第1話 その②
今話から一話の本題に入っていきます
夜はなぜ筆が進むのだろうか。
街自体が寝て静かだから?
夜に起きているという高揚感から?
何にせよ今日も今日とて国から許しを得た正規創作者は筆をすすめる。国が望むものを、まるで自分が最初から考えたと思うほどにすらすらと。
この国は政府から許しを得た者だけが創作を許されている。彼らは一律に創作者と呼ばれ、創作の為であればおおよそのことは許される。創作者でない者は、皆快く己の身を差し出している。それだけ創作者に選ばれることは大変光栄なことであり、拒む理由はないのだ。
創作の為に己の身を快く差し出す事はもはや暗黙のルールだ。もし資格を取らずに創作すれば、
「確保」
藤池の号令と共に、非正規創作者第三等級が拘束される。
「さもなくば……死刑となる」
「(この瞬間はいつも緊張するな……)失礼します」
藤池朔陽はノックして返事を待ってから入る。
中には上司である宮森誠吾が席で書類をさばいていた。
空けていただいた場所に紙の束を置く。
「加藤悠三等級の死刑執行について報告書です」
「ご苦労、藤池隊長」
宮森は報告書に目を落としたが手も取らずに切り出した。
「ところでーー」
藤池は次の言葉がなんとなくわかった。
「井戸口陽二等級の捜査は順調かね?」
予想通りの言葉だったが藤池は息をのんだ。
「最年少でここまで登ってきたソウトリの期待の星、異例の新人」
宮森は大げさに肩を落とした。
「君をソウトリにする為に幾ら税金を使ったか、分からない君じゃないだろ?」
「……ご期待に添えず、申し訳ありません」
藤池は深く頭を下げた。
「別に責めているわけじゃないんだ」
宮森は声のトーンを上げ、まるで諭すように続けた。
「今まで最下の五等級から三等級まで数多くの非正規創作者を捕獲してきた君だ。二等級からは違法に書いた創作物で稼いだ金で警護を雇う輩もいる。彼女も同じようなものだろう。今日も部隊を送り込んだが、全て返り討ちにされてしまったと報告があったよ。そりゃあ、幼馴染の君でも手こずるのだから、我々がすぐに捕まえられる訳がない」
藤池は後ろで組んでいた手を強く握った。
「君が二等級以上を捕獲すれば昇進だって夢ではない。君はソウトリの救世主なのだから」
【非正規創作者は一般の犯罪者とは違い、その危険度によって等級分けされている。頒布数、歴、世の中をどれほど混乱させたかなど、様々な項目により等級は変化し、対処方法も変化する。まあ、最終的に辿り着くのは処刑だが。
等級は六つに分けられ、下から五等級・四等級・三等級・二等級・一等級・特級だ。
藤池は宮森の言葉通り、五等級~三等級に分けられた非正規創作者を数多く捕縛している。
藤池が所属している捜査部はいくつかの派閥があり、手柄を独占したいが為にお互いを牽制しあっている。なんとも醜く組織的だ。そしてその牽制は藤池が井戸口陽に辿り着けない理由の一つである。
《共に切磋琢磨し合った幼馴染を捕縛する》。それは藤池朔陽にとって宮森への最大の恩返しでもあるのだから。】
「……今まで以上に捜査に努めます」
絞り出した事を悟られぬようにそう口から漏らした。
「頼もしいね」
宮森はそうだ、と机の引き出しから資料を取り出した。
「井戸口二等級の捜査に力を入れてほしいが、同時にこの案件を藤池隊に任せたい」
「拝見します」
資料には仮面パーティー警護計画書とある。
「来月、都内で創作者の仮面パーティーが行われる。君達にはその警護を任せたい。近頃、非正規創作者が活発化しているからね。何も無いとは思うが我々の力を借りたいとのお達しだ」
話を聞きつつ、資料を速読する。
「……謹んでお受け致します」
「要望などあれば聞こう。今でも後からでも」
「では、桜井隊に応援を要請してもよろしいでしょうか」
「ほう……理由は?」
「二つあります。一つ目は会場が広く、自分の隊だけでは警護しきれない可能性がある事。添付されている図面を見る限り、自分の隊だけでは一人当たりの担当範囲が広くなり、緊急の事態に対応しきれない可能性が出てきます」
「二つ目は?」
「男の自分では入れない箇所も女性である桜井隊長ならば入ることが出来ます。自分の部隊にも女性はいますが、男の自分では判断しかねる状況が起きる可能性はゼロではありません。その際、的確な指示が出来かねるので」
「……なるほど。分かった。こちらから桜井隊にも要請しよう」
「感謝致します」
「頼んだよ、藤池隊長」
「はい。失礼します」
班長室からでて十数歩のところで深呼吸をする。
廊下には全面ガラス張りで、目下には夜景が広がっている。
当然ガラスには自分の姿が映っている。
全身真っ白で藤の花が刺繍されている腕章。
ソウトリはたしかに幼い頃からの夢だった。
夢だったが、今の自分は夢みた姿とは程遠い。そう感じた。
