悪用された技術と、天才の証明
私の技術を悪用した魔導兵士の群れ。絶望する私を、呪いから解放されたギルバートが守り、導く。彼の新しい腕となり、私は戦場で次々と敵の弱点を見抜いていく。これは、私の技術の価値を、この手で証明する戦いだ!
呪いから解放されたギルバート様の力は、まさに圧巻だった。銀色の義手を自在に操り、彼の剣技は以前にも増して冴えわたる。私の技術を悪用した魔導兵士たちは、彼の前では、まるで出来の悪い玩具のように、次々と破壊されていった。
私は、その後方で、彼を援護することに専念した。
「ギルバート様! 敵の右腕の関節部、アクチュエーターの強度が足りていません! そこを狙えば、一撃で腕を破壊できます!」
「七時の方向、三体! 動力パイプが剥き出しです!」
私の目には、敵の「欠陥」が、手に取るように見えた。私の設計図を盗んだ『オウルム』は、その表面的な構造は模倣できても、その本質――なぜ、その部品を、その素材で、その位置に配置する必要があるのかという、設計思想までは理解できていなかったのだ。故に、彼らの作った魔導兵士は、見た目は似ていても、耐久性や効率性において、致命的な欠陥をいくつも抱えていた。
私は、戦場の管制塔となった。双眼鏡で敵の動きを捉え、その構造的な弱点を瞬時に分析し、ギルバート様や、駆けつけてくれたレオたち騎士団の仲間へ、的確な指示を飛ばし続ける。
「アリア嬢の言う通りだ! 本当に、一撃で…!」
「すげえ…! あのお嬢さん、一体どうなってるんだ!?」
最初は、私の指示に半信半疑だった騎士たちも、その正確さを目の当たりにするうちに、全幅の信頼を寄せるようになっていた。
「アリア! 次の指示を!」
ギルバート様が、私を、ただの令嬢ではなく、戦場を共にする、唯一無二のパートナーとして、その名を呼ぶ。その声が、私の心を奮い立たせた。
そうだ、私は、もう落ちこぼれの公爵令嬢ではない。騎士団の仲間たちと、そして、この愛しい人と、共に戦う、一人の技術者なのだ。私の技術は、人を傷つけるためではなく、こうして、仲間を守り、平和を取り戻すためにこそ、あるのだ。
私は、自分の技術に、誇りを取り戻した。
私たちの活躍で、戦況は、圧倒的に優位となった。魔導兵士の群れは、その数をみるみる減らしていく。
追い詰められた敵の指揮官が、最後の手段に出た。彼は、一体の、ひときわ巨大な、試作機らしき魔導兵士を起動させた。
「出でよ、『テュポーン』! 我らが『オウルム』の最高傑作よ!」
その機体は、他の量産機とは、明らかに作りが違っていた。装甲は厚く、両腕には、ガトリング砲や、高熱ブレードといった、重火器が装備されている。そして何より、その動きは、量産機のようなぎこちなさはなく、滑らかで、力強い。
「……まずいな。あいつは、欠陥が少ない」
ギルバート様が、初めて、警戒の声を上げた。
テュポーンは、圧倒的な火力で、騎士たちを薙ぎ払っていく。ギルバート様が斬りかかっても、その分厚い装甲に、剣が弾かれてしまう。
「アリア、弱点はどこだ!」
「待ってください、今、分析します!」
私は、双眼鏡で、テュポーンの動きを食い入るように見つめた。確かに、装甲に隙はない。しかし、あれだけの重装備を、あれほど滑らかに動かすには、相当なエネルギーが必要なはずだ。動力源はどこに?
私は、その背中に、わずかな排熱口があることに気づいた。そして、時折、そこから漏れ出すエネルギーの色が、不安定に変化している。
「……自己修復機能を兼ねた、新型の魔導炉……? でも、冷却効率が、機体の性能に追いついていないんだわ!」
私は、その弱点を見抜いた。
「ギルバート様! あの機体は、攻撃を続ければ続けるほど、炉心に熱が溜まる構造になっています! 今は持ちこたえていますが、あと数分もすれば、オーバーヒートを起こして自爆します!」
「なに? では、それまで耐えればいいのか?」
「いいえ、それでは、村ごと吹き飛んでしまいます! 自爆する前に、背中の排熱口から、炉心を直接、冷却する必要があります!」
「冷却だと?」
「はい! 騎士団の放水車か、あるいは、何か、極低温の液体があれば……!」
しかし、戦場の真っ只中に、そんなものがあるはずもない。誰もが絶望に顔を曇らせた、その時だった。
「――それなら、俺に任せろ」
声を上げたのは、ギルバート様だった。
彼は、自らの銀色の義手を、私に見せた。
「アリア。お前がこの腕に付けてくれた、この機構。これは、緊急冷却用の、液体窒素噴射装置だろう?」
「え……!」
それは、私が、万が一、彼の義手が暴走した時のためにと、設計図の隅に、本当に「お守り」として描き加えておいただけの、小さな機構だった。まさか、彼が、その機能に気づいていたなんて。
「だが、これを使うには、腕の装甲を一時的にパージする必要がある。その間、俺の左腕は、完全に無防備になる。文字通り、命懸けの賭けだ」
彼は、私の目を、まっすぐに見て言った。
「……お前を、信じているぞ、アリア」
その瞳には、絶対的な信頼が宿っていた。
私は、涙をこらえ、力強く頷いた。
「はい。わたくしも、あなたを信じています」
ギルバート様は、レオたちに敵の陽動を任せ、テュポーンの死角を突いて、その背後へと回り込んだ。
「今だ!」
彼は、義手の装甲を、自らの意志でパージした。内部の精密な機械が、剥き出しになる。そして、その中央から、ノズルが伸び、極低温の液体窒素が、排熱口へと、一直線に噴射された。
「ギイイイイイイッ!!」
炉心を急激に冷やされたテュポーンは、断末魔のような軋みを上げ、その動きを止めた。そして、内部でショートを起こし、大爆発することなく、機能を完全に停止した。
作戦は、成功した。しかし、ギルバート様は、無防備な左腕に、テュポーンの最後の抵抗による損傷を受けていた。
「ギルバート様!」
私は、駆け寄り、彼の傷ついた義手を見た。火花を散らし、いくつかの部品は、無残に壊れている。
「……すまん、アリア。せっかく、お前が作ってくれたのに……」
「いいえ……! いいえ!」
私は、首を横に振った。
「これは、わたくしにとって、最高の勲章です。わたくしの技術が、あなたと、この村を守った、何よりの証ですから」
私は、壊れた義手を、愛おしそうに撫でた。
「すぐに、もっとすごいのを作ってあげます。もっと強くて、もっと優しくて、あなたに相応しい、最高の腕を」
私の言葉に、彼は、穏やかに微笑んだ。
「……楽しみに、している」
私たちの勝利は、帝都中に、衝撃と共に伝わった。魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢と、呪いから解放された英雄。二人の天才が、帝国の危機を救った、と。
しかし、『オウルム』は、まだ壊滅したわけではない。彼らは、なぜ、これほどの技術を持っているのか。その背後には、誰がいるのか。
帝国の闇は、私たちが思うよりも、ずっと深く、そして根が広い。
それでも、今の私には、もう恐れはなかった。私の隣には、私を信じ、共に戦ってくれる、最高のパートナーがいるのだから。私たちは、互いの手を取り合い、この帝国の、錆びついた運命を、修理し始める決意を固めたのだった。