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第1話 その③

隠世も後を追うように歩き始めた。

「ボケ始めたら即切る捨てるからねえ」

「はいはい。そうならないように頑張りますよ」

「それよりさあ、どっかに良いネタが落ちてない?」

「それよりって。また行き詰まったのか? お前、そんなんで大丈夫か?」

「大丈夫だよぉ」

今回は、と会話をしつつ歩いているとかなりやつれた様子の男性とすれ違った。

「だってさぁ、『ネタ』がないんだもん」

「そこの君、待ってくれ!」

後ろから話しかけられた気がして振り返ると、そこにいたのはかなりやつれた男性だった。

「少しいいか?」と男性が陽の腕を掴もうとしたので、隠世は割って入った。

「何か用か?」

「なあ君、今『ネタ』って言わなかったか? なら少しで良い。私の話を聞いてくれないか!」

男性は何か焦っているのか、かなり必死だ。

「いいよぉ。話を聞くくらいなら」

「おい」

「隠世、それいつまで持つ?」

それとは聞くまでもなくクーラーボックスの事だろう。

保冷剤が入っているため、半日はもつことを伝えると、陽は頷いて男性を路地に誘導した。

男性は動揺した様子で後をついて行った。

「めんどうなことが起きそうな気がする……」

そんなことを呟き、隠世も二人の後を追った。


商店街の人気がない路地裏で話を聞くことにした。ざっと見た感じ監視カメラはないようだ。

「それで? お話とはなんでしょうか」

陽は壁にもたれて男性に訊いた。とりあえず壁を背にすれば、壁をぶち抜かない限り背後から襲われることはない。

男性はいきなり掴もうとしたことに対しての詫びをすると名乗った。

「私は三田(ミタ) 義郎(ヨシロウ)と申します。『ネタが落ちている』と言う発言から君は創作者だろう?」

「……そんな質問をするということは、あなたの話ということは創作に関することですか?」

「その通りだ。話が早くて助かる」

「私が回答できる範囲であれば答えましょう」

三田は重々しく口を開いた。

「…………君の感覚で構わない。一作品完成させるのにどのくらいかかる?」

「それは作品や種類によって様々ですよ。例えば小説の場合、興が乗れば一日以内で上がります。しかし、マンガであれば全く同じ内容でも工程が多いので少なくとも三~四倍はかかりますし、行き詰まれば当然それ以上かかるでしょう」

