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第1話 その④

陽はソファーに寝転んでテレビを見ていた。

相も変わらずテレビは面白くない内容を垂れ流している。

やはりゲーム実況でもスマホで流そうか、いや、今は動くのが面倒な気分だ、と無意味な問答をここ二十分程続けている。

「っだー、さすがに二つは重いな」

銀色のジュラルミンケース二ケースを持ってきた隠世は汗を服で拭った。

「おつかれー」

「何が入ってるんだよ、これ」

「お金」

「金ぇ?」

「よいしょ。そーだよぉ。三田さんをかなり特急で片付けてもらったからね。プラス三田さんの奥さんの件も調べてもらったから、それの料金でしょ? あと三田さんの件は本当に、急だったからちょっと色が付いてるの」

会話をしてると隠世は扉の前に気配を感じた。数秒前までは確実になかったものだ。

手近にあったペーパーナイフを構えて待機する。

やがて扉が開かれるとツナギを来た無精ひげの男が入って来た。

「っと。俺だ、隠世」

入って来たのは何でも屋のヤオだった。ヤオは目の前に現れたペーパーナイフに動じることなくペーパーナイフを下ろさせた。

「俺が入ってくる時、いつも構えるなよ」

「いつも直前まで気配がないヤオさんが悪い」

「それが、俺なんでな」

隠世とヤオは小さく笑った。

「で、嬢ちゃんは?」

「ヤオさん、こっちだよぉ」

陽は手を振って答えた。

ヤオは陽の目の前のソファーに座った。

「嬢ちゃん、今回は俺でも流石に厳しかったぞ」

「そう言って、期限に間に合わなかったケースってあったっけ?」

「無いな」

ヤオはフッと笑った。

「流石、何でも屋のヤオさん」

「持ち上げても何も出ねぇぞ?」

陽とヤオはお互いに静かに笑いあった。

「(三回に一回はこのやりとりをしてる気がするな、この二人)」

ヤオは一応客なので隠世はお茶を淹れたて出した。

「ありがとな。ボウズ」

「ボウズって年齢じゃねえよ」

ヤオは「俺にとってはボウズだ」と笑って茶を啜った。

「さてと、まずは三田に関する報告だな」

ヤオは鞄から纏めた資料二つと一冊の本をテーブルに出した。

片方を陽に渡すと説明を始めた。

「三田義郎だが、裏に近い精神科に放り込んだ。診察の結果、入院は無し。週三回程、純粋な表の精神病院に通うっつー事で落ち着いた」

「ふむふむ……。ありがとう、ヤオさん」

説明を聞きつつ陽は資料を読んだ。

資料には今後三田が通う病院の名前が記載されていた。

国内でもかなり優秀な専門医が集められている大きい病院だ。

「しっかし嬢ちゃんよ、今回は表の人間に寄り過ぎだぞ。三田がソウトリにチクったらタダじゃ済まされないのはわかってんだろ?」

「そうだねえ」

陽は曖昧に笑った。どこか含みがある笑い方だ。

「……まぁ、お前も前例があるから考え無しに非正規だって名乗ってる訳じゃねぇか。念の為、周囲の防犯カメラの改ざんしといた」

「大サービスだな。今回」

「まあ、昔っからの付き合いだしな」

ヤオは一区切りつけようと茶を啜った。

「で、次がトイフェルの件だ。おそらくだが、今回はこっちがメインだろ?」

陽は三田の資料を置き、テーブルに置いてある方を手に取った。

「…………悪趣味ぃ」

ざっと読んだ陽は冷笑を浮かべた。

「トイフェルはホラーミステリーを畑にしている創作者だ。ソウトリの検閲もギリギリを攻めて通している」

隠世は陽の後ろから資料を覗き見した。

トイフェルが今まで出版した書籍の表紙がプリントされており、下にあらすじか書かれている。

「三田はこれを十年も読み続けたのか……おかしくなるわけだ」

「これがトイフェルの代表作『瞳の中をみれば』だ」

ヤオは持ってきた書籍を指した。

「読めば読むほどクズだね。ここまで来るといっそ清々しいね」

