第1話 その⑦
数日後、陽はいつも通り執筆をしていた。気分を変えようと今日はリビングだ。BGMはニュース番組だ。隠世は少し離れた床をモップで磨いている。
『続いてのニュースです。ホラーミステリーを専門としていた創作者・トイフェルが創作資料法違反の容疑で逮捕されました』
陽は一旦手を止めてテレビの方を向くと、手元のリモコンで音量を三つほど上げる。
テレビにはトイフェルが連行されている映像が映された。
『逮捕されたのはトイフェルこと本名、阿久津 真太郎容疑者で、十一年前に旧・津島財閥の長女、津島美禰子さんを創作に使用するとして殺害した容疑がかけられています。また、旧・津島財閥は阿久津容疑者に美禰子さんの殺害依頼をし、文警局創作取締局の職員と偽った疑いで自宅と事務所の家宅捜索が行われました」
そこまで聞くと陽はテレビを消した。今度は動画サイトでゲーム実況を流し始めた。
「その実況、何週目だ? さすがに耳タコだろ」
「何週もしてるからBGMにいいんじゃん」
「さいですか」
こうして三田義郎から始まった件は幕を閉じた。
とあるガラス張りの温室の中から話し声が漏れ聞こえてくる。温室らしく南国の植物が植えられている空間の中央には石作のテーブルが備え付けられており、男性が一人、女性が二人座って談笑している。
よく見ると、男はパーティー会場にいた照本で、服装や話し方から察するに一人は蝶の仮面の女性で、もう一人は狐面の女性だ。
テーブルの隅に置かれているレトロなラジオからは先日からトイフェルの逮捕関連のニュースが流れている。
『創作資料法とはどんな法律なのか、その歴史と詳細を専門家に話を聞きたいと思います』
『創作者資料法とはその名の通り実際に創作資料の為に何をしても良い、という法律です。つまり人を殺しても殺人罪で裁かれることはありません。戦後すぐの頃は国に後ろ盾があると調子に乗った創作者達が無意味に人を殺してしまうという事件が多数起きたんです』
『それは怖いですね』
『えぇ。ですから国は『どうしても』というときに限り、十年以内に創作表現に取り入れて、印税の一部を遺族に慰謝料として支払う、という創作者資料法と制定したのです』
『それは、遺族側にとってはとてもやるせない事になりませんか?』
『法では二~三年以内に遺族の了承を貰う、という決まりもあります。……と言っても、創作者資料法が最後に承認されたのは三十二年前です。それまでもまあ、頻度は低かったそうですから、忘れさられてしまったのは当然と言えるかもしれません』
『では阿久津容疑者は31歳ですから存在を知らなかったという可能性も?』
『あると思いますね。ですが、創作者には五年に一回の資格更新の時に講習もします。阿久津容疑者は十五歳の時に取得していますから少なくとも三回は講習で聞いていると思いますが……』
『今回の件がきっかけとなり国は、更新の際の講習を数日かけて行う合宿方式にし、最終日の試験に合格しなければ取消とする方針と発表しました』
「正規創作者は難儀だねー。こんなん俺、やっとれんわ」
「私も。というか資料で頭パンパンなのに試験とか絶対無理」
「うちもやな。まあ、正規やったらこんな楽しい時間もあらへんし、非正規も悪くないとちゃいます?」
「そもそも正規の範囲内で書けてたら非正規なんかやってないわな(笑)」
「そーだね(笑)」
「そやね(笑)」
今回の件でヤオさんに支払ったお金と協力者達の報酬で、とんでもない額の出費になっちゃったけど、全部着地して欲しい所に落ちついたから良しとするよ。でも暫くは貧乏生活が続きそう。まあ、そこは稼ぐか節約するしかないね
「……?」
病院から帰宅した三田義郎はポストに郵便物以外の物が入っているのに気がついた。
それは和綴じがされた本で表紙・裏表紙ともに黒無地だ。
ただ表紙の左下隅には金色でDとだけある。
特にすることがなかった三田は、投函されていた本を読んでみることにした。
内容はある男の子と女の子の一生の話だった。
読み終わると三田の目からは涙が溢れていた。閉じる前に本は三田の手から滑り落ち、中から一枚の紙が覗く。
紙には筆で書かれたような筆跡で「ご冥福をお祈りいたします」と書かれていた。
あ、ちなみに仮面パーティーで照本と名乗った男性にはまた別に依頼したから報酬としてお金は出せないって相談したら、隠世を貸して欲しいって言われて一日一緒に居る事になっちゃったけど……まあ、それはまた別の話
「陽―、晩飯できたぞー」
「はーい」
ソウトリの前に仮面越しだとしても、顔を出したのはまぁ、必要な事だったと思う。その分、外に出るときはこれまで以上に周囲に気を配らないといけないのは痛手だけど
その日の深夜、隠世は陽が就寝し、寝息をたてているのを確認すると、全身黒で身を包み、顔も隠してとある場所に向かった。
