お使い任務
「セレーネとアナスタシアだって……?」
腹違いの妹ということもあり、アシュレイも名前くらいは知っている。だがそこまで接点はないし、年に数度の行事で見かけるくらいだ。
そもそもアナスタシアは今年15歳で社交界デビューしたばかり。いくら皇族といっても第五皇女と第六皇女にはそこまでの影響力はない。
ガルフォード自身、最近までそう考えていた。そう……最近までは。
「どういうことかな、ガルフォード殿?」
「……アシュレイ殿下は年に何度くらい、皇帝陛下とお二人だけでプライベートな時間を取っておられますか?」
「うん……?」
ガルフォードの質問の意図が理解できず、アシュレイは少し黙り込む。だがすぐに素直に答えた。
「ここ数年はそうした時間は取れていないね」
行事など含め、話す機会は月に何度かはある。だが二人きりでプライベートな時間となると、もう何年も取れていないだろう。
「ええ、おそらく第一皇子ジェイケル殿下も同様でしょう。ですが……セレーネ殿下とアナスタシア殿下につきましては、月に2~3度ほど、陛下はプライベートな時間を割いて会われているのです」
「……ほう?」
皇帝といえば帝国における絶対権力者だ。その権力に相応しい重責もあるが、忙しい身なのは間違いない。
そんな人物が2人の皇女と親子としてのプライベートな時間を月に2~3回も取っているというのは、アシュレイからしても驚きだった。
「確かなのかい?」
「宮内卿より教えていただいたのです。どうやら陛下は、セレーネ様とアナスタシア様が大変可愛く思われているのだとか」
セレーネとアナスタシアは9人いる子供の中で、8人目と9人目の子供になる。
宮内卿の話によると、皇帝陛下も50歳という年齢も手伝ってか、上の姉たちのように擦れていないこの2人の皇女を大層かわいがっているらしい。
ここまで話したことで、アシュレイは「なるほど」とつぶやく。
「いや、盲点だったよ。つまりセレーネとアナスタシアを押さえれば……」
「はい。高頻度で陛下と会われているのです、アシュレイ殿下の名がお二人の口から出る可能性も十分にあるかと」
「ふむ……たしかにこれは飛び道具だね」
すでに第一皇子陣営と第二皇子陣営はかなりできあがっている。
また第一皇女や第二皇女らも社交界でなかなかの権勢を誇っており、皇帝位争いに直接関与することはないと言っても無視はできない。
そうした情勢下において、今は第一皇子派が有利だと言われていた。それはアシュレイよりも有力な貴族を派閥に加えているから……というのが理由だが、2人の差は大きく開いているわけでもない。
そして次期皇帝を指名するのは現皇帝だ。もし皇帝がお気に入りの娘2人から、アシュレイの名が好意的に出れば……陛下の心が揺らぐ可能性は否定できない。
「そのこと……兄上は?」
「おそらく存じてはいないかと」
「おもしろいね。だが皇宮といっても、女性皇族の住まう場所は男子禁制。セレーネとアナスタシアとの接触は……あぁ、いや。セレーネはよく帝都に視察に出ているのだったか」
「はい。さすがにアシュレイ殿下は視察に行くのはむずかしいですが、お二人に接触を図るくらいはどうとでもなるかと」
ここでガルフォードは口角を上げる。
「セレーネ殿下には帝都の様子を聞かせてほしいとお茶に誘うのがよろしいかと。またアナスタシア殿下は社交界デビューしたばかり。まだいろいろ不安なところもあるでしょう。兄として相談にのるとお誘いしても、だれも不審には思いません」
そうしてアシュレイが2人の皇女と継続的に関係を築き上げる。
第五皇女と第六皇女はほとんど権勢など持っていないので、だれも取り入ろうとはしないが、だからこそそこに付け入る隙があった。
「……わかった。ではさっそく2人に手紙を送るとしよう」
■
