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普通の兵士になりたかったのに、皇帝直属の隠密として帝国の闇を任されすぎている  作者: ネコミコズッキーニ
2章 手紙を受け取るだけの任務ですよね?

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バルシアとマフィア終夜会

 その日、アシュレイ陣営のバルシア・リンビエルはガルフォードより驚愕の指示を受ける。


「まさか俺に、このような重要な仕事を任せるとはなぁ……!」


 ガルフォードは第二皇子派の筆頭であり、帝国において内政卿の地位にある大貴族だ。


 彼から受け取った指示は非常に重要であり、アシュレイが皇帝になれるかどうかを左右する可能性もあった。


「しかも仕事内容も簡単だ……! 殿下たちの手紙を横からかっさらう奴を捕え、懐柔するか処分するか……なんにせよいくつか情報は吐かせねぇといけないのが面倒ではある……が」


 うまくこなせばアシュレイ陣営で自分がナンバー2の座を得られるだろう。それくらいにこれは重大な仕事だ。


 第二皇子が妹に宛てた手紙を奪える人物など、第一皇子しかいない。それだけ先日の話し合いで出た「セレーネとアナスタシアをこちら側に引き込む」という策略を警戒しているということだ。


 アシュレイ陣営がセレーネとアナスタシアの重要性に気づく可能性を考慮して、すでに手を打っていたことには驚かされる。そこはさすが第一皇子といったところか。


 だが手紙を奪う仕事を任された人物はよほどの間抜けらしい。こうしてアシュレイ陣営にその存在を知られたのだから。


「いひひひ……やはり第二皇子派について正解だった……! 第一皇子派ではこういう重要な仕事を任される機会など、ほとんどなかっただろうからなぁ……!」


 バルシアがアシュレイ陣営についた理由は単純だ。ジェイケル陣営よりも競争率が低いと読んでのことだ。


 第一皇子派はすでにかなりの貴族が勢力に加わっている。単純な勢力差では第二皇子派は一歩劣るというのは認めざるを得ない。


 しかし裏を返せば、第二皇子派の中でそれだけ競争率が低いということ。


 うまく派閥内で立ち回り、アシュレイが皇帝になれば、自分には相応以上の見返りが期待できるだろう。


「やり方はいくつかあるが……」


 間抜けの男を囲んでしまえばいいだけだ、今日にでも完遂できる。問題は騒動に発展したとき、第二皇子派の貴族がかかわっていたという証拠を残さないこと。


 だがバルシアにはなんとかできる当てがあった。彼は机の上にある複数の呼び鈴、その一つを手に取って鳴らすとしばらくしてノックもなしに扉が開く。


「お呼びですかい、バルシアさん」


 入ってきたのはガタイがでかく、身体と腕に刺青の入った男だった。どう見ても堅気の人間ではない。


「おおジス。貴様に……いや、終夜会ナイトフォールに仕事だ」


「ほぉ?」


 ジスと呼ばれた男は、帝都に根ざすマフィアの一つ、終夜会ナイトフォールの幹部だった。彼は普段、バルシアの身辺警護を務めている。


 もちろんただ身辺警護するだけでなく、終夜会ナイトフォールのボスとのパイプ役も果たしているのだが。


 帝都で強い影響力を持つマフィアはだいたい貴族とつながっている。これもマフィアが見逃され続けている理由だった。


「うちも最近はドタバタしているからなぁ……本格的に働くとなると、ちょっとばかし値が張るぜ?」


「ふん、足元を見よって。金の心配ならいらん……が、何かあったのか?」


「ああ。1年前に幹部の席が一つ空いたんだが、その座を狙ってちょろちょろしている奴が多くてな」


「1年も前に空いた席が、未だに埋まらんのか?」


「いろいろあるんだよ、こっちの世界にもな。あんたら貴族の世界も似たようなもんだろ?」


 終夜会ナイトフォールは1年前、ハグリアの街で幹部のグアッドが消息を絶っていた。


 それまでとある皇族から仕事を請け負っていたのだが、それを機に皇族との接点も失ったままである。


 当時ハグリアに居たセレーネ皇女、そして消息を絶ったグアッドに接点の消えた皇族……点と点を結べばいろいろ見えてくるものもあるが、終夜会ナイトフォールとしても深入りはできない。


