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リンドウは手を伸ばす  作者: 長坂青空 加良奈志翠 山葵大福
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第1話 その⑥

「待たせたな」

陽と隠世はホールの裏口、人気がない所でおちあった。

「さすがに男は重いな」

隠世は担いでいた者を降ろした。

それは赤い獣の仮面を着けているーートイフェルだ。

起きた時に逃げられると困るので、手足は拘束してある。

気絶しているのをいいことに仮面を外してみるとなかなかのイケメンだ。

これで人気創作者なのだから引く手数多だろう。

「それがトイフェル?」

「ああ。おだてて二人で話したいって言ったらホイホイ着いてきたぞ」

「これ、バロンだね」

陽は外した仮面を見て言った。

「そーいや、教えてくれた奴もそう言ってたな。何なんだ? バロンって」

「バリ島に伝わる獅子の聖獣だよ」

「せいじゅう? 聖なる獣か? こいつが?」

「よーーっぽど、自分に自信があるんだねぇ」

「自意識過剰かよ。嫌な奴だな」

手で優しく起こしてやる義理はないので、足で蹴って起こす。

二、三回、蹴ってやると目が覚めたのか身じろいで自身の状況を確認している。

「おい、お前らこれは何だ。俺を誰だと思っている! 拘束を解け!!」

寝起きのわりに大声を出したので思わず隠世は耳を塞いだ。

「うるさ。弱い奴ほど吠えるってこういうこというんだな」

その後もわーわーとうるさいので腹を蹴って黙らせた。

「俺の主がお前に聞きたいことがあるそうだ」

「お、お前らは誰なんだ……俺に何をしようと……」

陽はしゃがんでトイフェルを見下ろす。照明の関係上、逆光で顔は見えないはずだ。仮面は着けたままなので、どちらにせよ見られることはないが。

「素直に答えてくれれば何もしないよ。私達は、ね?」

頑張って殺気というのを出してみる。そのおかげかトイフェルは顔をひきつらせた。素人の出した程度の殺気で物怖(ものお)じするなど、呆れて物も言えない。

「こ、答える!! 答えるからに何もしないでくれ!」

「んじゃ、俺は仕事に戻るな」

トイフェルに再度一蹴り入れてからその場を離れた。

「よろしくねー」

「おー」

隠世を見送るために逸らしていた顔をトイフェルに戻すと、当人は己で拘束を解こうとしていた。ベルトの縁からカッターナイフのように薄い刃物が覗いている。

「何してるの?」

トイフェルの口からヒュッと息をのむ音がした。

「女一人だからってあまり私を舐めないほうがいいよ」

うつ伏せにさせ、その上に腰かける。もちろん刃物は没収した。

刃物は市販のカッターナイフの刃を改造したような代物だった。刃を自身で研いでさらに鋭利にし、クリアファイルのようなものに包まれている。

「さてと、質問いい?」

「……私は何を答えればいい」

「三田美禰子。戸籍変えてないから津島美禰子さんか……この名前に聞き覚えある?」

数秒考えた後「誰だそれは」と答えた。

「十一年前に君が創作資料として殺した人だよ」

「…………知らんな」

「本当に?」

刃を首に押し付けてやると堰を切ったように怒鳴りだした。

「知らんと言ったら知らん! だいたい使いたくて集めた資料は数え切れないくらいあるんだ! 覚えてないと言うことは、使っていないか、そいつに資料の価値が無かったと言う事だろ!?」

「それは、そうなんだけどさ。でもさ、創作資料法って知ってる?」

「なんだそれは」

トイフェルの声のトーンからして本当に知らなさそうだ。

「あれ? 創作者なら必ず教わる法律のはずなんだけど」

「教わった覚えがない」

呆れて物も言えない、とはこのことなどだろうと陽は感じた。

「……もういいや」

「終わったなら縄を解いてくれ」

「え、嫌だけど?」

トイフェルは数瞬あけて「は?」と漏らした。

「訊きたいことは終わったんだろ? なら縄を解いて謝罪してもらいたい」

「謝罪? 誰に? 何で?」

「本気で言っているのk」

トイフェルが言い切る前に手刀を打ち付けて気絶させる。

「あれ以上聞いてると比喩じゃなくても物理的に耳が腐りそう」

他にも武器を持っていないか確認すると、ズボンの後ろポケットに折り畳みナイフを発見した。

「よいしょっと」

陽がトイフェルの上から退くと廊下の方から足音がした。

「あ、来た」

足音の主はわかっている。隠世や他が誘導してくれたからだ。

案の定、藤池が現れる。

藤池は陽を視認すると足を止めた。

「お前は……」


日野は桜井隊の河辺(カワベ)と各々十人程度の部下をつれて藤池の元に向かっていた。おそらく戦闘になることを見越して武器の扱いに長けた優秀な隊員を連れている。

幾度目かの曲がり角で、蹲っている影を二つ見つけた。

日野は先行して影に近寄る。

「どうしましたか!?」

近づくと影は女性と男性だった。

女性は怪しげな雰囲気が漂う黒と金色の狐面をしており真っ黒なタイトドレスを身に纏っており、髪は低い位置できっちりめのシニヨンでまとめている。しゃがんでいる為詳細は分からないが、目に付いたのはその大きく開かれた太い衿だ。衿の先が肩まできていてその分、胸ギリギリに大きな切込みがある。そしてここは中世の西洋か、と連想させるような細く絞られたウエストがあった。コルセットに幾重にも重ねられたリボンで縛られた女性の腹が呼吸する度に大きく動いて窮屈そうに見える。もし、女性が立っていたら床に渋滞している四段の黒フリルがくるぶしまで伸びていただろう。

