表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リンドウは手を伸ばす  作者: 長坂青空 加良奈志翠 山葵大福
12/12

第2話 その④

朝食は何にしようかと隠世が考えていると、コツコツと窓ガラスを硬い物が当たる音がした。

音の正体は小窓に止まっていた鴉だ。硬い物は(くちばし)だろう。

小窓を開けてやると鴉はサッシを超えて中に入って来た。

首に付けられている筒から中身を取り出して、小窓近くに常備してあるサラミを差し出す。

「いつもありがとな」

鴉はサラミを(くわ)えると飛び去った。

「誰から?」

陽がキッチンに入ってくる。今どき伝書鳩ならぬ伝書鴉は古いとは思おうが、相手に届くまで情報流出の危険性がデジタルより格段に低いので、好んで使われている。

「なんか今回は三枚あるな」

隠世は筒の中身に入っていた紙を渡した。

「ふんふんふん……。一枚目はBCMの開催概要だね。ハロウィン開催だから参加するならコスプレ必須だって」

「また仮装すんのか。ダルイな」

BCMとはBlack(ブラック)Culture(カルチャー)Market(マーケット)の略称だ。

ここで免許を持っていない非正規創作者は各々の作品を売り出す。簡単に言えば非合法のコ〇ケである。

「二枚目は何だ?」

隠世が朝食のソーセージを焼きながら訊く。別のフライパンにといた卵を落としてスクランブルエッグを作る。

「二枚目はねえ」

いつもは日付・場所・時間が書かれた概要の一枚のみだ。三枚もあるのは珍しい。

「二枚目は『マナーが悪い参加者が多く、一度整理したく思います。そのため、文警局 裁定室 捜査部に通報致します。参加される際は各自正体を隠し、自衛をよろしくお願い致します。必要なものなどありましたらお知らせください。可能な限りご用意させていただきます。リストを同封いたしましたのでご確認ください。記載者には一切の通知厳禁です。通知が判明した場合、貴方様は今後一切の参加不可となり、整理対象となります』だってさ。あ、エラキストン入ってるー」

