贈り物
「真白。」
演習が終わってすぐ、八雲に手招きされて訓練場の隅に誘導された。心なしか八雲の表情が固い。
「お前、魔法を発現したのは今日が初めて?」
「は、はい…。」
「もう一度できるか?」
恐る恐る手を前に出して手に魔力を集中させる。魔法を発現させる。塊はやはり全属性のものが発現した。前世では散々使っていたが、今世ではまだ魔法は使っていない。だから今日が初めてで嘘はない。が、やはりこれはまずいらしい。
「…ちなみに、属性の切り替えは?」
八雲は手を前に出すと、手のひらの上で水の塊を一つ出現させた。それを草、火、と素早く切り替えていく。これをやれと…? 前世の経験からして問題なくできるが、これを今ここでやっていいのだろうか。自分の立場が危うくはならないだろうかとそればかりが頭の中をぐるぐると回る。
「やってみろ。」
そう促されて、ヤケクソで手のひらの上に水の塊を一つ出現させた。それを八雲同様、草、火と切り替えていく。スピードや質が少し不安定だが、及第点だろう。
「…できちゃうのか…。」
八雲は腕を組むと、眉間に皺を寄せた。やっぱりまずかったかもしれない。八雲は困ったように頭を掻いた。
「天性の才能なのかねぇ…。」
これは天性の才能ではなく、前世の鍛錬の賜物ですと言えたら楽だが…。それを口にして問題ないか、今の私には判断できない。私はただ自分の手のひらを見つめることしかできなかった。
「まぁいいや、本題そっちじゃないし。」
突然ケロリとした八雲に一瞬呆気に取られるも、先程渡したい物があると言われたことを思い出した。八雲は小脇に抱えていた分厚い本を差し出した。なかなかの重厚さだ。
「これ、あげる。」
「これは…?」
本を受け取って開くと、中は真っ白だった。首を傾げて表紙を見るも、表紙にも特に装飾以外は何も書かれていない。
「それね、日記帳。」
「日記帳…?」
「八年分くらい書けるらしいよ。本当は十年分を探したんだけど、見つからなくてね。」
勢い良く顔を上げると、八雲が優しい顔をしていた。木漏れ日を受けて輝く銀髪が眩しい。
私はあの日、八雲に助けられるまでの今世の記憶がない。どこかで何か食い違いが出ると厄介なので、保護された段階でそう伝えている。それを八雲も聞いたのだろう。前世の記憶しかないのだから、あながち嘘ではない。
「失った記憶を取り戻すことは難しいかもしれない。だけど、また新しく積み上げていくことはできる。」
「…はい。」
私は日記帳を胸に抱き締めた。本当は失ったかもしれない記憶なんてどうでもよかった。前世でも故郷も親も知らなかったものだから、私にはなくて当然のものなのだ。ただ、八雲が私のことを気にかけてくれていた。それが堪らなく嬉しかった。
「ありがとうございます。」
嬉しすぎて涙が滲む。上手く笑えているだろうか。こういう八雲の優しさが大好きだ。宝物がまた増えた。そこでふと思い出した。
「あの、ぬいぐるみもありがとうございました。」
「あぁ。」
八雲も思い出したように笑った。
「お見舞い行けなかったからね、代わりと言っちゃあなんだけど。」
「嬉しかったです。今は部屋に飾ってます。」
部屋の窓辺が定位置のうさぎのぬいぐるみは、入院中、八雲からの見舞いだと手渡された。恐らく身辺調査なんかで面会謝絶だったのだろう。何度もぬいぐるみを選ぶ八雲の姿を想像しては癒された。
八雲は優しく笑って私の頭に手を乗せた。直接肌に触れていなくても、戦士の手であることが分かる無骨な手だ。
「本当に、元気になってよかった。」
記憶の中の八雲隊長とタブって涙が出そうになる。無意識に私は疑問を口にしていた。
「どうして、そんなに気にかけてくれるんですか…?」
八雲は一瞬目を見開いた後、空を仰ぎ見た。
「……。」
「……。」
微妙な沈黙が流れるも、やっぱり今のナシ!というわけにもいかないのでそれを守る。疑問を口にしてしまったことを盛大に後悔し始めたとき、八雲は困ったように笑った。
「なんでかね。なんか、気になっちゃうんだよね。」
「ふふ、なんですかそれ。」
つられて私も笑ってしまった。
「…私、守護団に入りたいんです。」
「そう。」
「いつか、八雲さんの隣に立てるよう頑張ります。」
そう言って笑うと、八雲も笑った。
「楽しみにしてるよ。」