表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5 薔薇色のドレスと、氷の微笑

教室の窓から、初夏の陽射しが降り注ぐ放課後。

私の耳に、華やいだ声が飛び込んできた。


「ねぇ、アナスタシア様! 今度の舞踏会、ドレスはもうお決めになりました?」


「ええ! お母様と一緒に選んだの」


 教室の中央、机を囲んで盛り上がっているのは、アナスタシアとその取り巻きたちだ。

 アナスタシアは少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに頬を染めている。


「私はね、ローズピンクのドレスにしようかなって思っているわ。レースがたくさんついていて、春らしくてとっても可愛いの」


「まぁ! 絶対にお似合いですわ!」


「アナスタシア様の可愛らしさが引き立ちますね!」


 ローズピンク。愛らしく、守ってあげたくなる彼女にぴったりの色だ。

 私は手元の教科書を閉じ、ふっと息を吐いた。


(……あぁ、もうすぐ舞踏会ね)


 『春の舞踏会』


 それは新入生歓迎の意味合いが強く、正式な夜会とは異なり、パートナー(エスコート)を伴う必要がない。

 まだ婚約者のいない生徒たちが、自由にダンスや会話を楽しみ、親睦を深めるためのフランクな会だ。


(エスコートなしで気楽に動けるのは助かるわ。……けれど)


 私は背筋を伸ばす。

 気楽なのは周りだけ。王族や高位貴族が集まる場に、真の「休息」など存在しない。

 誰が誰と話し、誰がどの派閥に興味を持っているか。

 気を抜かず、公爵令嬢として完璧に立ち回らなくては。














***



 そして迎えた、舞踏会当日。

 アルセイン公爵家の私の自室は、夕方から戦場のような慌ただしさに包まれていた。

 最高級のシルク、宝石箱から溢れる輝き。

 数人の侍女たちが、私の支度に追われている。


「……まぁ」


 最後の一筆、紅を差し終えた侍女が、感嘆の息を漏らした。


「綺麗ですわ、ヴィオラ様……。今夜の会場の誰よりも、貴女様が一番お美しいです」


「本当ですわ。学園の殿方など、皆様ヴィオラ様の美貌に惚れてしまわれるに違いありません」


 鏡の中の私は、夜空を映したような「ミッドナイトブルー」のドレスを纏っていた。

 銀の髪は高く結い上げられ、白い肌とのコントラストが、まるで冷たく輝く月のようだ。

 アナスタシアの「愛らしいピンク」とは対極にある、「気高い青」。


「うふふ、ありがとうみんな。そんなに褒められると、自信が出てくるわ」


 私は鏡の中の自分に、完璧な微笑みを向けて見せた。

 その時。


「——ヴィオラ様」


 しわがれた、けれど温かい声がかけられた。

 乳母の代から私を見守ってくれている、侍女長のマーサだ。

 彼女は私のドレスの裾を丁寧に直しながら、鏡越しに私と目を合わせた。


「……?」


「今日は、お役目などを忘れて……どうか、年相応の少女として、全力で楽しんできてくださいね」


「マーサ?」


「ヴィオラ様は、少し頑張りすぎてしまわれますから。……貴女様にも、息抜きが必要ですわ」


 マーサの瞳は、公爵令嬢としての私ではなく、ただの一人の少女としての私を心配してくれていた。

 幼い頃、膝の上で絵本を読んでくれた時と同じ、優しい目。

 私は一瞬、仮面を外しそうになった。

 けれど、すぐにまた淑女の顔を張り付け、困ったように眉を下げた。


「そうね、マーサ。……でも、役目は忘れられないわ。私はアルセイン家の娘ですもの」


「ヴィオラ様……」


「心配しないで。羽目を外しすぎない程度に……ええ、優雅に楽しんでくるわ」


 それが、私にできる精一杯の強がりだった。


「……承知いたしました。行ってらっしゃいませ」


「また帰ったら、お土産話を聞いてちょうだいね」


「えぇ、楽しみに待っておりますよ」


 マーサに見送られ、私は部屋を出た。

 待っているのは、煌びやかな戦場。そして、ルーファス殿下。

 屋敷の前には、家紋入りの豪華な馬車が待機していた。

 私はドレスの裾を翻し、静かに乗り込む。

 馬車が石畳を蹴って走り出す。

 窓の外を流れる景色を見つめながら、私は胸元のサファイアを強く握りしめた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