その隙間から黒いピンヒールが見え隠れしている。一見、ゴスロリファッションにも見えるが全体が綺麗にまとめられている。

男性も黒いハード眼帯とイタリアンスーツを身に着けていた。

装いからしておそらくパーティーの参加者だろうと日野は思った。

女性の顔色は悪く、漏らしている声から吐き気を催しているようだ。

それを男性が背中をさすって介抱している、そんなところだろう。

「あー、すみません。お邪魔ですね。ですが、こいつは退かせないので避けて言って下さい」

「……大丈夫ですか?」

ちょっお(ちょっと)……おらけ(お酒)を飲みすぎて……うっぷ」

女性は依然として口に手を当てて吐き気を抑えている。

「大丈夫ですよ、いつものことなので。というか自業自得ですから。あれだけ広い会場にあるアルコール類を片っ端からちゃんぽんすれば当然っすよね。入る前に一応注意はしたんすけど」

男性は女性の背中をさすりながら簡単に説明をした。

えんぼくらい(面目ない)……」

日野はとりあえず何事もないことを知って安堵した。

「……良かった」

「あー、ところで、何かあったんすか?」

男性は日野や河辺の後ろに待機している集団に目をやった。

河辺は名指しで三人指定すると他は先に行くように促した。日野も従うように指示した。

「特に何もありませんよ」

「えー、嘘はよくないなあ、おねーさん」

「はい?」

「おねーさん達、ソウトリだろ? そんで先に行かせた人たちは部下か何か。今はまだパーティー中。でも全員、はわからないけど武器を持っていた。何かあったことは明白、でしょ?」

男性は淡々と言った。

「………」

「何でわかるんだ、って顔っすね。俺、事件モノを書くから他人より洞察力は優れているつもりなんすよ。創作者、舐めんなよ」

男性は「ドヤア」と言いながらドヤ顔をした。

日野はうつむいてどうにか言葉を探しているようだった。

「……見られてしまっては仕方ありませんね」

男性はピクリと反応して擦っていた手を止めた。

「っ河辺さん!?」

河辺は日野の前に出ると、男性を見下ろした。

「今から言う事は内密にして頂きたいのですが」

「口は堅いっすから安心して欲しいっす」

「会場に犯罪者が紛れ込んでいます。お二人は自分達と一緒に上階にある休憩室に行きましょう。部屋まで護衛します」

「……お、らけ()……まら、飲みきって、ない…………っっ」

「まだ飲む気かよ、諦めろ。ほら、行くぞ」

男性は女性の膝に腕をひっかけて持ち上げた。当然後ろに倒れるのでもう片方の手で支える。俗にいうお姫様抱っこだ。

「日野は先に行け。自分達はこの人達を送ってから合流する」

「分かりました」

女性は小刻みに震えている。そういえばアルコールは血管を拡張し、体温を下げる作用もあると聞く。きっと体温が下がって寒いのだろう。

日野は「お二人ともお気を付けて」と告げて目的地に駆けだした。

後ろから「おねーさん!」と声をかけられる。

「はい?」

「おねーさん、犯罪者の所に行くんだろ? 気をつけてな」

そんなことを言われるとは思っていなかった日野は目を丸くした。

「あ、ありがとうございます」

日野は軽く頭を下げると駆けて行った。

「それでは、行きましょうか」

「よろしく、おにーさん」


日野は藤池まで残り百メートルの所まで来ていた。

この角を曲がって突き当り右の廊下に藤池はいるはずだと思いながら、曲がるとそこにいたのはグレーのタキシードと青色の仮面を着けた一人の男性だった。足元には先にいかせた隊員達が転がっている。男性は手すりに腰掛け、そっぽを向いて部屋の隅をぽーっと見つめている。

