第1話 番外編
1話終了毎にその話に出てきた人物関連の深堀りや舞台裏等の諸々を出していきたいと思います。
初回は、ある意味今回の騒動の原点となった人物・津島美禰子さんについてです。
長坂 青空
見上げれば血のように赤く染まったなんともおどろおどろしい空が視界に入る。視線を元に戻してこれから向かう先には朱雀門のような建造物が待ち構えていた。
その門を今から跨がねばならない男は今一度、空と門を交互に見て大きく溜息をついた。
「出仕したくない……」
男の呟きがその場に大きく響く。
時刻は昼に近い午前。地獄の4ヶ月連続出仕からようやく休暇が訪れ(上司に無理矢理取らされたとも言う)、1週間たっぷりと休んだ。…………その間の仕事を貯めに貯めて。
男の同僚は贔屓目無しに優秀だ。というかそのくらいで無ければこの職場ではやっていけない。連絡によればすでに3日前から自分が対応しなければならない『お客様』を待たせているという。
男は休みを切り上げて直ぐに行こうとしたらこれまた上司から「待たせていいお客様だから、君は申請期間ぐらいは休みなさい!」と言われてしまったのだ。
これで『お客様』からこの3日間のクレームを言われたら上司に擦り付けてやる、という決意を元に男は門を潜った。
その瞬間、男は先程までのだらしなさそうな中年からバリバリのサラリーマン風の雰囲気を纏い(同一人物とは思えずその場に人がいれば必ず2度見は必須だろう。そんな事など梅雨しれず)、職場に足を進めた。
男の職場はあの世。またの名は冥界。またの名を地獄。肩書は閻魔大王の書記官・司録。
司錄とは閻魔大王の側に控える重要なポジションであり、地獄の裁判における事務方の中心人物である。
男は倶生神の付き人と世話役を仕事としている。ここで一つ、倶生神の説明を置いておこう。
倶生神、それは人が生まれると同時に常に両肩に乗って全ての行為を記録する神だ。右肩に乗る女神を同生天、左肩に乗る男神を同名天といい同生天が悪行を、同名天が善行を記録する。そうして、乗っている人が命を失って亡者になれば、その亡者の死後の処遇を定めるべく、審理と裁判を行う閻魔大王に全てを報告する役目を持っているのだ。
司錄の役目の一つに倶生神である二柱から亡者となった人の生前の人生を聞き、要所要所を紙にまとめ、閻魔大王の裁判に共に出席し、倶生神に次の生に割り振り、時が来るまで世話をする。
司錄の中でも二柱と関わるハードな役職を男は務めているのだ。
男は職場着に着替え今回担当する亡者に以前関わっていた事柄を頭に叩き込み、倶生神が寝泊まりしている部屋へ向かう。
今回、男に帯同しているのは同期の1人と5日前にこの職場に赴任したらしい新人(今回は見学だ)の計3人だ。
「失礼いたします」
「どうぞ」
男は礼をし、倶生神に向き合う。
「倶生神、この度はお疲れ様でした。大変お待たせ致しました。これより閻魔大王への報告書を作成させて頂きます」
部屋に居るのは倶生神の男女。男から向かって左には平安貴族を思わせる濃い青色の直衣姿の同名天が、用意された椅子に腰掛けている。向かって右には戦国時代の歩き巫女を思わせる同生天が、一角に備え付けられた和室に座して書物を読んでいた。
同名天は溜息を小さくつき低い声で男に声をかける。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」
男は再び頭を下げる。
「申し訳ございません。同名天様」
「縹の、許してあげなさいな。彼は多忙のようだったのですし。今回の生はそれほど重要でも無かったのです」
同生天は読んでいた書物を仕舞い、同名天の隣にある椅子に腰掛ける。
「それもお得意ので視たのか? 千里眼の」
「ふふふ。ご自由に」
男は二柱の会話が終わったのを見計らい、再び声をかけた。
「縹の同名天様、千里眼の同生天様。この度二柱の主担当になりました伊-158と申します」
男─伊-158は斜め後ろに控えていた同期と新人を紹介する。
「これは私の補助をいたします、路-831」
路-831は伊-158の紹介を受けると同じ略式で礼をする。
「補助を担当します、路-831です」
「……その後ろにいるのは新人の安-104です」
