第五話 必殺のイチゲキ
「タケムラ流抜刀術──銀筍」
──抜刀術と、そうはいっても鞘から刀身は現れない。
『ヌけない』と、思ったから抜けない。魔刀は、応えない。
だが、そういう場面があることも、イケダは分かっている。
ならば、斬るのではなく、叩くに思考をチェンジする。
魔剣は、絶対に折れない──という性質がある。
だからその硬さに、自分は重さを加えるだけ。
酸素が全身を巡り、血筋が浮かび上がる。
魔族の身体を抉り折るには、力は十分。
刀は、デスソングの首元へ──
「──ヘルメタル」
「──承知」
「クッソ!!」
だがその攻撃は、突如割って入ったヘルメタルの身体に消えていく。
「ふ、仲間が死地に立たされ戦うその姿……貴様も武人か」
「武人なら、そこの卑怯なやつ差し出せよ」
「それはできんな」
──ありったけの衝撃が、まるで効いてない。
暖簾に腕押しというよりは、岩盤に腕押しといった感じ。
……『鉄壁』のヘルメタルか。鉄壁の方が、まだましだな。
その大きな体躯の裏に、それよりも遥か巨大な壁が見える。
「【魂に呼応せし紅蓮の業火、灼熱の炎よ。今、目の前の魔族を焼き尽くせ】」
今度は、詠唱がうまくいくいった。
ヘルメタルをゆうに飲み込めるほどの炎が、杖の先端より放たれる。
イケダが身体をよじり、軌道からそれる。
それと同時に、炎の渦が地面を削りながらヘルメタルに接近して、そのまま飲み込んで……
衝突の瞬間、空間を砂埃が覆った。
「──やったか……?」
今のが、このパーティで出せる最高火力の魔法。
殺すとはいかずとも、動けなくなるぐらいの傷は負っていてくれ。
砂埃が徐々に晴れていく。
──そして現れたるは、腹を少し火傷した仁王立ちのヘルメタル。その後ろに、綺麗なままのデスソング。
「──馬鹿な」
「馬鹿ではない。武人だ」
なんてふざけた硬度。
だが、へこんでいる時間なんて1秒たりともない。
──1秒たりともないんだ。
イケダは、ヘルメタルの生存を確認したのち息をすることなく地を蹴り、刀を振るう。
フライヤも、魔法を間髪入れずに打ち込む。
完成されたコンビネーションで、その鉄壁に立ち向かう。
ここから一分間、仁王立ちのヘルメタルに傷がつくことはなかった。
残り時間はどれほどだろうか。
イケダはそんなことを気にしながら、地に膝をついた。
もう、息が続かない。
たかが一分のはずなのに、身体がもう鉛のようになって。
このダンジョンに充満した邪悪な魔力のせいだ。
呼吸を妨げている。だから、消耗がいつもの数倍激しい。
フライヤはもう限界をとうに超えてる。鼻血と、吐血と、あと耳から血が流れるのはなんとういう呼称なのだろう。
もう、動けない。
だけど、動かないといけないんだ!
イケダも、フライヤも、自分が変人だということは理解している。
だからパーティに誰も入りたがらないのは理解しているし、別にこの悪癖を直そうとも思うこともない。
──しかし、新しく人が来てくれたら、堪らなく嬉しい。
普段よりも賑やかで。普段よりも楽しくて。
ニゲキも、チゲも会ったばかりなのに……守りたいと、思うのは、変人だからだろうか。
もう一度、もう一度ッッ……立ち上がろうとするイケダの肩を、ぽんと、ニゲキが叩いた。
「──ニ、ゲキ……くん?」
彼女の目は、怒りにも、恐怖にも、焦燥にも。何にも侵されていない。
ただその無垢な眼差しは、魔族に向けられていた。
「イケダ、もういい」
「──もういい? ……そんな──!!」
諦めるみたいなことを──
「違う。もう大丈夫という意味だ」
「──は?」
「──ここからは、イチゲキ様がやる」
こつ、こつ。
イケダの背後。そしてフライヤの背後から、足音がする。
ニゲキを除いて、魔族含めその場の全員が、その足音に注目する。
「ああ、あああ、怖い。怖いなぁ」
その足音の主は、ほかでもない──チゲ。
頭には呪いの紋章が、赤く怪しく輝いている。
「──こうなったのも、イケダさんが慎重にいかなかったせいです! 流石に魔力がこんなに濃いなら引き返せばよかったものを! リーダーの自覚を持ってください!!」
「……」
「フライヤさんも! 仕事中に飲酒だなんて論外です! あなたが魔力探知役なんですから! 飲酒で感知が鈍ってたんじゃないですか!?」
「……ごめん」
き、切れている。
あと一分ほどで、死の運命にある少年が目の前で。
「……なにより、一番腹が立つのは自分を大切にしないことです。億が一呪いで僕が死んだら、次に死ぬのはイケダさんたちです。僕なんか見捨てて、早く王都に戻ってくれればよかったんです」
イケダとフライヤはぽかんとしたまま。チゲは魔族の方を睨む。
「ヘルメタルと、デスソング……僕は四天王あなたたちを含め、魔族が嫌いです」
「──あ? なにをいっちょる」
そんなの、人間が魔族を嫌いなのは当然だ。
命の奪い合いをしているのだから。
