第1話 その⑤
【京都弁を話しているキャラがいますが擬似京都弁です。何処かおかしいですがスルーをお願いします。】
『来場者数、二百を超えました』
『非正規創作者 四音、志村乙葉四等級を捕らえました』
藤池はインカムから流れてくる情報を聞きつつ廊下を移動していた。
後ろから小走りに誰かが近づいてくる。自分に近づいてくるのは自分の隊の人間か、今なら桜井隊の人間か、どちらかだ。
というかこの近づき方をするのは一人しかいない。
「隊長! お疲れ様です!!」
やはり、自分の隊の日野紗也夏だった。
「自分の持ち場はどうした」
横並びになって廊下を進んでいく。
「桜井隊の方と交代時間になったので定時報告に来ました」
「そうか」
日野は元気よく返事をした。
「声が大きい。もう少し落とせ」
日野は慌てて口を抑えて頭を下げた。
「す、すいません! それで、報告なんですが」
「ああ。聞こう」
「現状に変化無し。非正規創作者の入場確認はありません」
「そうか。引き続き、注意をしておけ」
「はい」
「あと少しで主催者の挨拶が始まる。会場では静かにしておけよ」
「はい。それにしても今回のパーティー、めちゃくちゃ豪華ですね。」
「主催が溜まった金を放出した結果だそうだ」
道中で女性の創作者とすれ違った。
「仮面を着けてると、誰が誰だかわからないですね。なんで今回仮面ありなんですか?」
「主催者の一人が貴族ミステリーを書くからネタ集めも兼ねているという噂もある」
「もしかしたら非正規が紛れ込んでもいてもわからなくないですか?」
「日野、口が過ぎる」
「はーい」
主催者が壇上に登り、視線が集まる。
「皆様! 今宵はお忙しい方も、そうでない方も集まって下さり、誠にありがとうございます。──」
長々とした主催者の挨拶が続く。
「──それでは、乾杯!」
高々とグラスを掲げる。
「乾杯!」
掲げたグラスを創作者達、それぞれ談笑をする。
隠世は誰と話すわけでもなく壁の近くで待機していた。
「(陽は……あそこに居るな)」
グラスを持たず、何も食べるわけでもない。この場においては完全に不審者ではあるが、何が入っているかわからない以上、食べるわけにはいかない。
それに、多少でも入れるといざという時に、消化にエネルギーを使ってしまい動けなくなる可能性がある。
「よお、素敵なおにーさん。何も食べてないようだけど腹痛か?」
ハード眼帯を付けた男、隠世の隣に立った。
男は隠世よりも少しだけ明るいグレーのスーツを身に纏っていた。動く度にストライプのラメが微かに反射している。同色のスラックスにはラメは無く、あくまでも主役はジャケットの持ち主と言いたげだ。
中のシャツは白では無く薄いベージュで柔らかい印象を受ける。右耳にはシルバーのウロボロスが鎮座しており、動く度に揺れている。
男は世間で言う美男子で微かに色気が漏れ出している。おそらくその一端は着ている特徴的なウエスト引き締め効果が見られるイタリアスーツのせいだろう。そして何より目を引くのは仮面の位置付であろう、黒いハード眼帯だ。左目を隠し、左右方向に二本ずつベルトが伸びており、目を覆う部分には判別しきれない模様が付いている。そして、それら全てを隠すかのように黒い中折帽子を被っていた。ツバの上にはスーツと同色のリボンが巻かれていて、帽子の黒とスーツのグレーがバランス良く整っていた。
「そーんな警戒しなくても」
「……」
男は自分を照本と名乗った。
「見たところ同い年そうだし、よろしく頼むよ」
「……どうも」
隠世はとりあえず会釈だけしておいた。
「お近づきの印に一杯、どうだ?」
両手に持っているシャンパンを差し出され、とりあえず受け取ることにした。
「おにーさん、お名前は?」
「水原だ」
「へー水原サンね。いい名前だ」
なんなんだこいつは、と思って話しを流しているとーー
「水原サン、首に何かあるのか?」
そう訊かれて隠世は初めて首に手が伸びていることに気がついた。
「あー……普段は首に物を巻いているんだが、場に合わないから今日は外してきたんだ。それで今は首が涼しくてな」