「は、初めまして。安-104と申します!今回は路-831先輩付で見学させて頂きます!よろしくお願いします‼」
安-104は緊張しているのか大きな声で思いっきり礼をした。
「まぁ、元気な新人さんだこと」
同生天はコロコロと市女笠の中で笑う。
「そこら辺にしたらどうだ。このあとの時間が無くなるぞ」
「それもそうですね」
その言葉で、伊-158が使う報告書の準備を新人と整える。
整えた場に伊-158が椅子に腰掛けて路-831達が整えてくれた筆を手に取る。
「それでは、始めましょう。閻魔大王に報告する亡者・津島美禰子の生涯について」
伊-158の言葉に、同名天と同生天は互いに目を見合わせ津島美禰子について語り始めた。
【同名天の証言ー津島美禰子の善性ー】
あれは酷く忍耐強い娘だ。没落した家に生まれながら、現世の一般的な常識を持っておる。予は今まで多くの金持ちの人間を見てきたが、あれほどまでに清らかな心の持ち主は居ないだろう。
知っておるか? 書記官殿。裕福な家が最も醜く生き汚くなるのは栄華が誇り終わった後の一瞬だと。過去に金子があれば何でも出来ると言う『ぷらいど』が邪魔をしておるのか、その者たちは人の道徳や倫理を捨て金の亡者に成り下がるのだ。
あの娘も、その金の亡者が蔓延る家に生を受けた。
娘が産まれたとき、両親や兄者は慶んだ。慶んだのは一瞬だけであったがな。詳しい事はその者等の倶生神が証言するであろう。同名天の名を冠しているこの予が、清明殿に頼んで呪いたくなる様な思惑が渦巻いておったわ……。
娘はその異常な空気を感じておったのか、必要最低限だけ泣いて乳母を呼び世話をさせておった。あとは常に寝てるか虚空を見ながら赤子の時を過ごした。
娘が数えで6つの頃だったか、父親の不倫が原因で入れ代わり立ち代わりだった乳母が母親が連れてきた女に変わった。
「亡者・田中桜子の元倶生神からその事について情報共有をしております」
おぉ……そうだったか。ならば余計な事は言うまいよ。
その桜子と言う乳母になってからは娘は喜怒哀楽を表に出すようになった。相性が良かったのだろうな。乳母を本当の母親の様に慕い、尊敬しておったわ。
娘に大きな転機が訪れたのは数えで7つの頃、学び舎に入りすぐに男子と仲良うなった。
その日も娘は学び舎に作られた花園の世話をしていた。乳母のおかげで世界が広がったのだろう、様々な物に興味を持っておった日課のうちの一つだ。そこで件の男子に会ったのだ。
娘は男子の提案を受け入れ、友人となった。予が倶生神としての生を受けた時代は男女の友情等無いにも等しかったが現代は簡単に出来る。それから娘と男子は学び舎に居る間、四六時中共に過ごすようになった。
「同名天様、その男子の名前を伺っても宜しいですか?」
うむ。男子の名前は忘れようとも忘れられんわ、名前は三田義郎と言ったの。
どこまで話したか……そうそう。男子、三田殿と会った所だったな。
娘は三田殿と会ってますます人間らしくなった。だが、そのせいで家では息苦しく感じておったのだろうが乳母以外には感じさせんかった。
頼れるのは乳母と外の人間である三田殿のみ。娘はその二人には心を砕き優先していた。だが、それを良く思わない人間も居る。実の家族だ。乳母は母親や乳母の実家の後ろ盾もあり目を付けられることは無かったが、三田殿は平民から上がった人間というだけで貶めようとしていた。特に兄者の策は酷い物だったが……三田殿は難なく策を躱し、娘の隣に居続けた。娘も、家族と冷戦を繰り広げた。娘は自身の力で三田殿に降り掛かる作為的な悪意をできるだけ躱した。時には三田殿に降り掛かる悪意の恐怖で涙し枕を濡らした夜もあった。
ほんに優しい娘よ。
それから三田殿とは関係が12年程続いた。
如月の某日、娘は親に連れられて醜い男と出会った。男は旧華族の末裔で娘の将来の夫だと言いおった。両親の目的は娘を駒として扱い、家に大量の金子を入れる事。ただそれだけの為に娘を家に置いて育てていたのだ。
娘は三日三晩、枕を濡らした。三田殿に言いたかった様子だが、無駄に金子がある男が三田殿に何をしでかすか知れたものでは無い。しかし娘は三田殿を見た瞬間、全てが決壊した。