ヴァネッサ室長の後ろでただ立っているだけという楽な任務をこなし、再び室長の部屋へと戻る。俺は仮面を外して腕を伸ばした。
「いやぁ、本当に戦闘がない任務で助かりましたよ。でも俺がついていってなんの意味があったんです?」
一言も話さずに終わったし。ヴァネッサ室長もアシュレイ殿下と世間話しかしていなかったし、正直言って俺はいなくてもよかったと思うんだが……。
「意味はあったさ。それとあの場にいた貴族たちの顔、覚えたな?」
「はい。といっても顔と名前が一致するのはアシュレイ殿下とガルフォード内政卿だけですけど」
「十分だ」
何が十分なんだ……。なんにせよこういう任務であれば今後も積極的にこなしていきたい。
「ではレオン、次の任務だ」
「さっそくですか……そういや2つあるって言ってましたっけ」
「ああ。2つ目の任務だが、お前には明日から決まった時間に決まった道を通って皇宮と城を行き来してもらう」
「…………え?」
城と皇宮の行き来……? 今も往復したばかりだけど。
「時間は夜だ。皇宮といっても敷地内までで建物内には入らなくていい」
「はぁ……それだけですか?」
「そんなわけないだろう。そこで皇宮に務める者が出てくるから、その者から手紙を受け取ってここまで持ち帰れ。これが任務だ」
えぇと……夜に皇宮に向かって手紙を受け取り、それを持ち帰るだけ……?
「それだけ聞くとものすごく楽そうな任務ですね……」
「実際に楽だろうさ。子供でもできるお使いだ」
「ではどうしてその任務に……いえ、なんでもないです」
どう考えても紋影官を使うような仕事とは思えない。
しかしここで「子供のお使い程度の仕事にどうして俺を使うんですか!」と文句を言って、別の仕事……戦闘メインの任務が回ってきたらたまったものじゃないし。
ここは言われた通り、粛々と引き受けるべきだろう。むしろこの程度の仕事で給料が出るなら儲けものだ。
「なんだか不思議な任務ですね。俺が戦闘任務を引き受けているとき、先輩たちはこういう仕事をしているんですか?」
だとすれば楽できてうらやましい限りだ。俺も後輩が増えれば、そういうポジションにつけるのだろうか……。
「まぁ実際、ゼロではないな。黒紋監察室というのは、良くも悪くも皇帝陛下の私兵という側面があるからな……」
「………………?」
ヴァネッサ室長は少し遠い目をしてハァとため息を吐く。きっと黒紋監察室の室長として、いろいろ気苦労が絶えないのだろう。
たしかに黒紋監察室は皇帝直属の組織だし、これまでの任務も陛下の意向が働いていたはずだ。私兵というのはあながち間違いではない。
ん……? それじゃ今回の任務も、陛下の意向が関係しているのか……?
「とにかくお前にはしばらく夜の城と皇宮の行き来をしてもらう。ああ、この任務は別に黒入りでもなんでもないからな」
「了解です」
紋影官の任務で黒入り案件になるものは限られている。その多くは戦闘が発生するのだが……。まぁ今回は黒入りじゃないし、やっぱり戦闘は起こらなそうだな。
ここで思い出したようにヴァネッサ室長が「あぁ」と口を開く。
「わかっているだろうが、任務中は黒仮面を必ず外すなよ。それと会話も最低限を心掛けろ」
「はい」
とても簡単な任務でよかった……。もともと俺は士官になってバリバリ働くより、一般兵その1として薄給でも楽して生きたかったのだ。
いろいろあって紋影官になってしまったがために、ハードな仕事が続いていたが……久しぶりにまったりとした任務になりそうだ……!
■
……とはならなかった。俺が城と皇宮の間を往復するのは夜のみであり、日中は基本的に時間が空いている。
そしてその空いた時間を使って、俺は連日先輩がた(ゴリゴリの武闘派)にみっちりと鍛えられることとなる。
死ぬ心配はなくても、鍛錬がハードすぎてつらい……っ!