照本は何かを考えているのか目を細めた。
「そう、だな。あ、水原サンに俺の名刺渡しておくわ」
「いらん」
照本は勝手にポケットに名刺を入れてきた。
照本の手はそのまま横に滑り、隠世のネクタイを掴んだ。
そのまま引っ張られ、照本の口元まで運ばれた。
「てめ……」
文句を言おうと口を開くのと同時に照本も口を開く。
「十一時の方向、バロン……赤い獣の面を被ったやつがトイフェルだ」
周りに聞こえないように囁くようなトーンだ。
目だけを動かして十一時の方向を向くと確かに赤い獣の面がいた。
「あいつ、とんだ嫌味な奴だな。自己顕示欲と承認欲求の塊みたいで吐き気がする。それのせいか話し方っつーか言葉選びが嫌いだ」
それだけ言うと照本はネクタイを放した。
「ま、気を付けろよ。俺は暫くしたらあいつら連れて帰るから」
隠世はそれを聞いて照本の正体に気がついた。
「あんた、あいつか」
「んじゃ、がんばってー」
照本は隠世に背を向けて手を振って離れて行った。
「サンキュー」
小声で少し離れた今なら聞こえないだろうが、礼を言っておいた。
近づいて声をかける。いかにもファンです、という声色で。
「あのー、もしかしてトイフェルさんですか?」
「……君は?」
「水原 音弥と言います」
「なぜ、俺がトイフェルだと?」
「作品内の話し方と、似ているなと思いまして。違いましたか?」
「君は見る目があるな。確かに俺がトイフェルだ」
その言葉からトイフェルの歓喜が透けている。
きっと面の下では気持ちが悪いほど、笑顔なのだろう。
その頃、陽は何人かの創作者と談笑していた。こうしていないと不自然だと思ったからだ。あとは、単純に離席のタイミングを見失ってしまった。
「まぁ、西木さんは色んな媒体で書いているのですね」
「えぇ。最近は恋愛系を書籍で書いています」
「へぇ。書き分けてるって事はペンネーム、何個か持ってるんだ」
「はい」
「ペンネームの管理って大変っしょ?」
「そうですねぇ。申請してから受理までは書類が大変でした。でも、受理されてからはそんなには。年一の申告を記入し忘れなければ、ですけど」
「うぇぇ……俺、絶対忘れそうだわ」
「それを忘れて五等級に堕ちる創作者が多いと聞きますしね。あ、そういえば」
女性の声のトーンが少し上がる。一般人から一女性になったような声だ。
「今日、ソウトリの期待の星が来られているそうですよ」
「期待の星?」
それが誰かはわかっているが、あえてとぼける。
「たしか……藤池捜査官、でしたわよね?」
「そう! 先程主催者挨拶の時に見かけましたけど中々のイケメンでした。あれで私より歳が少し下だというのですからかなり優良物件ですよ」
「女性はすぐにイケメンの話題になるよな」
「なあ。俺らが目の前にいるっていうのになー」
女性たちは顔見合わせて笑いあった。
「私達は交流を政府によって制限されていますからね。この様な交流会で色んな方達と接しておきたいんですのよ」
「目の保養ってやつか」
男性は呆れたように言った。
「当たりぃ」
「……まさか西木さんもそうなのか?」
陽は少し考えるそぶりを見せた。
「…………そう、ですねぇ。その藤池捜査官という方は何処に?」
「西木さんもなのか」
残念そうに言う男性を見て陽は苦笑した。
「たしか北棟の方、だったかしら? そちらも警備する、と言っていた気がします」
「盗み聞きとは感心しませんわね」
「部下の方が言っていたのが耳に入ったんですよ。盗み聞きではありませんわ」
「そういう事にしておきましょうか」
藤池の居場所を聞いた陽は嬉しそうに笑った。
「教えてくださってありがとうございます。少し見てこようかな」
「お気をつけて。彼、冷静沈着で怪しい行動を見かけると容赦ない、と聞きますから」
「気をつけます」
陽は足早にホールを出ていった。
「あぁ……西木さん、狙ってたのになあ」
「ドンマイ……」
「あんさんが藤池はんか?」
見回りで北棟の廊下を歩いていた藤池は、前から歩いてきた蝶の仮面を着けた女性に話しかけられた。
前方の照明は点けられていないので、暗闇の中に紫の蝶が飛んでいるかの様な印象を受ける。
