氷の騎士と契約結婚したのですが
「お前を愛することはない」
私の結婚相手、ライナス様は、いきなり私にそう言いました。
ライナス様はクレイトン侯爵家の嫡子で、社交界では『氷の騎士』という渾名で呼ばれる美貌の令息です。
「……」
ですが、愛することはないと言われて、ちょっと意味が解らなくて、私は一瞬呆けてしまいました。
それというのは……。
私、スタンリー伯爵の娘セルマは、平たく言えばお金で買われた花嫁です。
そもそもこの結婚に愛はないのです。
両親が同席しての初めての顔合わせのときは、ライナス様は憮然とした表情ではありましたが、社交辞令の挨拶をしてくださいました。
ですが、その数日後の今日、ライナス様は私と二人で話したいとおっしゃって我が家に一人でいらして、そして、この状況です。
「どうせ私の顔と家柄が目当てなのだろうが。結婚したからといって私に愛されるなどと勘違いするなよ」
ライナス様は冷たく言い放ちました。
「二年したら私はお前とは離縁する。お前はそれまでのお飾りの妻だ」
「二年で……離縁、ですか?」
「そうだ。私はお前と結婚などしたくないのだ。くだらない女に付き合って時間を無駄にしたくないからな」
ライナス様は忌々し気に眉を歪めました。
「だが父が、お前と結婚しなければ爵位を継がせないと言い出した。だから仕方なくお前と結婚するのだ」
ライナス様は少し顎を上げて、私を見下すようにして言いました。
「私はお前に触れるつもりはないから子ができることはない。結婚して二年しても子ができなければ離縁は認められる。二年したら離縁する」
「……」
私はお金で買われた花嫁ですが。
ライナス様の妻となる覚悟はしていたのです。
私には初恋の幼馴染アーサーがいました。
お互いに年頃になったのでそろそろ結婚しては、と、アーサーとの縁談が持ち上がっていました。
ですが今年、我がスタンリー伯爵家は、大雨による水害で領地が大打撃を受け経済的な窮地に陥ってしまったのです。
アーサーとの縁談を進められる状態ではなくなりました。
そんなとき、クレイトン侯爵家から資金援助の申し出があったのです。
私への結婚の申し込みとともに。
私がクレイトン侯爵令息ライナス様と結婚するなら、クレイトン侯爵家はスタンリー伯爵家に莫大な援助をしてくださるというお話でした。
我がスタンリー伯爵家はそのお話を、感謝とともに喜んでお受けしました。
私は初恋のアーサーに心残りがなかったわけではありませんが……。
貴族の娘なら、家のために親が決めた相手と結婚するのは当たり前のことです。
初恋の人と結婚できることが幸運すぎる夢のような話なのであって、初恋など叶わずに親の決めた相手と結婚することは普通のことなのです。
私は、初恋は子供の夢だったのだと、身を切る思いで割り切り、大人になる決心をしました。
ライナス様と結婚するからには、妻として、これからは夫となるライナス様に尽くそうと決心していたのです。
それが……。
「二年間お飾りの妻としての役目を果たすなら、愛人を持ってもかまわん。寂しくなって私に泣きついて来られても困るからな。私はお前の相手をする気はない」
「……」
「ただしバレないように上手くやることだ。クレイトン侯爵家の名誉を汚すようなことはするな。愛人との密会は外でやれ。屋敷に面倒事を持ち込むな。もし面倒事を持ち込むようなら、お前の家に援助した金は全額返してもらうからな」
「……」
このとき……。
私の心は、木っ端微塵に砕け散りました。
「ふん、思い知ったか。身の程知らずめ」
ライナス様は勝ち誇るような笑みを浮かべました。
どうして私が『身の程知らず』などと罵倒されるのか、意味が解りません。
ですが侮辱を受けたことは解ります。
「私に愛されると期待していたのだろうが、残念だったな。お前と仲良くする気はない。身の程を知るが良い」
「……」
私は初恋を断ち切り。
ライナス様と結婚して、ライナス様に尽くす決意をしていたのに……。
ライナス様は、最初から離婚するつもりで……。
愛人を持っても良い、ですって……?