娘は言ってしまったのだ。弥生に祖父と孫程の歳が離れている男と婚姻してしまうのだと。それが嫌だとも。
三田殿は最初は驚愕しておったが、それは次第に何かを秘めた顔つきになっておった。そして我らにも聞こえぬほどの声で娘に囁き、娘もそれに頷いた。
一ヶ月ほど時は経ち、娘と三田殿が学び舎を出る日の事だ。予はあの日の事を今も覚えておる。
あの日の朝、乳母は娘の支度を手伝いながら明らかに場に相応しくないものを娘の懐に忍ばせた。娘が驚き見るとそれは僅かな金銭だった。乳母は娘と三田殿の計略を知っておったのだ。娘と三田殿は学び舎を出て人混みに紛れて駆け落ちする気でいた。
娘には普段通りに過ごすように言いつけて三田殿一人でその準備をしていたらしい。
娘は乳母が懐に忍ばせた物は受け取れぬと言ったが、乳母はそれを押し切り無理矢理持たせた。あの二人は本当に母娘であったよ……それが今生の別れになると知っていたからな。
はてさて、娘と三田殿は駆け落ちを成功させた。
今まで暮らしていた地域から大きく離れ、小都市に隠れ住んだ。乳母が持たせてくれた金子と三田殿が調達した金子を上手くやりくりしながらその日その日を生き延びていた。
ここまで捜索の手が伸びるとは思っていない場所まで逃げたつもりだが、用心もあったのだろう。娘と三田殿は人目につかない仕事に付いた。三田殿は夜間専門の警備会社に。娘は……乳母がそれとなく一般人の生活の仕方を仕込んでいた為か、一般人の生活を身に染み込ませ三ヶ月目から仕事を始めた。娘の仕事は大家の口利きで紹介された料理教室の師の補佐だった。大家が若い2人の境遇に同情したのだろうな、実体験を身に付けさせながら賃金も発生する丁度よい仕事だ。
娘と三田殿は職を転々としながら次第に生活に余裕が出ていた。季節の行事日の食事の際に一~ニ品の料理を追加できるくらいには。
そして、三田殿は娘に内密で金子を調達し夫婦の証とやらを購入したのだ。それを渡された娘は嬉し泣きしておったのを覚えている。
それから娘は一層、三田殿との生活に精を出すようになったよ。この生活をし始めて7年、長年想っていた男子と一緒に馴れたのだからな、文字通り幸せの絶頂を過ごした。
それから幾らか過ぎたあの日、その日は夜遅く変えるという連絡を受けて伴侶を思って夕食を作り終わり待っていた。幸せの一時……あの男が無理矢理入ってきたのだ。
娘は侵入者と気丈に対話した。涙したのは乳母であった者が侵入者の手で殺したと言った時だけ涙した。優しい子だ……。
娘は無抵抗に侵入者に殺された。あの時はなぜ無抵抗に殺されたのか、予でも分からぬ。刃物で刺されたろうに、苦痛の音を上げることなく不審者が与えるものを静かに受け止めた。
そして、娘は一人でその生を止めた。
以上が同名天から見た津島美禰子の生である。
【同生天の証言ー津島美禰子の悪性ー】
あの娘が忍耐強い、と? ……否定はいたしませんが。ただ、戦国の世に産まれていたらあれほどの苦労はしなかったかと。
娘が現世で誕生した時はたしかにご家族はお喜びになっていました。それぞれの肩越しに倶生神達も喜んで小躍りしてたのを覚えています。
家にとって娘は政略……否、金稼ぎ結婚の駒だった。本当に私が生まれた戦国の世ならその立場も致し方無かったでしょうに。
赤子時代は諦めもあったかと。
あの時代は乳母が入れ代わり立ち代わり変わってましたから、愛されないと思ったのでしょう。
実年齢が5才の頃、最後の乳母が娘に付きました。乳母に関しては情報がそちらに入っているようですから何も言いませんわ。
同名天の言う通り、今までの乳母には防衛反応が働いていた反動なのか、色んな表情を見せるようになりました。あれは乳母に媚びていたとも見えましたけど。
娘が現代の寺子屋に入り一ヶ月経ったあと、一人の男の子と出会いました。私から見れば新しい依存先を見つけたようなものです。男の子……三田殿自身も、娘と邂逅した瞬間に道を踏み間違えてしまった。
…………それから娘は家族に心を開きませんでした。心を開くのは乳母と三田殿だけ。
その状況は娘の取り巻く環境を悪い方に変えた。娘は寺子屋で孤立していき、ますます三田殿に依存していったのです。