三田はそれを聞いてさらに影を落とした。

「声かけてきた時点で思っていたが、創作者関係で訳ありみたいだな」

「私、いや僕は創作者のせいで()を亡くしたんです──」


()美禰子(ミヤコ)とは小学生の頃に出会いました。

美禰子は歴史ある家系の娘で、所謂(いわゆる)お嬢様でした。


今でもよく覚えています。美禰子とは暖かくなり始めた五月頃に小学校の校舎裏で出会いました。いや、出会ったというよりかは見つけた、という感じですが。

「どうしたの?」

花壇の近くでしゃがんで泣いている女の子、それが美禰子でした。

「……お家に帰りたくないの」

「なんで?」

美禰子は答えませんでした。僕は元気づけようととりあえず隣に座って話しました。

「おうちにはたのしいこといっぱいあるよ? ママがつくるごはんに、パパとのおふろでしょ──」

「みやこのおうちにはそんなのないもん! つめたいごはんとおぼれるくらいふかいおふろ! それに──」

話している間に目に浮かべていた涙がこぼれて、

「パパとママとおにいちゃん、いつもケンカばっかり!」

「……そっか。さびしいんだね」

子供ながらに放っておけなかった僕は手を差し出して友達になると、宣言しました。あの時の美禰子、目を丸くして可愛かったなあ

「ともだち?」

「うん! みやこちゃんがさびしくないようにずっといっしょにいるよ!」

美禰子は涙でぐしゃぐしゃの顔で僕の手をとりました

「……ありがとう」

思えば、それが初恋だったのかもしれません


そこからはお嬢様の彼女とずっと一緒にいるべく猛勉強しました。

彼女はお嬢様らしく頭が良かったですからね。

同じ私立の高校を受験して、一緒に高校生活を過ごして……。

転機は卒業を控えた二月の始めでした。

付き合っていることは、周りには内緒でしたからいつも校舎裏で待ち合わせて帰っていました。

美禰子は先に来ていて、声をかけるといきなり抱きつかれました。

「みやちゃん? どうしたの?」

「義くん、私……あんな人と結婚なんてしたくない!」

「結婚⁉」

聞けば、親が2周り歳上の大金持ちとの婚約を進めていると言われたそうなのです。

僕は意を決して言いました。

「君に覚悟があるなら僕と逃げないか?」

美禰子は僕の胸で泣いていましたので、自然と耳元で囁きました。

「……え?」

美禰子は目を丸くして少し考えた後、『貴方となら何処へでも』と言ってくれました。

「じゃあ、逃げよう。ね?」

さすがに今からは無理だったので、計画を立てて、準備を進めて……。

卒業式が終わったその日に、家には帰らず、前日にコインロッカーに預けたなけなしの貯金と何枚かの着替えを持って逃げ出しました。


二人で住み始めたのは、古びたアパートでした。

身元保証人無しの高校生に借してくれる所なんてそうそうありませんから、かなり苦労しました。

文字通り、僕達は何もかも捨てましたから、全く知らない場所で1からの暮らしを強いられました。始めの数年間は生きるのに必死で、二人でがむしゃらで働いて……。でも彼女と一緒でしたから辛くはなかったです。しだいに余裕が出てきてこっそりお金を貯めて、やっと美禰子にプロポーズをしました

「僕と結婚してください」

オシャレなレストランや夜景が見える丘ではなく、借りているアパートの畳に片膝をついて、なんともお粗末なプロポーズでしたが、美禰子は泣いて喜んでくれました。

二人での暮らしはそれはもう幸せでした。プロポーズしてからは更に幸せで。……駆け落ち同然でしたから籍を入れることはしませんでした。そこから居場所がバレるかもしれないとも思いましたから。……ですが──