 またクライアントの情報を易々と出すわけにはいかないので、このことはハグリアを含めた第二皇子派のだれもが知らないことだった。


「まぁ言われてみればそうかもしれんな。空いたポストの奪い合いは長引くことがある」


「そういうことだ。で、仕事はなんだ?」


 報酬の確認と世間話をしたところで本題に入る。ハグリアはいやらしい笑みを浮かべた。


「内容は単純だ、1人の人物を確保してもらいたい」


「ほう……?」


「その人物は夜な夜な、皇宮を訪ねてはアシュレイ殿下の手紙を奪い取る卑怯者だ。確保して背後にだれがいるのかを吐かせ、可能ならそのままスパイとして使う」


「スパイ……あぁ、なるほどな」


 夜の皇宮敷地内に入ってアシュレイの手紙を奪える人物。これだけでジスも「その人物は第一皇子の差し金か」と理解した。


 うまく懐柔できればたしかに第二皇子派のスパイとして潜り込ませることができるだろう。この場合の懐柔というのは、つまり。


「結果さえ出せば、手段はなんでもいいんだな……?」


「もちろんだ。煮るなり焼くなり家族を人質に取るなり好きにしろ」


 たしかにジェイケル皇子はアシュレイとセレーネたちの関係が深まることを警戒して、前もって手を打っていたのだろう。それ自体は素晴らしいし、さすがに先見の明がある。


 しかしそれは手紙を奪う人物が発覚しなければの話。知られてしまった以上、いくらでも手は打ててしまう。むしろこうして利用されることになるのだ。


「いいぜ。だが皇宮の近くで事を起こすとなると、さすがに場所とタイミングを選ぶ必要がある。下手にターゲットに叫ばれたらいろいろと面倒だ」


 さすがに皇宮近辺は夜といえど騎士が見回りをしている。


 しかしジスの懸念に対してバルシアは再びニチャリといやらしい笑みを浮かべた。


「心配するな、殿下が手を回してくださっている。その時間帯は騎士の巡回も行われていないだろう」


「さすがはアシュレイ殿下……そこまでできるとは。恐れ入る」


 そう言われつつもジスは油断しない。わかりやすくアシュレイが手を回せば痕跡が残るだろう。第二皇子が痕跡を残さない程度の介入となると、どこまでやれるかあやしいものだ。


 とはいえジスに仕事を引き受けないという選択肢はなかった。ただでさえ皇族との接点が消失したことから、終夜会ナイトフォールは今後どうなるのか不透明なのだ。


 ここでしっかりとバルシアに取り入り、その先にいる第二皇子にも取り入る。そこまでいければ、終夜会ナイトフォールは帝都において相当強い影響力を持つマフィアになるだろう。


「では今夜にでもさっそく動かせてもらう」


「うむ、期待しているぞ」





「ノア先輩……これ、どうにかなりませんかねぇ……?」


 俺の目の前にある机には今、粉々に砕け散った黒仮面が置かれていた。何を隠そう俺の黒仮面である。


 紋影官の黒仮面は全員微妙にデザインが異なっている。


 共通しているのは黒いということだけであり、何気に1人1人の顔のサイズにぴったりジャストフィットするように作られた特注品なのだ。


「……仮面をここまで壊すなんて」


「壊したんじゃないです! 壊されたんですよ!」


 そんな特注品の俺専用仮面だが、今日の鍛錬でとある武闘派先輩の一撃を受けて砕け散ってしまったのだ。


 ちなみに紋影官の鍛錬は基本的に仮面をつけて行われる。当たり前だが仮面を被ると視界が制限されるが、その状態で問題なく戦闘できるように鍛錬させられるのだ。


 つまり俺は日中の鍛錬でモロに顔面に攻撃を受けたということである。


 痛い……。ノア先輩が調合した薬を顔に塗りたくっていく。


「後輩。黒仮面の発注は基本的にヴァネッサしかできない」


「まぁ……そうっすよね」


 受注を受けた業者は、黒紋監察室ブラックシジルの存在を知っていれば、その仮面が紋影官のものだとわかるだろう。それに他の貴族連中から探りも入るかもしれない。


 オーダーメイドの仮面はどことも知れない秘密の業者が作っているのだ。その連絡先や発注方法はヴァネッサ室長以外に知る者はいない。


 そしてそのヴァネッサ室長は現在、帝都から離れている。帰ってくるのは数日後である。


「室長が帰ってくるまで、仮面無しで仕事するしかないか……」


「……後輩の仕事、しばらく変わってあげてもいい。わたしもヴァネッサが帰ってくるまでとくに仕事ない」


 ありがたい話だが、今回は正直言ってかなり楽な仕事だ。ただ城と皇宮を往復するだけだし。


「いや、大丈夫ですよ。そもそも今の仕事は黒入りしていませんからね。つまり仮面は必要ないんですよ」


 ヴァネッサ室長はからは「仮面をつけろ、なるべく会話をするな」と言われているけど……そもそも皇宮で手紙を受け取る人と守衛さん以外に、ほとんど人と会わないし。


 城内を仮面無しで歩くことにはなるけど、これだって夜ということもあって、そうそう人とはすれ違わない。


「……後輩が先輩の気遣いを無下にする。かわいくない」


「と、言われましてもね……。正直、この程度のお使い任務に先輩の手を煩わせるのもどうかと思いまして……」


 俺に後輩がいれば、そっちに任せてもよかったんだが。というかここ数年、俺以外に新しい紋影官とか入ってきていないよね?


 まぁ現状、黒紋監察室ブラックシジルにおいて俺が一番の後輩だ。やはり雑用任務は俺がやるべきだろう。というかここまで楽な仕事を他に譲りたくない。


 皇宮と往復するだけで紋影官として仕事をしたとみなされ、給金が発生するのだ。おいしい、あまりにもおいしすぎる。


「じゃそろそろ時間なんで。皇宮へ行ってきます」


「…………ん」


 銀髪幼女先輩に見守られつつ、俺は城を後にする。一応城内でだれかとすれ違うことを警戒して、今日は黒紋監察室ブラックシジルの制服を着ていない。


 征服を着て素顔をさらけ出していると、俺が紋影官ですと言っているようなものだし。


 服に関しては男性給仕のものを借りた。これでだれかに出会っても、俺のことを紋影官だとは思うまい。


「ま、結局だれにもすれ違わずに済んだけどね」


 コソコソと城の裏門から出て皇宮を目指す。そういやこの任務が始まってからずっと城に勤めているし、帝都に借りている借家に帰れていないな……。もしかしたら郵便物も届いているかもしれない。


 そんなことを考えつつ皇宮に到着し、俺はいつものように守衛さんに許可証を見せる。そして敷地内を歩き、いつもの場所で待機していると……。


「あら? あなた……」


 なんと正面から護衛騎士に囲まれたセレーネ皇女が姿を見せたのだった。

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