三田殿も三田殿です。三田殿に降り掛かった災難は全て娘のせいだと言うに、笑いながら回避していった。
娘が毎晩枕を濡らした? えぇ、そうでしょうとも。娘が恐れていたのは三田殿が側を離れる事。災難のせいで、いつ自分の依存先が無くなってしまうのか恐ろしかったからです。
決して優しい娘ではありませんよ。
三田殿に依存して12年。
娘は両親が仕組んだ政略結婚の為に見合いをしました。家の事を考えれば素直に男に嫁げば良かったのでしょう……けれど娘は男と一緒になるのは耐え難かった。
私 証言の最初に言いましたよね、書記官殿。『戦国の世に産まれていたらあれほどの苦労はしなかった』と。戦国の、否、江戸時代までの風潮ならば娘は疑問を抱かずに男に嫁げた。しかし物事を自由に考えられる現代に生きてしまったからこそ、無理だったのです。
娘は三日三晩、枕を濡らしました。どうすればあの男と離れれるのか、と。そして思いついたのです。三田殿に攫われる事を。
三田殿の世界は娘によって狭まってしまっている。お互いがお互いしか居ないと娘がそう思わせたのです。三田殿を利用して実家からの脱出はこの機しか無い、と想ったのです。
娘は、秘密の逢瀬で三田殿に必死に縋り付きました。
本心もあったのでしょうが娘は自分を悲劇な女であるとして演じました。そして、三田殿は完全に娘に喰まれた。お気付きでしたか? 縹の。あれは駆け落ちの話が出たときに三田殿の胸に顔を埋めましたでしょう? あの時、娘は密かに笑っていたのですよ。本人も笑っているなんて気づきませんでしたけど。
三田殿にとっては娘と袂を分かつ最後の機会でした。それを失ったのです。
学び舎を旅立つ日……駆け落ち当日とも言いましょうか。
娘が心の底から慙愧の念が湧き上がった瞬間がありました。それは乳母が娘に差し出した物を見た時です。
その日は三田殿と入念に計画した通りに事を運ばなければならず、且ついつもと同じ様に振る舞わなければならなかった朝、乳母が娘に金銭を与えたのです。乳母は分かっていたのでしょう。実母よりも長く共にいたのですから……その金銭の出処は乳母の同生天がこっそりと教えてくれました。同生天が教えたと言う事は彼女は黒縄地獄に行ったのでしょうね。
娘は、乳母がどうやって金銭を工面したのか瞬時に察したようでした。乳母も津島の家に縛られている身、それは自身が逃げる時に使うべきだと返そうとしましたが押し切られて金銭を受け取りました。
その瞬間、娘の胸に湧き上がったのは自分の為に乳母に嘘を付かせてしまった事への深い後悔と自分が動けなかった事への羞恥。例えこの金銭が罪に塗れた物だったとしても受け取らなければならなかった……それが、娘が乳母に対しての出来る唯一の親孝行だったのですから。
結果として、娘と三田殿は駆け落ちを成功させました。
駆け落ち先は地元から離れた小都市。手元にある金銭を使い、その日その日の生を繋いでいた。
形あるものはいずれ消えゆく……それは金銭も同じ。逃亡生活を送りようやく腰を落ち着けた頃には娘と三田殿は人目を避けながら仕事に就きました。
娘は最初は戸惑いながらも与えられる仕事をこなしていましたよ。一番の不安要素が解決したからでしょうね、今までで一番穏やかでした。
一般的な生活に慣れて娘と三田殿は職を転々としながら過ごしました。
そして、いつもと変わらない日常になる筈だったあの夜、三田殿は内密で購入した結婚指輪を娘に捧げました。
…………あら? イヤですわ、縹の。私、同生天の歩き巫女ですが歴とした女です。恋物語は常にあっぷでえとをしていますのよ。
話が逸れましたわね、申し訳ありません、書記官殿。
三田殿に出会って19年。ようやく三田殿を自分の物にできたのです。三田殿に家族を捨てさせて自分を選ばせる事に成功した証が結婚指輪でした。娘は歓喜極まって今までとは違う涙を流しました。
誤解の無いように言えば、三田殿の事はちゃんと愛していましたよ。愛情の形が歪だっただけで、しっかりと愛していた。それだけは断言できます。
結婚指輪を受け入れて夫婦になり、幾らか経った日。
あの日は夜遅くに帰ってくる旦那様に温かい食事の準備をし終わって待っている時、トイフェルと名乗る者が侵入して来ました。
