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1 祝福の夜に、失われたもの


 華やかな音楽が、大広間を満たしていた。

 王族と貴族が一堂に会する、この舞踏会は、単なる祝宴ではなく――社交界そのものだった。


 燭台の光が反射する床の中央。

 玉座の前に立った国王陛下が、ゆっくりと口を開く。


「――皆に、発表がある」


 ざわめきが、潮が引くように静まった。


「ルーファス第一王子と、アナスタシア・ヴィレンティアの婚約を、ここに発表する」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


(……え?)


 次の瞬間、会場は祝福の声と拍手に包まれる。

 けれど私の耳には、そのどれもが遠く、歪んで聞こえた。


(どうして……)


 胸の奥が、ひどく冷たくなる。


(私は、毎日勉学に励んできた。

 殿下のお隣に立てるように。

 殿下のお側で支えられるように……必死に努力してきたのに)


 それは、誰にも見せなかった想い。

 名前すら、つい最近ようやく自覚したばかりの、淡い初恋。


(それでも……足りなかった、ということ?)


 視線が、無意識のうちに壇上を追う。


 そこに並ぶ二人。

 凛と立つルーファス殿下と、その隣で少し緊張した面持ちのアナスタシア。


(……愛嬌があって、可愛らしいアナスタシアの方が、良かったというの?)


 彼女の周りには、いつも人が集まる。

 笑顔で、自然で、誰からも好かれる存在。


(それに比べて私は……)



 ――だめ。



 その思考に、はっとして息を止める。


 壇上で、ルーファス殿下が一歩前に出た。

 続いて、アナスタシアも口を開く。


「皆の前で、このような佳き日を迎えられたことを、心より感謝する」


「未熟ではございますが、殿下のお力となれるよう、精一杯努めてまいります」


 二人の言葉は、完璧で、非の打ち所がなかった。

 再び大きな拍手が起こる。


 ――ああ。


 これは、現実なのだ。


 ヴィオラ・アルセインにとっての初恋が、砕けた瞬間だった。


 けれど私は、公爵令嬢だ。

 こんな場所で、情けない姿を見せるわけにはいかない。


 背筋を伸ばし、唇の端をわずかに上げる。

 完璧な微笑みを、仮面のように貼り付けた。


 その時。


 ふいに、視線が絡んだ。


 アナスタシアが、こちらを見ていた。

 そして――そっと、微笑む。


 悪意など、微塵もない笑顔。


 それが、ひどく、胸に刺さった。


(……ああ、私は、選ばれなかったのね)


 それでも。


(この舞踏会で、情けない姿だけは見せられない)


 私はグラスを持ち上げ、祝福の輪の一部として振る舞う。

 胸の奥に残る痛みを、誰にも悟らせないまま。


 


 それでも確かなのは、ただ一つ。


 この夜は、

 私の人生が、大きく動き出した始まりだった。



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