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普通の兵士になりたかったのに、皇帝直属の隠密として帝国の闇を任されすぎている  作者: ネコミコズッキーニ
2章 手紙を受け取るだけの任務ですよね?

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黒熊の巣穴亭とセレーネ様

「いやな予感しかしねぇ……!」


 ヴァネッサ室長から2週間もの休みをいただいてしまった。


 これまでとくに任務がない時は、日中に鍛錬を強要されていた……が、今回は鍛錬も何もない、文字通りの長期休暇である。


 当初はこのことに喜んでいたのだが、そんな俺にノア先輩が不吉なことを吹き込んできた。


『昔、同じようにヴァネッサから急に長期休暇をもらった紋影官を知っている。その男は休暇終わり、長期に渡る外でのハードな任務を言い渡されていた』


『……なんでそれを休暇がもらえて喜んでいる後輩に言うんです?』


『…………ん』


 謎に無表情のままサムズアップされてしまった。そして慰めるようにアメをくれた。……子供か!


 せっかくの休暇なのに、心から楽しめねぇよ……!


 いや、たしかに急に長期休暇をもらえたことに対して、その意図くらいは確認するべきだったかもしれないけどさぁ!


「はぁ……」


 とりあえず休みをもらえたのは事実なんだ。せっかくだし友人たちに会いに行ってもいいだろう。


 城と皇宮を行き来する任務を続けていたことで、俺は長らく家に帰れていなかった。郵送物もたまっているかもしれないし、まずは久しぶりに家に戻るか。


 検問をクリアして貴族街を出る。そこで巡回馬車を捕まえて帝都東へと向かった。


「いつぶりの光景だ……?」


 帝都は東西南北でそれぞれ特色があるが、中でも商業でにぎわいを見せるのは東エリアだ。商人ギルドのお膝元ということもあるが、中心部に近い区画でもどこか下町に似た騒がしさがある。