私に触れるつもりはないとおっしゃったので、白い結婚になるのでしょう。
そして二年後には離婚……。
それなら最初から結婚などしなければ良いのに。
ですが、クレイトン侯爵家は資金援助を約束してくれていますので。
経済的窮地に陥っている我がスタンリー伯爵家は、この縁談を断ることはできません。
私は酷い侮辱を受けて、しばし無言のまま固まってしまいました。
ですが……。
「……」
ふと、気付きました。
白い結婚でも、資金援助は得られるということに。
そして二年後には離婚する。
考えようによっては良い条件かもしれません。
だって、私が二年間だけクレイトン侯爵家で過ごすだけで、資金援助が得られるのですもの。
私に離婚歴はついてしまいますが。
離婚歴があるからといって死ぬわけではありません。
世の中には、不幸な結婚に一生繋がれて酷い目に遭う女性もいると聞きますから、二年で離縁できるのはむしろ幸運な部類かもしれません。
礼儀知らずで、頭も性格も悪そうなライナス様と離婚できるなら。
むしろ良いことではありませんか。
「ライナス様は、私とは白い結婚をなさり、二年後には私と離縁なさるおつもり、ということでしょうか?」
「そうだ」
ライナス様は私と視線を合わせずに、ぶっきらぼうに言いました。
「形だけの結婚だ。変な期待をして私につきまとうな」
「それでは、婚姻の条件にそれを盛り込んではいかがでしょう」
「は?」
ライナス様は訝し気に眉を歪めて、こちらを振り向きました。
「どういう魂胆だ?」
「二年しても子ができなければ離縁する、と、あらかじめ婚姻の契約書に書き加えたほうが確実に離縁できるかと思います」
この婚姻には契約書があります。
契約書には、私がライナス様と結婚すること、そしてクレイトン侯爵家が我がスタンリー伯爵家に資金援助する旨などが記されています。
「何のつもりだ?」
ライナス様は探るような目で私を見ながら言いました。
「強がりを言って、私の気を引こうとしているのか?」
意味が解りません。
離縁したいなら、この案に賛成してくださると思いましたのに。
「結婚後、二年しても子ができなければ離縁するということを契約書に書いておけば、離縁の理由について両親たちに説明する必要もありませんので、円滑に離縁できると思いますの」
「……」
ライナス様は考え込むような顔をしました。
やがて、考えが決まったのかライナス様は顔を上げました。
「良いだろう。契約書に書き加えるよう父に言っておこう」
そしてライナス様は、何故か勝ち誇るような顔をして私に言いました。
「あとで泣きついてきても知らないからな?」
意味が解りません。
ともあれ、婚姻の契約書に、二年の間に子ができなければ離縁する、という条項が加えられることになりました。
◆
ライナス様とお話して何となく解りました。
クレイトン侯爵が、我が家に莫大な資金援助をしてまで、ライナス様の花嫁を確保しようとした理由が。
ライナス様は美貌で、社交界では『氷の騎士』と呼ばれている見目麗しく華やかな令息です。
しかも侯爵家の嫡子ですから、結婚相手など選び放題のはずです。
それが何故か、ライナス様との結婚を条件に、クレイトン侯爵が我が家に莫大な資金援助してくださるなんて。
気前が良すぎる話だとは思っていたのです。
ですがライナス様と二人でお話をして理由が解りました。
ライナス様には「女嫌い」「女性に冷たい」という噂がありました。
それがライナス様の結婚の障害になっている最大の問題点だったのでしょう。
クレイトン侯爵家に見合う家格の家、つまり対等かそれ以上の家でしたら、簡単に縁談を断れます。
ライナス様はお相手の令嬢に冷たい態度をとって、釣り合いの取れる家からはお断りされたのでしょう。
かといって、クレイトン侯爵家に逆らえないような格下の家の娘を妻にしては、クレイトン侯爵家全体が侮られることにもなりかねません。
嫡子の妻になるということは、次の嫡子の母になるということです。
格下の家の娘から生まれた子では、血筋の良い親族たちに家長として認められず排除されることも有り得ますもの。
資金援助とセットで、クレイトン侯爵が我が家に縁談を持ちかけたのは、ライナス様に血筋の良い花嫁を迎えるための苦肉の策だったのでしょうね。
我が家は裕福ではありませんが歴史のある伯爵家で、血筋は良いですから。
◆
私とライナス様は結婚しました。