「トイフェルというのは偽名ですね。本名はお分かりになりますか?」
ええ、忘れもしません。男の名は阿久津真太郎ですわ。その者の倶生神から聞きましたから、間違いありません。
娘はトイフェルの目的を聞いて、察しました。娘は分かっていたのでしょう、家を出てから7年……自分達を見つけられなかったのでは無く、泳がされていたと言うことを。
調子に乗ったトイフェルは娘の元に来る前に乳母を手にかけた事を告白しました。その瞬間、娘の心には憤怒が支配しかけて落ち着いたのです。……縹の、貴方は言いましたね。
『なぜ無抵抗に殺されたのか分からない』と。その疑問に私が答えましょう。
結論から言えば、娘は愛した三田殿を手放し心から愛した乳母の元へ帰郷したかったからです。
「どういう事だ、千里眼の」
言葉のままですよ。乳母はもうこの世に居ない、それは殺されて魂となり津島の家に縛られる事は無くなった。今ならば魂となって乳母の……母の元へ肉体を捨てて帰れると瞬時に思ったのです。
娘は、その事しか視えなくなった。だから心残りになるであろう三田殿は邪魔だった。邪魔で仕方が無かったから、三田殿を手放した。三田殿の事も愛しているから三田殿を開放したのです。
そして、娘はトイフェルの刃に導かれてその生を終えました。
以上が同生天から見た津島美禰子の生ですわ。
「これより判決を言い渡す」
倶生神からの聞き取りから数日後、亡者となった津島美禰子の裁判が行われ判決の時を迎えていた。
閻魔の両隣には同生天と同名天が立っており、数m先には白装束に身を包んだ津島美禰子が立っている。
美禰子の表情は無表情で分からない。ただ、冥界に堕ちて裁判の間に居るこの場でも美禰子は片手をお腹に当てて擦っていた。
「津島美禰子、お主は 行きとする!」
閻魔が大声で美禰子の行き先を部屋の外にいる獄卒達に示した。
「津島美禰子、何か申開きはあるか」
閻魔と倶生神がいる数段下に居る伊-158が声を掛ける。
数拍の沈黙の後に美禰子は静かに答えた。
「いいえ」
「本当に?」
「……はい」
伊-158は閻魔の方を見る。閻魔はその視線に手で何かを払う仕草をした。その仕草の意味は『次の裁判を行うから早く亡者を追い出せ』の意。
「連れて行け」
伊-158の声で側に待機していた獄卒が美禰子の脇を掴んで部屋の外に誘導する。閻魔が下した判決先の獄卒に引き渡すのだ。判決先の獄卒に引き渡したその瞬間、津島美禰子という存在は無くなりただの一亡者となる。
「それでは私達も次の倶生神にこの場を譲りましょうか」
「ああ」
同生天と同名天がこの部屋を出ようと動くのを見て、伊-158は閻魔に向かって深揖という、立ったまま手を胸の前に重ねて頭を下げた。
「閻魔様、これにて津島美禰子の裁判を終了いたします」
「うむ」
閻魔は次の裁判資料を見ながら伊-158に答える。一日数え切れない程の裁判を行うのだ。先程の亡者はもう覚えていない。
伊-158は津島美禰子付きだった倶生神を部屋へ案内する為に先導し始めた。
10分後、部屋へ案内し幾つか質問をして伊-158は部屋を出た。
「おつー伊-158」
「路-831」
司録が集う部屋である職場に入ると同時に今回の補佐を務めた路-831が声をかける。
「安-104はどうした。教育係だろう」
「あいつは今、自分なりに今回の亡者の経歴を纏めてるよ」
「試し書きか」
「そ。自分らも散々やらされたあれ」
路-831が目線で安-104の居場所を示す。
安-104は眉間に皺を寄せながら伊-158が聞き取りした調書の写しを手に取り読み込んでいる。自分達も新人の時には当時の教育者係にやらされたものだ。
「今回は早く終わったな」
路-831の問いに伊-158は視線を戻す。
「亡者が反抗しなかったからな」
伊-158は話しながら自身の机に向かい、次に手を付ける紙へ手を伸ばす。
「同生天様と同名天様は?」
「縹の同名天様は暫しお休みされるそうだ。千里眼の同生天様はすぐに次の生に付かれる御希望だ」
伊-158は担当した倶生神の希望書を記入し始めた。裁判を終えた倶生神は冥界で用意された部屋で過し休暇を経てから次の生へ就くシステムとなっている。
「休暇を取られる縹の同名天様は、恐らく直ぐに次生に就かれる」
