魔力ゼロの機械技師令嬢は、呪われ騎士の運命を修理する
魔法至上主義の帝国で、魔力ゼロの私は出来損ないの公爵令嬢。でも、私には機械いじりの才能がある! 呪われた騎士団長様、その鎧、魔法がダメなら私が機械で直してみせます!
アルビオン帝国の帝都は、矛盾に満ちた街だ。歴史ある石造りの街並みを、魔導式の街灯が青白い光で照らし、その上空を蒸気を噴き上げながら走る魔導列車が煙を吐き出す。ここは、魔法と科学技術が、互いに反発しながらも奇妙な形で共存している世界。そして、その価値観は明確に「魔法」に傾いていた。
そんな帝国で、アルバレス公爵家の長女として生まれた私、アリア・フォン・アルバレスは、完全な落ちこぼれだった。この国では、貴族であれば誰もが多かれ少なかれ魔力を持って生まれる。しかし、私にはそれが、一滴もなかったのだ。
「アリア、また油臭い格好をして! 公爵家の令嬢としての自覚をお持ちなさい!」
母の甲高い声が、私の工房――という名の、屋敷の隅にある物置小屋に響き渡る。私はレンチを片手に、分解した懐中時計の歯車を睨みつけながら、生返事をした。私にとって、刺繍やダンスのレッスンよりも、この硬質な金属と油の匂いに満ちた空間こそが、唯一心安らぐ場所だった。魔力がない代わりに、私には神様が与えてくれた才能があった。それは、どんな複雑な機械でも、その構造を理解し、修理し、時には改良までできてしまうという「機械いじり」の才能だ。
けれど、この才能は家族の誰にも理解されない。「公爵家の恥」「役立たず」。そう囁く兄や姉たちの声が、私の心を常に苛んでいた。
ある日、帝都中が祝賀ムードに湧いていた。帝国が長年敵対していた北の蛮族を討伐した、その立役者である帝国騎士団長、ギルバート・アイゼンハルト様の凱旋パレードが行われるのだという。
ギルバート様は、平民出身でありながら、その圧倒的な魔力と戦闘技術で騎士団長の座に上り詰めた、帝国の英雄。彼の武勇伝は、子供向けの絵本になるほどだ。しかし、彼には黒い噂も付きまとっていた。「強大すぎる魔力の代償で、その身は呪われている」と。
私は人混みを避け、大通りを見下ろせる時計塔の窓から、パレードをこっそりと眺めていた。やがて、歓声が一段と高くなり、白馬に乗ったギルバート様が姿を現した。漆黒の騎士服に、深紅のマント。彫刻のように整った顔立ちは、しかし血の気がなく、その表情は固く険しい。国民の歓声に応えることもなく、ただ前だけを見据えている。
そして、私は見てしまった。彼の左腕。それは、まるで生きているかのように脈動する、禍々しい文様が刻まれた黒鉄の魔導鎧に完全に覆われていたのだ。噂は本当だった。あれが、呪いの鎧。彼の生命力を糧に、その力を発揮するという。
英雄の栄光とは裏腹の、彼の苦しげな横顔。その瞬間、私の胸に宿ったのは、憧れや畏怖ではなかった。技術者としての、純粋な好奇心と、そしてほんの少しの同情だった。
『あの鎧、魔力で制御されている。だから、誰も外せないし、直せない。でも、もし……魔法に頼らない、純粋な物理法則と機械工学の力を使えば? あの呪縛を、断ち切れるんじゃないだろうか?』
それは、あまりに突飛で、不遜な考えだったかもしれない。出来損ないの公爵令嬢が、帝国の英雄を救うだなんて。けれど、私の心の中の小さな歯車は、カチリと音を立てて回り始めていた。
この出会いが、私の退屈な日常を、そして彼の呪われた運命を、大きく修理していくことになる始まりの瞬間だと、この時の私はまだ知る由もなかった。