2 ルミエール王立学院入学
私、ヴィオラ・アルセインは、ルミエール王国の公爵家に生を受けた。
月光を紡いだような銀の髪に、湖面を映したような青い瞳。
周囲の人々は、幼い私を決まってこう評した。
「まるでガラス細工のように美しく、そして儚い」
けれど、その言葉の裏にある本当の意味を、当時の私はまだ知らなかった。
壊れやすいものは、守られるか――あるいは、壊れることを前提に扱われるのだということを。
***
ヴィオラ・アルセインという公爵家の娘は、幼い頃から王城への出入りを許された、数少ない子供の一人だった。
そして、その特権を持っていたのは、私だけではない。
蜂蜜を溶かしたような淡い金髪と、新緑の瞳を持つ公爵令嬢――アナスタシア・ヴァレンティア。
彼女はいつも自然体で、笑顔の中心にいた。
柔らかな茶髪に、高貴な紫の瞳を宿した公爵令息――カシウス・ノクス。
そして、王太子であるルーファス殿下。
私たち四人は、幼い頃、いつも一緒だった。
庭園を駆け回り、噴水の縁に腰掛け、足をぶらつかせながら他愛のない話をする。
「将来の国」ではなく、「今日のお菓子」や「誰が一番速いか」。
そこには、身分も、義務も、未来の重圧もなかった
――けれど。
時は、平等ではない。
成長するにつれ、私たちはそれぞれ異なる形で「家」を背負い始めた。
無邪気な笑顔は役割に応じた表情へ。
本音の言葉は、計算された社交辞令へ。
そして気づけば、
私たちは皆、仮面をつけることを覚えていた。
***
月日は流れ、私たちは十六歳になった。
春の陽光が、白い石造りの校舎を淡く照らしている。
ここ――ルミエール王立学院は、王族および高位貴族のみが入学を許された、この国最高峰の学び舎だ。
正門前に集う新入生たちは、皆一様に緊張した面持ちを浮かべている。
期待と不安、そのどちらも隠しきれずに。
その中で、私は静かに息を整えていた。
(ここでは、“公爵令嬢”であることは免罪符にはならない)
求められるのは、家柄ではなく、実力。
***
「ヴィオラ嬢」
低く、よく通る声が背後からかけられる。
振り返れば、そこにいたのはルーファス殿下だった。
学院の制服を身にまとった彼は、王城にいた頃とは違い、少しだけ年相応に見える。
「同じクラスになるらしいな」
「ええ。光栄ですわ」
形式的な挨拶。
けれど、その中に混じる微かな競争心を、私は見逃さなかった。
「……君がいれば、退屈はしなさそうだ」
「殿下も、相変わらず余裕がおありのようで」
小さな火花。
周囲にはただの幼馴染の会話に聞こえただろう。
「二人とも、相変わらずね」
くすりと笑いながら割って入ってきたのは、アナスタシアだった。
学院の制服姿でも、彼女の柔らかな雰囲気は変わらない。
「入学早々、張り合わなくてもいいじゃない」
「張り合っているつもりはありませんわ」
「えー? 本当?」
「まあまあ、アナスタシア。やめておきなよ」
呆れたような声と共に、アナスタシアの肩に手が置かれる。
カシウスだ。彼は少し気だるげに目を細め、私と殿下を交互に見た。
「あの二人の『挨拶』は、剣で打ち合う音と同じだからね。僕ら凡人が不用意に割って入ると、怪我をするよ」
「もう、カシウスったら大げさなんだから」
「だといいけどね」
カシウスは肩をすくめ、さりげなくアナスタシアを一歩後ろへ下がらせた。
冗談めかしてはいるが、その紫の瞳は冷静だ。
私たち二人の間に流れる空気が、穏やかな友情とは違う種類のものであることを、彼は誰よりも早く察知していた。
⸻
入学式を終えた翌日。
新入生全員に課されたのは、学院恒例の「実力テスト」だった。
座学 応用判断――すべてを総合的に測るためのもの。
(初日から、容赦がないわね)
けれど、それでいい。
ここで評価されるのは、実力のみ。
私は深く息を吸い、答案用紙に向き合った。
――静かに、確実に。
***
結果が掲示されたのは、その日の放課後だった。
重厚な掲示板の前には、すでに人だかりができている。
名前を探す視線、安堵の息、落胆の声。
私は人混みの外から、掲示板を見上げた。
『1位:ルーファス・ルミエール』
『2位:ヴィオラ・アルセイン』
……やはり。
胸の奥が、わずかに軋む。
「ヴィオラ様!」
弾んだ声で駆け寄ってきたのは、同じクラスのマリア・ロスベルクだ。
彼女は私の結果を見て、我が事のように目を輝かせた。
「2位ですって! すごいです、おめでとうございます!」
「ありがとう、マリア」
微笑みながらも、視線は自然と“1位”の名前へと戻ってしまう。
その時。
「ヴィオラ」
人垣の向こうから、彼が現れた。
歓声と視線を一身に浴びながらも、ルーファス殿下はまっすぐ私を見ていた。
「惜しかったな。だが――」
彼は一瞬、口元を緩める。
「君がいるなら、気は抜けない」
「光栄ですわ。次は、必ず」
「期待している」
短い言葉。
けれど、それは宣戦布告に等しかった。
私は静かに頷いた。
この学院で、
私と彼は――並び立つ存在であり、競い合う存在なのだと。




