第2話 その②
その日、藤池は己の部下を連れて、あるアパートと取り囲んでいた。
四階、中央付近の部屋が目標だ。
インターホンを鳴らせば、中から三十代後半の男性が顔を覗かせた。
「誰だ! 俺は今忙し……ソウトリ?」
「武田 豊風さんですね? 無申請創作物頒布の罪で捕獲状が出ています」
藤池は持っていた捕獲状を広げて告げた。
武田は捕獲状に一瞬視線を落とすと眉をひそめた。
「捕獲状? 何かの間違いじゃないですか? 忙しいので失礼します」
ばたんと乱暴に閉められた扉が施錠される音を聞きながら藤池は淡々と言った。
「日野、鍵」
日野はいつもの軽い調子で「はーい」と答えると、大家から事前に借りた合鍵で開ける。ドアロックはチェーンなことは知っていたので、持ってきた工具で躊躇なく切って中に入った。
「素直に応じて頂けるとこちらとしても助かるのですが」
藤池が土足であがると、日野も土足で上がった。
「待ってくれ! 俺はちゃんと免許を持っているぞ! ほら、バッチだってっ」
武田は慌てて机の引き出しから免許証とバッジを取り出した。
提示した免許証を日野が受取る。
日野が持っていた端末で免許証のバーコードを読みこむと、登録されている武田の情報が映し出される。
「では、ペンネームと本名をお伺いします」
「ペンネームはタケトヨ、本名は武田豊風です」
「……確かにタケトヨで登録されていますね」
「ほ、ほら、な?」
それを聞いた藤池は机に寄って置いてある書きかけの原稿を手に取った。
パラパラと中身を見るとデフォルメされたキャラクターがセリフと共に描かれている。ネームというやつだろう。
「ここに来る前、タケトヨさんの創作物を拝読しました。コマ割りがキレイで、時に大胆で。ストーリーも面白くて。ベタのはみ出しも少ない」
「それは……ありがとうございます」
「今書かれている物は、確かにこれはあなたの作品で間違いなさそうですね」
「……当然でしょう? 俺が苦労して生み出しましたから」
「ですが」
言葉を切って原稿の表紙を武田の前に突き出す。
「これの作者は竹取トヨタとあります。私の記憶の限りでは登録はカタカナで『タケトヨ』のみのはず」
それに応えるように日野が述べる。
「隊長が言うように、確認できる登録名はカタカナ表記でタケトヨのみです」
「免許交付の際、後々ペンネームが増えるのであれば都度申請をと、言われたはずですが、一体どういうことなのでしょう?」
目に見えて武田の顔から血の気が引いていく。
「えと……それは……」
何か言いかけた武田はいきなり藤池を突き飛ばし、脱兎の如く逃げ出した。
「日野」
「はいっ」
同じく日野も駆け出し、武田の後を追う。対して藤池は後ろから歩いてついて行く。
日野は小・中・高と陸上部に所属し、部隊内でも群を抜いて足が速い。藤池がこうしている間に追いついている事だろう。
部下があらゆる出入口を塞いでいるので何にせよ武田は敷地から出ることは叶わないのだが。
武田は階段を駆け下り、正面玄関まであと十数メートルというところで日野に行き手を塞がれた。
しかも後ろからではなく別ルートから来たようだ。
「諦めた方がいいですよ。私、めっちゃ足速いですから」
武田は肩で息をしている上に滝のような汗をかいているが、日野は少し息が早くなっている程度だ。
「忠告しておきますが」
エレベーターで悠々と追いついた藤池は後ろを塞いだ。
「このままお逃げになられると等級が上がります。現在、竹取トヨタは五等級。抵抗されますと四等級に昇格します。処遇は知って通りかと、思いますが。いかが致しますか?」
武田は苦虫を噛み潰したような顔をすると、地面に膝をついて両手をあげた。
「賢明な判断、ですね」
武田は日野に大人しく手錠をはめられた。
そこにちょうど他の部下たちが来たので引き渡した。
「さすがです。隊長」
「いつものことだろ」
