第3話 異変
──そして辿り着いたダンジョン、魔人形の墓地。難易度はB級だが、ギルドでは、実質A級と言っていいほどの難易度だと噂になっていた。
こんなところに戦士職もなしで来ようとしていたことに驚きである。
ダンジョンの入り口は石のレンガ造りで、天井からはツタが下りてきている。自分たちが生まれる何百年前から存在するかも分からない。
ダンジョン内部は、少しカビ臭かった。
ここまで来ると流石に緊張感を増していく。
壁には蝋燭が灯されている。誰かが手入れしているとは思えない。きっとダンジョン内を巡るこの濃密な魔力がそうしているのだ。
しかしそれにしても──
「……濃いねぇ、魔力」
フライヤが呟いた。足が重い、頭が痛い。胸やけしてしまうほどの魔力……これは異常だ。
「今回のダンジョン探索の依頼が、この異常な魔力のもとを探れ、だからな」
「にしても、濃いねぇ。あたし吐き気がしてきたよ」
「あんたは飲んでるからだよ」
「──止まれ」
ふと、イケダが後衛たちを制止した。
──つまり、来る。
進行方向、暗闇から。
どす、どす、どす──と、硬い床を踏みしめこちらへ向かう音がする。
岩の頭、岩の身体。胸部には魔の紋章。少し苔むした大きな体躯は、相手を威圧するには十分。
──ゴーレムである。
モンスターとしての脅威はA級。相当に強い部類だ。
視認と同時に、フライヤは詠唱を始める。
もう飲んだくれのだらしない女はいない。
──今ここにいるのは、魔法使いフライヤだ。
「【魂に呼応せし紅蓮の業火、灼熱のほにょ……あ、噛んじゃった」
「呂律回ってないじゃん! 酒のんでるから!」
「あーくそ。【ファイア】」
それは、長い詠唱なしでつかえる簡易魔法。
威力としては、飴玉ほどの大きさの火の玉をだすだけ、なのだが。
「ふっ!!」
フライヤはそれに思い切り息をふきかける。
すると、酒気を含んだその吐息は、炎を巻き上げ──ゴーレムを炎で包む。
「──馬鹿な! 飲酒が活きた!?」
しかし、相手は岩の魔物。炎の効果はいま一つのようで……
ゴーレムは重そうな腕をぶん回して、フライヤを狙う。
だが、その攻撃が届くことはない。ニゲキが身長程ある戦斧を使って、その攻撃を受け止める。
ゴーレムの巨体から発せられる力に負けることなく、ニゲキは耐える。
チゲも、ニゲキが押され負けないように援護魔法をかけている。
──よって、この状況、手が空いているのはイケダ、ただ一人。
「ゴーレムか、うん。──エッジの効いたボディライン。うん、うん。ヌけるな」
「う、嘘だろ」
まさかの守備範囲である。
イケダは腰の刀に手をかける。
──また、居合斬りの構え。
「イケダ。こいつの身体は鋼鉄並みだ。いけるのかッ」
実際に抑えているニゲキが叫んだ。
「──大丈夫。俺がヌけると言ったんだ」
──『ヌける』 その言葉に、刀は応える。
チャキ──鞘が立てる音色と、同時に。
風が、走った。
ゴーレムの胴体は、上と下の二つに分かれる。
「つ、強いですね」
チゲは思わずつぶやく。
「まあね。キモイけど、実力は確かだよ。一応あいつA級冒険者だし、魔剣持ちだし」
「え、魔剣って……あの魔剣ですか!?」
「うん。まぁ正確には魔刀だが」
そう言って、イケダは腰の刀をぽんと叩いた。
「でも、魔剣って選ばれた者にしか扱えないんじゃ……」
「選ばれちゃったんだから仕方ないんだよな……でも、魔刀が抜けたは抜けたで大変だったぞ。なんでお前みたいな変態が……とか言われて。挙句の果てには故郷から追い出されてさ」
「……流石に可哀そうですね」
「みんなヌきたいって気持ちが足りないんだ。俺は毎日朝と夜に抜刀術の鍛錬を怠らず……」
「自慰行為のこと鍛錬っていってる……気持ち悪い」
一瞬同情の波が押し寄せたが、すぐに引いていった。
ここから、進めば進むほど、魔力は濃くなり、ゴーレムの数は増えていく。
砲台型ゴーレムや飛行型ゴーレムなどが現れたが、なんとか4人で力を合わせて乗り越えていく。
その度その度にイケダは気持ち悪いし、フライヤは酒を飲む。
