マジもんのマフィア
普通に「紋影官さんの代理です」と言うつもりだったが、顔を隠しているだけでは背丈や髪型までは隠せていないもんなぁ……。
まぁ仕方がない。そもそも俺は表向き、立派な役職に就いてそこらを出歩く人間でもないのだ。顔を知られてもリカバリーはきく、リシェルのときのように。
俺は笑みを浮かべるとにこやかに話す。
「あぁ、すみません。いつもの紋影官さんの代理できました」
「え……で、でも……?」
「紋影官さんの代理です」
「あ、はい」
ゴリ押しである。まぁこの人もここまであからさまな態度を取れば、紋影官の素顔を見たとは言いふらすまい。
紋影官含め、黒紋監察室は実体が掴めない怪しさ満点の組織だ。下手なことを言って目をつけられたいと思う者などいないだろう。
「で、では……今日のぶんです」
「どうも」
手紙を受け取って出口に向かって歩きだす。
うん……やっぱり明日からはノア先輩に代わってもらおう。というかなんで黒仮面を壊したタイミングでこんなイレギュラーなことばかり起こるんだよ……!
「でもまさか第五皇女様はともかく、社交界デビューしたばかりという第六皇女様まで遭遇するとは……」
ここが皇宮だということをすっかり忘れていた……。
ヴァネッサ室長もまさかこのことを見越して「仮面をつけろ、なるべく会話をするな」と言ったわけではないと思うけど。
第六皇女アナスタシア殿下はかなり人見知りのようだな。ずっと俺の顔を見ることはなかったし、外観や雰囲気に引っ込み思案な様子がよく表れていた。
ある意味でセレーネ皇女とは対極な気がするが……こうして夜の皇宮敷地内を一緒に歩いていたのだ、姉妹仲はいいんだろうな。
そんなことを考えつつ敷地外へと出る。あとは城に戻って指定の木箱に手紙を入れればミッションコンプリートだ。
はやく帰ってノア先輩に相談しよう……一度断った交代話、なんと言って切り出そうかな……。クッキーでも渡したら言うこと聞いてくれるだろうか。
「待ちな兄ちゃん」
後ろから声をかけられたのは、城の裏門に向かって細い路地に入ったときだった。
振り返るとそこには柄のわるさを一切隠そうともしていない男たちが5人もいた。どう見ても貴族街に入れるような見た目じゃねぇ!
「あー……なんか用?」
男たちは不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。そして正面に声をかけてきた刺青の男が立ち、2人は俺の後ろに回り込んだ。
おっと……いきなり囲んでくるとは。ここは貴族街のど真ん中、用もないのに絡んできたというわけではないだろう。
「ふん……この状況でも気遅れしていないか。それなりに度胸はあるらしい」
「はぁ……」
いやないよ!? 俺に度胸なんてものはそうそうないよ!?
ただ紋影官になってからというもの、あまりにもこの手の輩と接しすぎたせいで慣れてしまったのだ。悲しい……普通の兵士だったら絶対にチビってるだろ。
「さて兄ちゃん。俺たちの用件がわかるな?」
「いやまったく」
「ほう……?」
いやわかるわけないだろ! こっちはお前みたいな奴らに絡まれる覚えなんて、一つも……いや、あるにはあるけど!
でもそれはあくまで紋影官としての俺の話。今の俺はどこからどう見てもただの給仕のはずだ。
給仕レオンからすれば、こういう輩に絡まれる覚えなんて一つもない。と思う。たぶん。
「とぼけた野郎だ。こっちはとっくに兄ちゃんの正体に気づいているんだぜぇ……?」
「な……! お、俺の……正体、だと……!」
え、マジか。たしかにいつの間にかついていた俺の紋影官としての二つ名【夜影疾走】の素顔を知る者は、まったくいないわけではない。リシェルはもちろんだが、過去の任務でも顔バレしたことはある。
だが俺を含め、大々的に顔が知られている紋影官はあんまりいない。
多少はいるがそれは経験年数の長いベテラン紋影官に限られる。というか新入りの俺の素顔に迫るとは、相当ニッチだと思う。
しかし困ったな……こいつらが俺の正体を知ってどうするつもりなのかがまったく読めな……。
「あぁそうだ。兄ちゃんが第一皇子派の貴族に仕える給仕で、夜な夜なこうしてアシュレイ殿下の手紙を横から奪っているってことはなぁ!」
「…………………………ん?」
え……なんて? だ……第一皇子派の貴族に仕える……給仕? だれが?