「しかし、最近多いですね、非正規創作者。免許無しも免許有りも。さっきの人もせっかく免許取ったのに、登録してないペンネームで頒布するなんて。バレたらどうなるか知らないはずないのに。……創作者なのに想像力が足りないと思いませんか?」
つらつらと文句をいう日野に藤池はため息をついた。
「お前は本当によく喋るな」
「だって謹慎解かれて初出動ですよ? 私はそもそも今回の謹慎は不服だったんです!」
まだ文句を垂れるのかと藤池はため息をついた。
「しょうがないだろ。よく謹慎で済んだと思うべきだ」
藤池は来た道を戻り、部屋に戻る。今から武田の家宅捜査の指示を出さなければならない。
「確かにあの会場に居た、蝶のお面や、井戸口二等級は逃してしまいましたが、トイフェル……否、阿久津の実態を暴いて罪を明かしました。それを認められてないというのはおかしいですよ」
「犯罪者を……あの場に居た非正規創作者を捕らえられなかったのは紛れもなく俺の失態だ。阿久津の件もタレコミが無ければ見過ごしていただろう」
「それはそうですけど……」
日野はなおも納得できずに頬を膨らませる。
部屋まで戻ると、部下の篠田 滝達が待っていた。
「待たせてすまない」
「いえ。では我々は武田豊風の家宅捜索を開始します」
「よろしく頼む」
篠田は敬礼すると中に入っていった。他も後に続いてぞろぞろと入っていく。
「日野、もう終わった話だ。今後一切持ち出すな。お前も組織の人間ならな」
「……はぁい。あ」
「今度はなんだ……」
「四等級以上の処遇って何なんですか?」
「……班長に訊いてみろ」
「前に訊きましたけど答えてくれなかったんです。隊長、教えて下さい」
「もう少し階級が上がったらな」
陽の一日は早朝、床に新聞を広げて読むことから始まる。
欠伸をしながら新聞を読む横で隠世が朝食の準備をする、いつものルーティーンだ。
「へえ、中東のやつ終戦したんだ」
新聞の一面は『ついに終戦!』とでかでかと書かれている。
「密かに中立国が間に入ったらしいぞ」
隠世が話しながらマグカップを渡してきた。中身は白湯だ。
食前に胃を動かすために白湯を飲む。これもルーティーンだ。
「中立国?」
口に含んだ白湯を飲みこむと、ふわりとした温かさが通過した。
「どこの国かは情報が流れてないけどな」
「裏でも?」
「ああ」
「そう」
陽が続きを読み始めて数分後、廊下からバタバタと駆けてくる音がした。
「寝坊しました! すみません!!」
「あ、おはよう。よく眠れた?」
「は、はい」
「そ。なら良かった」
続きは後で読むことにした陽は新聞を畳んだ。
「じゃあ少し早いけど朝ごはんにしよっか」
陽がキッチンに向かうと少女も「手伝います!」と後をついてきた。
当然、キッチンには隠世がいる。少女は隠世が目に入ると動きを止めた。
「いーよ、無理しなくて。君は座ってて。隠世苦手でしょ」
「…………すみません」
少女は大人しく戻りテーブルに着席した。
「随分と懐かれたな」
距離は少しあるが一応小声で話しかける。陽も小声で答える。
「もっと警戒心持ってほしいぐらいだよね」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様」
「さて、と」
陽は隠世が食器を片付けている間に少女に切り出した。
「はい、少しだけだけど。電車賃ぐらいは入ってるからさあ、」
少し厚みのある封筒を少女の目の前に置いた。
「え……」
「それと荷物持って出てってくれる?」
いつの間にか隠世は少女の荷物を持ってきていた。
「ほら荷物」
ついでに荷物の外ポケットに封筒を入れ込む。
「まっ……待って下さい! 何で……」
「昨日は夜だったし、君が明らかに未成年だったから家に上げたけど、要求を通した覚えは無いよ」
「そんな……!?」
隠世が近づくと少女は慌てて荷物を掴んで立ち上がって後ろに下がった。