「──僕は、僕はとーっても安全な国のとーーっても安全な街で、毎日朝パンを食べて、昼は職場で働いて、夜は酒場で一杯やって、家へ帰ってすやすやと寝る、そんな生活がしたいんです」
「んぁあ? 勝手にやればよか」
「──はぁ? できるわけないでしょ!! もし、魔族にどこかの村の農家さんが殺されて、小麦が街に届かなくなって、みんな飢え死んでしまったら……ああ、考えるだけで恐ろしい! 僕はあなたたち魔族のせいで心配で心配で……夜も十分に寝られないんだ!!!」
情けない声が、ダンジョン内に響き渡る。
「王都の地下牢なら、結界もあるし安心して三食食べられると思ったんです。だからむかつく宰相の別荘を破壊して牢に入った。はじめは落ち着いて生活もできた。でも、でもでも!! よく考えたら、僕にご飯を運んでくれる人が死んでしまったら、とか。結界が壊れちゃって王都の人が死んじゃったら、とか不安になって。
──もう僕は! 魔族を、モンスターを滅ぼすしかないんです!!!」
涙を流しながら、チゲはヘルメタルたちに近づく。
──ボッと、チゲの拳が黒く燃えている。
その魔力を、数年前、デスソングは実際に見たことがあった。
人間の使うそれよりも、どちらかというと魔族の、『呪い』に近いような魔力。
「その魔力……お前、『必殺』の──!!?」
「デスソングさん、あなたは強いです。慎重だから。滅多に人前に姿を現さず、呪いだけをおいてどこかへ去っていく。でも今日は、油断していましたね」
──S級冒険者 格闘家イチゲキ
彼の討伐実績は、S級冒険者のなかでは極端に少ない。
──四天王トゲパンチ、四天王ダークトルネード、四天王マッハゴリラ、古龍ドラレックスを含めたモンスター計二十二体の討伐だけ。
だが、その討伐すべてに共通するのは、相手がとんでもない強者であることと、
──そして、必ず一撃で殺していること。
こうして、魔族から彼を恐れてつけられた異名は、
『必殺』のイチゲキ。
回復術師チゲが──否、『必殺』のイチゲキが構える。
背はピンと張り、足は肩幅程度に広げる。黒く燃ゆる拳を引いて──
──魔力の澱んだ空間の空気が一瞬、カラッと晴れた気がした。
「──黒拳」
黒い雷光が、轟いた。
「な、なぬ!?」
その一撃が迫る一瞬、はじめて『鉄壁』のヘルメタルは組んだ腕を解き、防御に構える。
ツーっと冷や汗が頬を伝った、が。
「うおおおお、おお、おぉ、ぉ──」
彼の上半身は、その一滴の冷や汗と一緒に蒸発した。
そして、残された下半身は、右、左と上半身を探したのち、見つけることはできず、力無く倒れた。
しかし、ヘルメタルと同時に倒れたのがもう一人。
──イチゲキである。
『必殺』のイチゲキには、その圧倒的な一撃とともに、ある弱点が語り継がれている。
──彼がその奇跡の一撃を放てるのは、一日にたった一回だけ。
一撃を放った後、彼は力なく倒れるという……
倒れたイチゲキの頭にはまだ、紋章が光ったまま。
「は、っはは!! 生きた! 生きた!! ヘルメタルも少しは役に立った!」
──『絶望』のデスソングはまだ、生きている。
ヘルメタルに向けられた一撃を、なんとか避けることができたようだ。
「油断したんなわいだ、イチゲキぃいいいい!! 死ねぇええええい!!」
呪いの発動まで、残り十秒。
──絶望が、叫んだ。
と、同時に、なにかが光る。
「馬鹿が、あれほど慎重なイチゲキ様が無策に突っ込むわけないだろう」
デスソングの目の前に現れたのは、ニゲキ。
眼中にもなかった敵の登場に、デスソングは喉になにかが詰まる。
「──ッ!? 黙れ、黙れ黙れ! イチゲキはもう闘えんじゃろうが!! 私の勝ちだ!!!」
「イチゲキ様が戦えない……? それは違うな、明確に」
「──はぁ!?」
「──二撃目がいるのだから」
ニゲキの拳が、黒く燃えた。
──イチゲキの一撃は、最早神業と呼んでいい域にある。常人では到底真似できぬ奇跡の一撃だ。
だけれど、人間にももう1人その技を模倣ることができる者がいた。
S級冒険者──戦士『鏡面』のミラージュ
彼女は特別な『魔眼』を持っているとされ、その眼に映った技を、完全にコピーできるという。
そう、彼女は戦士ニゲキではなく、『鏡面』の──
「お願いします、ミラージュ」
「──はい、お任せくださいませ。イチゲキ様」
『必殺』のイチゲキ──その一撃必殺の噂は魔族内でも広まっていた。なんでも当たれば即死の一撃。それを耐えられたのは、ただ1人──魔王『不滅』のペンタハートだけである。それはさておき、イチゲキの名声は確かで、そして、ミラージュの話は、あまりなかった。
──それは、戦士という職業の性質故か……否である。
答えはいたって簡単。彼女の技をみて、生きて帰ってきたものはいないからだ。
彼女こそが、『鏡面』のミラージュこそがS級パーティの隠し玉。
「──黒拳」
「くそ、くそ、くそおおおおおッッ!!!」
黒が、弾けた。
デスソングの身体が、拳の前に花火をあげる。
絶望の霧は、晴れた。