あの日、逮捕されたトイフェルは都内の留置場にいた。
壁に両手をついてぶつぶつと何かを呟いている。
「私は正しいんだ。私に選ばれる事は天に選ばれる事よりも崇高な、名誉があるんだ……なのに、なぜこの俺が! 捕まらなければならない!?」
壁に額を打ち付け、ごんっごんっと鈍い音が響く。
そこにキイッと鉄格子の扉が開かれる音が混じった。
「自惚れているところ邪魔するぞ」
トイフェルの目の前には全身黒の、声からして男が現れた。
「誰だ、お前……まさか、俺を助けに?」
「……そうだな。ある意味助けに来た。俺は死神だからな。地獄からお前を迎えに来たんだ」
己の数分後を察したトイフェルはみっともなく逃げ惑った。
少しは鍛えていたらしく押さえつけるのに十数秒程かかった。
露出した首筋に薬を注入する。このために調合した特別製だ。
注射器の中身を全て注入し終わる頃、トイフェルはブルブルと身体を震わせ始めた。
それを確認すると隠世は牢から出た。
「あ…………あーぁぁぁぁ! 俺が!! 俺が正しいんだぁぁぁ!! ────ぁぁぁ」
留置場にはトイフェルの絶叫が響き渡ったが、看守が駆けつけることはなかった。
トイフェルの処分が終わった隠世は帰宅した。
リビングに入ってソファーの前ぐらいまでくると、電灯が点けられて明るくなった。
「おかえり」
聞こえた陽の声に思わす身を固める。
「ックリしたあ、寝てたはずじゃ……」
陽は冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと鍋に注いだ。
「人の気配が動いたのに、おちおち寝てられると思ってた?」
隠世は今してきたことを説明しようか考えているのか目を逸らした。
「明日からまた世間が騒がしくなるねぇ」
しかし、陽はなんとなく隠世がしてきたことを察していた。
「別に責めないよ」
陽は静かに笑った。
「あれは今までの被害者達と遺族の怨念で殺された。そういうことにしとこ?」
ふつふつと鍋肌が沸騰した牛乳をマグカップに移して隠世に差し出す。
「そーれーよーりー、足がつくような事はしてないよねぇ?」
「……それは、もちろん」
「なら良し!」
その言葉と笑顔で隠世は肩の荷が下りた気がした。
マグカップを受け取って口に含んだ。
「あちっ」
翌日、トイフェルが留置場内で変死したニュースが報道された。
犯人は不明、死因も不明、全てが謎のままエンディングを迎えた。
しかし、陽と朔陽が再開したことで止まっていた運命の歯車が回り始めた事は、この時まだ誰も知らなかった
都内でも有名な高級マンションの最上階、リビングは全面ガラス張りで眼下には夜景が広がっている。
壁には大型のテレビが壁に埋め込まれており、その前にはガラスが天板のテーブルが置かれ、その前には真っ赤なソファーが置かれている。
そこにはソファーと同じ色のワインを片手に長髪の男性が座っている。
天井と乾杯するようにワイングラスを掲げると男性は言った。
「賽は投げられた。さあ、どうする? ハル。……私のメタトロン」
人物紹介
井戸口 陽
女性/22歳
・本作の主人公。
・ペンネームはSUN
・文警局から非正規創作者第2等級に指定されている。
・藤池朔陽とは幼馴染らしいが因縁がある。
・「両親を国に殺された」と言っている。
隠世
男性/28歳
・陽の護衛
・5年前に陽を暗殺しに来たが捕まり、爆弾付の首輪をはめさられた。
藤池 朔陽
男性/23歳
・文警局 裁定室 捜査部 第4部隊 隊長
別名:ソウトリ(創作取締)と世間に言われている
・陽を捕まえようと探している。
・陽とは幼馴染らしいが……?
・陽の両親が亡くなる原因に……?
日野 紗也夏
女性/23歳
・文警局 裁定室 捜査部 第4部隊 副隊長
・元気いっぱい体育会系な朔陽の後輩。
・朔陽を尊敬視している。
宮森 誠吾
男性/45歳
・文警局 裁定室 捜査部 第2班長。
・朔陽の上司。
・陽の両親の件に関わっている。
・朔陽をソウトリとして育てた1人。
三田 義郎
男性/36歳
・一般人
・妻の美禰子をトイフェルに殺される。
・以来、トイフェルの言葉を信じトイフェルの本を購入しつづけていたが徐々に毒され精神を病むように。
トイフェル
男性/31歳
・正規創作者
(ホラーミステリーを中心に執筆している)
・本名は阿久津 真太郎
・創作資料法が忘れ去られる中、次々と人を殺し、その様子を小説資料としていた。
・旧 津島財閥と共謀し美禰子を手にかけた。
・獄中で隠世に暗殺される。
ヤオさん
男性/年齢非公開
・裏社会の万屋。
照本と名乗る男
酔い潰れていた女
京都弁の女
非正規創作者の3人。
・陽の依頼で仮面パーティーに参加。
(因みに酔い潰れていたのは演技でこの後、しこたま呑み直したらしい)




