第2話 その③
藤池は捕獲した武田豊風の報告書を提出しに来ていた。
班長の宮森は提出した報告書をパラパラと流し読みしながら話し始めた。
「昨晩はお手柄だったね。タケトヨは問題なく刑務所に送られたよ」
「その言葉は部隊員に。今回は部下の一人が気づき報告してくれたおかげですので」
「その報告を『気のせい』と片付けずに捜査をする判断をしたのは君だろう? どんな些細な事でも見逃さない、桜井くんの指導が活かされているようでなによりだ」
「はい。桜井さんが隊長としての心構えを教えて下さったおかげで自分も隊長として職務が行えております」
「上司の私から見ても彼女は気高いソウトリの魂の持ち主だ。これからも彼女から見て学ぶといい」
「はい」
他にも二、三報告をした後に、宮森は思い出したように言った。
「そうだ。先月の仮面パーティーの主催者との交渉は無事にまとまったよ。君が発生直後に話をしておいてくれたおかげだよ」
「恐縮です」
「創作者達から見ても君は『信頼する』に足り得る存在となっている。学生時代から世話をしている私も鼻が高いよ」
「創作者を支えるのがソウトリの意義の一つですから、当然の事をしたまでかと」
「だとしても、主催者の彼は実に創作者らしい性格だ。何でもかんでも創作資料にする事で有名だからね」
「存じております。ですので、侵入した犯罪者の遺留品や監視カメラの映像などが資料として扱われる事を第一に考え、着地点がこちらが思うところに落ちるように、先に高めの要求をしておきました」
「そのおかげで私や上層部からの交渉もスムーズにいった。犯罪者を逃した罪はトイフェル捕獲の件と交渉成立の件でお咎めなしとしたかったが、体面は大事でね。全隊員の一週間自宅謹慎という処分をさせてもらったよ」
「いえ、その程度で済ませて頂きありがとうございます。あの時、井戸口陽第二等級が目の前にいたのにも関わらず逃がしてしまったのは自分の落ち度ですので」
「君の謙遜は美点だ。が、短所でもある。気をつけるように」
「……はい」
「失礼します」
あらかた報告が終わったので班長室から出たところで日野が駆け寄って来た。
「隊長、どうでしたか?」
「武田は無事に刑務所に収監された」
「そうですか。よかったです」
仮面パーティーで出来事の結末が、日野は気になっていたらしく、それを答えながら隊室に向かう。
「藤池」
道中、すれ違った男性に呼び止められる。
後ろから話しかけられたので振り向いて改めて男性を確認する。
「火山隊長」
男性は同じ捜査部の火山 鷹春隊長だった。
目つきが鋭いので常時睨んでいるようだ。いや、今回は本当に睨んでいそうだ。
「先月のパーティーの護衛、失敗したらしいな」
「……申し訳ありません」
一拍あけて謝罪する態度に火山は毎回苛立ちを覚える。
「二等級の女を捕まえられないなんて……ハッ! 捜査部第四部隊の名が泣くな?」
「火山隊長! そんな言い方……!」
火山に食って掛かろうとする日野を藤池は止めた。
「火山隊長、我が隊の副隊長が申し訳ありません」
藤池は軽く頭を下げた。日野も不服そうに頭を下げた。
火山は「いつもこうだ」と思った。生気がないような顔で口を開けば謝罪とそれに準ずる言葉ばかり。
火山は苦虫を噛み潰したよう顔をして続けた。
「警護に桜井隊まで駆り出したにも関わらず、複数の非正規創作者を許したあげく逃がすとはな? 宮森班長が何故お前なんかにこの仕事を振ったのか心底理解できない」
「あら、貴方なら捕まえられた、とでも仰っしゃるつもり?」
会話に入って来たのは、警護の応援に来てもらっていた桜井 麗羅だった。
「桜井隊長」
藤池は「お疲れ様です」と敬礼した。桜井も「お疲れ様」と返した。
「確かにこの子達、藤池隊は犯罪者たる非正規創作者を取り逃がした。けれどその後の対応はこの子にしか出来ない。そう私は思うわ」
「そうか?」
「監視カメラ映像の回収、現場の保存。主催者である創作者は気難しくて有名……。それなのに、この子が交渉の席に付いただけで難無くこちらの要求が通ったのは何故だと思う?」
一旦言葉を切った桜井は火山を真っすぐに見る。
「創作者の事を『理解』しているから。貴方に足りないのは創作者達への配慮ではなくて? 捜査部第六部隊 火山 鷹春隊長?」
桜井は火山に近づくと自分の人差し指を火山の胸に当てた。
「貴方は力づくで物事を解決することがお好きだけれど、だからこそパーティーの件は外されたと言う事がおわかりにならないのかしら?」
「なっ……!!」