 俺が部屋を借りているのは、そんな東エリアの一角だった。御者に金を払って馬車を下りる。


「レオンじゃない! 帰ってきたの?」


 下りてすぐに声をかけられた。正面から10歳くらいの女の子が走ってくる。


「おお、ルーニャ! わぷっ!?」


 ルーニャが勢いよく飛びついてくる。


 この娘は目の前の定食屋【黒熊の巣穴亭】の看板娘だ。ちなみに俺が借りている部屋はこの建物の2階にある。


「レオン、お土産は?」


「ないよ」


「お土産!」


「ないよ」


 ルーニャが俺の腕を掴んでぶんぶんと振り回す。ないものはないんだよなぁ……。あ、待てよ。


「はい、アメ」


 ここでノア先輩からいただいた貴重なアメをルーニャ様にお譲りする。しかし彼女は頬をプクっと膨らませた。


「もうレオン! レディがアメで喜ぶわけないでしょ!」


「はぁ……」


「ほら、うちでご飯食べて行ってよ!」


 そのまま強引にお店の中へと引きずり込まれてしまう。まぁどちらにせよ寄る予定だったし、別にいいけど……。


「あらレオンくん。久しぶり……て、ルーニャいつも言っているでしょ。強引な勧誘はダメだって」


「強引じゃないよ、レオンの意思よ」


「あ、ははは……久しぶりです、メリンさん」


 ここ黒熊の巣穴亭は4人家族で経営されている。店主のトーマスさんに妻のメリンさん、それに息子のアレンと末娘のルーニャの4人だ。


 トーマスさんは普段厨房から出てこないが、ものすごくガタイがよく昔から「黒熊」と呼ばれていたらしい。お店の名前もそこからきている。


「ルーニャの言う通り、俺の意思ですよ。いつものお願いできます?」


「ええ、もちろん。あなたー、オーダーよー! 一角ウサギのステーキセット!」


 メリンさんが厨房に入ったところで俺は水を持ってきたルーニャに気になっていたことを聞いてみた。


「ルーニャ、アレンは?」


 ルーニャの兄のアレンは、普段は厨房でトーマスさんのお手伝いをしている……が、見たところ厨房にはトーマスさんしかいない。


 どうしたのかな……と思っていると、ルーニャが再び頬を膨らませた。


「皇女様を見に行っちゃった」


「…………ん? 皇女様?」


 不穏な単語に背筋が伸びる。というか皇女様というワードをいつの間にか不穏だと感じるようになってしまった……。


 ここでルーニャの言葉を引き継いだのはメリンさんだった。


「第五皇女のセレーネ様よ。アレンったら、最近すっかりセレーネ様のファンになってしまって……」


「はぁ……」


「今日も東エリアのどこかを視察されるみたいでね。あの子、お店を放ってセレーネ様を見るために出かけちゃったの」


 わぁ……。ハグリアの街でも庶民に取り囲まれ、ぞろぞろと引き連れているセレーネ皇女を見かけたが……なるほど。アレンもあの集団の一員になったのか。


「というか皇女様の視察先なんて事前にわかるもんなんですか?」


「わかるみたいよ。なんて言ったかしら……そう、たしか〈セレニアン〉と呼ばれる人たちの集まりみたいなのがあってね。そこで情報を得られるとか」


 なにそれ……というか紋影官をしているせいで理解できてしまった。おそらく事前にリーク情報を流しているのは皇女側だ。


 あらかじめ人を集めやすくしておいて、視察を盛り上げるようにしているのだろう。


 あの皇女様、だれにも気づかれずにひっそりと視察するような人に見えないし。むしろ大勢に注目されながら街を盛り上げるほうが好きそうだ。


「……ふん。店より優先するようなことじゃねぇ」


 ここで厨房から出てきたトーマスさんが、俺の前にステーキ肉の乗った皿を置いてくれる。相変わらずでけぇ……。


 トーマスさんはどちらかと言えば寡黙なほうなのだが、料理にかける情熱は常々感じている。アレンが皇女様のおっかけになったことに対して思うところもあるのだろう。


「どうも、トーマスさん。ではさっそくいただきます」


 トーマスさんは俺が一口目の肉を食うのを確認するとまた厨房へと戻っていく。久しぶりにここで飯を食ったけど、帰ってきたという感じがして実にいい。


 それに俺はここのステーキソースが気に入っている。なんのソースなのかよくわからないけど、肉にかなりあっていて、とにかく旨いのだ。


「そういえばレオンくん。いくつか荷物が届いていたから、いつものように勝手に部屋を開けて中に入れておいたんだけど……」


「ありがとうございます、助かります」


 俺宛ての荷物については、いつもメリンさんのところで引き取ってもらうようにしている。仕事柄、長期間不在にすることが多いためだ。


 手紙だと玄関の隙間から中に入れておけば済むのだが、荷物は部屋の前に置かれてしまうからな。盗難の可能性もあるので、カギを持つメリンさんが部屋の中へ入れてくれていた。


「お手紙も何通か来ていたわよ」


「マジすか」


 荷物については心当たりがある。しかし手紙か……このタイミングで俺宛てに送る奴にあまり心当たりがない。まぁ後の楽しみにとっておくか。


 お昼のピークを過ぎたせいもあり、俺の他に客はいない。そのためメリンさんとルーニャ、2人と会話をしながら食事を進める。


「レオンはいつまでここにいるの~?」


「2週間くらい休みをもらったから、しばらくは部屋にいるよ」


「それじゃ毎日食べに来てね!」


「ああ」


 ちなみに表向きの俺の仕事は帝国兵ということになっている。


 ヴァネッサ室長の権力をもってすれば他にもいろんな表向きの職種を用意できるらしいが、俺に関しては軍学校出身なので「同級生に疑われないように、しばらくは帝国兵を名乗っておけ」と言われていた。


 まぁもともと俺は軍学校を2年で卒業して、そのままごく普通の兵士になるつもりだったからな……。卒業直前にヴァネッサ室長と出会ってしまって、紋影官という道を選ぶことになってしまったが。


 そもそも紋影官はその時の任務次第で、表向きの身分などいくらでも変わるものだ。あってないようなものである。


「ん……?」


「あら……?」


 ひと通り食事を済ませたタイミングで、外が騒がしくなる。どうやら表にかなりの人が集まっているようだ。なんだ……?


 疑問が深まる前に答えのほうからやってくる。勢いよくお店の扉が開くと、そこにはアレンが見たことのないスマイルで立っていた。


「どうぞセレーネ様! ここが俺の家族が経営している店です!」


「まぁ! とっても趣のあるいいお店ね!」


「っ!!!!!!??」


 とっさに壁際へと移動してなるべく気配を断つ。そして決して扉のほうに顔を向けず、壁を見つめていた。


「父ちゃん、母ちゃん! ルーニャ! 驚け、なんと皇女セレーネ様がいらしてくれたぞ!」


「え……えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


「こ……皇女、殿下さま……?」


 おおぉぉぉぉぉぉい! なんでこんな庶民の食堂に皇女様が来てんだよおぉぉ!?


 いや、そういえばこの皇女様、気軽に庶民のお店で買い物とかする人だったわ。ハグリアの街でもそんな視察をしていたし。


「あ……アレン……。うちは皇女様に入っていただくには、逆に失礼にあたるというか……」


「まぁ、そんなことありませんわ。むしろわたしはこうした帝都民のにぎわいが直に感じられる空気感を大変好ましく思っているのです」


「で……でも……」


「とはいえ急に押しかけてしまってごめんなさい。迷惑でしたよね……?」


 後ろを振り向かずに気配を読む。


 店に入ってきたのは皇女の他に3人……1人はアレンで残りはおそらく護衛騎士。


「迷惑なんかじゃないですよ! この時間はいつも暇だし! 父ちゃん、皇女様に一角ウサギのステーキを出してあげてよ!」


「アレン!?」


 メリンさんが悲鳴に近い声を出す。しかしセレーネ皇女は落ち着いた口調で言葉を続けた。


「ふふ……お腹が空いたところで、息子さんにお店を案内いただいたのです。もちろん突然の訪問でしたし、迷惑でしたら無理にとは……」


「気にしないでください、セレーネ様! それにセレーネ様にはどうしても父ちゃん自慢のソースがかかったステーキ肉を食べてほしいんです! 俺が言うのもなんですけど、父ちゃんのステーキソースは帝都一だと思います!」