もちろん白い結婚です。
ライナス様は、クレイトン侯爵から屋敷を与えられて一人暮らしをしていましたので、私はライナス様の屋敷に住むことになりました。
ライナス様は一人暮らしをしていた、といっても、当たり前ですが使用人は大勢おります。
「以前にも言ったが、お前に触れるつもりはない。妙な期待をするなよ」
結婚式を終えて屋敷に戻ると、ライナス様は、今日からこの屋敷に住む私にそう念を押しました。
「二年間は妻として遇してやる。だが、私の生活の邪魔をするな」
「ライナス様の妻としての表向きの仕事だけをしろ、ということですね」
「そうだ。公の場には私の妻として一緒に出てもらう。だがそれ以外でお前に関わるつもりはない。必要なとき以外は、私の前に顔を出すな」
「かしこまりました。ではお互いの寝室に鍵をつけるというのはいかがでしょう。そのほうがライナス様もご安心なのでは?」
私とライナス様のそれぞれの寝室は、夫婦の共通の寝室を間に挟んで、繋がっているのです。
「ふん、強がりか? 良いだろう。お前の言うとおり鍵をつけてやろう」
ライナス様は私を見下すようにして笑みを浮かべると、執事に命令しました。
「私の寝室と、こいつの寝室に、鍵を付けろ」
ライナス様の命令に、執事は一瞬だけ「困ったものだ」とでも言いたげにお道化た表情をしましたが、恭しく答えました。
「……かしこまりました」
◆
そして私とライナス様とは、屋敷内で別居して暮らしました。
屋敷内別居をしながら、私はライナス様の妻としての表向きの仕事をこなしました。
家政や社交などです。
家政については、幸い使用人たちは私に協力的でしたので助かりました。
社交も、義両親が好意的でしたので助かりました。
クレイトン侯爵家が主催する夜会やサロンに、私はライナス様の妻として出席しました。
もちろんクレイトン侯爵家の嫡子の妻として、恥ずかしくない装いで。
義両親は嬉々として私を皆に紹介してくれました。
私の評判は上々。
「セルマ様はとても教養が高くていらっしゃいますのね」
「さすがは歴史あるスタンリー伯爵家の娘さんですわ」
私の実家スタンリー伯爵家は一言で言えば貧乏貴族でしたが。
歴史はありました。
そのため子供たちは伝統的な貴族教育をしっかりと受けておりました。
とくに年配のご夫人たちには、私の振る舞いは好ましく映ったようです。
「スタンリー伯爵家はこんな美しい娘さんを隠していらっしゃったのね」
「こんな清楚で聡明な娘さんがスタンリー伯爵家にいらっしゃると知っていたら……。先を越されてしまいました」
クレイトン侯爵家の財力で、ドレスでも宝飾品でも化粧品でも優秀な侍女でも、美しくなるために必要なものは何でも揃えることができましたので、私も磨かれました。
スタンリー伯爵家に私という娘がいたことが、貴族社会にあまり知られていなかったのは、スタンリー伯爵家が経済的に苦しく、王都の社交界からは遠ざかっていたからです。
両親や嫡子の兄が王宮の催しに出席するくらいで、娘の私は、アーサーと結婚するのだろうと思われていたこともあり社交界には出ていませんでした。
「クレイトン侯爵、そなたの息子は良い花嫁を迎えたな。教養も高い」
王宮の夜会で、私は国王陛下にお褒めいただきました。
「セルマがライナスと結婚してくれて、本当に良かったわ」
クレイトン侯爵夫人は誇らしげに私に言いました。
「ライナスがいつもすまないね……」
クレイトン侯爵は苦笑しながら、ライナス様に放置されている私に謝罪しました。
夜会でもサロンでも、ライナス様は私をエスコートして必要な挨拶を済ませた後は、すぐに私を放り出してお友達のところへ行ってしまうのです。
今日もライナス様はお友達のところへ行ってしまいましたので、私は一人で放り出されていました。
お友達とつるんでいるライナス様の周囲には、若い令嬢たちが群がっています。
氷の騎士という渾名で呼ばれる銀髪碧眼の美貌のライナス様は、私と結婚した後にも、相変わらず令嬢たちに人気が高いようです。
ちなみにライナス様の『氷の騎士』という渾名ですが……。
ただのイメージからの渾名で、ライナス様は騎士爵の位は持っていませんでした。
この渾名を聞いた私は、ごく自然に、ライナス様は騎士爵の位を持っていらっしゃるのだろうと思ったのですが、違いました。
ライナス様には、女性を守る騎士らしいところは、どこにもないように思えるのですが。