着物の様な黒い衿が鎖骨を見せるように合わさっており、帯に当たる箇所で衿の延長線である布でキツく締め上げられ、濃い紫色が悲鳴を上げているかのように規則正しい布が皺を寄せて動きにくそうだった。だが、女からはそれを微塵にも感じさせなかった。
更に、ウエストからは地面に触れている裾まで徐々に真正面に大きくスリットが入っており、スリットから同色の布が見えている。ドレス全体にぼんやりと浮き上がった薄い紫色の蝶が、同じく刺繍して浮かび上がっている寒色系の花々の間を飛んでいた。
顔にはドレスから飛び出たような蝶が女の顔の上半分を隠している。
袖は二の腕の途中まであり腕の大部分を紫色のドレスグローブをしていて黒いシースルーを羽織っていた。手には銀色の細工を施した扇を持っている。
ただならぬ女の気配に藤池は歩みを止めた。
女も歩みを止め、両者の距離は二メートル程だろうか。
「何者だ」
「ある人にあんさんの足止めを頼まれてなぁ、待っとんたんや」
「何?」
女は着物特有のすり足で少しづつ近づいてくる。
それに伴い、藤池も後ろに下がる。
「ウチなりにどう足止めするか考えとったんやけど、なーんも出てけえへんかったやせやさかい、ちょいと世間話でもしよか思うてなぁ」
「初対面のお前とする世間話などない」
「いややわぁ、嘘でも女の話に乗らへん男ぉはモテへんよ」
「必要ない」
「まぁ、外見はええし困りはせえへんかもねぇ…………あ、そうや。思い出した」
女はおどけたように手を叩いた。
「あんさん、幼馴染の女の子おったなぁ。長年執念深くその子ぉ追いかけとんやろ? ええ加減諦めたらどうや?」
「っ……何故その事を」
「情報が入るんよ。ソウトリの新星が幼馴染を追いかけとる、ゆうて。あの子を自由にしたり。そっちのためやで」
穏やかな言い方なのに、いやそれだからか、かなりの気迫がある。
しかし、藤池は怯まずに言った。
「あいつは非正規創作者に堕ちた。捕獲するのが俺の使命だ」
「お互い可哀想な人やな」
女のその言葉には哀れみが含まれていた。
「それが互いの首を絞めるっちゅうことに気づかへんなんて……まぁ、ええでしょう。忠告はしましたさかい」
女は懐中時計を取り出すと「そろそろ時間やな」と呟いた。
女は用事は済んだと言わんばかりに、藤池に背を向けて歩き出した。
このままでは逃がしてしまうと藤家は拳銃を構えた。
「動くな!」
「……それはこちらのセリフどす」
そう言うのと同時に左右の壁から複数回小さな音がした。
女は目線だけで藤池の視線を誘導した。促されるまま視線を動かすと、空中に線が見えた。
「ピアノ線か?」
「せめて糸鋸いうてくれん? それ、ウチの特注なんやで。触れたらどんな物でも切れるんよ。あとちょっとでもずれてたらその腕と胴体、おさらばしてたとこよ。運がええなぁ」
確認すると自身の袖口が少しだけ切れているのをわかった。
「心配せんでも、ウチがここを去った数分後、全て外れるようになってます。それまではじっとしておきなはれ。ほなな」
言い残して女は闇に消えた。
「待て! ……っ」
藤池は女の後を追おうとしたが、糸鋸に当たった傍から服が切れている音がする。
「チッ、音声認識。日野紗也夏、発信」
普段無線は襟に付けたマイクで飛ばしている。しかし、それには横のボタンを押さなければならない。だが、今は腕を曲げることさえ難しい。ゆえに今は音声でのみで無線を飛ばすしかない。
『先輩、どうかしたんですか?』
ぶつっとノイズが聞こえた後、日野の声が聞こえた。
「北エリアに非正規創作者らしき人物を発見した。至急応援を願う」
音声のみで発信した場合、再びボタンを押さなければ音声は繋がったままになるので、そのまま指示を出した。
『え、先輩は大丈夫なんですか!?』
「無事だが動けん。お前は蝶の面の女を探せ。それと、この事は参加者に悟られないようにしろ」
『分かりました。桜井隊隊長に伝えても?』
「許可する。ついでに誰もこの建物から出さないように周知しろ」
『分かりました』
次週もお楽しみに