 アレン……めちゃくちゃハードル上げるな……! 今ごろメリンさんは顔を真っ青にしているのではないだろうか。


 というか普通に考えれば、皇族が庶民の食堂で食事をするなど考えられないだろう。


 その常識を破るのが皇女セレーネであり、また彼女自身が多くの庶民から人気を集めている理由なのかもしれない。


 それだけ帝都が平和だということだ。まぁわるいことではないんだろうけど……。


 厨房からトーマスさんが出てくる気配がする。同時にステーキ肉の匂いもただよってきた。きっと俺が注文した時に、自分が食べる用か何かで一緒に作っていたぶんなのだろう。


「…………どうぞ」


 おいマジか。トーマスさん、セレーネ様に本当に料理を出したよ……!


「セレーネ様、毒見に最初の一口は私が」


「もうエルンスト。いつも必要ないといっているのに……」


「仕事ですから。ではさっそく…………………………んっ!? んんっ!?」


「エルンスト!?」


「う……うまい……っ!」


 いや、あんたらいつももっといいもの食べてるだろ!? わざとらしい演技をしやがって……!


「まぁ、エルンストがそこまでの反応をするなんて初めてですね。ではわたしもいただきます……………………っ! こ、これは……!」


 皇女様ともなれば、毎日とんでもないご馳走を食べているはず。


 そんな肥えに肥えた舌を庶民の食堂で満足させること、できるはずが……。


「これは見事ですね! まず鼻に抜けるこの香り、星灯樹せいとうじゅの樹液を煮詰めて作る甘辛いシロップが使われていますね。あれは扱いが難しいのに、ここまで雑味を消して仕上げるとは、すばらしい腕前です! そして舌に触れた瞬間に広がるこの深い旨味……これは黒角牛こっかくぎゅうの骨を長時間ローストして取った出汁をベースにしていますね。骨髄のコクがしっかり溶け込んでいるのがわかります……! ……ん? このほのかな酸味は……もしや赤月葡萄あかつきぶどうの果皮を発酵させたヴィネガー!? 肉の脂を軽やかに切ってくれる絶妙なバランスです! さらに後味に残るこの香ばしさ……これは火蜥蜴サラマンダーの鱗を燻した煙で香りづけした塩を使っていますね。普通の塩では出せない、独特の燻香です! そして肝心のお肉ですが……焼き加減がなんと素晴らしい……! 表面はしっかりと焦げ目をつけているのに、中は柔らかく、肉汁が溢れる……! おそらく鉄精ドワルンの魔術で鍛えた厚手の鉄板で一気に焼き上げたのでしょう。ここまでくると、この一皿は“料理”ではなく“作品”です。素材の個性を理解し、互いを引き立てるよう計算され尽くしている。このようなステーキを生み出せる料理人は、帝都でもそう多くはありませんよ……!」


 ……………………なんて?


「せ……セレーネ様……! 初めてだ、俺の料理をそこまで深いレベルで理解してくれた方は……!」


「ご子息が帝都一と言うのもうなずけます。ですがこれだけ手間をかけているのです、かなりお高いのでは……?」


「そこは仕入先に掛け合って努力しているポイントになります。昔ながらの伝手もあるので、なんとか庶民でも食べられる値段設定ができているんですよ」


「なるほど……料理に対する誇りだけでなく、価格でも尽力されておられるとは……! わたし、とくにこのステーキソースが大変気に入りました! お城に戻ったら宣伝させていただきますね!」


 も、もしかしてトーマスさんの料理のすごさが理解できていなかったのは……お、俺のほうだった……? 


 むしろセレーネ皇女レベルの舌でもなければ、雑に「うまい!」くらいの感想しか出なかったということだろうか。


 あとこんなにしゃべるトーマスさん、この3年で初めて見たんだけど。しかも涙声だし。え、ガチで泣いてる……?


「く……っ! お、俺の料理を、これほど素晴らしい方に食べていただける日がくるなんて……!」


「父ちゃん、よかったな!」


「皇女様きれーい」


 なんだかわからんがものすごく盛り上がっている……。俺はこの隙に壁際をスススと移動し、お店の外へと出る。


 そしてお店の前に群がっている人たちに見られながら、そのまま2階へと上がったのだった。


 ……代金は夜にでも払いに行こう。

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