あれが騎士らしく見える人もいるのですね。
人の感性というものは本当に千差万別です。
「ライナスはいつまでも子供気分で、困ったものだ」
お友達とつるみ、若い令嬢に囲まれているライナス様の様子を眺めて、クレイトン侯爵は溜息を吐きました。
「私は気にしていませんわ」
私がそう言うと、クレイトン侯爵夫人は嬉しそうに微笑みました。
「さすがね、セルマ。そうよ、貴女はライナスの妻なんだからそうやって堂々としていれば良いの。何か困ったことがあったらいつでも私に相談してね」
「ありがとうございます、お義母様」
「これからもライナスをよろしく頼むよ」
「はい、お義父様」
クレイトン侯爵夫妻はとても優しくて良い義両親です。
ライナス様と離縁する予定であることを隠していることは、心苦しいです。
この優しい義両親から、どうしてライナス様のようなお方がお生まれになったのやら……。
ともあれ、クレイトン侯爵夫妻のためには二年間、誠心誠意、働く所存です。
スタンリー伯爵家に資金援助をしてくださり、助けてくださった恩人ですから。
◆
ライナス様と結婚して一年半が過ぎたころ。
「これからは、食事は一緒に摂らないか?」
ある日、ライナス様が私にそう言いました。
嫌な予感はありました。
夜会やサロンで、ライナス様は最初のころは私を放り出してお友達のところへ行っていましたが。
だんだんに、私の隣にいるようになったのです。
そしてライナス様は、私のことをじろじろと見るようになりました。
屋敷の中でも何故か偶然、顔を合わせることが増えました。
最初のころは屋敷の中でライナス様と顔を合わせることがなく、それなりに快適だったのですが。
最近はライナス様が無駄に近くにいて、無駄に顔を出すので鬱陶しく思っておりました。
ライナス様は私に、白い結婚を約束してくださいましたので、その点には感謝しております。
ですが私を酷く侮辱してくださいましたから、差し引きしたら対等でしょう。
「何故ですか?」
私がそう質問すると、ライナス様ははにかむようにもじもじとして、私のほうをちらちらと見ながら言いました。
「……食事をともにしたほうが連絡も取りやすいだろう。何かと都合が良いと思うのだ」
「執事もメイドもいますから連絡の問題はありません。それに食事をともにしては無駄にライナス様と顔を合わせることになります。ライナス様のご意向に反するかと存じます」
「意向に反するなんて、そ、そんなことはない!」
「ご迷惑をおかけしたくありませんので遠慮いたします。では失礼いたします」
それからも、ライナス様の擦り寄りは続きました。
ええ、擦り寄りとしか表現しようがありません。
用もないのに、無理やり用を作って私を呼ぶこともしばしばありました。
宝飾品をプレゼントしたいからとか、良い茶葉が手に入ったから一緒に飲もうとか、旅行に行かないかとか。
もちろん全て断りました。
最後の半年間は苦行でした。
ライナス様が私の周りを無駄にうろちょろしましたので。
そして……。
ようやくのことで二年が過ぎました。
待ちに待った、離縁のときです。
◆
「セルマ、どうしてなんだ!」
「そういう契約だからです。ライナス様、離縁書にサインを」
私は身の回りの品を実家に送り、離縁の準備を完了しました。
侯爵家で揃えてくれたドレスや宝飾品などの高級品は置いて行きます。
クレイトン侯爵家が莫大な資金援助をしてくださったおかげで、実家スタンリー伯爵家は持ち直しました。
これ以上は望みません。
二年経っても子が出来なかったということで、義両親クレイトン侯爵夫妻も私とライナス様の離縁を承諾してくださっています。
後はライナス様に離縁書へのサインをいただくのみ。
「待ってくれ、セルマ。別れたくない!」
「契約を破るのですか?」
「愛しているんだ!」
愛することはないって言ったのに。
何なのでしょう。
「そういった話し合いは、契約を履行した後にいたしましょう」
私は微笑みながらライナス様にサインを求めました。
とにかく離縁書にサインをもらわなければなりませんからね。
「契約による結婚は終わりました。クレイトン侯爵も離縁を承諾しています。もしライナス様が私との再婚を望むのであれば、クレイトン侯爵を説得していただかなければなりません」
「……解った……」
ライナス様は離縁書にサインをしました。
これでお別れです!
