心声投射《ヴォイス・リンク》のソフィアさん
終夜会……帝都に根差すマフィアの中では二番手にくる大きな組織だ。
1年前、俺はハグリアの街で終夜会の幹部であるグアッドを捕えた……が、ヴァネッサ室長からは引き続き終夜会には注意を払うように言われている。
そして当然だがマフィア認定を受けた者は貴族街への立ち入りが禁止されている。この場にいる時点で捕えるには十分すぎるほどの罪を犯している。
『レオンちゃん。いったん泳がせたいから、なんとかこの場から立ち去るように誘導してくれない?』
再び耳元に甘い声……ソフィアさんの声が聞こえる。ソフィアさんの異能、心声投射によるものだ。
彼女の異能は遠く離れた相手に自分の声を届けるというもの。どこかで俺の状況を見てくれているのだろう。
「ふ……まさか終夜会のジスがこうも簡単に釣れるとはな」
「…………! お……俺の名前を……っ!?」
ソフィアさんがどこかから見ていることに安堵した俺は、さっきまでの不安もどこふく風でどんどん得意げになっていく。
いざとなったらきっと黒仮面をつけたソフィアさんが来てくれるだろ!
そこらの一般人とは違い、さすがにジスともなれば紋影官のことは知っているだろうし。
「それで? 俺に聞きたいことがあるんだったか? ちょうどいい、こっちもお前には聞きたいことがたくさんあったんだ……!」
「く……!」
いやとくにないけど。なんとなくそれっぽいセリフを言い放つ。というかここからどうやって立ち去るように誘導すればいいんだ……?
なんて考えていたが、ジスは焦った表情で部下たちに指示を出す。
「お前ら、引くぞ!」
「え!?」
「ジスさん!?」
「こいつ、さっきからのらりくらりと会話を引き延ばして、仲間が来るのを待っているんだ!」
「なっ!?」
待ってはいるけど……! たぶんお前が考えている感じの仲間ではないよ!
「し、しかし……!」
「俺の正体を知っている点といい、どうやら待ち構えていたのは第一皇子派のほうだったらしい……! 道理で物怖じしないわけだぜ……!」
結局どうして俺、第一皇子派だと思われていたんだ……!?
「いいから引くぞ!」
「り、了解です!」
ジスたち5人はさっさとどこかへ去っていく。しばらくして後ろから黒仮面を被ったノア先輩が姿を見せた。
「……ん、後輩。いつから第一皇子派になったの?」
「なってませんって……面識もないですし。というかジス、あのままでいいんですか?」
「ソフィアが追ってる。ジスと関係の深い貴族がこれでわかる」
ああ……なるほど。だからこの場から立ち去るように誘導してくれって言ってきたのか。
「はあぁぁ……疲れた……。ジスってたしか、しばらく姿を見せていなかった終夜会の幹部ですよね?」
第五皇女セレーネを狙った終夜会。
ハグリアの街でグアッドを捕えたことで、そのあたりの問題はひと通り解決したとは聞いていたんだけど……。
ヴァネッサ室長が政治的にうまく動いたらしく、終夜会は現在、セレーネ皇女を狙っていないらしい。
しかし未遂とはいえどこかの貴族から依頼を受けて皇女殿下を狙ったのは事実。そのため終夜会……とくに幹部連中は情報院も含めてマークしていた。
ジスはどこかにかくまわれていたのか、長らく姿を見せていなかったと聞く。
それがこうして姿を現したので、紋影官としてはこのままどこの貴族家に報告に行くのか動向を探ろうと考えたのだろう。
ノア先輩とともに城内にある黒紋監察室の管理区域へと帰還する。ヴァネッサ室長の机の上にある木箱に手紙を入れたところで盛大にため息を吐いた。
「……ノア先輩。明日から変わってもらってもいいですか?」
「ふ……仕方のない後輩」
仮面を外したノア先輩は無表情なのに声色は得意げだった。
