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雨の工房と、重なる手

敵の襲撃を退けたものの、深まる謎と残された仲間への罪悪感。工房に二人きり、雨の音が私たちの間の気まずい沈黙を埋める。彼の不器用な慰めが、私の心を温める。これは、ただの協力者じゃない。もう、気づいてしまったから。

黒ずくめの集団――『オウルム』と名乗った敵の襲撃は、私たちに多くのものを残していった。傷ついた仲間たち、盗まれたままの設計図、そして、帝国の深い闇に触れてしまったという、冷たい実感。

レオをはじめ、怪我をした工房の仲間たちは、幸いにも命に別状はなかった。ギルバート様が、騎士団の最高の医療班を動かしてくれたおかげだ。しかし、私は、自分のせいで彼らを危険に晒してしまったという罪悪感に、苛まれていた。


「……わたくしのせいです」


二人きりになった工房で、私はぽつりと呟いた。外は、冷たい雨が降り続いている。雨音が、工房の静寂を際立たせていた。


「わたくしが、余計なことを考えなければ、誰も傷つくことはなかったのに……」


「それは違う」


私の言葉を、ギルバート様は静かに、しかし強く否定した。


「奴らは、いずれ、騎士団の技術を狙って行動を起こしていただろう。お前が、そのきっかけを早めてくれただけだ。おかげで、我々は敵の存在を認識することができた。むしろ、感謝している」


それは、彼なりの慰めなのだろう。けれど、私の心は晴れなかった。

彼は、そんな私の様子を見て、少し困ったように視線を彷徨わせた後、おもむろに、古いケトルに水を入れて火にかけた。そして、手際よく、二つのカップに紅茶を淹れてくれた。


「……!」


その手際の良さに、私は少し驚いた。彼のような、帝国の英雄と呼ばれる人が、自分で紅茶を淹れるなんて、想像もしていなかったからだ。


「昔、一人で暮らしていた時期が長くてな。これくらいは、できる」


彼は、私の心の声が聞こえたかのように、ぶっきらぼうに言った。そして、温かいカップを、私の手に握らせてくれた。


「……ありがとうございます」


温かい紅茶が、冷え切った私の体を、内側からじんわりと温めていく。

私たちは、しばらく、何も話さなかった。ただ、雨音と、時折カップをすする音だけが、工房に響いていた。気まずいはずの沈黙が、不思議と、心地よかった。


「……アリア」


先に沈黙を破ったのは、彼だった。


「盗まれた設計図のことだが、気に病むな。お前の頭の中には、あれ以上のものがあるのだろう?」


「え……?」


「お前は、いつも何か、新しい機構を考えている。スケッチブックの隅に描かれた、小さな落書き。俺は、見ているぞ」


彼の言葉に、私は顔が熱くなるのを感じた。私の、誰にも見せたことのない、夢想のようなアイディア。それを、彼は気づいていてくれたのだ。


「あれは、ただの落書きです。実現できるかどうかも……」


「できる」


彼は、私の言葉を遮った。


「お前なら、できる。俺は、そう信じている。だから、新しい設計図を、もう一度、描いてくれ。今度は、誰にも盗まれんよう、俺がずっとそばで見張っていてやる」


その言葉は、命令でも、懇願でもなかった。ただ、静かな、しかし絶対的な信頼に満ちていた。

私は、涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えた。魔力がないことで、ずっと誰にも期待されず、信じてもらえなかった私。その私を、この人は、信じてくれている。それだけで、十分だった。


「……はい」


私は、力強く頷いた。


「もっと、すごいものを描いてみせます。ギルバート様、あなたの呪いを完全に解き放つ、最高の義手オートメイルを!」


私は、新しい設計図を広げた。それは、盗まれたものよりも、さらに複雑で、野心的な設計だった。動力源を分散させ、腕の動きだけでなく、指の一本一本の細やかな動きまでを再現しようという試みだ。


「ここは、もっと小型のピストンが必要になります。でも、強度を保つには……」


私が一人で唸っていると、ギルバート様が、私の隣に座り、設計図を覗き込んだ。


「この部分の素材を、魔物の甲殻から抽出した新素材に変えてみてはどうだ? 軽量で、鋼鉄以上の強度があると聞く」


「! その手がありましたか!」


「ここの動力伝達には、歯車ではなく、騎士団が開発中の、柔軟性のある金属ワイヤーを使えるかもしれん」


彼は、騎士団長としての知識と経験を、惜しみなく私に提供してくれた。私の機械工学の知識と、彼の持つ軍事技術と実践経験。二つの異なる知識が組み合わさることで、設計図は、かつてないほどの完成度で、磨き上げられていった。

気づけば、私たちの頭は、一つの設計図の上で、触れ合いそうなほど近くにあった。彼の、静かな呼吸が聞こえる。雨音に混じって、私の心臓の音が、やけに大きく響いていた。

これは、ただの協力者としての関係ではない。私たちは、互いの足りない部分を補い合い、一つの目標に向かって進む、唯一無二のパートナーなのだ。その想いが、確信に変わっていく。

しかし、穏やかな時間は長くは続かない。

工房の扉が、勢いよく開かれた。ずぶ濡れになったレオが、息を切らせて駆け込んできた。


「団長! アリア様! 大変です!」


彼がもたらしたのは、衝撃的な報せだった。


「盗まれた設計図を基に、『オウルム』が、量産型の魔導兵士を完成させ、帝都近郊の村を襲撃している、との情報が……!」


その魔導兵士の腕には、私の設計を、禍々しく模倣したような、機械の腕が取り付けられているという。

私の技術が、人を傷つけるために使われている。その事実に、私は、血の気が引くのを感じた。


「……行くぞ、アリア」


ギルバート様が、静かに立ち上がった。そのアイスブルーの瞳には、冷たい怒りの炎が燃えていた。


「自分たちの過ちは、自分たちで正す。お前の作った最高の技術で、お前の技術を悪用する者たちを、叩き潰すぞ」


彼は、私に向かって、手を差し伸べた。その手を、私は、もう迷わずに、強く握り返した。雨は、まだ止みそうになかった。

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