リストを確認した陽は引き出しからライターを取り出して灰皿の上で火をつける。

「さすがにBCM側も痺れを切らしたか。まあ、あれだけ荒れてちゃなあ」

「ざーっと見た限り、私にちょっかいかけてきたのは軒並みフォーユーされるみたい」

「報復、するか? 自宅は調べてあるから開催前に処分できるが」

話しながら焼いていた卵とソーセージが焼けたので盛り付ける。

卵はいい半熟加減だ。

「あいつがソウトリから逃げ切れたらにしようかなあ」

「逃げ切れるか? あの無能。いつだったかに追い返した時、護身術さえも怪しかったぞ」

「さあ? そこは神のみぞ知る、ってやつじゃない?」

話が切れるタイミングを見計らったのかプエラが入って来た。

「……おはよう、ございます」

「おはよう。早かったね。眠れた?」

「正直、あまり……」

「ま、初めての奇襲だったし無理もないか」

「でも、これがSUNさん達が居る世界なんだなって改めて思いました」

顔を上げたプエラは昨日とは違う顔をしている。

「改めて、よろしくお願いします」

プエラは頭を下げた。

てっきり弱音を吐くだろうと思っていた陽と隠世は顔を見合わせた。

「意外と(きも)()わってるな」

隠世が耳打ちすると陽も頷いた。

「こちらこそ、よろしくね。でも、昨日のこともあるし、今日は休もっか」


今日も今日とてプエラは陽の指導のもと三題噺を書き直している。

「ここはどうしたら」

「んー? ああ、そこは……」

そんなことをしていると、インターホンが鳴らされた。

袖に薄刃のナイフを隠し、隠世が対応する。

「はいはーい、どちら様……っと、お前か」

玄関先にいたのは若い男だった。紙袋を掲げて顔はわからないが、身体的特徴でなんとなくわかった。

「よっすー」

紙袋を下げた男はやはり思っていた通りの人物だった。

電菊(デンギク)……。なんでいつも唐突に来るんだ。連絡をよこせ」

「だって、鴉だと思い立ったときに連絡出来ねえじゃん」

電菊と呼ばれた男は勝手たる我が家のように靴を脱いで上がる。

「と、いうことで、いつものやりに来た」

「はあ……。庭にいけ」

「うーい」

電菊は脱いだ靴を持って廊下を進む。何度も来ているので迷いがない。

「あ、待った──」

隠世はリビングにプエラがいることを思い出して後ろから声をかけたが、既に電菊はノブに手をかけようとしている。

「電菊、いらっしゃい」

それを陽が出てきて止めた。

「ビックリしたーい。いきなり出てくるなよ」

「いきなり来たくせして文句言わないの」

「ああ、そうだ。これ、土産」

電菊は持っていた紙袋を陽に渡した。

「スルガ一押しの和菓子だってよ」

「いつもありがとう。よろしく言っておいて」

「りょーかい」

電菊は再度ノブに手をかけ扉を開けようとする。しかし、陽が扉を抑えて阻止する。

「なんだよSUN。どけよ」

「一分待って。こっちにも都合があるの」

「さいですか。はいはい」


「手直し中止」

陽は片付けを始める。

「SUNさん、今のって」

プエラは隠世以外の男の声が聞こえていたのか、若干震えている。

「私と同じ、非正規創作者の一人。それが今から入って来るからこっち来て」

今から隠世と電菊がやろうとすることはいつも庭でやっているため、プエラを庭から一番遠い所に座らせる

「見えてた方がまだ安心でしょ?」

「はい……」

「入っていーよー」

プエラの隣から廊下に声をかけると、すぐに扉が開いた。

「別に下着を部屋干ししてても俺は何も思わ……ん?」

電菊は入るやいなやプエラを認識する。

「なーるほどお。弟子か?」

「期間限定で預かってるだけ。プエラだよ」

「ふーん、甘藍(アマアイ) 電菊と言います。よろしく、プエラ」

電菊は胸に手を当てて一礼した。

プエラもぎこちなく一礼した。

「おい、庭」

「うーい」

隠世と電菊は庭に出ると各々準備体操を始める。

「今日はどうする?」

「いつも同じでいいだろ」

「ん」

隠世は置時計で十分のタイマーをセットした。

「やるか」

「おう」

二人は構えて睨み合う。

「お隣失礼」

陽はプエラの隣にイスを持ってきて座った。

「SUNさん、これは……」

「ん? 簡単にいうと手合わせ、かな」

「手合わせ?」

「ちょうどいいや。あの二人を見てなよ。君がもし(こっち)で生きていくなら必ず必要なスキルだから」

プエラは頭の中にハテナを浮かべながら二人を見た。

「………………」

「………………」

しばらく睨み合っていた二人は鳥の鳴き声を合図に打ち合いを始めた。

電菊は大きい動作で拳を繰り出す。

隠世は対照的に小さい動作で避けて反撃している。

電菊は最小限のダメージで攻撃を受けるか流すかしている。

「すごい……」

二人の攻防を見ていたプエラは驚きの声を漏らした。

「私も、あの時……速く動けてたら……」

「(あの時……?)」

十分が経ち、タイマーが鳴った。

電菊の蹴りが隠世の側頭直前で止まり、隠世の拳は電菊の鼻先で止まった。

「引き分け、だね」

陽はキッチンに行って冷蔵庫からお茶を出してきた。

二人は肩で息をしている。

ここ二、三年の手合わせでは引き分けが続いている。

「だーっ、あと少しだったんだけどなあ」

電菊は縁側に腰かけて天を仰ぐ。

その視界に陽はコップを持って入り込む。

「電菊さ、もしかしてまた速くなった?」

「そうか? 自分じゃわからん」

電菊はコップを受け取った。

陽は隠世にもコップを渡した。

「実際速くなってると思うぞ。特に今日は何回か危なかったしな」

お茶を飲み干すと渡されたタオルで汗を拭いた。

「週一で付き合って貰ってるからな。ま、腕上げないと失礼ってもんだろ」

「ま、さすがに三年やってりゃ腕も上がるか。そもそもセンス良かったからな」

電菊は膝に手をついて勢いよく立ち上がった。

「っしゃ! 隠世、もう一戦!」

「ああ」

二人が再び構えるとプエラが意を決したように立ち上がった。

「あの!」

プエラは縁側まで駆け足で移動する。

「ど、どうすれば、お二人みたいに速く動けますか? 自分で自分を守ることが出来ますか!?」

「聞く必要があるかの?」

「私、変わりたいんです。男性恐怖症を克服したいんです」

陽はプエラの近くに行って話に入る。

「別に無理に克服しなくても良いんだよ? 」

「……ここに来るまで義父(ちち)以外の色んな男の人と会いました。私とって男の人は……」

プエラの言葉が詰まった。

「無理に話すことは無いんだぞ」

隠世はそう言ったが、プエラは怯えつつも隠世の顔を捉えた。

「いえ……話させて下さい」

プエラは己を落ち着かせるように深呼吸をして話し始めた。

「ここに来る前も私は、義父(ちち)とクラスメイトしか男性を知りませんでした。私が成長するにつれて義父の目は、肉欲に染まり、同時にクラスメイトからは汚い物を見るかの様でした。正直、男性に良い思い出はありません。しかも、学校を卒業した日の夕方、義父が迫ってきて…………未遂、ではあるんですけど、私、初めて、人を殴ったんです」