「とぼけたって無駄だぜぇ! 皇女殿下たちとアシュレイ殿下の距離が縮まることを警戒して手紙をかっさらっていただんだろぉ!? しかしこんな隙だらけの給仕に仕事を振るとは、第一皇子派はよほど人手不足なのか? あぁ!?」
……やっべぇ。黒仮面が壊れてノア先輩の厚意を無下にし、なおかつ給仕服を着ていることすべてが裏目に出ている……っ!
かといって「違います、僕は第一皇子とは関係ありません! ただの紋影官です!」とは絶対に言えねぇ!
理由もなく紋影官が自分から正体を言いふらすなんてことはできない……!
「ち……第一皇子派は【夜の王権】と関係も深いし、もしかしたら相当な使い手がかかわっているかとも思ったんだがなぁ……?」
だあぁぁぁぁ! 黒仮面さえつけていれば、こんな目に遭わなかったのにいぃぃぃ!
今さらながら紋影官の制服と黒仮面がどれだけ俺の身を守っていてくれたのかが実感できた瞬間だ。というか今日に限っていろいろ起こりすぎだろ!?
「あ~……ひ、人違い、ですよ?」
「ほぉう? だが兄ちゃん、手紙を持っているだろぉ?」
目の前の男がわかりやすく殺気を増幅させる。こいつはやべぇな……! 4人は大したことがないが、目の前の男はおそらく仙勁レベル6相当。
今は夜だし、機動力だけなら俺のほうが上だろうが……! まともに戦っても対処に時間がかかる……!
「別にこっちも兄ちゃんをこらしめたいとか考えているわけじゃあねぇんだ」
うそつけ! あんたどう見てもゴリゴリの武闘派じゃねぇか!
つかマジでどうやってこんな帝都のど真ん中に入ってきたんだよ!
「俺の言う通りにすりゃ、そうひどい目にあわせるつもりはねぇ」
「は、はぁ……あんたの言う通り……?」
「そうだ。兄ちゃんの名前を聞こうか。それとバックについている貴族と、手紙についても回収させてもらう」
つかそもそもだけど、なんでこいつら俺を第一皇子派の給仕だと思い込んでいるんだよ!?
その誤解は解けそうにないし、むしろ無理に解こうとしたら困るのは俺のほうなんだけど!
こ……こうなったら俺も「第一皇子派の貴族に仕える給仕レオン」を演じるしかない……!?
「ふ……どうやら罠にかかったことに気づいていないらしいな」
「あぁ……!? なんだと……!?」
やべ。勢いだけで話しはじめたから、自分でも何言っているのかわからねぇ。
「来るとすればそろそろかと思っていたが……まさか本当にのこのこと姿を現すとは」
「……どういうことだ?」
いやわかんないです。俺に聞かないでください。
「わからないか?」
「…………………………」
「ほ、本当に……わからないか……?」
か、考えろ、俺ぇ……! こいつらはどういうわけか、俺のことを誤解している! そして紋影官だとは気づいていない!
もしかしたら本当に俺とは別に「第一皇子派の貴族に仕える給仕」がいるんじゃないのか……? 今日の俺はたまたま給仕服を着てしまったから、こいつらも本来のターゲットと間違えてしまったんだ……!
あ、でもそれなら手紙の件が説明つかなくなる。つまりこいつらはどういうわけか、アシュレイ皇子の手紙をかっさらっているのは紋影官ではなく、「第一皇子派と関係のある給仕」だと思っている……?
つか俺が夜な夜な回収していた手紙って、もしかしなくともアシュレイ皇子が妹に宛てたものだったのか。
なんでそんな手紙をヴァネッサ室長が回収するように命じたのかは理解不能だが、今は深く考えまい。
「ま……まさか……」
「うん?」
「俺をここにおびき寄せるための罠……!? い、いや、そんなはずはねぇ! そもそも俺たちと第二皇子派の繋がりは証拠がないし、そもそも兄ちゃんしかいないのに、俺をここへおびき寄せる意味がない……!」
な……なんだ……? 自分をおびき寄せるための罠って、こいつもしかして自分のことを相当名のある偉人だと思っているのか? 自意識過剰じゃね?
どういう状況かわからない中、ふと耳に心地のいい声が届く。
『レオンちゃん。そいつ、終夜会の幹部ジスよん』
………………! ま、マジもんのマフィアじゃねぇか……!