とりあえずヴァネッサ室長が帰ってくるまでは、この区画から出ないように気をつけよう……。
■
「な……!? だ、第一皇子派の罠だった、だと……!?」
「ああ、間違いねぇ。バルシアさんたちはまんまと奴らの罠に引っ掛かったんだよ」
「ぐ……! ぐうぅぅぅ……!」
バルシアの屋敷に戻ったジスたちは、さっそく彼に事の次第を報告していた。
皇宮を張っていたことでターゲットはすぐに見つけることができたが、問題はそのあと。給仕の男はジスのことをしっかりと把握していた。
「だが向こうにも誤算があった。どうやら俺を捕えるための実行部隊の到着が遅れていたようでな」
「なるほど……それは不幸中の幸いだった。もしお前が捕えられたら、俺との関係まで明るみに出てしまうところだった」
大規模なマフィアはだいたい貴族と関係がある……といっても、大々的に関係をアピールする者などいない。
あまりにもイメージがわるいし、そもそも敵対派閥に口撃の材料を与えるだけだ。貴族とマフィアは互いギブアンドテイク、つかず離れずの距離感が望ましい。
「しかしまさか第一皇子派にここまで頭のキレる奴がいるとは……だれが参謀だ……!? いや、ジェイケル皇子自身の才覚……!?」
「……なんにせよこのまま俺が貴族街に残るのはまずい。いったん本拠地へ戻らせてもらう」
「ふん……仕方あるまい。だが……」
『あれぇ? これはどういうことかしらぁ?』
「っ!?」
部屋にはバルシアとジスの2人しかいないはず。それなのにどこからか女性の声が響く。
いや……その声は2人の耳元にヌルリと入り込んでいた。
「だ……だれだ!? どこにいる!?」
部屋を見渡してもやはりだれもいない。ジスも警戒心を高めるがどれだけ探ろうとも声の主は見つけられなかった。
『終夜会のジスが、どうしてリンビエル家に? お二人はどういう関係?』
「ど……どこから声が……!?」
「姿を見せやがれっ! てめぇ、どこのなにもんだ!?」
『ふふ……この“異能”で、まだわたしがだれかわからないのかしら?』
「………………っ!」
異能。そう言われて思い当たる者など相当限られる。
そして耳元でささやかれる声に、バルシアはとある紋影官の二つ名を思い出していた。
「ヒッ……!? ま、まさか……心声投射……!?」
【心声投射】……紋影官の中でも有名な二つ名持ちである。
その正体に思い当たると同時に、自分がどういう状況に置かれたのかをバルシアは即座に理解した。
「ご、誤解だ、紋影官殿! この男が勝手に我が家に入り込んできたのだ!」
「バルシア……っ!」
実は帝国法で、貴族がマフィアと癒着してはならないという文言は明記されていない。そのため両者が関係を持っていたとしても、明確な罪には問われないのだ。
しかしマフィアが貴族街に入るのは罪。そのマフィアを貴族街の中でかくまうのももってのほかというのは言うまでもない。
そもそも黒紋監察室は皇帝直属の組織。ジスとのつながりを皇帝に報告されるのは、常に強者に取り入ってきたバルシアからすればなんとしてでも避けたい出来事だった。
『そういえばバルシア殿は第二皇子派だったかしらぁ? あら……ということは、終夜会は第二皇子派の実行部隊……?』
「ほ、本当に誤解なのだ、紋影官殿ぉ!」
姿が見えず、淡々と語ってくる【心声投射】。
バルシアもジスも何もできずに、ただただ相手の主張を聞き入れることしかできなかった。
「くそっ!」
ここでジスは窓ガラスを破って外へと逃げる。
この後もバルシアはずっと自分の無実を訴えていたが、【心声投射】から声が返ってくることはなく、彼は朝までずっと許しを請い続けていた。
■
「なんだ……この報告書は……」
1週間後。帝都に帰還したヴァネッサは、この数日で起こった出来事についての報告書に目を通してめまいを覚えていた。