──パーティにもっとメンバーが来てほしいなら、もっと来たいと思わせる努力をしろと思う。だけれど、ニゲキを含めて彼らの実力はたしかで、少しずつでも先ヘ進んでいる実感があった。
***
「ここ、魔力が特に濃いよ。たぶん、原因はこの扉の先」
ダンジョンに潜ること、二時間。
ゴーレムを超えて辿り着いたのは、なんとも仰々しい大扉。
おそらく、ここがダンジョンの最奥。
この扉の奥、待ち受けるのは一体──
フライヤは杖を構え、イケダはすぐに刀を抜けるように、ニゲキも戦斧の奥を睨んでいる。
チゲも、いつでもバフ魔法をかけられるように、魔書の用意は整っている。
四人の緊張は最高潮に達して──今、その扉は開かれる。
扉の奥より漏れ出る光には、それはもう比較にならないほどの濃密な魔力が滲んでいて、眩しいと同時に、気持ち悪いが来る。
光が質量をもっているかと思うほど、それにはチゲたちを圧倒するものがあった。
その空間の光に徐々に目がなれていく。
いよいよ、この魔力源があらわに……
まず分かったのは、そこがとても大きな空間であること。まるで神殿のように美しい造りである。また、どこから光が入ってきているのか分からないが、外にいるような、太陽の温かみを感じられる。
だが着目すべきは、そこじゃない。
──何が、いたかである。
先程のゴーレム、の十倍はあるだろう大きさのゴーレム。背中には機械仕掛けの羽が生えている。そして、腕には数十メートルはあるだろう長さの槍。肩には砲台をつんでいる。
とりあえず、混ぜれば強くなるだろうみたいな安直な考えで作られたであろうもの。
ただ、つくりは安直だが、どこから取り掛かればいいかと聞かれればそれも分からない。
──こんなの、倒せるのか?
そう弱音すら吐きたくなるような、絶望的なゴーレムの
亡骸が、目の前に。
ゴーレムは近づくと起動するタイプのやつもいる。だから、今回も近づくと動き出すかも、だなんて考えは、四人の思考をかすめもしない。
それはなぜか……その根拠となるのが、地に伏した巨体の上に、二人。
一人は上裸の大男、筋肉質な身体には、刺青が入っている。
もう一人は、妖艶な雰囲気の、緑髪の女。髑髏のついた、怪しげな杖を持っている。
──この二体はやばい。
チゲの本能が、がんがんと叩かれる。
こんな見た目の冒険者、探せば見つかるだろう。だが、彼らが人間とは異なる、彼らだけの共通点が、ひとつ。
頭から、邪悪に歪んだ角が生えている点である。
「──魔族……!?」
フライヤが、掠れた声を喉から捻りだす。
唾液も、冷や汗も蒸発してしまうほどの威圧感が、そこにはあった。
この世界に蔓延るモンスターという存在。
それらは、邪悪な魔力により形成された、人間に敵対するものたち。
モンスターは、『言葉を扱えるほどの知性があるかどうか』により、魔族と、魔物に二分される。
魔族は、ただでさえ人間をはるかに超える身体能力をもっているにも関わらず、魔力量も人間とは比べ物にならない。
ただ、イケダとフライヤにも、魔族は討伐経験があった。
だから、今回は異常だと、すぐにわかる。
以前とは、通常とは比較するのも悍ましいほど強大な存在が、目の前にいるのだから。
あの眩暈するほどの魔力は、この二人から発されている。
「──こげんところに出てくっなんて聞いちょらんかったど!!」
そう騒ぎ立てるのは緑髪の女の魔族。
杖をぶんぶんと振り回して、男の魔族にキレている。
「うむ。このワープゲートは久しく使っていなかったからな。王都近郊にでてくるとは知っていたが、まさかダンジョン内とは思わなんだ」
「謝罪せんか! ヘルメタル、貴様!!」
「…………オレは武人。謝罪は敗北と同義で──」
「──謝罪ぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
「……すまん、デスソング」
「ふん。許すど……で」
女の魔族──デスソングは、話を区切りそして、ぎろりと、こっちを見る。
蛇に睨まれた蛙、ということわざは、きっと今のためにある。
筋肉がこわばり、動かない。
「──ないを見ちょっと、わいらぁ」
死屍累々の地獄を抽出したような声が、鼓膜をざらりと撫でた。




