院に入れるという家もあるみたいだが……。
「兄貴は通ってなかったしなぁ……それに学費もそこそこかかると思うんだけど……」
詳しいわけではないが、帝立アストラ学院は3つの教育機関の中で最も学費が高かったはず。
ただお偉いさんの推薦があれば、ほとんど免除に近い金額になるとも聞いたような……?
まぁなんにせよアヴィエスとは帝都で会えそうだな。その日を楽しみにしよう。
「返事は明日書くとして……こっちの手紙も確認するか」
今のは荷物に入っていた手紙だが、俺宛てにあと2通の手紙が来ている。そのうちの1通の封を切って中身に目を通す。
『レオン、久しぶりだ。急な話だが、この度帝都に戻ることとなった。よければ食事に行かないか? 俺の予定だが、若葉の月、十四星日から二十二星日まで空いている。もし予定が合わせられそうなら、帝国騎士統轄庁に返事を出しておいてくれ』
2通目の手紙はヴァルツァー家の次男、エグシス兄さんからだった。
そうか……兄さんも帝都に戻って来るのか……。
「十四星日って……来週じゃないか!」
あっぶね……城と皇宮を往復する任務がずっと続いていたら、兄さんの手紙を無視するところだった……。
エグシス兄さんは俺と同じく、帝都の軍学校へと入った……が、そこで非凡な仙勁の才を見せる。そうして在学中にとある貴族に目をかけられ、そのまま貴族に仕える道を選んで騎士となったのだ。
帝国軍と騎士団は別組織であり、帝国軍が兵の質や装備の均質化に重きを置いているのに対して、騎士は一騎当千の実力者が求められている。
兄さんは騎士になってからというもの、ずっと国境の城塞都市で働いていたんだが……まさか帝都に来る予定があったとは。貴重な機会なので、来週の日程で返事を出すとしよう。
「最後の一通は……と」
こちらもさっそく目を通していく。おお……こいつは……。
「同期会のお誘いか……!」
軍学校は帝都にある3つの教育機関で最も学生の数が多い。
そのため同級生でも全員を把握しているわけではないのだが、仲のいい者同士でよくつるむグループはできあがっていく。
俺は軍学校時代、リシェルやザックといった同級生たちと特に仲がよかった。
俺やザックは2年生で卒業してしまったが、手紙は帝都にいる者でタイミングが合えば食事をしようという誘いだった。そしてその差出人は。
「ユリウス……! あのイケメンめ……!」
ユリウス・グレイグ……士官コースである3年生を首席で卒業したハイスペックなイケメンだ。顔よし性格よし家柄よしと非の打ち所がない男である。
こうして同期会の幹事まで自ら取り仕切るとは……帝国軍に入って忙しいだろうに。
きっと「同期の絆がこんなことでなくなるのは容認できないね」と、張り切ってくれたに違いない。
「日程は5日後、参加可能な者は3日前までに返事をくれ……ね。あぶね、結構ギリギリだったな……」
こうして見てみると、いいタイミングで長期の休暇をもらえたと思う。
俺はさっそくユリウスへの返事を書き、続けてエグシス兄さんへの返事も書いていく。家族へは……まぁまた今度でいいだろ。
そんなこんなで手紙を書き終えたころにはすっかり外が暗くなっていた。
窓から外を確認してみるが、どうやらセレーネ皇女のおっかけたちももういないようだ。時間も時間だし、皇宮に帰ったんだろうな……。
「というか危なかったな……。あんなところで顔を見られていたら、絶対にまたややこしいことになっていた……! ような気がする……!」
1週間くらい前に給仕服を着ていた男が、今度はなぜか帝都の食堂にいたとなると、どう転んでもうまく言い逃れできる気がしない。
謎に冷や汗をかきつつ1階へと下りて黒熊の巣穴亭へと入る。すでに夕食を食べに来ている客でにぎわっていた……が。
「めちゃくちゃ人が多いな!?」
「あ、レオンさんじゃん!」
厨房のほうからアレンが声をかけてくる。俺はお客さんでごった返す店内を見ながら彼のほうへと近づいた。
「よぉアレン、久しぶり。いつもよりも客が多いな……?」
「へへへ! 聞いてくれよ、実はあのセレーネ皇女様がうちで飯を食べてくれてさぁ!」
うん、知っている。きみの視界には入っていなかっただろうけど、俺も同じ空間にいたんだよ? ルーニャちゃんから聞いていないかな?
「皇女様、父ちゃんの料理をめちゃくちゃほめてくれたんだぜ! そしたらここがセレニアンたちの聖地になっちまってさぁ!」
「……セレニアン? 聖地?」
「父ちゃんも料理人魂に火がついて、もうずっと厨房に籠ってらぁ! 家族みんなセレニアンになったし、今日は俺にとって人生で最も幸福な日になったぜ……!」
セレニアンというのは、文脈からするとセレーネ皇女のファンを指すのだろう。
もしかして明日以降、セレニアンたちによってずっとお店が混み続けるのでは……?
今ももう席が空いていないし。というかちょっとアレンと話したこの一瞬で、外に行列ができ始めている。
「あ、わりぃレオンさん! そろそろ厨房に戻らないと! また来てよ!」
「お……おぉ……」
あらためて店内を見渡してみると、常連じゃない客が多い。きっと彼らがセレニアンなのだろう。
「うめぇ! 帝都にこんな隠れた名店があったのかよ!」
「セレーネ皇女様が絶賛されていたという、一角ウサギのステーキ……! なるほど、たしかにうまいっ!」
「うおおおぉぉぉ! どこだ!? セレーネ様が座った席はどこだあぁぁ!? 匂いをかがせてくれえぇぇぇぇ!」
「店主はいるかね? セレーネ様が座ったイスを言い値で買い取りたいのだが……」
メリンさんもルーニャもものすごく忙しそうに店内を駆けまわっている。昼食代を払いに来たんだが……これはまた出直したほうがよさそうだ。
そんなわけでお店を出て、そこらじゅうに支部のある帝国通信局へと向かう。そこで手紙を出し終え、俺はおとなしく別のお店で夕食を済ませて帰った……が。
「まだ繁盛してる……」
黒熊の巣穴亭は外に長蛇の列ができており、俺はそのまま2階に上がってさっさと寝たのだった。