「そんな……」

日野が声を漏らすと男性がこちらを向いた。

「なんだ、まだいたのか」

男性は退屈そうに欠伸をした。

「どうやらただの参加者ではないようですね。貴方は誰ですか」

「俺? 俺は……そうだな、護衛だな。まあ、誰の護衛なのかはあんたの想像に任せるが」

日野が構えると男性は仮面の奥で感心したように目を細めた。

「へぇ。他の奴らよりかは手応えありそうだな」


廊下を走って来た藤池は目を丸くした。

「お前は……もしかし、て……」

目の前にいるのは十数年前に別れた幼馴染――井戸口陽だった。

「…………久しぶり、朔陽」

久しぶりに聞いた声は少し大人びていたが、間違いなかった。

次の言葉を探していたら幼馴染の足元で寝ている人が目に入った。

反射的に拳銃を向けたが、彼女は少しも動揺せずに話しだした。

「朔陽、ソウトリのエースになったんだってね。小さい頃から宣言してたもんねぇ、『ソウトリの隊長になる!』って……夢、叶って良かったじゃん」

「お前は『創作者になる』と言っていた……何故、犯罪者になったんだ。あのまま、ソウトリの保護下にいればそれも叶えられたはずだ」

「……は?」

いきなりすごまれて思わず一歩下がってしまう。

「保護の意味、解って言ってる?」


両親の死の直後、陽はソウトリに保護されていた。

天井から床、壁すべてが白く、窓もあったが、鉄格子がはめられていた。

当然のように天井四隅には監視カメラが設置されていた。

さすがに浴室やトイレにはなかったが、死角はかった。外に出る唯一の扉には鍵が掛かっており、武装した隊員が常駐していた。


「アレじゃあ保護じゃなくて監禁だよ。と、いうか」

ゆらりと気配を溶かした陽はトイフェルから頂戴したナイフで藤池に迫った。

「……っ!」

藤池はとっさに構えていた銃でナイフを受け止めた。

「それ、あんたが言う? あの時、あんたがあんなこと言わなければ。私の両親は死ななかったし、私が監禁されることもなかった」

今、陽と藤池の力は均衡している。

陽は多少鍛えているが、それは何もしていない成人女性より力が強いというだけで男性には遠く及ばない。

それだというのに藤池と同等なのはそれだけ力が入っていないということだ。

「君の、両親、は……大罪、を」

藤池はなんとかそれだけ言葉を絞りだした。

「だったら!」

いきなり声を張り上げたからか動揺した藤池の力が緩んだ隙に銃を流す。

流した状態の勢いで顔をめがけて回し蹴りを繰り出すが当然のように当たらなかった。

「だったら、身柄の拘束だけで良かった。殺す事なかった! まるで私への見せつけみたいに!!」

「それは、決まりで」

「……そうだね。非正規創作者に関わった人間はすぐ処刑されるもんね。特に特級は」

陽が再びナイフを向けたが、藤池は反応しナイフを叩き落とした。

「……っ」

藤池はまるで恋人を呼び止めるように陽の腕を掴んだ。

「証拠はあったの? 特級と、玲王と繋がってた証拠が!」

「証拠は、あっ……た」

「そっちが作ったくせに」

「違っ」

藤池が後ろめたさからか目を逸らした際に腕を掴み返して引き寄せた。

顔を寄せられたことによって藤池は息を飲んだ。

顔を寄せた瞬間にSDカードをズボンのポケットに忍ばせる。

藤池が何か言おうとした時、バツンッと電灯が消えた。

条件反射で窓の外を見ると、外灯はついていたのでおそらく消えているのはこの建物だけようだ。

藤池が停電に気を取られているうちに陽はドレスグローブごと離れる。

陽が再び構えたと同時に建物の電力が復活した。

「(対話は無理、か……)」

そこで藤池はやっと床に転がっている人間に気がついた。

「その人は」

問うと陽は一瞬だけ見て答えた。

「あぁ、これ? これはトイフェルっていう十一年前にある人の奥さんを殺した創作者」

「……すぐにその人を開放しろ」

「用は終わってるからあげるよ。でも、創作の為という大義名分を笠に着たこいつみたいな奴らのせいで、それを見過ごして放置しているあんた達のせいで人生が大きく狂った人が大勢いることを忘れないでよ」

陽は先ほどポケットに忍ばせたSDカードを指して続けた。

「さっきポケットに入れたそれにはトイフェルが犯した事の一部が入ってる」

藤池はポケット越しに手を当ててSDカードの存在を確認した。

「これを逮捕するか、しないかは好きにして。でもこいつのせいで十一年も無意味に苦しんでいる人がいる。それを忘れないでよ、朔、藤池隊長さん」

「陽、」

「隊長!」

幼馴染として会話を試みようと口を開いたというのに、横から日野が飛んできた。どうやら男と戦闘している最中のようだ。

男は日野に一発蹴りを向けると、日野は距離を取ってかわした。

男は当たり前のように陽の前に立った。

「話は出来たか?」

その問いに陽は沈黙を返した。男はそれに軽く「そっか」と発した。

「逃げられると……」

日野が再び男に向かおうとするのをなんとなく藤池は制した。

「何故ですか!」

そんなことは藤池自身が己に訊きたい。

答えがわかりきっている事を幼馴染と目を合わせて問うてみる。

「井戸口陽二等級、投降を」

男と日野が現れた通路から大量の足跡が近づいてくる。

きっと応援だろう。残された時間はわずかだ。

それを自覚した上で陽は大きく深呼吸をする。そしてーー

「いー、だ!」

まるで子供のような拒否に呆気にとられていると、外で爆発音がした。

顔を反射的に向けるとそこには満天の花が咲いていた。

次々に上がる咲く花に気を取られているうちに陽と男は姿を消していた。

次週もお楽しみに

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