突然その時は訪れました。

その日、僕は仕事が長引き帰ったのは夜十時を過ぎていました。

「美禰子、ただいま。おそくな──」

玄関の鍵は開いていて、扉を開けると金属の匂いがして、それが血の匂いだと理解するのに時間がかかりました。

血は部屋の奥からで、そこには美禰子が倒れていました。

「遅かったな」

血だらけの美禰子を見下ろしていたそいつは笑ってそういいました。

「み、美禰子!」

そいつを突き飛ばして美禰子を抱き起こしましたが、既に息はありませんでした。

そいつに殺されたことは火を見るよりも明らかだったので、僕は掴みかかりました。

そいつは悪びれる様子もなく、訊いてきました。

「あんたこの女の恋人か?」

「夫だ」

「夫、夫ねえ」

そいつは高笑いをした後、言いました。

「喜べ。あんたの女は俺の作品の良い資料になった。きっとあの世で女も喜んでいるだろうよ」

突然の物言いに思わず、動きが止まりました。

そいつは力の抜けた僕の手から放れると、「口止め料だ」と胸ポケットに札束を入れて出ていきました。

僕は崩れるように美禰子の側に座り込み、ただ動けずにいました。

どれくらいの時間が経ったのかわかりませんが、いきなりドアが開いて黒服の人たちが入ってきました。

黒服曰く美禰子を片付けにきたと。

僕はその言葉でハッとして、美禰子を連れて行かせまいと抵抗しました。

葬式は挙げられなくても、ちゃんと自分で弔いたかったですから。

ですが、無駄でした。

黒服は開いた本の形をしたバッジを見せると淡々と言いました。

「我々は創作取締局の者だ。ここにはトイフェル様の後始末に来た。邪魔をするのであれば公務執行妨害になる」

取り押さえられて無抵抗のまま、粛々と片付けられていくのをただ見ているしかありませんでした。

…………美禰子を見たのはそれが最後でした。

キレイになって血の匂いも消された部屋に残された僕は、湧き上がってくる絶望感に涙がこらえられず突っ伏して泣きました。

泣きつかれたのか気がつくと寝ていました。

質の悪い夢かと思いましたが、目は赤く腫れ、頬には涙が伝ったあとがくっきりとありました。

それから黒服達が言ったトイフェルという名前を手掛かりに調べ始めました。

ソウトリが来たということは、【トイフェル】はペンネームだろうとすぐに察しがつきました。図書館で検索をかけるとホラー作家だと分かりました。

それから定期的に出版されるトイフェルの本を買い続けて十年になりますが、美禰子らしき女性が殺される描写は出てきていません。


陽は話を壁にもたれて黙って聞いていた。

三田は語り終わると陽に頭を下げた。

「ありがとうございます。今まで、僕の話を一人の人間として聞いてくれる創作者は居ませんでした。『いつもネタになる』と言われるばかりで」

「本当に話をしたかっただけ?」

三田は首を横に振って「そんなわけない」と答えた。

そして何かを思いついたように顔を上げた。

「協力、してくれませんか?」

「協力?」

「創作者であれば他の方と会う機会が多いですよね? なら美禰子を殺したやつを──トイフェルという創作者を探していただけ──」

「馬鹿馬鹿しい」

陽は食い気味にそう言った。なんなら欠伸もした。

「──え?」

三田はその言葉が理解できないようだ。

「十年以上前の人を殺した実体験資料を使わなかった、と言う事はトイフェルにとってそれは価値が無かったという事です。それに集めた資料を結局使わなかったというのはよくあることです」

陽は壁から背中を離して「時間無駄にしちゃったなあ」と呟くと、三田に背を向けた。歩を進めながら、三田に投げかける。

「貴方も奥さん(・・・)の事件を忘れて生きたらどうですか? その方がこの先の人生が楽になりますよ」

三田は鞄に手を入れると、するっと刃物を取り出した。刃渡りと形からどうやら包丁のようだ。

「やっぱりお前も創作者か……」

ポツリと漏らすと構えて突撃してきた。

「チッ、やっぱりこうなったか」

隠世は素早く包丁を叩き落し、三田を地面に組み伏せた。

三田は十年分の憎悪を陽にぶつけた。それは陽個人ではなく創作者に向けているように思えた。

「やっぱりお前も! 創作者だ!!」

陽は足を止め、逆に三田の方に歩みを進めた。

「今まで会ってきた創作者共もそうだ! 創作者共は法を笠に着て好き放題しやがる! お前ら創作者は人間じゃない! 化物だ!」

陽は三田の近くにしゃがむと言った。

「何か勘違いしてない? 一言も私は創作者です、なんて言ってないよ?」

「お前は創作者だ! 絶対に! 創作者でもなければ『ネタが落ちている』なんていうものか!」

「まあ、確かに私は創作者だけど、免許を持ってない非正規だよ」

三田は痛みも構わず隠世を退かそうと暴れている。

「非正規だろうと正規だろうと何も変わらない! どうせお前も……殺してやる! 殺す! 殺す! ころ──」

発する言葉が一辺倒になって来たので隠世は三田を気絶させた。

「で、こいつ、どうするんだ?」

「……ヤオさんに連絡して秘密裏に精神科に連れてってもらおう。隠世はその人、縛っておいて」

陽はスマホでヤオを連絡帳から探し出すと発信した。

「殺されそうになったのに親切な奴だな」

「そうだね。自分でもそう思うよ。でも、この人は表側の人間。これ以上こっち側にいちゃいけないよ」

隠世は舌打ちすると三田がしていたネクタイで後ろ手に縛った。

「あ、もしもし? ヤオさん? 緊急で依頼したい事があるんだけど……」

次回もお楽しみに

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