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リンドウは手を伸ばす  作者: 長坂青空 加良奈志翠 山葵大福
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第2話 その①

【注意:聖書 「コリント人への手紙 第二 5章17節」ドイツ語ルター訳の一節を乗せています。決して宗教を推奨する意図ではありません。】

十月中旬は日中と朝晩の気温差が激しい。

今の気温は十五度程度で肌寒い。日の出を迎えたばかりでまだ辺りは薄暗い。

都内にある公園のベンチには人影が一つあった。

金髪、濃いメイク、腰に巻いたカーディガン。それ以外の格好は袖を肘までまくった白のブラウス、チェックのスカート、俗にいうギャルだ。

少しずつ周囲の輪郭がしっかりとしてくるのをギャルは虚ろな目で眺めていた。

ギャルが空を同様に虚ろな目で眺めていると、目の前に人が立った気配と音がした。

目の前に立ったのは、中年の男性だった。顔立ちから外国の血は入っていそうだと思った。

「……何」

「Darum, ist jemand in christo, so ist er eine neue Kreatur; das Alte ist vergangen, siehe, es ist alles neu geworden」

男性は何かいうと一冊の本を差し出してきた。

「……?」

戸惑いながら本を受け取り、タイトルを探しているうちに男性はいなくなっていた。

やることもなかったギャルはその本を読むことにした。再度表紙と裏表紙を見るとタイトルは見つからなかったが、著者はSUNだとわかった。


漫画の作業は意外にも無音で行う。

小説は頭の中の映像を言語化する邪魔をされたくないので、耳をBGMで塞ぐが、漫画はそれをしなくていい。手元に集中したいときは逆に音は邪魔なのだ。

「陽」

「ックリした」

とはいえ、集中して何も聞こえなくなるのは同じなので、話しかけられたら驚きはする。

「漫画の作業中は気をつけてよね」

「だからキリが良い所で声かけたろ」

確かにちょうどトーンを貼って余分な個所を切り終わってカッターを置いたところだ。

「で、何?」

「何か二十分くらい前から玄関に人の気配があるんだが」

「ヤオさんは気配ないから違うし、ソウトリ?」

「いや、気配を隠さないのは一緒だが、何かって訊かれると一般人みたいな気配だ」

「んー? どれどれ?」

いつものモニターを持ってきて確認すると、玄関前にいたのは、金髪の人間だった。服装、体つきからギャルだろうと、二人は思った。

ギャルはさっきから扉の前を落ち着きなくウロウロしている。

「金属センサーからして武器類は持ってなさそうだよ。隠世の知り合い?」

「俺に知り合いがいると思うか?」

「だよねー。私も知らないし」

「んで、何やってんだこいつは」

モニター内のギャルはインターホンに指を当てたり外したりしている。

そんなことを一分ほど繰り返し、やっと押した。当然「ピンボーン」と家の中に響く。

自分で押したくせにギャルはビクッと反応した。

「隠世、行って来て要件聞いてきて」

「へいへい」

玄関の防弾スリガラスの前には白い影が動いていた。

要らないとは思うが一応袖にペティナイフを隠す。

「はいはーい」

時刻は十四時、日も落ち始めており、辺りは夕日で赤く染まっている。

本来であれば家路につく時間だろうに一体なんの用だろう、と隠世は扉を開けた。

ギャルは一瞬後ずさったあと、目を伏せて一回頷くと勢いよく隠世に詰め寄った。

「こっここにSUN(サン)が居るって聞いたんだけど!」

「あ?」

あからさまに眉間に皺を寄せてやったが、ギャルはなおも勢いよく訊いてくる。

「SUN! 居るの!? 居ないの!?」

よくみるとギャルの身体は、カタカタと震えている。気温的にはまだ寒くないはずだ。

「どこかの家と間違えたんじゃねえか? そんなやつは居ねぇよ」

無慈悲に扉を閉め施錠する。

影から察してギャルはその場に立ち尽くしているようだ。

何かボソボソ聞こえるので耳をすますとーー

「大丈夫……さっきの人は義父(とう)さんじゃない……大丈夫…………」

影がその場に座ったのを確認した隠世は陽に報告しに行った。


「どうだったあ?」

「見てたんじゃないのかよ」

「音までは拾えないんだよ。知ってるでしょ?」

「誰から聞いたのか、SUN目当てのガキだった」

「SUN? で、どう返事したの」

「『居ない』って突っぱねたが」

「ありがと」

モニターにはギャルが、玄関前の段差に座ってそのまま動かないのが映し出されている。