言い表しようもない感情が沸き立ち、ガラスを殴った。当然痛かったが、どうでも良かった。
「はぁ……」
ため息を漏らすと、資料がぐしゃぐしゃになっていた。今さっき握り潰したのだろう。
「っ……」
資料を見ていると、思わず犯罪者となった幼なじみの名前を口に出そうになり慌てて飲み込む。
もう一度ため息をつくと、自分の隊の部屋に向かった。
「どうしてここまで散らかるんだ……」
床には脱ぎ捨てられた衣服と、ボツになった原稿がそこかしこに散らばっている。三日前、全て片付けたはずなのだが……。
当の陽はソファーで寝息を立てている。
寝室から持ってきた毛布をかけて、掃除を始める。
黙々と片付けて原稿があらかた終わった頃ーー
「……ッ、う……あ……うう……」
陽が魘され始めた。
陽の目の前で両親が進行形で蜂の巣になっている。構わず駆け寄ろうとするが、同い年の学ランを来た男子生徒に腕を捕まれ、そこから先には行けない。
弾が当たる度、激しく血を吹き出し、跳ねる両親の身体……近寄れない無力感……
「陽、起きろ。陽!」
必死に声をかけて身体揺らし、起こす。
どこか焦点があっていない目が隠世を捉えると、2秒前まで寝ていたとは思えないほど、素早く抱きついてきた。
「……かく、よ…………」
陽の身体は恐怖からか小刻みに揺れていた。
「怖かったなあ。もう大丈夫だぞお」
まるで子供をあやすように背中を撫でてやる。
「大丈夫だ、俺はここに居る。どこにもいかないから安心しろぉ」
しばらくあやしていると穏やかな寝息をたて始めたので、そっとソファに戻して再び毛布を掛けた。
「……毎回思うが俺がすることじゃないだろ絶対」
ボソリとひとりごつ。
日に一回はある陽のあやし。悪夢の原因はわかっている。わかってはいるがどうすることもできないのもわかっている。
ひと呼吸置こうとソファに背を向けると、まだ片付けてない衣服が目に入った。
「……めんどくさ……」
今日は買い出しの日だ。
外に出る頻度を減らすために2週間分を買い込む。
近くの商店街には何でも揃っているので、毎回二人では持ちきれない量になるため、二往復ほどしている。
日用品は既に済み、食料品の買い出しも終わった。
「当分の食料はこれで全部?」
「だな。脂の乗りがいい旬の秋刀魚や諸々も買えたし、久しぶりに今夜は御馳走だぞ」
「魚屋のおっちゃんが良いの仕入れてくれたおかげだね」
「そこは俺のおかげだろ。定価だったのを半額まで値切ったんだから」
「はいはい。それにも感謝してるよぉ」
陽の手には野菜や缶などが入っている布袋と、隠世の手には冷凍食品が入っているクーラーボックス、冷房食品が入っているクーラーボックスが握られている。
時刻は夕方。だんだんと客の数も増え、それに比例するように店主らの呼び声も大きくなっていく。隣の陽の声ですら聞き取りづらい。
隠世「帰ったら即、冷蔵庫のチルドに入れような」
「は? なにいきなり? ちくわ?」
「あ?」
数歩先を歩いていた陽は振り返り、頭にハテナを浮かべた。
「映画館にそんなのあるわけ無いじゃん。とうとうボケた? 音がしない食べ物だからありそうな気はするけど」
隠世も同じく頭にハテナを浮かべたが、おそらくーー
「おい陽、何を聞き間違えたんだ」
「え、『帰ったら即、映画館のちくわに入れる』って言わなかった?」
「バカか、お前は。『冷蔵庫のチルド』っつったんだよ」
「なーんだ。冷蔵庫のチルドか。三十路にしてボケが始まったら首のそれ、起動させちゃう所だったよぉ」
陽は歩き始めてしれっと言った。
「俺、まだギリ三十路じゃねぇぞ」
隠世も後を追うように歩き始めた。
「ボケ始めたら即切る捨てるからねえ」
「はいはい。そうならないように頑張りますよ」
「それよりさあ、どっかに良いネタが落ちてない?」
「それよりって。また行き詰まったのか?お前、そんなんで大丈夫か?」
「大丈夫だよぉ」
今回は、と会話をしつつ歩いているとかなりやつれた様子の男性とすれ違った。
「だってさぁ、『ネタ』がないんだもん」
「そこの君、待ってくれ!」
後ろから話しかけられた気がして振り返ると、そこにいたのはかなりやつれた男性だった。
「少しいいか?」と男性が陽の腕を掴もうとしたので、隠世は割って入った。
「何か用か?」
「なあ君、今『ネタ』って言わなかったか? なら少しで良い。私の話を聞いてくれないか!」
男性は何か焦っているのか、かなり必死だ。
「いいよぉ。話を聞くくらいなら」
「おい」
「隠世、それいつまで持つ?」
それとは聞くまでもなくクーラーボックスの事だろう。
保冷剤が入っているため、半日はもつことを伝えると、陽は頷いて男性を路地に誘導した。
男性は動揺した様子で後をついて行った。
「めんどうなことが起きそうな気がする……」
そんなことを呟き、隠世も二人の後を追った。
次週もお楽しみに