◆
離縁が成立して私が実家へ戻った後。
ライナス様から話がしたいと連絡がありました。
私の家でライナス様とお話をすることになりました。
「セルマ、もう一度結婚して欲しい。愛しているんだ!」
「私を愛することは無いとおっしゃいましたのに?」
「あれは……あのときは私が悪かった。謝る」
「二年間一度も謝ってくださらなかったのですから、今更謝っていただかなくて結構ですわ」
「わ、私が悪かった。誤解していたんだ。君も他の女と同じだと。女なんてみんな私の顔と家柄だけが目当てで群がって来るものだと、誤解していたんだ」
「私はクレイトン侯爵家の資金援助が欲しくて結婚したのですから、その認識は間違っていませんわ」
「いや、君は違う! 君のおかげで家の中は素晴らしく快適になった」
まあ、ライナス様は、家政のことなど解らないでしょうから。
女主人がいないお屋敷は、最低限のものは揃っていても、それ以上のものはなく、何かと不便や足りないものがあるのでしょうね。
「社交も見事にこなしてくれた。君は他の女のようにキャアキャア騒がないし、落ち着いていて……君は他の女とは全然違った!」
「ライナス様、私が特別なわけではありません。騒がしくない女性は他にも大勢いらっしゃいます」
「そんなことはない。他の女は私の顔だけが目当てて、キャアキャアといつも騒がしい」
「それは、ライナス様の周囲に、そういう女性しか集まらないからです」
悪口は言いたくありませんが。
ライナス様の今後のためにも教えておいたほうが良いと思いました。
親切にしてくださったクレイトン侯爵夫妻のためにも。
「ライナス様には、顔と家柄しか取り柄がないから、それが目当ての女性しか集まらないのです」
「……っ!」
「ライナス様がいつもつるんでいるお友達も良くないです。くだらない人たちと付き合っているから、良識ある人々はライナス様との関りを避けるのです。その結果、ライナス様の周りには、くだらない人しか集まらなくなるのです」
「さ、最近は、あいつらとはもう、あんまり……」
「ライナス様の交友関係があまりよろしくないから、聡明な女性はライナス様には近付かないのですわ」
「……っ?!」
「ご両親が用意してくださる縁談をお受けなさいませ。ご両親が段取りしてくださる縁談のお相手は、ライナス様の周囲に集まっているくだらない人たちとは違います。次は失敗なさらないようにお気をつけあそばせ」
「セルマ、私は君と結婚したい。やり直そう!」
「お断りします」
クレイトン侯爵家との縁談は、夫以外は素晴らしい縁談でした。
夫となったライナス様以外は。
でもやはり、結婚では、夫は重要な部分だと思いますの。
最低な夫でも我慢しなければならないほど、現在は生活も困窮しておりませんので、私もライナス様をお断りできるのです。
「私を愛することはないと宣言なさったくせに、今度は愛していると言い出す。そんないい加減は人とは付き合いたくありません」
「だって、愛してしまったから!」
「私に愛人を作れとすすめたくせに? お気楽ですね」
「……っ!」
ライナス様の顔色が変わりました。
「セルマには愛人がいたのか?! 私を裏切っていたのか?!」
「愛人などいません。私が不用意に外出していたかどうか、執事たちに聞けば解るでしょう。それに愛人を作れと私に勧めたのはライナス様です。私の相手をしたくないからと」
「あ、あのときは、本当に……悪かった」