「もう少し、様子を見ようか。隠世の言った通り表の人間っぽいし」

「まーた面倒くさいことになるな」

「かもねえ」


「おい」

玄関の内側から声をかけるとギャルは肩をビクつかせてこちらを向いた。

時刻は二〇時。あれから四時間も居座られている。

「いつまで居るつもりだ」

「……別に。SUNに会えるまでいる、し」

隠世はわざとらしくため息をついた。

扉を大きく開き、中を差し出す。

「入れ」

「……え?」

「『いつまでもそこに要られると迷惑』だそうだぞ」

「いー、の?」

せっかく入りやすいように場所を開けてやったのにまごついているギャルにいらだった隠世はーー

「じゅーう、きゅーう、はーちぃ、なーな……」

いきなり開始されたカウントダウンにギャルは慌てて荷物を持って駆け込んだ。

「し、失礼します!」

隠世は扉を閉めるとリビングに案内した。

「こっちだ」


リビングでは陽が両手を広げて待ち構えていた。

「もし、かして、」

「私がSUNだよ、おじょーさん」

ギャルは感激ゆえか荷物を落として陽に駆け寄ろうとしたので、隠世は割って入った。

「で、私に何の用?」

「あ、あたし! SUNの弟子にしてほしいの!」

「「は?」」

陽と隠世は声を揃えて頭にハテナを浮かべた。

「……弟、子?」

「そう!」

ギャルは荷物の中から一冊の本を出した。

何度も読み返したのか表紙やページに折れ目が付いている。

両手で持って突き出して訊いてくる。

「この本! これSUNのでしょ!?」

その本は確かに何年も前、隠世に会うよりも前に書いた陽の本だ。

「これを読んで、あたし感動した! わたし(・・・)、昔からこういう人を感動させるような作品を書きたいって思ったてたの」

「その本のどこに感動したの?」

ギャルは本を抱きしめながら言う。

「最後。冒頭から主人公は幸せとは言えない状況に身を置いてるけど、それらを跳ね除けて最後は救われました。こういう救いもあるんだ、って……」

「死ぬのに?」

陽は本を指した。

「それのラスト、主人公は世界に絶望して服毒死したのに?」

「あの服毒死は、唯一心を許した人ー最愛の人と同じ亡くなり方です。しかも使用した毒も一緒……。同じ毒で同じ死に方……。あれは主人公にとってあの人のもとに行く為の必要な行為だったと思います。きっと魂だけになった主人公は最愛の人と再び世界を歩むんだって」

陽はしばらく黙っていた。隠世も口を挟まず、ただ見守っていた。

「あ、あの……」

「お風呂、入ってきて」

「えっ……?」

陽は浴室の方向を指した。

「今日はここに泊めてあげる。だからお風呂に入ってきて。その格好だとロクに入ってないでしょ」

「それ、は……」

ギャルの姿は、見た目はキレイだが少し香ばしい匂いがする。

きっと腕や足の露出している部分は公園の水道で洗うことが出来たが、服の下は脱ぐしかなく、男ならまだしも女であれば抵抗があって洗うことが出来なかったのだろう。

「荷物持って付いてきて。案内してあげる」

「俺が、」

何があるかわからないので隠世が案内しようとすると、陽が制してきた。

「隠世はこの子に晩御飯用意して。出来るだけ少なくても栄養がしっかり()れるやつ」

「……分かった」

「じゃあ、行くよー」

「は、はい!」


「ここをひねると熱いお湯が出るから、こっちの蛇口で温度を自分で調節した。シャンプーとリンス、ボディーソープはこっち」

「は、はい……」

「下着は自前のを使って。服はここに置いてあるから。多分サイズは合ってると思う」

「ありがとうございます」

陽はバッグから下着類を出している様をじっと見ているとギャルが視線に気がついた。

「……何か?」

「そのカツラ、取りなよ。似合ってないから」

「えっ……」

「じゃ、ごゆっくりー」


キッチンには隠世がおにぎりを作っていた。

「……入ったか?」

「入ったよ」

陽が手元を覗き込むと白いご飯に黄色が見えた。

「さつまいもご飯のおにぎりだ」

「晩飯の余り物だがな」

隠世は会話をしながら二個目、三個目を作っている。ギャルが食べなければいつかの夜食用に冷凍しておけばいいからだ。

「美味しそうだねえ」

「二時間前に食ったろうが……おにぎり(これ)夜食にするか?」

「太るから却下。でも夜食は欲しいかな」

「じゃ、そっちだな」

陽が指された鍋のフタをとると、色とりどりの野菜と、肉が沸騰していた。

「豚汁?」

「いや豆乳。腕をみる限りでも適正体重はかなり下回っているからな。まあ、元から小食なだけかもしれないが。まあ、それを考慮して具材は小さく刻んだから多少は食べられるだろ。これなら汁だけでも最低限の栄養は摂れるはずだ」