「勘?」
「経験値だ」
「さすが同期のエリート様」
「やめろ」
二人の会話はそこで安-104が路-831が来た事で終った。
伊-158は路-831が行った方向を一瞬だけ見て本格的に次の書類へと取り掛かった。
司録である彼らも津島美禰子という名前は既に頭の中には無い。記憶の中にあるデータに埋もれた。
再び、津島美禰子の名前が上がる時は彼女と関わりがあった人間が亡者となった時だろう。
それが何年先になるかは誰にも分からないところである。
人物紹介
●三田 義郎(36歳)
男性/駆け落ち後、パートに就いていた。
小学校の時に津島美禰子と出会い幼馴染に。
同生天の言う通り、美禰子が三田を孤立させたのか、三田自身が進んで孤立して美禰子だけの親交にしたのかは誰にも分からない。
無意識に美禰子に対して『いつどんな時も自分を選んでくれる優越感』を抱いており、トロフィワイフとして彼女を見ていた節もあった。
美禰子の乳母の存在は知らされなかった。(美禰子が三田の耳に入れないようにしていた)
トイフェルに美禰子を殺され、首都に移り住みトイフェルの本を買い続ける事になる。
三田は美禰子を本当に愛していた。
ただ、愛する人を殺されたのにも関わらず、口止め料を素直に貰ったのか? 例え美禰子を、妻をモデルとしたシーンだとしても全国の皆の目に触れれるなら(自分の愛する人を全国に知ってもらえる)、という気持ちがあったから素直に口止め料を貰った。なのにいくら待っても愛する妻は出てこない……美禰子の事は遊びだったのか? 忘れてしまったのか? それとも他に理由があったのか……と考えるにつれ段々と創作者を憎んでいった。
●津島 美禰子(享年25歳)
女性/駆け落ち後、一般市民の訓練をしてからパートに就いていた。
津島旧財閥のお嬢様だったが政略結婚が嫌で三田義郎と駆け落ち。
美禰子にとって三田は、自分の言うとおりに動いてくれる人。実家から脱出するなら幼馴染でも何でも使うつもりでいて三田からの愛情に依存していた。(優越感には気づかなかった)
有名なトロッコ問題で乳母と三田を選ぶとしたら迷い無く乳母を選ぶ非情さを持っている。
●津島 麟太郎
男性/旧財閥当主(入婿)
美禰子の父。
美禰子が生まれてからは浮気が酷くなり、『子供たちの乳母』という名目で相手を家に招き入れ堂々と浮気を繰り返していた。
トイフェルに娘の殺害を依頼し文警局の偽物を用意した黒幕の1人。
金の亡者である。
●津島 玲子
女性/夫人
美禰子の母。
旦那の浮気が酷かったが当主の顔を立てて我慢していた。が、息子と娘の乳母という名目で家に入れていた為、堪忍袋の緒が切れ学生時代の後輩に娘の乳母を頼んだ。
自分の顔に泥を塗った娘を憎んでおり、トイフェルに娘の殺害を依頼した。
金の亡者。
●津島 虎太郎
男性/次期当主
美禰子とは6才ほど歳の差がある。
美しく成長する美禰子に欲情の目を向けていた。
トイフェルに妹の殺害を依頼し文警局の偽物を用意した1人。
●田中 桜子
女性/美禰子の乳母
高校生まではお金持ちだったが、時代の流れに付いて行けず、没落した。
津島旧財閥が牛耳っていた会社に実家の会社が吸収され、半ば人質のように津島玲子に連れられて美禰子の乳母になる。
美禰子と接していた時間は実母である玲子よりも長い為、本当の母娘のような関係に。
美禰子の運命の日、駆け落ちに気づいてちょっとづつどこからかお金を盗んでいた。
美禰子の駆け落ち後、尋問されても知らぬ存ぜぬを貫き『娘』を守る。
実験台としてトイフェルに創作資料として殺される。(桜子の死亡シーンはしっかりとトイフェルの創作に盛り込まれていた)
●トイフェル(31歳)
男性/創作者
ホラーミステリーを主に書いている
創作資料法法が忘れ去られる中、次々と人を殺し、その様子を小説資料としていた。
津島旧財閥と共謀し桜子と美禰子を手にかけた。
獄中で隠世に暗殺される。
※司録、倶生神について
説明をウィキペディアから引用し、自分なりに改変しました。
同生天・同名天は誰の肩にも居ます。
陽にも、隠世にも、朔陽にも……もしかしたらこれを読んでいる、あなたの肩にも居るのかも知れませんね。