プエラは陽宅に来る前、義父の一軒家で生活していた。

三月中旬、プエラは通っていた中学校を卒業した。

壁には制服がかかっており、左胸には「卒業おめでとう」と書かれた札が付いた花がついている。

本来であればおめでたい日だ。しかし、プエラにとっては一刻も早く忘れたい日だ。

外から戻ってきた義父は何も言わす、プエラを押し倒した。

太ってダルマのような義父はまだ寒い日も多いというのに汗をかいていた。

きっとそれは気温のせいではないとプエラは察していた。

馬乗りされ、ぶふーっぶふーっと醜い息を吐きながら顔を近づけてくる義父をなんとかかわす。

助けるを求めるように必死に手を伸ばすと何かが当たった。

見るとそれは分厚い辞書だった。

在学中自分が勉学に使っていたものだ。

もがきながら辞書を手に取ると、それを思い切り義父に叩きつける。

「がっ……」

義父はあっけなく気絶し、プエラは這い出た。

そして、恐怖からくる震えで立つことが出来なかったが、押し入れまで行って奥に隠してあるボストンバッグをもって衝動的に飛び出した。あてはないがここにいるより何百倍もマシだと思った。


「……あの時もっと速く動けていれば、と何回も思ったことがあります。あそこから出て私の世界は広がりました。本当に色んな人達がいます。……義父みたいに自分の欲を満たすために行動する人。隠世さんみたいに心優しい人がいる事を知りました。……私はSUNさんの家を出たら、男性と言う理由で避けたくないんです。それでも、きっと義父みたいな人達や犯罪に巻き込まれる事もあるかもしれない。だからせめて一人で対処出来るように、自分の身は自分で守れるようになりたいんです! お願いします! 教えてください!」

プエラは頭を下げた。

男性が怖いプエラからすれば、今のお願いは相当勇気がいることだろうと三人は察した。

陽は隠世の目をみた。「判断は任せる」ということなのだろう。

電菊も「どうするんだ?」と隠世を見ている。

隠世は鼻から息を漏らすと電菊を見ながらプエラを顎で指した。

「(お前が言え)」

電菊はそう言われて気がして、自分を指す。

「(何で俺?)」

「(いいだろ。俺よりお前のほうが説明が上手いだろ)」

「(そんな理由かい。丸投げじゃねえか)」

電菊は観念したようにため息をついた。

「……重要なのは」

電菊が口を開くとプエラはぱっと頭を上げた。

「常に全体を捉えて俯瞰(ふかん)する事だ。あと気配の感知」

「俯瞰……気配……」

「頭ん中で自分を中心とした俯瞰図を書いて動きを把握する。最初は全部を事細かじゃなくていい。ざっくりを練習すればいずれ事細かになる。気配感知に関しては、そーだな、呼吸が一番わかりやすいだろうな。生物である以上、植物にしろ動物にしろ呼吸はしているモノだからな。ま、どっちも一朝一夕(いっちょういっせき)で出来る物じゃない。俺もここ二年程度でわかったくらいだ。なんにせよ練習あるのみだな」

「見事に俺の受け売りだな」

「うるへーい」

「あとは筋トレと精神統一。よく言うだろ? 健全な精神は健全な身体に宿るって。つまり、心を鍛えればおのずと身体も強くなる」

「筋トレ……精神統一……」

プエラは電菊の教えを復唱する。

「今お前が出来るのは体を鍛える事と精神統一のだけだ。昔、SUNがやってた訓練メニューならお前でも出来る、可能性がある……やるか?」

プエラは隠世を真っすぐ見つめ返す。もう目に怯えは無い。

「やります。やらせてください」

「良いのかプエラ、めーっちゃ厳しいぞ」

「そうそう。チョー厳しかったよねえ」

「構いません」とプエラは即答した。

「教えがいがありそうだな、隠世」

「いつまでもつか、だけどな……分かった。とりあえず今は俺と電菊の動きを頭の中に入れろ。どうせすぐには出来ない。でも目標にはするんだ」

「はい!」

プエラはその場に正座する。

「電菊、やるぞ」

「はいはーい。SUN、タイマー十分かけといて」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