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盗まれた設計図と騎士の焦燥

設計図が盗まれた! 犯人を追う私とギルバート様。それは、私たちの技術を狙う、帝国の闇へと繋がっていた。彼の焦燥、私の無力感。でも、二人でなら乗り越えられる。互いの弱さを補い合い、私たちの絆は鋼のように強くなる。

工房から、私の設計図の、それも最も重要な動力部の図面だけが、ピンポイントで盗まれた。それは、単なる嫌がらせではない。明確な目的を持った、プロの仕業だった。


「申し訳ございません、ギルバート様……。私の管理が甘かったせいで……」


「お前のせいではない。奴らは、最初からこれを狙っていたのだ」


ギルバート様の表情は、いつになく険しかった。彼は、これが単なる技術泥棒ではないことを見抜いていた。私たちの背後で、帝国のより大きな闇が動いている。

犯人の手がかりは、全くなかった。しかし、私は諦めなかった。


「犯人は、必ず、この設計図を『実物』にしようとするはずです。これほど複雑な機械を組み立てるには、特殊な部品と、高度な加工技術が必要になります」


私は、帝都中の部品屋と、腕のいいと評判の工房をリストアップし、ギルバート様と共に、聞き込み調査を開始した。もちろん、身分は隠して。彼は騎士団長の制服を脱ぎ、しがない傭兵のような出で立ちに、私はお付きの侍女の格好をした。


「こんな格好をさせて、すまない」


「いいえ。なんだか、冒険みたいで、少しだけわくわくします」


私がそう言って笑うと、彼は困ったように眉を寄せ、そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。彼がこんな表情をすることもあるのだと、私は少し嬉しくなった。

調査は、困難を極めた。帝都の裏社会にまで足を延ばし、怪しげな情報屋と取引もした。何度か、柄の悪い連中に絡まれそうになったが、その度に、ギルバート様がその圧倒的な威圧感で追い払ってくれた。彼の隣にいると、不思議と、何も怖いものはなかった。

しかし、何日経っても、有力な手がかりは掴めなかった。犯人は、巧妙に足跡を消していた。

焦りが募る。特に、ギルバート様の焦燥は、日に日に色濃くなっていった。


「……もう、いいのかもしれん」


ある日の帰り道、彼がぽつりと呟いた。


「え?」


「この呪いは、俺が背負うべき罰なのだ。お前のような、未来ある若者を、これ以上危険な闇に巻き込むべきではない」


その声には、諦めと、そして深い絶望が滲んでいた。彼は、私の義手が完成することへの希望を、失いかけているのだ。そして、それ以上に、私を危険から遠ざけようとしている。


「何を言うのですか!」


私は、彼の前に立ちはだかった。


「諦めるのですか、ギルバート様! あなたは、帝国の英雄でしょう! たった一度の失敗で、全てを投げ出すような、そんな弱い方だったのですか!」


「……弱い、か。そうだ。俺は、弱い」


彼は、自嘲するように笑った。


「俺は、英雄などではない。ただ、強大な魔力を持って生まれてきただけだ。この力に、ずっと振り回されてきた。この呪いは、その力の代償だ。俺は、この呪いからは、決して逃れられないのかもしれん」


初めて聞く、彼の弱音。彼の苦悩。私は、胸が締め付けられるようだった。


「……弱くても、いいではありませんか」


私は、震える手で、彼の、呪われていない方の右手に、そっと触れた。


「誰だって、弱い部分はあります。わたくしだって、魔力がないことで、ずっと自分を責めてきました。でも、ギルバート様。あなたは、弱くても、一人じゃない。わたくしがいます。あなたの弱さを、わたくしの技術で補います。だから、あなたも、わたくしの足りない部分を、その力で守ってください」


私の言葉に、彼は息を呑んだ。そして、私に触れられた自分の手と、私の顔を、交互に見つめた。


「……お前は、本当に、不思議な娘だな」


彼は、そう言うと、私の手に、自らの手をそっと重ねた。その手は、大きく、そして温かかった。

その時だった。路地の向こうから、複数の足音が聞こえた。それは、ただの通行人ではない。殺気を帯びた、統率の取れた動き。私たちは、罠にはめられたのだ。

あっという間に、私たちは黒ずくめの集団に取り囲まれた。彼らの装備は、騎士団のものでも、ただの暗殺者ギルドのものでもない。その胸には、「蛇」を象った、見慣れない紋章が刻まれていた。


「ギルバート・アイゼンハルトだな。そして、そちらが、噂の天才技師令嬢か。その首、我らが『オウルム』が頂戴する」


リーダー格の男が、歪んだ笑みを浮かべた。


「アリア、俺の後ろへ!」


ギルバート様が、私を庇い、剣を抜く。しかし、敵の数は十数人。しかも、その動きは常人ではない。

一人の敵が、死角から私に襲いかかった。私は、もうダメだ、と目を閉じた。しかし、衝撃は来なかった。目を開けると、私の目の前に、若い騎士団の技師――私に最初に協力してくれた、レオが立っていた。彼は、自分の腕で、敵の刃を受け止めていた。


「レオさん!」


「間に合って、よかった……! 団長閣下からの命令で、ずっとお二人を尾行していました!」


レオだけでなく、工房の仲間たちが、次々と現れ、黒ずくめの集団との乱戦が始まった。


「ギルバート様、ここは私たちに任せて、アリア様と逃げてください!」


「馬鹿を言うな! 部下を見捨てられるか!」


「ですが、アリア様の義手がなければ、団長は!」


仲間たちの声援を受けながら、私は決意を固めた。ここで、終わらせるわけにはいかない。

私は、懐に忍ばせていた、試作品の閃光弾フラッシュバンを取り出した。


「皆さん、目を伏せて!」


私は叫ぶと、閃光弾を地面に叩きつけた。強烈な光と音が、路地全体を包む。敵が怯んだ、その一瞬の隙。


「ギルバート様、今です!」


私たちは、仲間たちが作ってくれた活路を抜け、全力で走り出した。背後で、剣戟の音が遠ざかっていく。

私たちは、敵の正体を知った。そして、敵もまた、私たちの存在を明確に認識したのだ。盗まれた設計図は、彼らの手にある。そして、彼らは、その技術を使って、何か恐ろしいことを企んでいるに違いない。

私たちの戦いは、もう個人的なものではなくなった。帝国の未来を賭けた、技術と陰謀の戦いが、今、幕を開けたのだ。

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