「それに先程から聞いていれば第六部隊 隊長が、第四部隊 隊長の藤池君に上から目線と言うのが本来有り得ない事では無くて?」
そう。部隊の番号はただの数字ではない。番号はそのまま身分の高さを意味する。
「私達に意見をするのならば少なくとも第三部隊 隊長の私を抜かして第二部隊 隊長まで上り詰めることをオススメするわ」
火山の顔は苛立ちで赤くなり、名前通り噴火しそうである。
「行くわよ、藤池君、日野ちゃん」
「はい」
「はーい」
陽と少女が三題噺を書き始めてもうすぐ三時間になる。
「三……二……一……止め」
隠世が告げると二人は同時にボールペンを置いた。
「んーっ、久しぶりに超集中したあ」
陽は思いっきり伸びをした。対して少女は軽く肩で息をしている。
「本気で書くと結構体力使うでしょ」
「は、はい……」
陽は少女が書いた原稿を手に取った。まとめて持つと少し重さを感じる量だ。
「三時間だったけど結構書けてるね」
陽はソファーに移動すると、自分が書いた原稿を隠世に渡した。
「君は暫く休憩ね。隠世はこれ、書斎に持ってって。あ、読んでもいいよ」
「はいはい」
陽は少女が書いた三題噺の添削を始めた。
陽が添削をしている間、隠世は昼食の準備と夕食の下ごしらえをしていた。
少女は持っていたSUNの小説を読んでいる。
バサッと陽が原稿を読み終わった音がすると少女はそっちを向いた。
陽は少女の対面に座りながら話を始めた。
「思ったより面白かったよ」
ぱあっと少女の顔が明るくなる。
「『東雲』、よく分かったね」
「小さい頃、明け方に母が海に連れて行ってくれて『この時間は東雲って言うの』って教わったんです」
「へえ」
陽は原稿をパラパラと再度流し読みをした。
「まあ、合格範囲かな」と呟いた。
「本気で創作者になりたいの?」
少女は決意を固めたような顔で頷いた。
「……そう。隠世」
名前を呼んだだけで隠世は陽が次に言おうと思っていることを先読みした上で返事をした。
「わかった。早急にもう一人分の食料買ってくるわ」
「察しが早い(笑)」
「お前が書斎から原稿用紙を持ってきた時点でそう言うと思ったからな」
隠世は袋と財布を持って出て行った。
少女は状況が理解できずにひたすら困惑している。
それを見た陽は微笑んで批評を話し始めた。
「まず、全体構成が甘すぎ。伏線を張りすぎて片付けられてない。次に登場人物の心情描写が少なくて突拍子もない行動が多い」
「っ……」
つらつらと読みながら思ったことを無慈悲に告げる。
「…………とまぁ、こんな所かなあ」
陽からのダメ出しに、当然少女の顔が曇る。
「戻りましたーっと」
隠世は早速食材を冷蔵庫に入れている。
「あ、おかえりー。なんだっけ、あ、そう。だから、今日から君には二週間、毎日三題噺を書いてもらう」
「ぇ……?」
少女は陽の言葉に心底驚いている。
「……それってどういう」
「察しが悪いな。今日から二週間、ここで面倒見るっつってんだよ」
少女は隠世にそう言われてやっと言葉の意味を理解した。
「弟子にしてくれるんですか!?」
「弟子にはしない。二週間、非正規創作者の生活を体験してその後、何がなんでも出て行ってもらう。それまでに今後の身の振り方を考えて」
「分かりました」
「あと、当然ここで暮らすということは隠世に……男に慣れてもらう。いいね」
少女は瞬間的に顔を強張らせたが頷いた。
「じゃ、荷物を部屋に戻しておいで。お昼にしよう」
陽にそう言われて返事をすると荷物を掴んでリビングを出ようとした。扉に手をかけた瞬間、陽にあることを伝えていないことに気がついて戻った。
「あの、私の名前──」
少女が名乗ろうとした瞬間、空気が一瞬で張り詰めた。と同時にとんでもなく重くなる。
何かに対して拒絶をしているような、何かを言うのは許されない、そんな空気感だった。
少女は直近まで生活していた路地裏で常に感じていた気配を察知し、陽の顔を見ると、顔は真顔だった。
「──何でもありません」
そう言わないといけない気がして口にすると、重苦しい空気は霧散した。
「お昼、パスタで良い? 隠世がミートソース作ったからさ」
数秒前の真顔はどこへやら。陽は笑顔で訊いてきた。
「は、はい」
少女の返事に満足したのか陽は隠世がいるキッチンに入って行った。
「(大丈夫……きっと気のせい……)」
少女はそう思うことにして逃げるように割り当てられた部屋に向かった。
少女が陽宅で暮らすようになって三日が経った。
名前は訊かないのに呼び名がないのは不便と隠世が言うので「プエラ」と呼ばれることになった。ラテン語で少女を意味するプエッラの促音を取ったものだ。
「早く乾かして寝よ……」