「そのクズは近々行われる創作者のパーティーに参加するらしい。接触するならそこだな」

陽は資料に落としていた目をヤオに向け、身を乗り出した。

「ヤオさん、そのパーティーいつ?」

「二週間後だな」

「じゃあ、お金は払うからそのパーティーの招待状──」

ヤオは陽の言葉を聞く前に懐から招待状とメモリーカードを取り出した。

「と言うと思って持ってきた。こっちのメモリーカードは改ざんしたデータが入っている」

陽は礼を言って招待状とメモリーカードを受け取ろうとした。

ヤオは陽の手が触れる寸前に上げて取れないようにした。

「……何?」

「このパーティーはソウトリが警護をすることになっている。見つかったら面倒な事になるぞ」

「ソウトリが警護するってことは……」

「ああ。入場に身元照会がある。警護する隊は二つ。しかも片方は若くして隊長まで上り詰めたエリート様の部隊だ。たしか名前は──」

「藤池。藤池朔陽、でしょ?」

まるで知っていたかのように陽は述べた。

「そう、その藤池朔陽が率いる部隊だ」

「藤池朔陽って『非正規創作者は裸足で逃げ出す』って言われてる奴じゃなかったか?」

「それに藤池隊をサポートするのが桜井隊だ」

「桜井隊?」

「ここ数年で頭角を出してきている捜査官だ。どうやら男の藤池がカバーできないことを女の桜井隊長が補佐するらしい」

「桜井隊の前ではちょっとしたミスも許されないって事だね」

「本当に行くのか? 陽。否、SUN」

SUNとは陽のペンネームだ。ヤオは陽の決意を訊く時は毎回ペンネームで問うてくる。

「行く」

陽は覚悟を決めた目でヤオに告げた。

「行くよ、ヤオさん。それに藤池なら丁度いい」

「本気なんだな?」

陽は力強く頷いた。

ヤオはその顔を見て何かを思い出したように天井を仰いだ。

「そうか……藤池とは悪縁があったな。分かった。十二分に気をつけて行けよ」

「分かってる。あ、それでねヤオさん、この招待状……あと三組欲しいなぁ」

ヤオはため息をつくと「前払いだぞ」と答えた。

陽は隠世の方を向くと、ジュラルミンケースを追加で一つ持ってくるように言った。

「おい、陽」

「お願い」

隠世はため息をつくとリビングから出ていった。

それを見送った陽はヤオが持ってきたトイフェルの本を速読する。

「何度も訊くが本気なんだな?」

「……うん、もう九年経つ。三田さんの行動は突発的だったけど、私も三田さんを見習おうと思って」

「地味に重いんだよな、これ。一体どんだけ入ってんだ」

「秘密。ヤオさん、この三ケース、持っていって下さい」

「じゃ、遠慮なく。くれぐれもボロ出さないようにしろよ。特にボウズ」

「あん?」

「お前はこの手のことに弱そうだ。しっかり読み込んでおけよ」

「へいへい」

ヤオは軽々とジュラルミンケース三つを持ち上げた。

「今後共、何でも屋をご贔屓に」

陽は「またねー」と手を振った。

ヤオの気配は扉が閉まると同時に消えた。

陽はメモリーカードの中身を見ようとパソコンがある書斎に向かった。

「お前、何か変だぞ」

「そぉ?」

「三田義郎」

陽はマウスの動きを止めた。

「いつもは事を流すお前が、何故あの男に執着するのか。三田は傍から見たらただの不審者だからな」

「あの程度の不審者、どこにでもいるでしょ?」

「それはそれで怖いけどな。んでまあ、考えたわけよ。……重なったんだろ? 自分と」

「…………」

隠世は指を折って数えていく。

「男女の幼馴染で、ソウトリに家族を奪われて、人生の道を踏み外した…………違うか?」

「隠世には関係無いでしょ」

「十分あるだろ。見ての通り俺はお前に命握られてんだ。お前が一度でも失敗すれば死ぬ立場。この首輪は生体認証付き。つまり、お前の死は俺の死だ。潜入なら俺に任せれば良いだ──」