「いいえ。ライナス様のおかげで、私は愛する人と結婚できることになって、私は助かりました」
「どういう意味だ?」
「私にはもともと愛する人がいたのです。ライナス様と結婚することになってお別れしたのですが。ライナス様が二年で離婚してくださるというので、愛する人に二年待ってて欲しいと頼んだら、彼は待っていてくれました」
私の初恋の幼馴染アーサーは、二年間、待っていてくれたのです。
もちろんただ待っていただけではなく、彼は領地の復興のために頑張っていました。
アーサーはエヴァレット子爵の嫡子で、領地が隣同士だった縁で、私とは幼馴染でした。
大雨でエヴァレット子爵の領地も、我がスタンリー伯爵家の領地ほどではありませんが被害を受け、彼は二年間その復興のために尽力していたのです。
「私はようやく愛する人と結婚できます。これもライナス様が女嫌いでいらしてくださったおかげです。あのときは傷つきましたが、こうして愛する人と結婚できることになって、今は感謝しております」
「そ、そんな……」
ライナス様は衝撃を受けたようなお顔をなさいました。
そのライナス様のお顔……。
不謹慎ですが、溜飲が下がる思いでした。
二年前のあのとき、愛することはない、愛人を作れと侮辱されて、衝撃を受けた私ですが。
今、ライナス様が衝撃を受けているお顔を見て浄化された気がします。
「ライナス様、ありがとうございました。そして、さようなら」
◆
「セルマに暴言を吐いたことは許せないけれど……」
私の婚約者アーサーは私に言いました。
「こうして僕らが結婚できるのもライナス様のおかげだね」
三日後には私たちは結婚して夫婦になります。
「僕は領地のことでいっぱいいっぱいで、どのみち二年は結婚できなかったよ」
「そうね。ライナス様に酷いことを言われたときは凄く腹が立ったけれど……。資金援助もしてくれて、白い結婚の約束もちゃんと守ってくれたわ」
「やっぱり育ちが良い人なんだろうなあ。一緒に暮らしてるのに白い結婚の約束を守ってくれる男なんて……。すごく良い人だと思うよ」
「そうなのかしら」
「そうだよ。資金援助してくれた上に、白い結婚を貫いてセルマを返してくれるなんて大変な篤志家だよ。これはもう美談だ」
「じゃあ、そういう美談にしてしまいましょうか? ライナス様のために」
「何か考えがあるの?」
私はライナス様にお手紙を書きました。
私とアーサーの初恋のために、ライナス様が身を引いてくれたことへの感謝と。
この美談を社交界で語るという予告を。
やがて。
私とアーサーの初恋を実らせるために、氷の騎士は白い結婚を貫き、そして身を引いた、という美談が社交界で囁かれることとなります。
これぞまさに騎士道だ、と、ライナス様の氷の騎士の二つ名は高まりました。
そしてライナス様の人気は、今までと違う人々の間で急上昇。
クレイトン侯爵夫妻は、私とライナス様が白い結婚だったことを知り残念がりましたが、「そういうことだったのか」とライナス様の男気を褒め称えました。
夜会やサロンで、私をいつも放置していたライナス様の姿を知っている者たちも「そういうことだったのか」と納得して、ライナス様を褒め称えたそうです。
ライナス様の再婚相手はまだ決まらないようですが。
美談により評判が高まったため、ライナス様は騎士爵に叙勲されることが決まりました。
アーサーと結婚して幸せになった私は、今では……。
ライナス様の幸せを心より願っております。
――完――