「気づいたんだ」

陽は蓋を戻した。

「そりゃあな。あと、男性恐怖症」

「正解」

隠世はおにぎりを作り終えると冷蔵庫から豆乳のパックを取り出した。

陽も冷蔵庫から漬物(青菜漬)を出して小皿に盛った。

「あの子、隠世が近づいただけで微かに震えてた。あと……」

「あと?」

「完璧な回答だった」

隠世は鍋の火を小さくして豆乳を注いだ。

「さっきの本か? あれ、お前のデビュー作だろ」

ギャルが興奮気味に話したあの本は陽がSUNとして初めて出版した物だ。

「そう。あの頃は何もかも余裕が無かったから、魂を殴りながら全力で書き上げたんだよね。出版当時は、読んだ人達が荒れてたけど」

「今でもあいつらから聞くな。『これは鬱小説だ』って。あー、でもスルガからは好評だったっけ。電菊は半分まで読んだけどそっ閉じしたあげく「二度と読まねえ」とか言ってたな」

「『何で主人公を殺したんだ』って読んだ人から散々言われたねえ……私が殺した理由は」

「救い、か」

隠世の言葉に陽は乾いた笑いを漏らした。

「うん。ほんとあの頃は私自身、尖ってたからね。あれは心が沈んでる鬱みたいな人ほど意図が伝わる。……と言う事は?」

「生きる事に失望している?」

「大正解……。だから今晩は面倒見る。ああ、だから隠世はあの子に近づかないでね」

隠世は火を止めると「りょーかい」と返事をした。

陽は食器棚から新品の食器を出してきた。主に数少ない友人らのお土産だ。

「一階の奥に空き部屋あったよな? あそこに布団、敷いとくぞ」

「ありがとう」


陽はソファーで本を読みながらギャルを待つことにした。

しばらくして、カツラを外したギャルが恐る恐る扉から顔を覗かせた。

「あの……お風呂ありがとうございました」

「ちゃんと温まった?」

陽は本を閉じてギャルを見た。カツラを外した頭髪は黒髪で長い。いわゆる清楚系というやつだろう。

「あ……あの、」

「あー、彼なら別の部屋にいるから入ってきな」

ギャルが入ってくるのを確認すると、陽はキッチンでお椀に豆乳スープをよそった。

陽はお盆にもろもろをセットしてダイニングテーブルに乗せる。

「はい、どーぞ」

ギャル、いや、メイクなどを落とした今は違う、少女は遠慮がちにイスに座った。

「…………いただきます」

「どーぞ」

陽は向かいの席に座って再度本を読み始めた。

ズッとスープをすする音と少女がすすり泣く音がリビングに静かに響いた。


「ごちそうさまでした」

しばらくして少女は完食した食器に向かって手を合わせた。

「おそまつさま」

陽はお盆に食器を載せて食後のお茶を出した。

「えと……」

「さっきから口調が崩れてるよ」

「……!」

少女自身は気がついていなかったようだ。

「今晩くらい、ギャルキャラ外したら? 無理してるのがバレバレだよ。それにそのクマ、ロクに寝てないでしょ?」

「…………」

食器を片付けにシンクに向かいながら会話を続ける。

「何に怯えてそんなクマをこさえたのか知らないけど、少なくともこの家の中は安全だから、安心して寝ていいよ。まあ、他人の家だからそんなに寝れないかもだけど」

ふと、少女をみると目は虚ろで船を漕いでいた。

その様子をみると自然と少し吹き出してしまった。

「ほら、立って。布団に行くよ」

肩を貸して立たせ、なんとか部屋まで連れていく。


「この部屋使って。荷物はここに置いておくから」

荷物はテキトーに頭側に置いた。

「ありがとうございます……」

「おやすみ」

「おやすみなさい、SUNさん」

少女は閉まっていく扉に呟いた。


少女が使った食器を洗っていると隠世が入って来た。

「あの子、寝た?」

「ああ。なんか本を読んでから寝たな」

「……本?」

「大きさと絵柄からして絵本だろうとは思う」

会話をしながら陽の横に立って洗われた食器を布巾で拭いていく。

「そう……あの子、一般人だけど万が一の為にお願いね」

「わかってる」

隠世は最後の一枚を拭いて、全て食器棚に戻した。

陽はそれを見届けるとさっきまで読んでいた本を回収して扉に向かった。

時刻は二十一時。おそらく作品でも書くのだろう。

「頃合見て夜食届けるぞ」

「それは楽しみだねえ」

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