あくびをしながら髪を乾かしているが、眠気はこの五秒後に吹き飛ぶことになる。
首筋にヒヤリとした感覚と背後にメガネをかけた男が現れる。
「ひっ……」
「大人くしろよ」
いきなり向けられた殺意に持っていたドライヤーを落としてしまう。
男はプエラの両手を手早く拘束し、廊下に出るように促した。
「いゃっ……」
プエラは抵抗しようとするが、男は低い声で再度忠告してきた。
「暴れるな。これで斬られたいのか」
「……っ」
プエラと男が廊下に出るともう一人男がいた。
こちらの方が背が高い。少し見上げねば顔が見えない。
「そいつがあのSUNか」
「そうだろう。この家に女は一人だからな」
プエラはここで初めて自分がSUNと間違われているとこに気づいた。
「SUNには男が居ただろう」
「あぁ。だが、どこにも見当たらない。今のうちに連れだそう」
プエラ、メガネ、長身の順で廊下を進んで侵入路に向かっていく。
途中、階段前を通り過ぎようとすると、長身は階段側に強く引っ張られた。
異変を感じてメガネはプエラの首にナイフを構えて進入路の方向に後ずさる。
長身は階段で隠世に絞め落されていた。
「こんばんは、侵入者共」
長身を階段に転がして隠世は一番下に降りた。
「う、動くな! SUNがどうなっても知らないぞ!!」
「それは困るなあ」
隠世は注意を引くために両手を上げてあえて無抵抗を示した。
メガネはプエラがSUNだと思い込んでいるからか後ろを警戒するそぶりもない。それをわかっている陽はメガネの後頭部めがけて思いっきりお盆を振りかぶった。
ごん、と鈍い音が廊下にこだまする。
そのおかげでプエラを掴んでいた腕の力が緩んだのを確証した隠世はプエラを引き寄せた。
爪を食い込ませて拘束を解く。
「上にいろ。あとでSUNが行く」
「は、はい……」
プエラは這いつくばるように階段を上がって行った。
「痛ってぇ……」
「当たり前でしょお? 思いっきり殴ったんだか、ら!」
後頭部の痛みに悶えているメガネに足払いをかけて転ばせる。
そこでやっとナイフを放したので、遠くに蹴とばす。
視線がナイフに向かっているのを見て隠世はメガネを寝技で拘束した。
「女が、もう一人……んなの……聞いて、ねぇぞ……」
「さあ? なんでだろうねえ?…………誰の依頼?」
「はっ……誰が、言う、かっ」
隠世はメガネの腕に力を込める。メガネの顔は苦痛で歪んでいる。
ついでに陽が身体検査しやすいように身体を起こさせる。
「みーつけた」
陽は内ポケットからメモを見つけた。
【対象 第二等級創作者 SUN 依頼主 エラキストン】
「エラキストン……あー、毎回絡んでくるクソザコか」
「あいつ、殺し屋雇うほどお金あったんだね。まずそこにびっくり」
「安かったんだろ。ターゲットの顔すら調べないド三流・ド底辺だからな。依頼メモを持ち歩くとか底辺も底辺だからあいつでも雇えたんだろ」
会話をしていたらふっと力を込めていたメガネの腕が軽くなった。
対してメガネは脂汗を浮かべている。
「あ、何? 外れたの? 脆くない?」
「すまん、力加減間違えったっぽい」
解放されたメガネは痛みでうずくまっている。
「用事は済んだから処分していいよ」
「了解。我が主」
隠世は運びやすいようにメガネも気絶させた。
メガネを一旦玄関まで運び、長身も取りに戻る。
そして、二つを玄関から出して隠世も出ていった。
「もう大丈夫だよ」
「サ、SUNさん……」
プエラの目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「これが非正規創作者になったら起こる事。自身が有名になればなるほど色んな所から恨み妬みを買いやすくなる」
「!……」
「時には文警局……あー創作取締、ソウトリの方が聞き慣れてるよね? それの奇襲もある。非正規創作者になれば全部を自分で退けないといけない」
「SUNさんは怖くないんですか……?」
プエラは震える声で訊いた。その質問に陽は笑いながら答えた。
「もう五年近くになるからさすがに慣れたかなあ。それに最近どっちも来なかったからそろそろだなあって思ってたし。それより」
陽はプエラの頭に手を置いて目線を合わせた。
「君が私に間違われるとは思ってなかった。怖い思いさせちゃってごめんね」
「いえ……」とプエラは言うしかなかった。
「今日はもうこのまま寝な。殺し屋もソウトリも、両方来ないから安心して良いよ。来ても私達がどうにかするから」
陽はプエラを部屋まで送ってやった。布団までかけてやる。
「寝るまでここにいてあげるからね」