「だからこそ!」

陽は声を張り上げて叫んだ。一呼吸おいてからイスを回して隠世の方を向いた。

「だからこそ、私が行くんだよ。私もそろそろ、向き合わなきゃ。……あいつと」

陽は今にも泣きそうな顔をしながら笑った。

「私や三田さんみたいな人が居る。もう、あいつらから逃げるのはやめたいんだ」

陽は立ち上がると隠世に手を差し伸ばす。

「逃げるのはやめたい。でも一人は無理。だから隠世、私に付き合って欲しい。隠世の力が必要なの」

隠世は陽を見つめた。やがてため息をつくとそっぽを向いて言った。

「……俺は護衛だ」

視線だけ陽の方に戻すと言葉を続けた。

「お前が死なないように俺がきっちりサポートしてやる」

「ありがとう、隠世」


二週間後―――

仮面パーティーは郊外の城の広い一室で行われた。

どうやら受付でペンネームを述べ、照会後に自分に関する事を問われて答えられたら入場、という流れらしい。

「ああ……えっと……」

「どうした? 自分のことだろう?」

何やら窓口の一つが騒がしい。

「何だろうね?」

「あー、どうやら非正規の創作者が紛れ込んだらしい」

という会話をしている間に連れていかれてしまった。

陽の装いは控え目な黄色のコロンビーナ、黄色のフィット&フレアーを身に纏いレースケープを羽織っている。

肩甲骨までの髪をハーフアップに纏めてピンクのリボンで束ね、肩を大きく出しているがそれを隠すかのような、細やかな模様をレースで編んだレースケープを肩にそっと乗せていた。肌の部分を極力隠すかのようにミディアム丈の黄色いドレスグローブを付けている。

更に膝下にかけて流れるスカートは濃い黄色に本来、着物で見られる唐草模様の地模様があしらわれていて、その上から優しく薄い黄色のシースルーが被せてある。またスカートの裾から髪留めと同じ色のレースフリルが覗いており、大人びたドレスに少女味が感じられた。

一方、隠世は陽と色違いの青色のコロンビーナで、グレーのタキシードを身に纏っていた。ジャケットにはノッチドの衿のおかげかシャープな印象を持ち、後ろの裾はサイドベンツというクラッシクな印象を受け、中に着ているシャツに小さなフリルが左右縦一列に並んでいるが全てが隠されている為、大人の雰囲気が醸し出している。服装と場所に合わないので首輪は外したようだ。


「次の方、どうぞ」

「彼も一緒にいいですか」

ソウトリの男は快く了承すると、二人に招待状を出すように促した。

西木(ニシキ) 麻央(マオ)様と水原(ミズハラ) 音弥(オトヤ)様ですね」

創作者の集まりでは本名は厳禁だ。横のつながりを作られるのがよほど都合悪いのだろう。ゆえに招待状の名前はペンネームしかない。

西木()水原(隠世)はそれぞれ「はい」「そうっす」と答えた。

横では同じソウトリの女性が手持ちのタブレットで二人のペンネームを照会している。

「では、西木様にお尋ねします」

「はーい」

「西木様が最初に出版した作品のタイトルは?」

「『朝日が登る時』、です」

「では水原様」

「うい」

「水原様が初めて応募した出版社とご年齢は?」

「花鳥社で十九だ」

女性は差異がないことを確認すると、男性に伝えた。

「ようこそ。お通り下さい」

「ありがとうございます」

「サンキュー」

二人は中へ進んだ。

「ヤオさん、すげぇな」

周りに聞こえないように小声で話す。

「ヤオさんは失敗しないからねぇ」

「他のやつらは?」

「別行動。多分もういるよ」


ドレスやタキシード、スーツを着た男女がグラスを片手に懇談している。

陽と隠世もウェイターからグラスを貰った。

中身は立ち昇る炭酸と匂いからしてシャンパンのようだ。

「暫くは情報収集しながらトイフェルを見つけよう」

「りょーかい」

普通の声量で会話していると若い女性が近づいてきた。

「ごきげんよう。初めて見る方々ですわね」

「あー、はい。今日は息抜きに。少し作品に詰まってしまって……編集者さんからも行って来たらいいって」

「まぁ、そうだったのですね。でしたら運が良いですわね。今夜は主催者側が色々奮発したらしいですから初めてでも楽しめると思いますわよ」

「そうなんですか。ありがとうございます。私、人見知りで話しかけて貰って助かりました。知り合いが彼しかいなくて」

陽は隠世の方を一瞬だけ見た。

「でしたら、一緒に回りませんか? (わたくし)、こう見えて顔が広いのです。色々融通も効くと思いますわ」

「西木さん、行ってきたら? 僕も色んな人に挨拶周りしたいし」

「……じゃあ、お言葉に甘えてお願いします」

陽と隠世は互いにアイコンタクトで離れた。

次週もお楽しみに

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