「まっ待って下さい! お願いです!! 私、どこにも行く所無いんです!!」
「うん、だから電車賃をあげたんだよ。それで何処でも行きな。上手に使えばカプセルホテルぐらいは泊まれるでしょ」
「お願いです、SUNさん! 私を! 私を弟子にして下さい!!」
攻防を繰り返していると荷物から何か落ちた。
「あっ!」
それは少女にとってよっぽど大事なのか、慌てて拾っていた。
それを見て陽は驚愕した。
「それ…………それ何で……?」
イスから音もなく立ち上がり、一歩……また一歩とゆっくり足を進める。
「その絵本、ずっと前に焚書されたやつなのに……」
「……この絵本は、随分前に亡くなった母がくれたんです。SUNさんの本と、同じくらい好きな本の1つで……焚書令が出ても隠してきました」
絵本に視線を落としたまま続ける少女の声を陽は黙って聴いていた。
「私は、この絵本の作者みたいに人の心をあったかくできる創作者になりたいんです。私じゃ、正規の創作者になるのは無理だから」
「……SUNは非正規創作者、犯罪者だよ。自ら犯罪者になるつもり?」
「……私がなんで、SUNさんに弟子入りしたいのか、昨日この絵本を読んでようやく分かったんです」
やっと絵本から視線を上げた少女の目が陽を捉える。
「この絵本とSUNさんの本はとても繊細なんです」
「は? 繊細?」
「そうです」
少女は絵本の表紙を優しく撫でた。彼女にとってそれはそれだけ大切なものなのだろう。
「この絵本は星から星へ旅する主人公が色々な生き物と出会って、交流して、自分の生きる道を見つけて、出会った生き物たちのお医者さんになるお話です」
一旦言葉を切ると、鞄からSUNの本を取り出し続けた。
「SUNさんのこの本は色んな裏切りが目の前で起こるけど、少しでも人を救おうと自分の出来ることを精一杯頑張る話」
少女は絵本とSUNの本を差し出すようにして陽の前に出す。
「根本は同じなんです。誰かの為に二人は足掻いています。二人は様々な出会いをして心の奥の奥で相手からの感情を受け取って、傷つきながらも、それでも相手と向き合い続けました。だから……!」
「もういい! ……それ以上、話さないで」
陽は大声で話を遮った。
陽はテーブルに手をついてもたれた。
髪に隠れて顔は見えないが、きっと考えを巡らせているのだろう。
「創作者になりたいって言ったね。ジャンルは?」
しばらくの沈黙のあと、陽は訊いた。
「小説です」
陽は大きくため息をつくと、もたれていたテーブルを指した。
「そこに座って」
「え……?」
「座って」
陽の意図を察した隠世は少女の腕を掴んで誘導した。
少女は隠世に怯えつつも指されたテーブルに着席した。
陽はそれを見届けると書斎に向かった。
書斎に入り扉を閉めると深いため息と共に座り込んだ。
重たい腰を上げて、立ち上がり深呼吸をする。一回では気が済まず、二回、三回と繰り返す。
「……よし」
ストックしてある原稿用紙二束と新品のボールペン二本を持ってリビングに戻った。
「今から三題噺を本気で書いてもらう。拒否権は無いよ」
陽は持ってきた原稿用紙とボールペンを少女の前に置いた。
「三題噺……?」
「そう。今からこいつが時間・アイテム・場所をランダムに言う。そのお題に沿って小説を書いてもらう。文字制限はない。もちろん私も書く」
陽は少女の対面の席に座ると一束・一本を引き寄せた。
「文字の制限はないけど、時間の制限は設けようか。そうだねえ……」
陽は壁の時計を見た。時刻は七時三十分を指している。
「今から三時間にしようか。隠世、時間・アイテム・場所を直感でいいから言って。あと制限時間を測って欲しい」
「じゃあ……東雲・鈴・海岸」
「へえ……」
陽は小さく口元に笑みを作った。
「三題噺、東雲・鈴・海岸。文字は無制限、時間は三時間……始め」




